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80話 ねぎされた魔女

「うわっ、お主ら臭いな」


 夜になり、ようやく帰ってきたリリスティアが、開口一番そう言った。あからさまに鼻をつままれ、そそくさと部屋に向かう彼女に、さすがの私も少し恥ずかしくなった。

 先に風呂に入り、夕食にふかふかのパンとビーフシチュー。デザートにイチゴのババロアが出たが、私は手をつけられなかった。

 ナディアキスタが不審に思い、「どうした」と私に尋ねる。


「イチゴは好きだっただろう」

「いや、使われているイチゴのシロップだ」

「は? ······ああ、人工甘味料か。犬かお前は」

「うるさい。何となく分かるんだよ」


 ナディアキスタは私のデザートを自分に引き寄せると、自分の蜜柑のゼリーと取り替える。


「これは?」

「食べられる」

「犬だな」

「殺すぞ」


 私は蜜柑のゼリーを口に運んだ。


 ***


 寝る前、私は必ず読書をする。

 一番ゆったりできる時間に、好きなことをするのが戦場を駆け回る次に楽しいのだ。

 いつもなら、歴史書や他国の物語を読むのだが、部屋に戻ってみると、ベッドの上に真珠の国の絵本があった。


 誰が置いたのか分からないが、私はそれを何となく手に取った。

 ページをめくると、可愛らしいタッチの絵が目に飛び込んでくる。けれどその絵とは裏腹に、内容は少しシリアスだった。


 ***


『昔々ある森に、魔女がいました。魔女はとてもやさしくて、なんでもできました』



『魔女にはたくさんの弟子たちがいました。みんな、魔女とおなじようにやさしい人たちでした』



『けれど、ひとりだけやさしくない弟子がいました』



『その弟子は、魔女のいうことをきかずに、かってに魔法をつかったり、ひとりで夜おそくまで本をよんでいたり、魔女をこまらせていました』



『ある日、迷子の女の子が魔女の家をたずねました』



『女の子は魔女に“どうかひと晩とめてください”とお願いしました』



『魔女はこころよく女の子を家にむかえ入れましたが、やさしくない弟子は、それが面白くありません』



『弟子は、女の子がねている部屋にしのびこむと、女の子をむりやり追い出してしまいました』



『魔女はカンカンに怒りました』



『弟子は魔女の森から追い出され、しくしく泣きながら村にかけ込み、叫びました』




 ──魔女は悪者だ! みんなころされてしまうぞ!──



『それを聞いた村の人々は、最初は信じませんでした』



『誰も、魔女に悪いことをされていないのですから』



『けれど、ひとりの村人が、魔女が女の子をお風呂に入れている姿をみてしまい、“魔女が女の子を食べようとしている!”とかんちがいしました』



『村にそのはなしが広まると、村人はみんなこわがってしまい、『魔女を倒そう』というはなしになりました』



『魔女が外で、おおなべをつかう満月の夜。村人たちはあつまって、魔女を退治してしました』



『魔女はみんなの為に、お薬をつくっているところでした』



『村人たちがかんちがいをしていたことに気づいたときにはおそすぎました。魔女は死んでいたのです』



『魔女はかなしみのあまり、彼らに(のろ)いをかけました』



『“私はあなたたちをゆるせません。海をゆすり、大波があなたたち全てをのみこむでしょう”』



『魔女のいかりをおそれた村人は、満月の日に女の子をひとり、魔女のもとに行かせることにしました』



『それがいつしか、『魔女の花嫁』と呼ばれるようになったのです』


 ***


 自分たちの罪を後世に伝え、同じ過ちを繰り返さないように、という教訓の話だった。

 私は絵本を閉じると、ナディアキスタの顔が思い浮かぶ。彼に絵本の事を聞きにいこうと立ち上がったところで、部屋をノックする人がいた。ドアを開けると、湯気が立つマグカップを二つ持ったリリスティアがニッコリと微笑んで立っていた。


「夜更けにすまんのう。(あか)りがついとったから、眠れぬのかと思って温かい飲み物を持ってきたんじゃ」

「いや、お気遣い感謝する。寝る前の習慣でな」

「読書か? 気が合うのう。どれどれ、何を読んで······」


 リリスティアはベッド脇のテーブルに置かれた絵本を見ると、悲しげな目で「ああ」と薄く笑う。


「リスアコットの絵本、か」

「ああ。今、ナディアキスタに確認しに行こうと」

「······ナディアキスタには、何も言わないでくれぬか? その絵本はあやつの傷じゃ。あやつの歪みじゃ。何も、言わないでやってくれ」

「ああ、リリスティアもその頃一緒にいたのか」


 私がそう言うと、リリスティアはこくりと頷いた。私にマグカップを渡し、ベッドに座らせると、リリスティアは傍らに椅子を引き寄せて座る。

 リリスティアはハーブティーを飲むと、はぁ、とため息をついた。


「嘆きの魔女は、ナディアキスタをあまり良く思わなんだ。いつも雑用ばかりしておった。教えられる(まじな)いも初歩的なものだけじゃった。儂らのように、強力な(まじな)いは一つたりとて教わらなかった。ナディアキスタが頼み込み、ようやく(まじな)いを教えてもらえるのかと思えば、星図をひとつ。ぽんと渡して何も言わぬ。

 ナディアキスタの星占いを受けたことはあるか? 教わるはずの十二の星座も、統計学も出てきやしない。空にない、独特な星ばかり言うんじゃ。あんなデタラメな星なのに、どうしてか(あた)る」


 リリスティアは苦笑いした。

「あれだけ出来るのにな」と、懐かしむような、惜しむような表情をみせた。リリスティアは杖をひと振りすると、私の膝に赤いリボンの小さな箱を顕現させる。


「儀式の日まで、開けぬようにな。中にサムシングブルーが入っとる。······何も出来ぬ儂から、せめてもの謝罪を込めて」

「いいや、リリスティアは尽力している。私こそ、何も出来なくて申し訳ない」

「いいんじゃ。他国の儀式に巻き込まれて、さぞかし不安じゃろうて」


 リリスティアは私の頭をぽんと撫でると、部屋を出ていく。

 私は彼女に一つだけ尋ねた。


「リリスティア、どうして嘆きの魔女は、ナディアキスタを嫌っていたんだ?」


 リリスティアは振り返り、「簡単じゃよ」と言う。



「ナディアキスタが、『男』だったからじゃ」



 リリスティアは部屋を出ていった。私は一人になった後で、怒りが湧いてきた。


 ──たかが性別。たかがそれだけ。

 ナディアキスタが男だったと言うだけで、魔女に嫌われて、ぞんざいな扱いを受けてきたのか!


 私はハーブティーを飲み干し、乱暴にテーブルに置いた。

 私は嘆きの魔女に腹を立てたまま、眠りについた。暗くなっても絵本の魔女は、ニコニコしている。

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