表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/158

90話 決着。真珠の国

『ちょっともぉ〜〜〜! 心配してたんだよぉ! 聞いてんのかいケイト様!?』



 リリスティアの手を借りて、(まじな)いで魔女の森と通信を繋げてもらう。鏡の向こうでは、メイヴィスがプンプン怒りながら腕を組んでいた。

 私は苦笑いで「すまない」と謝った。


『すまない、じゃないんだよっ! ったくもぉ〜! ケイト様が『魔女の花嫁』になったって聞いたときゃ、本当に肝が冷えたしっ! その後兄さんから『三日でウェディングドレス作れ』って無茶ぶりされるし!』

「本当に迷惑かけた。お陰で無事だよ。ドレスもありがとう。破いてしまってすまなかった」

『兄さんの細かい指示と、お守りの魔法があったから、三日でドレスを仕立てたんだ。お礼は兄さんに言っとくれ』

「お守り?」


 メイヴィスは『そうさ!』と嬉しそうに笑った。


『魔女のお守り──『回る砂時計(リワインド・タイム)』。これがあたしが兄さんに貰った魔法さ。この魔法は時間を引き伸ばしたり、巻き戻したり出来るんだ。でも五分。引き伸ばすのも巻き戻すのも、この時間分しか出来ないんだよねぇ』

「五分か。微妙だな」

『だろぉ? でも時間を引き伸ばすんなら、かなり使い勝手が聞く。なんせ五分が二時間にまで伸びるんだ。だからデザインから仮縫い、縫製も全部一日で終わらせることが出来るんだよ。経ってる時間はたった一時間半なのにねぇ』

「それはすごいな。でも疲れそうだ」

『ふっふっふ。そうだねぇ。でも兄さんが『どうせ怪我したら裾を破いて包帯代わりにするだろう。やっっっすい布使っておけ。高い布使って損失出るより良い』って』



「魔女の肉は初めて食べるなぁ」

『よしとくれ。あたしらの兄さんだよ』



 私は鏡が割れそうになるくらい力を入れる。後ろでリリスティアが優しくたしなめた。




『メイヴィス、魔女様か?』


 モーリスの声が聞こえた。メイヴィスは振り返ると『ケイト様だよぉ』と返事をする。途端に何かを落とす音がして、バタバタと走ってくる音がする。

 モーリスがメイヴィスを押しのけて、『侯爵様!?』と鏡の前に現れた。


『良かったぁ! ご無事でしたか!』

『ちょっとモーリス! あたしが無事じゃないよぉ。ちょっ、あんま押さないどくれよ! あたしももう少し話したいんだ!』

『さっきまで話してただろ! 侯爵様、お怪我はございませんか!? 国の方は大騒ぎですよ。特にエリオット殿が!』

「あー、うるさいだろうな。今日真珠の国を出る。変わったことは?」

『騎士団の方で、ケイト様の救出部隊が組まれています。隊長はもちろんエリオット殿です。あと、侯爵様の領地に不審な連中が現れました。『ケイト様の後任領主』を名乗っていたので、とりあえずメイヴィスと撃退した上で犯人の特定を。詳細なリストはまとめてあります』

『きっちり絞めたから、安心しとくれ』

「ありがとう。リストは明日確認する。領地の件、最近耳にする詐欺連中かもしれない。早めに拘束するか。証拠取れたか?」


『はい。必要以上に!』

「わぁ、心強い」


 近状報告も済ませ、私は出立の準備をする。

 リリスティアは私に小さな小包を渡す。


「中にネックレスが入っておる。儂からお主に、感謝を込めて」

「いや、私は何も──」

「『対価』じゃ。ナディアキスタを、助けてくれた」


 対価、と言われると受け取らざるを得ない。

 これを断ると、ナディアキスタに怒られるし、何よりオルテッドのねちっこい「受け取れコール」を思い出す。

 私はリリスティアからそれを受け取ると、早速開けてみる。


 ──これは。


「『ケルベロスの犬歯』のネックレスじゃ。貴族に無骨な物を贈るのは、少々躊躇(ためら)ったんじゃが」



 中指ほどの長さの歯に、穴を開けて紐を通しただけの質素なものだ。ネックレス、といっていいのかも悩ましい。

 だがリリスティア曰く、「お守り」として真珠の国では有名なのだという。


「ケルベロスは冥界の番犬でな。三つの首が順番に眠るから、常に起きていられるそうだぞ。それに、冥界の物を身につけておれば、死を遠ざけられるんじゃ。ケイトは普通に生きて、いつか死んでしまう。けれど、一日でも長く生きて欲しい。儂も、ナディアキスタも、お主を信頼しておる」


 リリスティアは胸に手を当てて、そう告げた。

 私は胸の椿のネックレスを外し、ケルベロスの犬歯を首に下げた。


「うん、確かに長生き出来そうだ」


 リリスティアは私を見ると、泣きそうになりながら抱き締めてくれた。


「······出会ってくれてありがとう」

「私もだ」


 リリスティアは名残惜しそうに私から離れた。嘆きの魔女がいなくなって、気持ちが楽になったのか、リリスティアは晴れた顔をしていた。


「さぁ、そろそろ行かねば。トラが船で送ってくれるそうじゃ。もう港にいるじゃろう」

「ああ。······またな」

「ああ、またいずれ」



「儂の(おとうと)弟子(でし)を──『星巡り』の魔女を、よろしく頼むぞ」



 リリスティアと握手を交わし、私は外に出た。

 外ではナディアキスタがうんと背伸びをしながら待っていた。


「遅い。この俺様を待たせるとはいい度胸だな!」

「げぇっ、いつもの調子に戻ってる」

「俺様はずっとこうだ。さっさと行くぞ」

「はーぁ、昨日は可愛かったのになぁ。グズグズ泣いて、泣き疲れて寝ちゃってさ〜」

「そ、そんなことしてないっ! お前の見間違いだ!」

「私がお前をおんぶして帰ったんだぞ。見間違うがアホ。あ〜あ、可愛かったぁ、昨日のお前は〜」

「うるさいっ! うーるーさーいー! さっさと帰るぞ!」


 ナディアキスタは顔を真っ赤にして怒る。私の背中を強く叩いたくらいにして、私の前を歩く。

 ナディアキスタの雑な照れ隠しが可愛らしくて、私はクスッと笑う。それがナディアキスタに聞こえたのか、彼はいきなり振り返り、また私に詰め寄った。


「笑ったか!? 今っ、今笑ったな!? この俺様をなんだと!」

「はいはい、偉大な魔女様だろ〜? 泣き虫とか思ってない。大丈夫だ」

「大丈夫じゃない! この大雑把考え無し馬鹿騎士侯爵!」

「あ〜? なんか悪口の質落ちてねぇか? 熱でもあんのか?」

「あるかっ! お前まで俺様を子供扱いするな! 俺様は偉大な魔女だぞ! 少しは敬意を払え! お前をカエルに変えて、魔法の材料にしてやったっていいんだぞ!」


 ナディアキスタの必死な圧力も、何だか子犬が吠えているだけのように聞こえる。

 何となく、弟たちがナディアキスタを慕う気持ちがわかってきた。彼の口の悪さから滲み出る優しさが、どんなに隠そうとしても、どんなに怖く見せようとしても、大きすぎて溢れてしまうのだ。

 私はそれに気がつくと、一人で納得してしまう。ナディアキスタはそれすら面白くないらしい。


「······ナディアキスタ」

「何だ!」



「私たちの家は、あの森だぞ」



 私がそう言うと、ナディアキスタは目を丸くした。少しの間を置いて、ナディアキスタは笑い出す。


「はははっ! 当たり前だろう! だがケイトは騎士の国に家があるだろうが」

「うん。でもな、魔女の森は私の領地だし。私の領地は、私の家だろう」

「随分言うようになったな。だがまぁ、お前の屋敷も居心地が悪いわけでは無い。たまになら、足を運んでやってもいいな」

「たまに? 三日に一度は来るくせに!」

「別にいいだろう。モーリスや俺様の領民の様子見だ。お前にこき使われて、過労死してないか見ておかねばいけないからな!」

「お前よりは荒い使い方してねぇわ!」

「はっ、口ではいくらでも言えるからなぁ」

「くっそムカつく!」


 いつものように口喧嘩になりながら、私たちは港に向かう。ナディアキスタはようやく元気を取り戻したようで、私は胸を撫で下ろす。




 港ではトラヴィチカが不満そうに私たちを待っていた。


「遅ぉい! ボクちゃんずぅっと待ってたぁんだけど〜!」

「すまない。ちょっとな」

「むぅ〜! 次は待たないかぁらね! 早く帰ろぉ!」


 トラヴィチカがそう言って船に乗る。私とナディアキスタを顔を合わせて、何だかおかしくなって笑った。


「何してぇんの〜! 追いてぇくよ!」

「はいはい、今乗るよ」

「そうせっつくな。せっかちな奴め」


 私とナディアキスタは船に乗り込む。トラヴィチカは魔法で帆を張り、錨を上げる。

 船が騎士の国に向かって進み始めた。



「「家に帰ろう!」」



 私とナディアキスタはハイタッチして笑った。トラヴィチカも「面白ぉ〜い!」と言ってハイタッチした。

 船は大海原を突き進む。海に吹く風はとても心地よかった。

 ナディアキスタはトラヴィチカと(まじな)いの白熱した議論を交わす。私はそれを聞きながら潮風を浴びる。


(私も、独りじゃないんだなぁ)


 ずっもひとりぼっちだった我が家は、いつの間にか沢山の人に囲まれていた。とても個性的で、優しい人達で。


「······これが、幸せなんだなぁ」


 私は改めて、ナディアキスタを支えようと決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ