83話 正体見破ったり!
騎士の国から送られてきた、メイヴィス特製のウェディングドレス。
白を基調とし、金の刺繍と、締め色に緑のリボンをあしらった、私には勿体ないほど綺麗なドレスだ。
それに袖を通し、トラヴィチカからのサムシングニュー──銀のヒールブーツを履く。
リリスティアからのサムシングブルー──髪結紐で美しく髪をまとめあげる。
着飾った私を、ナディアキスタは家の前で迎えた。
私を見て、ナディアキスタは少し怖い顔をした。でもすぐに、いつものように、私を小馬鹿にする。
「馬子にも衣装、だな」
私は「本当にな」と笑う。
······本当ならば、もっと昔に着ていたドレス。
煌びやかな宮殿で、ティーカップを片手に微笑んでいるはずだった。けれど、私が得たのは血なまぐさい戦場と、何でも切れる剣。
正反対の未来で、私は軽やかに踊り、身を捧ぐ。
誰が想像出来ただろうか。転がり落ちた先の、この未来を。
······笑ってしまう。
「おい、これ」
ナディアキスタは私に一本の剣を渡した。
鞘に収まっていても分かる、上等な剣だ。南天の装飾を施した鞘は、目がチカチカするほど魅入ってしまう。これは、美しいなんてものではない。
「サムシングボローだ。エルフが鍛えた剣。精霊の剣なんて、ほとんどないぞ」
「それを、花嫁に? バカじゃねぇの」
「ケイトだからな。普通の物を貸したって、なんの意味にもなりゃしない」
ナディアキスタは「そうだろう?」と言わんばかりにドヤ顔をする。
私は剣を腰に提げて、「確かに」と返した。
ナディアキスタは呪いで馬車を出す。
騎士の国から私を連れ去った、あの貝殻の馬車にナディアキスタは私をエスコートする。
私はナディアキスタに深くお辞儀をして手を取った。
「──サムシングオールドはどうした?」
馬車の中で、ナディアキスタは私にそう尋ねた。
私は「ああ」と呟き、首にかけたネックレスを彼に見せた。ナディアキスタは「本気か」と言わんばかりに目を見開く。
婚約が決まった時に、皇太子から送られた白椿のネックレス。今となっては血が染みついて赤黒くなっていた。
「──私らしいだろう?」
ナディアキスタはふはっ、と笑った。
「ああ、お前らしいな」
***
真珠の国──西の海
私は白いベールをはためかせ、崖に波を立てる海を見下ろした。
リリスティアが遠くから私に声を投げる。
「心配は要らぬ。ここに身を投げた何人かは、生きて帰ってこれた。お主ならば、無事に帰れるじゃろう」
「不安だ。けれど、怖いとは思っていない」
トラヴィチカは私の肩に手を乗せた。
後ろをチラと見ると、ヘラッと笑う。
「だぁいじょーぶ。ナディーちゃんいるしぃ。ボクちゃんもついてぇるよん。ケェトさん、花嫁の言葉をちょぉだい?」
トラヴィチカは私の手を握ると、後ろにいる観客や、見届け人のナディアキスタ、リリスティアに私を向ける。
リリスティアは「美しいな」と言ってくれた。ナディアキスタは何も言わない。
私はゆっくり息を吸い込む。
「嘆きの魔女が、ナディアキスタを嫌っていたのは、彼が『男』だったから」
事前に知らされていた言葉とは、全く違うことを私は話す。リリスティアは驚いて「ケイト!」と私を諌めた。
「昔話では、『弟子が女の子を追い出したからねぎされた』とあるが、実際は『弟子が女の子に【警告して逃がしたから】ねぎされた』のでは?」
物語とは時の流れと共に語り継がれ、形が段々と変わってしまう。
もしも、その話を伝えたのが魔女を襲って後悔した人達なら、そう変わってしまっても不思議ではない。もしくは、魔女の呪いを恐れた人達。
「そして、『魔女が女の子を風呂に入れてやっているのを目撃』これも実は間違いで──」
私はナディアキスタの方を見た。ナディアキスタは泣きそうな顔で、微笑んでいた。
「本当に、『女の子を鍋で煮ていた』んじゃないか?」
観客がざわつく。私はナディアキスタに「そうだろ」と目で問いかける。ナディアキスタは「そうだ」と目を伏せた。
リリスティアは「師匠はそんなことをせぬ!」と声を荒らげた。
「確かに、ナディアキスタにキツく当たってはおったが、女子を煮るなんて、そんな残虐なことはせぬ! 本当に見間違いだったんじゃ! 儂は、その師匠に教わったのだぞ!」
私はリリスティアにゆっくり近づく。
私が一歩踏み出せば、リリスティアは一歩退く。
一向に縮まらない距離で、私は確信した。
「昨夜の禊には、柚をたっぷり使った風呂で済ませた。夕飯は唐辛子と大豆のソイミートハンバーグ。かぼちゃサラダに柚の紅茶を。寝る時は柊とアイビーの葉っぱで飾ったベッドで寝たし、枕元にバラも置いた。朝にローズティーを飲んで、カットした桃を食べた。これでもかってくらい、魔よけをしてるんだ」
ナディアキスタはさらに付け足す。
「もちろん、そんな風習で追い出せるなんて思ってもいないから、魔女の観点からも、魔除けは施した。黒蜥蜴の丸焼き、バジリスクのモツ煮、シーサーペントの目玉焼き、ありったけ食わせた。悪意除けの薬に、防御のリボン、荒神の金刺繍、不可侵のバングル、鬼神の口紅──あと諸々」
ナディアキスタは指折り数えたが、途中で諦める。
私はリリスティアに告げた。ゆっくりと、喉にナイフを刺し込むように。
「嘆きの魔女は、そこだな」
私はリリスティアの胸を指さした。
リリスティアは「違う!」と否定する。ナディアキスタは自分の爪を見ながら「違わん」と突っぱねた。
「リリスティアは、本当に違う時は理論で語る。こんこんと語って、相手を黙らせる。だが、今回のその狼狽っぷりと、話し方、汗の量、手の震え、赤くなりつつある目は全て、リリスティアの癖にない。······全部、師匠が持つ癖だ」
ナディアキスタに言われ、リリスティアは「儂を疑うのか?」と言った。ナディアキスタは返事が出来ない。「違う」と言ったのは私だ。
「ナディアキスタは、最後までリリスティアを疑っていなかった。私が、違和感を覚えたんだ。トラヴィチカと柚の紅茶を飲んだあと、リリスティアだけが「臭い」と言った。人それぞれだろうけど、臭いはずがないんだ。あの紅茶に使われた柚は、魔法薬でつけてあるから、匂いが甘いんだ。「甘ったるい」なら分かるが」
トラヴィチカは観客をこの場から追い出した。
ナディアキスタはリリスティア、と彼女にガラスの棒を向ける。
苦しそうに声を絞り出した。
「やめてくれ、リリスティア──いや、嘆きの魔女」
ナディアキスタはガラスの棒で円を描く。
色とりどりの蝶々がナディアキスタの周りを飛び、リリスティアへと向かっていく。ナディアキスタは、まだ躊躇しているようだった。
「悔しいのだろう。腹立たしいのだろう。けれど、お前がいくら小娘を食べたところで、その飢えが満たされることは無い」
「────······『黙れ』」
リリスティアがそう言った。
目の色が変わる。せっかくのブラウスとロングスカートは、クラゲのようにヒラヒラとした青紫のワンピースに変わってしまう。
リリスティアの顔が歪み、美しいが悪魔なような女の顔に変わる。真っ黒な唇が、割けんばかりに笑った。
『私の居場所を突き止めたとて、貴様に何が出来る』
セイレーンのようにひび割れた声が、ナディアキスタを威圧する。ナディアキスタはぐっと、唇を噛んだ。
『······せっかく魔除けたのに、その贄も守れんくせに』
「えっ?」
ふわ、と体が浮いた。気がついたら私の足元に海が見える。
ナディアキスタが気づいて、驚いて、あせるまでの表情がスローモーションのように見えた。
「ケイトォォォォォ!」
──急に体が重くなり、海に引っ張られる。
私は腕を広げて、背中から海に落ちた。
しょっぱい水が口の中に広がり、水を吸ったドレスが私を海底へと誘う。
ナディアキスタの叫び声が、海の中だからか、うるさく聞こえた。