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79話 醸し出される

「ねぎ、魔女?」


 私がそう尋ねると、紅茶をおかわりするトラヴィチカが「そぉだよ」と返す。


「食べる方のねぎじゃないよ。ナディーちゃんは、嘆きの魔女の弟子だった。けぇど、破門になった」

「そうなのか。あいつ、あれだけ偉いだの何だの言っておいて······」


 落第魔女だったのか。そう思うと、自尊心が可哀想な方向に拗れたのも頷ける。

 私がうんうんと納得していると、トラヴィチカは三杯目の紅茶を飲み始める。


「破門になった時に、嘆きの魔女を殺してぇるんだよねぇ」

「ナディアキスタが!?」

「そぉだよ〜。魔女界隈じゃあ、そこそこあるけぇどね」


 ナディアキスタが嘆きの魔女を殺した? 元々キレやすい性格ではあるが、まさか殺すなんて。

 けれど、そうなら疑問がある。

 真珠の国に行くのを嫌がったのはまだ理解出来る。が、今こうして本気で魔女を探す理由がない。知らない(まじな)いでもあった? なら魔導書を買うなり魔女を脅すなりすればいい。


 嘆きの魔女の恨みが怖い? 【屍上の玉座】がある限りは死なないはずだ。

 永遠の責苦が嫌か? ナディアキスタがそれを恐れるとも思えない。


 私が悩んでいると、トラヴィチカはニヤニヤと笑う。紅茶を飲み干して、ようやくサンドイッチに手をつけた。

 私はまだ二杯目の紅茶を持ったまま、ずっと悩む。


「知らないよぉだね。ナディーちゃんのこと」

「ああ。そりゃあ、長く付き合いがあるとしても、私は今の彼しか知らない。過去に何があったとか、どうしていたかとか、私はさっばり分からない」

「聞こうと思わなかったんだぁね。その口ぶりだと」

「知ったところで、私にはナディアキスタにかける言葉も、優しさも持ち合わせていない。何を言ったところで傷口を切り裂き、塩をすり込むようなものだ」

「ならいっそ、罵倒しあっている方がいい〜ってぇ?」



「おい、トラヴィチカ。ケイトに(まじな)いをかけるな」



 いきなりナディアキスタが部屋に入ってくると、私の紅茶に角砂糖を一つ入れた。「早く飲め」とナディアキスタが眉間にシワを寄せる。

 私が甘くなった紅茶を飲むと、ナディアキスタは無表情のままトラヴィチカを見る。だが、安心したような雰囲気があった。


「魔女の魔法で現れた紅茶。そこに魔法薬を染み込ませた果実を入れて飲むと、『うっかり口を滑らせやすくなる』(まじな)いになる。分かっててやってるな?」

「んははっ! ナディーちゃん気づくの早すぎなぁい? そぉだよ〜。でもぉ、別にボクちゃんは悪いこと考えてるわけじゃなぁいよ?」

「なら何だと言うんだ。ケイトに何を言わせようとしたのか、お前の心臓を炙りながら聞き出してもいいんだぞ」


 ナディアキスタの脅しに、トラヴィチカも真顔になる。緊迫した空気に、私も背筋が伸びる。しかし、トラヴィチカがニパッ! と笑って「やぁだな〜」とおどけて見せた。


「ボクちゃんはぁ、ケェトさんがナディーちゃんのこと、どう思ってぇるのか知りたかっただぁけ。これでさぁ、ケェトさんの魔女に対する目が変わっちゃったぁら、ボクちゃん、ケェトさんを『お片付け』しないといけないからさぁ」


 トラヴィチカはそう言って席を立つ。「あっ、そぉだ!」と何かを思い出すと、帽子を脱ぎ、中からオレンジとブルーのリボンをかけた箱を出す。


「これ、ケェトさんに。サム、サムゥ······サムジン······」

「? ······サムシングフォー、か?」

「あっ、それそれぇ。サムシング······えーと、新しいもの! ボクちゃんが扱う商品の中でぇも、ちょっと高めのあげる〜!」


 トラヴィチカは私の膝にそれを載せると、「儀式の日まで開けないでねぇ」と唇に手を当てて笑った。

 トラヴィチカが部屋を出ていくと、ナディアキスタが大きなため息をつく。


「おい、“掃除をしろ”」


 ナディアキスタが手を叩くと、部屋は勝手に片付いていく。

 今しがた飲んでいた紅茶もカップごと消えて、部屋はすっかり元通りになった。

 ナディアキスタは壁にもたれて神妙な面をしている。私は何も言わずに部屋を出ようとした。


「······幻滅しただろう」


 ナディアキスタはそう言った。

 あれだけ傲慢な物言いをしていた奴が、まさかの破門された魔女。魔女とすら名乗れないような奴だった。

 私は彼をじっと見つめる。ナディアキスタは私に顔を向けられなかった。


(······ああ、ナディアキスタは「そうだな」って言って欲しいんだ)


 私は彼の望む答えを見つけた。


(そうだなって言えば、ナディアキスタは心構えが出来るんだ。味方がいなくなる準備をするのに、私の一言が欲しいんだ)


 私はそこまで察する。けれど、彼になんて言えばいいか分からなかった。

 そんなことないよ? 誰にだってあることだよ? ──いいや、全部違う!

 これは、もっとシンプルで、寄り添うような言葉ではなくて。それでも自分の心を伝えて、『見捨てないよ』だけを心に刺して残す······──




「いや、お前らしいな」




 ──これでいい。

 私は笑いもせず、かと言って無感情でもなく彼に返す。ナディアキスタは表し難い表情をしていた。

 私は自分の部屋にトラヴィチカのプレゼントを置いた。ナディアキスタがあの言葉をどう思おうと、私が彼に対して思っていることは、あれが全てだ。

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