78話 嘆きの魔女が見つからない
トラヴィチカは鍋を覗き込みながら、「う〜ん」と唸る。
私はそれを、壁にもたれて見守っている。
トラヴィチカは杖を鍋の上で振り、ブツブツと呟いていたが「もぉ無理!」と両手を高くあげて降参のポーズをとる。
「無理だよぉ! 嘆きの魔女の痕跡がどこにもない! 魔法を使った跡はあるけどぉ、それが嘆きの魔女かまでは分かんなぁい!」
「もう少しだけ頑張ってくれないか。今ナディアキスタもリリスティアも探しに行ってるんだ」
「出来ないのっ! ケェトさん、魔女の痕跡ってぇいうのは、長いこと魔法を使い続けているだけ分かりにくくなぁんの! それこそ、嘆きの魔女は数十年単位ですら厄介なのにぃ、数千、数万単位にもなればぁ? いくらボクちゃんでも無理だよ!」
トラヴィチカは近くの椅子を引き寄せてまたがり座る。私はため息をこぼした。トラヴィチカは「まっ、出来るとしたらぁ?」と私をチラと見る。私は首を傾げた。
「······ナディーちゃんや、リリスティーちゃんみたいな、数百年単位で生きてる人じゃぁない?」
トラヴィチカは意味深に笑う。私は彼の胡散臭い笑顔が嫌いだった。
何を考えているのか、どこに本心があるのか分かったもんじゃあない。トラヴィチカの言葉の意味を探ろうとする前に、ナディアキスタが帰ってきた。
「おい、トラヴィチカ! 魔女の呪いをするぞ!」
「えぇ!? 痕跡見つけたぁの?」
「いいや。呪いの跡はあったが、それが魔女のものかは分からん。だから、手っ取り早く『血の儀式』をしようと思う」
「血の儀式?」
私が尋ねると、トラヴィチカは「え〜とねぇ」と頭を掻いた。
トラヴィチカ曰く、名前の恐ろしさとは裏腹に、『家族探しの呪い』の一つなのだそうだ。
ナディアキスタが商人の国で、リコリスの仲間を探したように、魔女達の仲間を探す呪いがある。
「けぇどね〜、ちょっと無理なんだよねぇ」
「条件? あ、ナディアキスタが呪いは非効率だと言っていた。使える時間が限られているのか? それとも、使う魔法薬材が貴重なのか?」
「いや、仲間の魔女を探すためだけに、そこまで凝った事はしない。『探したい魔女と血縁関係である。師弟関係、もしくは兄弟弟子であること』と、『探したい魔女と繋がりのある持ち物がある』こと。そのどちらかさえ満たしていれば、呪いが使える」
「でもでもぉ、ナディーちゃんはどっちも満たしてないじゃん?」
トラヴィチカはハッキリ告げた。ナディアキスタは顔をしかめる。私は「はぁ?」と言った。
「トラ、ナディアキスタは嘆きの魔女の弟子なんだろ? なら、条件は満たしてる」
「い〜や、満たしてないよぉ。だぁって、ナディーちゃんは──」
「使えないなら用はない。俺様は別の方法で探りを入れる」
ナディアキスタの機嫌が悪くなる。彼はトラヴィチカを睨んで家を出ていった。トラヴィチカは「あーぁ」とつまらなさそうにナディアキスタを見送った。
「やっぱりこの話題は怒っちゃうねぇ。ナディーちゃん」
「いつもの事だ。思い通りにならないと、すぐに機嫌が悪くなる」
「······ケェトさんってぇ、本当にナディーちゃんの事知らないんだぁね〜」
トラヴィチカは驚いた顔をした。私は「何故だ」と聞き返す。
トラヴィチカとナディアキスタは顔見知り程度としか聞いていない。私の方が彼と長く付き合いがある。それなのに、どうして私の方が知らない、と言われているのだろう?
トラヴィチカは杖を振るうと、大鍋をポンッ! と消した。
椅子がとことこ歩いてきて、私の膝裏を小突き、無理やり座らせる。床から染み出すようにテーブルが現れた。
トラヴィチカがテーブルの上に置いた小瓶を杖で叩くと、三段のケーキスタンドに変わり、窓を開けると、小鳥がカゴを咥えて部屋に入ってきた。
トラヴィチカは小鳥が置いていったカゴの縁を杖で叩いた。中のスイーツやサンドイッチが勝手にケーキスタンドに載せられていく。
宙を飛ぶティーカップが私の手元に来ると、真っ白な煙の中からポンッ! と音を立てて、刻んだ柚がカップの中に落ちた。
トラヴィチカが私のティーカップの縁を杖で叩く。柚から染み出すように紅茶が湧き上がった。
「······面白いな」
「これ人前でやったら問答無用で火炙りだからねぇ。間違っても言わないで。まっ、ケェトさんならぁ、言わないと思うけぇど」
「ああ、言わない。トラは相変わらず紅茶が好きだな」
トラヴィチカとティータイムを過ごす日が来るとは思わなかった。
なんせトラヴィチカが絡むと、いつもどこかに頭を下げに行くか、トラヴィチカを怒鳴るかのどっちかで、慌ただしいのだ。
本当にトラブルを挟まないとトラヴィチカとは話も出来ない。おかしな奴なのに、どうしても憎めないのは何故だろうか。
だがこのせっかくのティータイムは、令嬢のようにキャッキャウフフするためではない。
トラヴィチカは紅茶を一口飲むと、「魔女はねぇ」と話を切り出す。
「弟子が手に負えないミスをした時、弟子が裏切った時とかぁ。まぁ、騎士でもあるとぉ思うけど。いわゆる『破門にする』事があるんだぁけど〜、騎士だとそれぇ、どぉしてる?」
「あぁ。基本は書面での通達。その場での退団は、新兵はバッジを壊すし、そこそこの手練は剣を折る。二度と騎士にならないという約束も結ばせるな」
「そぉだよねぇ。でも、魔女は違う」
「魔女は『破門』にした弟子を、自らの手で殺すんだぁ。手足を引っこ抜ぅいて、喉を掻き切ってぇ。心臓を抉り出ぁして。そうやってぇ、二度と復活しないようにしてぇ、『破門』にすんのねぇ」
──破門、とは何だろうか。
そこから揺らいでしまいそうな、厳しい罰に私の喉がキュッと締まる。トラヴィチカは「それを魔女の言葉で“ねぎ”って言うんだぁけど」と話す。
「でもごく稀に〜、破門されたけど生きてるぅって魔女もいんのねぇ。もう面倒見られないけど、殺すほどの罪じゃないとか〜。単純に、魔女の好みじゃなかったとかぁ?」
「好みじゃないって、そんな自分勝手な理由が許されるのか」
「ありえるよぉ。ボクちゃんの知り合いにもいたもんね〜」
私は紅茶を飲み、苛立ちを落ち着かせる。
トラヴィチカは平然と話を続けた。
「ナディーちゃんは、自分のこと『魔女』って言ってるけどぉ。ボクちゃんたちから見たら〜? ナディーちゃんは魔女じゃぁない。とんがり帽子もないしぃ、独り立ちの称号もないしぃ。でも呪いは使えるでしょ?」
トラヴィチカの話に、私は何となく察しがついてしまった。私の表情を読み、トラヴィチカは「うん」と頷く。
私の脳裏で、ナディアキスタが寂しげに振り返った。
「ナディーちゃんはねぇ、“ねぎ魔女”なんだよ」