75話 のんびり喫茶店
「おい、ナディアキスタ」
真珠の国の商店街で、私は前を歩くナディアキスタを呼び止める。だが、彼は私の方を向かずに店を見て回る。無論、返事もなし。
ナディアキスタはガラス製の杖や、新しい大鍋、魔法薬材やローブなど、適当に見て、必要な物だけを買っていく。私は預けられた荷物を持って、彼の後ろをついて行くばかり。
まるで従者の様な扱いに、そろそろキレそうになる。
「いい加減に······」
「黙って付き人の振りをしろ。この国で、魔女に逆らうことは重罪だ。魔女には頭を下げて当たり前。魔女が『吠えろ』と言ったらそうしなければならない。この国で魔女と一般人が対等に立つのは、天変地異が起きてもありえないことなのだ」
「ぐぬぬ······。むぅ、なら仕方、ないな」
ナディアキスタにそう言われては、従わざるを得ない。あちこちにいる、とんがり帽子やローブの人間に誰も逆らわない姿を見て、不思議には思っていた。
ナディアキスタにそう言われると、妙に納得出来た。
(どうせ商人の国でも似たようなことをした。今更庶民だろうと使用人だろうと、関係ないか)
所詮騎士も、国の使用人の一つなのだから。私はそう自分の言い聞かせて、ナディアキスタの後ろをついて行く。
「ケイト、あと必要なものは?」
普通の会話だ。けれど、ナディアキスタの目は「欲しいものは?」と尋ねている。私はモーリスのイメージで、付き人を演じた。
「昼食の材料が足りなかったかと。食後は柚子を使ったゼリーなどはいかがでしょうか?」
こんな感じだっただろうか。私の演技に、ナディアキスタは一瞬驚くと堪えるように笑う。
「んふっ、くっ。そうだな。いいだろう。あともう一つ店を回るから、ちゃんとついてこいよ」
「はい、魔女様」
笑いを堪えてプルプル震えるナディアキスタに、私もつられて笑いそうになる。
***
「いらっしゃあ······おや! これはこれは、ニャディアキスタ様とケイトさん! お久しぶりですぅ」
ナディアキスタが入った喫茶店。それは、ガラスの国で出会ったケット・シー、コルムの店だった。
私とナディアキスタは店に入るなり、ゲラゲラ腹を抱えて笑う。その様子にコルムは尻尾をぶわわっ! と膨らませて驚いた。
「ニャッ! どうかされましたか!?」
「はははははっ! いや、んふふ、気にするな」
「あははははっ! すまない、コルム。ぶふっ、くくくっ。ナ、ナディアキスタが」
「俺のせいにするなっ! ははははは、くそっ、何でモーリス······」
「だぁって、モーリスが一番、真似しやすいんだ。あははは」
「似すぎだ馬鹿。はははは······はー、腹が捩れる。もっとこう、んふっ、あーダメだ。······はー、もっと違う感じにしてくれ。頼む」
「はい、魔女様。善処いたします」
「だはははははっ! やめろっ! いでででで、は、腹がっ!」
「あははははは! わ、笑いすぎて死にかけてやんの!」
笑いが止まらない二人に、コルムは耳を伏せて「ええ〜」と困り顔になる。コルムに個室に案内されて、私たちはようやく落ち着いて話が出来るようになった。
──美味しい。
いちごミルクのような見た目なのに、牛乳と血のドロっとした味がして、ほんの少し爽やかな喉越し。喉の奥がちょっとピリピリするような刺激が堪らない。五臓六腑に染み渡るような濃厚な味わいが、癖になる。
「コルム、おかわりもらってもいいか?」
「はぁいどうぞ! 御遠慮にゃくお飲み下さいニャ!」
「もう三杯目だ。そろそろ止めとけ」
「次の一杯でな」
「さっきも聞いたぞ」
私は窮鼠の肝入り牛乳を飲みながら、ナディアキスタが占う様子を眺めている。ナディアキスタはクルクルと星図を回しながら、地図にバツ印を入れていく。
「何を占っているんだ?」
「嘆きの魔女の居場所だ。魔女が祠からいなくなった大まかな時間から、その後に起きた事柄の星を照らし合わせて、居場所を探っている。星は他人を占うだけじゃないからな」
「なるほど」
「あ、他人で思い出した。お前があまりにもモーリスやトラヴィチカみたいなのを引き寄せるから、占い直した。昔、アルフェンニアで魔女を見たか、魔女の物を買ったことはあるか? 大体、六〜八歳くらいの頃に」
ナディアキスタにそう聞かれ、私は「マーガレットに会った」と話をする。
「なるほど、そこで噛み合ってしまったんだな。その頃の星が【虎目石の右目】、数奇な運命を引き寄せやすくなる時期だった。そして、ケイトのその時期の星巡りが【金剛石の左目】。その時出会ったものに、永久的な絆が結ばれる。だから、人ならざる者、不思議な事柄によく出くわすんだ」
ナディアキスタはそう言うと、両肘をついてため息をついた。
「そりゃあ、魔物退治が天職になるわなぁ。嫌でも出くわすんだから。しかも【冥狼の牙】と【太陽の杖】もある。うんうん、そうだな。本当にお前、騎士が天職だ」
「戦場楽しいぞ。ナディアキスタも来てみないか?」
「絶っ対お断りだ!」
ナディアキスタはまた星図を回し、地図に印をつけていく。私はふと、ナディアキスタに尋ねた。
「さっき、私は過去にマーガレットに会ったと言ったが、彼女はあの時と変わらない見た目をしている。魔女は皆不老不死だったりするのか?」
「ケイト、俺様を見て言っているのなら、相当馬鹿だぞ?」
「いや。リリスティアもあの口ぶりだと、お前と同じくらいの歳だろう? もしかしたら、魔女は皆長生きなのかと」
「本当にそうなら、俺様は弟の寿命を奪うことは無かったし、古の魔女が死んでいることも、鎮魂祭を行うこともない。全ての魔女がそうとは限らん。だが、呪いによって人の寿命を限りなく伸ばすということこともありうるな。リリスティアやマーガレットのように」
ナディアキスタはそう言うと、星図をくるん、と回した。
「マーガレットは、過去に呪いに失敗し、過ぎる時間が人より遅くなった。わかりやすく言うと、四〜五年に一歳、年を取る」
「四、五年に一歳?」
「魔女の呪い──『二日遅れの時計』を間違えたんだ。成功していれば、その空間の時間を一定時間、遅延させることが出来たんだがな」
「それを、自分が浴びた?」
「話が早くて助かる。そういうことだ」
なら、リリスティアはどうしてだろうか。彼女は優秀そうに見える。呪いを失敗するとは思えない。
ナディアキスタは「ああ」と眉間にシワを寄せた。
「師匠のせいだ」
ナディアキスタはそう答えた。私は「は?」と聞き返そうとしたが、ちょうどコルムが個室に入ってくる。
「はぁい、おかわりですよ。あとケイトさんにちょっと試作品を。ニャーガのミモザサラダと、バジリスクのハンバーグ。試作品ニャのでちょびっとですけど」
「いいのか? 食べる食べる! わぁい、魔物だ〜♡」
「お前、あのヒイラギとやらに胃袋診てもらえ。さすがにこの俺様でも不安になる」
私はナディアキスタの心配をよそにサラダとハンバーグを頬張った。
卵のぷりぷりとした食感と、瑞々しい野菜の食感がマッチしていて美味しい。塩と胡椒だけでも十分味がついている。
バジリスクのハンバーグも、もっ臭みがあるかとおもったが、そうでも無い。ふわふわなのに噛みごたえもあり、スタミナがつきそうだ。
「あ〜、美味しい」
「それは良かったです!」
「お前のために胃薬を作る日も近そうだな。コルム、バジリスクの毒の処理はどうした」
「ええ、もちろん! 専門の資格を持った方に毒抜きと解体をお願いしてますとも!」
「そうか。ならいい」
ナディアキスタはふう、とため息をつく。
コルムはナディアキスタの様子を見ると、マントを羽織った。
「もしや、『長靴をはいた猫』にご用ですか?」
「いや、うん。ああ、用がある。欲しい薬材が手に入らん」
「そうですか。ニャらこのコルムにお任せ下さい! 必要な薬材、呪い道具、ニャんニャりとお申し付け下さいニャ。コルムの店はニャんだって取り揃えておりますので!」
コルムは個室の中でブーツを鳴らして踊った。
部屋が揺れ、辺りがガタガタとうるさくなる。揺れが収まり、コルムが個室のドアを開けると、魔法薬材の店内に変わっていた。