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92話 エリオットは諦めない 2

「ケイティと婚約したい」


 曇りなき眼でエリオットはナディアキスタにそう告げる。

 ナディアキスタは三秒程時間を置いて、吹き笑いした。


「だははははっ! おまっ、お前っ! ケイトと婚約ってははははっ! やめておけ、あんな暴力女!」

「なっ、ケイティをそんな風に言うなよ!」

「いや、ぶふっ······っく! 無理っ! ぷくく······はぁ、あー笑った」

「そんなに笑うことかい?」


 エリオットは頬を膨らましてふいと顔を逸らす。ナディアキスタはよじれた腹を擦りながら、息を整える。


「まぁ、理由くらいは聞いてやろう。俺様は慈悲深いからな。内容によっては、手を貸してやらんことも無い」

「本当に!? 嬉しいなぁ」

「ちゃんと聞いていたか? 阿呆が。理由によっては手を貸すつもりはない。下らないことなら尚更な」

「うん、その時は自分の力で頑張るよ」


 エリオットは姿勢を正すと、「あのね」と話し始める。


「元々俺は、ケイティの事が好きだったんだよ。親同士の付き合いで、たった一度だけ、彼女と挨拶をした。······素敵だった。あの時初めて、美しいと綺麗の違いを知ったんだ」



「あーやめたやめた! 鳥肌が立つ話なら教会で演説してろ! あー背筋が冷える。もう帰れ」

「まだ話してないだろう! ちゃんと聞いてくれ」



 エリオットはナディアキスタを無理やり席に戻すと、長い話を短くまとめた。


「一目惚れした彼女が、真珠の国に連れてかれて、初めて危機感を覚えたんだ! だから彼女を守るために俺は、ケイティと婚約したい」

「さっきの話を聞いた上でか。馬鹿馬鹿しい」

「ナディアキスタ殿は辛辣だな」

「はっ、ケイトの方がもっと言葉を尽くして罵ってくるぞ」

「ケイティとの付き合いだけなら、俺の方が長いんだけどな」


 エリオットが席に戻ると、ナディアキスタは「ほほう」と納得したように顎に手を添える。

 エリオットは意味深に咳払いをした。


「ナディアキスタ殿は「俺様とケイトは恋仲でも何でもないぞ」


 エリオットが聞こうとしたことに、ナディアキスタは先手を打つ。どうせ聞くだろうとは思っていたが、このタイミングとまでは思っていなかった。


 ケイトとナディアキスタは、ただの利害の一致で付き合いがあるだけで、もしそれが無かったら、とっくに疎遠になっていた。

 お互いに『不可侵領域(プライベートゾーン)』を把握していたから築けた距離感で、お互いを尊重出来たから何でも言い合える仲になっただけ。


「冷たく聞こえるだろうがな。俺様とケイトはそんなものだ」

「あんな、悪友みたいな距離が?」

「悪友なぁ······悪くない響きだな。だが当たらずとも遠からず、だ。よって、お前が勘ぐるような仲ではない」

「ナディアキスタ殿は、ケイティをどう思ってる?」


 ナディアキスタは「はぁ?」と馬鹿にするような表情を浮かべた。


(まさかこいつ、七代先の子孫に欲情するような事があるとでも?)


 ナディアキスタは心の底からエリオットを馬鹿にした。深くため息をつくと、「人間の愚かさが骨身に染みる貴重な経験ありがとう」と皮肉を言った。エリオットはムッとして「どういたしまして」と返す。


「ケイティは、欲しいものを手に入れる努力はするけど、いざ欲しいものを手に入れようとすると、後ずさりするタイプだろう? 俺は、ケイティに『欲しがっても、手に入れてもいいんだ』って教えてあげたい」


 ナディアキスタはエリオットの言葉に「なるほど」と納得すると、少しソワソワし出す。


「まぁ、協力してやってもいい。正直に言うと、ケイトには幸せを手に入れる感覚を掴ませてやらねば、と思っていたところだ」

「ほ、本当に!?」

「だが念の為に言っておく。魔女の(まじな)いは万能ではない。必ず効くとは限らない。あと、ケイトは恋愛に関してものすごーく無頓着で、無関心で、鈍感だ。(まじな)いがどれほど効くかも、どれくらい回避されるかも分からん」

「いやぁ、さすがに女の子だし。ちょっとは効くんじゃない?」

「······泣いても知らないからな。俺様は」


 ナディアキスタはエリオットを小屋から出すと、自分の仕事部屋に案内する。

 二人でコソコソと、『ドキドキ! ケイトの心を奪っちゃうぞ作戦』を練るのだった。


 ***


 ──最近、エリオットの態度がおかしいとは思っていた。


 出勤時間に合わせて迎えに来たり、仕事中にわざわざ顔を出しに来たり、新しい香水の匂いを嗅がせてきたり、ブレスレットをプレゼントしてきたり······──



 笑い転げるナディアキスタ。

 テーブルに涙溜りを作り続けるエリオット。

 腕を組んでようやく合点がいった私。



 ナディアキスタの小屋の中で、私は「馬鹿だろ」とエリオットに告げる。エリオットは「だってぇ」と子供のように言った。


「ははははっ! いや、ここまでとはな! ははははははははっ!」

「笑いすぎだ、ナディアキスタ」

「あーもう。俺の一週間······」

「いや、いやぁ〜、死にそうだ。こんなことで弟の寿命使いたくないな······ぶはっ! 駄目だ止まらん! だははははははは!」


 エリオットはこの一週間、私に『恋の(まじな)い』を試していたらしい。そして私が尽く返り討ちにしていた──タチの悪い無自覚──らしい。


「もしかして、香水もカップケーキも?」

「クッキーもそうだよ。ナディアキスタ殿に協力してもらって、ケイティを振り向かせようとしてたんだ」

「はー、はー······くふっ。んんっ、いや、結構強めの魔法薬も仕込んだんだが、まさか全滅だとは思わなかった。ケイトが相当鈍いか、薬の耐性があるかだな」

「どれくらい強い魔法薬を使ったんだ?」

「香水に関しては、嗅いだ人間全てに効果が出るくらいだ。だから、ケイトだけに嗅がせるように、部屋の前でつけて、嗅がせたら直ぐに専用の魔法薬で拭き取らせたんだが。ハーブの香りがするんだがな。ふふっ、お前、なんて言ったんだっけ?」



「『うん、食人植物の“レイシアボタン”に似てるな』って」

「あんなこと言われるなんて思ってなかったよもぉぉぉ!」

「だははははははは! あ〜傑作だ! 効かないばかりか匂いが全っ然違う!」

「うるさいな。レイシアボタンはハーブに似た香りと、人間が本能的に引き寄せられるフェロモンと近しい物質を放つ、自然界の知的植物で······」

「知ってるよ! 俺も見たし斬ったし焼いたもん! でもまさか悪魔植物と一緒にするなんて」



 落ち込むエリオットを、未だ笑いが止まらないナディアキスタが叩いて慰める。


「だから言っただろう! ははは! ケイトは無頓着で無関心で、鈍感だと! くはは! ケイトを舐めすぎだ若造!」

「ナディアキスタ殿だって、若いだろうに」

「それはそうと、ケイト。本当に薬物耐性があるか調べたいから血を寄越せ」

「いきなり冷静になるな。クソッタレ泣き虫傲慢興味本位で薬盛る薬剤師の風上にもおけない悪意まみれ魔女」


 ナディアキスタは言い返すことなく、手のひらサイズの小さなコップを私の前に置く。

 私は折りたたみナイフをパチン! と開き、手の平を勢いよく切った。



「だぁぁぁぁあ!」

「うわぁぁぁあ!」



 私の血がコップにダバダバと注がれる。エリオットは慌ててハンカチで私の傷を圧迫止血し、ナディアキスタはローブから傷薬を出す。




「馬鹿なの!?」

「馬鹿だろ!!」



 二人が同じ顔で、同時にそう言うものだから、私はつい笑ってしまう。堪えたつもりだが、「くくっ」と声が漏れてしまった。


「「笑い事じゃない!」」


「いや、んっふ。すまない。そんな慌てることかと思って」

「あったり前じゃないか! いきなり手の平ズバッと切って!」

「ケイト、別にそこまで血が必要なわけじゃない。指先に針刺して、一滴入れればいいだけなんだ。分かるか?」

「分かるわ。でも今ナイフしか持ってないし、指先切ったら細かい作業が出来なくなるだろ?」

「いや、手の平切るほうがかなり支障出ると思うよ?」

「駄目だ。脳筋に繊細な話は通じない。エリオット、ハンカチどけろ。薬を塗る」

「了解、まだ血は止まってないよ」

「構わん、塗ったらすぐ押さえろ。こいつは絶対舐める」

「分かった。舐めないように見張ってるね」

「おい、お前ら私を何だと思ってるんだ」


 ナディアキスタに薬を塗られ、エリオットにしっかりとハンカチを巻かれる。舐めるどころか、解くことも難しくされて、私は大人しく座って二人の話を聞くことにした。


「さて、ケイトの薬物耐性はいかに」

「ナディアキスタ殿、この瓶の中見はなんだい?」

「サラマンダーの尻尾」

「この目玉も入れるの?」

「そうだ。直接触るなよ」

「うげぇ、変な匂いがする」

「馬鹿っ! これはゾンビの体液だ! 鼻から腐るぞ!」


 (まじな)いに興味津々なエリオットを止めるナディアキスタは、まるで幼子の面倒を見る兄のようだ。あれだけ弟がいれば、当然なのだろう。

 エリオットはナディアキスタが(まじな)いを作るところをじっと見つめる。さすがに耐えきれなくなったナディアキスタが、私を睨む。

 私は呆れながら、エリオットを領地に連れ出した。


「あんまりじっと見るな。気が散るだろう」

「いや、ごめん。なんか新鮮で」

「分かる。私も最初はそうだった」


 領地を散策しながら、私は魔女の(まじな)いの面白さを語る。

 家系図を調べるのにも鍋を使うこと、小瓶ひとつであらゆるものを操れること。他にも沢山あるが、話しきれない。

 私の話に耳を傾けながら、エリオットは複雑そうに笑っていた。


「どうかしたか?」

「いや、ちょっとヤキモチ」

「······誰に?」

「別に」


 呪いの話をしているのに嫉妬? 感情が絡まりやすいのか?

 もしかしたら、(まじな)いを多く見てきたことに妬いているのか。


「仕方ないだろう。私の方がナディアキスタとの付き合いが長いんだから」

「なるほど。ケイティが鈍感なのがよく分かった」

「何だと?」


 ナディアキスタとエリオットが私に分からない話をしているのが、何となく面白くない。私はムスッとしてナディアキスタの小屋の方に歩く。


 エリオットは時計を確かめると驚いた顔をして「こんな時間か」と呟く。


「悪い、ケイティ。俺そろそろ行かないと。今日はルフティーポフ伯爵たちと会食があるんだ」

「ああ、貿易管理局か。行け。あいつら時間に遅れるとネチネチ言うぞ」

「ごめんね。お茶は今度にしよう!」

「約束してるみたいに言うな! 行かないってば!」


 エリオットは駆け足で森を出ていく。私は少し頭を抱えてナディアキスタの小屋に戻った。

 ナディアキスタはコップをかき混ぜて、薬品を足しながらコップを覗き込む。


「エリオットはどうだった」

「最後までお茶に誘われた」


 ナディアキスタは「やっぱりな」と言いながら、コップに砂を足す。


「······結婚が女の幸せ、とは言わんがな」

「いきなりなんだ。気持ち悪い」

「自分のために、誰かを好きになるのも良いんじゃないか? 何をするのにも、必ず誰かのためと言う」

「別にいいだろう。私は」



「俺様の傍にいて感覚が狂ってるかもしれんがな。ケイトは歳を取り、健やかに老いて、いつか死ぬ。俺様を置いてな。オルテッドやメイヴィスたちもそうだ。俺様はまだ、吐き気がするほど先がある。でも、お前たちは、この俺様から見たら呆気なく終える時間の中にいる。自分勝手に生きるくらい、許されるだろう」



 ナディアキスタの真面目な話には、いつも胸が締め付けられる。私は彼に「分かってる」なんて言えなかった。

 そろそろ帰らなくては、モーリスに叱られる。私も屋敷に帰ろうとすると、ナディアキスタは「おい」と私を呼び止めた。


「······もっと楽に考えろ。他人なんざ、俺様たちが思うほど、俺様たちに興味が無い」

「ん、分かったよ」


 ナディアキスタはそう言いながら、また辛そうな顔をする。

 その興味を持っていない他人に、虐げられた人がいる。その事実は消えないのに。私には、ナディアキスタを本当に、理解出来ないのかもしれない。

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