76話 のんびり薬材店
ナディアキスタはコルムに商品を注文する。コルムは商品を準備すると、それを丁寧に袋に詰めていく。
店内を物色するナディアキスタの目を盗み、私はコルムに話しかける。
「なぁ、シエラは元気か?」
「シエラさん? 元気ですよ〜! この前、ロイヤルワラント? とかいうのもらったとかニャんとか」
「王室御用達の称号を!? すごいな。けど、コルムが国を離れても平気なのか?」
「シエラさんも、一人で家事も出来るようにニャりましたし、この時期のリアスコットは、コルムの店の繁忙期ニャので! むしろ国を離れニャいとお金に困るんですよぅ」
「そうなのか」
「おい! コルム! さっきから野ネズミのヒゲを三グラムって、ずうっと言ってるんだが!?」
「おっと、すみません! こちらですねぇ〜」
ナディアキスタの注文に、コルムはササッと商品を詰めていく。ナディアキスタは店内をグルグル回りながら、腕を組んで口を尖らせる。
一見、無視されて不貞腐れているように見えるその仕草は、私には少し違和感があった。
この傲慢で話を聞かない高飛車な男が、誰のことを考えているのか、何を思っているのかなんて、分かるはずもない。が、言葉に出来ない何かが、彼の心を教えてくれる。
「嘆きの魔女。どこにいるかなんて、早々分かることじゃない。それに、相手はゴーストなんだろ。そもそも見えるかどうかさえ怪しいじゃないか」
「はっ、この俺様の心を見透かしたつもりか? そんなチンケな事を考えているほど暇じゃあない。薬材店にいるんだ。呪いや魔法のことを考えるに決まってる」
「はい嘘つきました! 今っ! ニャディアキスタ様は嘘をつきました!」
「よっしゃ吐け! ケット・シーの前で嘘ついた阿呆魔女! さぁ何を考えてたんだ!」
「クラーケンのフライが食べたいのニャら、喋った方がいいですよ!」
「だぁぁもう! うるさい! うっさい! 一人と一匹が結託するな! 別に食べたくもない! というか、クラーケンをよく捕まえられたな!?」
ナディアキスタは怒鳴ると、ふん、ふんと荒く息をする。
私はナディアキスタの様子にやっぱり違和感を覚えた。ナディアキスタは会計を済ませると、さっさと店を出ていく。
コルムはナディアキスタを笑顔で見送ると、私にクラーケンのフライを一口分けてくれた。
「どうぞっ! 柚子胡椒が効いた一品ニャんです」
「さっぱりしてて美味しい! また食べに来るよ。シエラにもよろしく言っておいてくれ」
「もちろん! お買い上げありがとうございました〜」
***
店を出ると、ナディアキスタはまたあちこちの店に顔を出す。
私は荷物持ちに徹するが、店主の態度がどうも気になって仕方がない。手を揉み、気持ちの悪い笑顔を貼り付けて、ナディアキスタの相手をしている。私はナディアキスタが調子に乗るんじゃないかと呆れていたが、彼は無表情で店主の顔すら見ない。どんなに褒められても、いつものような偉そうな態度を取らず、「あっそ」で片付けてしまうのだ。
ある程度買い込みを済ませると、ナディアキスタはようやく家へと向かう。私はナディアキスタの態度に、「ああ」とようやく察した。
(──帰りたくないのか)
買い物はするが、分かりやすく無駄な寄り道。魔女たちの目を避けるようなルートを選び、今必要でもなさそうなことに手を出す。
どこに行っても始終無表情で、誰に何を言われても興味が無い。
私が、家に帰りたくない時と同じようなことをしている。私も、理由もなく馬に乗って外を駆けた事がある。少し遠くに行って、ぼうっと暮れゆく野原を眺めていた。
ナディアキスタが帰りたくない理由は分からないが、帰りたくない気持ちは分かる。
私はあえて何も言わずに、彼の思うように行動させる。
ナディアキスタは人気の無い道に進むと、辺りを確認し、いそいそとローブを脱ぐ。
「荷物をポケットに入れてしまおう」
「ああ、仕事部屋に繋がってる······。気遣い感謝する」
「いや、さっきからガサガサうるさいんだ。気が散る」
「殺す」
そう言いつつ荷物をナディアキスタのローブに詰め込む。
ポケットの中で「ゴスンッ! ドサッ!」と音がするが、ナディアキスタは気にせずに詰め込んでいった。
ナディアキスタはローブを羽織ると、深くため息をついた。
私は隣で、周りをちょっと見てから、話を切り出した。
「帰りたくないなら、無理して帰らなくていいんじゃないか?」
「っ! 何故それを!」
「私も経験がある。アニレアに、お気に入りの本を取られた時とか、婚約者を奪われた時とか」
「振り幅がデカイな。だがまぁ、同情はしよう。過ぎたことだが、心の傷がたかが数年で癒えることなぞない」
「ありがとう。別に家に帰るのは変わらないんだし、好きに過ごしてその日のうちに帰ればいいだろ。私はナディアキスタに合わせるよ」
「理由は聞かなくていいのか?」
「帰りたくない、が理由じゃダメなのか?」
ナディアキスタは力なく笑うと、「そうだな」と顔を上げる。
いつも通りの、自信たっぶりな彼の顔だった。
「なら、俺様も好きに過ごそう。ちょうど羊のミートパイが食べたい気分······」
『ぐおぉぉおぉお!』
商店街の方から聞こえてくる雄叫び。その直後に誰かの避難指示と、悲鳴が更に混乱を呼ぶ。
「誰か! 戦える者を連れてこい!」
「クソッ! なんでこんなところに魔物が!」
「早く逃げろ! 殺されるぞ!」
ナディアキスタはその場にしゃがんで頭を抱えていた。
私は逃げ惑う彼らの声を聞きながら、剣の刃こぼれを確認した。手入れは欠かしていない。だから、切れ味だって抜群だ。
ナディアキスタは「何でだ」と不満げに呟く。私は通りをじっと観察する。
魔物だ。牛みたいな見た目の魔物だ。大きいとしか、今は分からない。
「最悪だ。俺様の気分全部台無しだ」
「まぁ、何とか持ち直せ。ミートパイ、牛じゃダメか?」
「······ふーん、妥協点だな」
「じゃあ手を貸してくれ。剣しか持ってない」
「十分だろうが。武神令嬢」
「褒めすぎだ。駄々こね魔女」
私はナディアキスタと手を叩くと、商店街の方へ走っていく。
悲鳴と魔物の雄叫びが、うるさくなってきた。