74話 魔女の花嫁とは
「良いか? 魔女の花嫁に必要なものは、金の燭台と銀の水瓶、真珠の花冠と、黒の柘榴石のネックレスじゃ。あとは、結婚式同様にサムシングフォーと呼ばれるもの。燭台や水瓶は、魔女が作ったものでないといけないから、お主はサムシングフォーを集めておけ」
リリスティアはそう言うが、私は現状を受け入れられない。
魔女の花嫁? 必要なもの? サムシングフォーだのなんだの、綺麗な言葉を並べたところで、結局私は儀式の贄になるじゃないか!
騎士の国と何ら変わりない。私は歯ぎしりをする。リリスティアは私の心境を察してか、「落ち着け」と肩を叩く。
「今、嘆きの魔女がどこにいるか分からぬ。魂を封じれば状況が変わるやもしれん」
「何を呑気な。魔女を封じようとどうしようと、私は儀式の贄なんだろ。なら、私が死ぬことに変わりない」
「まぁ、確かに海に身を投じることにはなるが」
「やっぱりそうじゃないか!」
「落ち着け。ここには儂もナディアキスタも、トラもいる。三人も魔女がいるんじゃ」
「一人はトラブルメーカー、もう一人は傲慢野郎! これで何が出来る? 三人寄れば文殊の知恵か? こんな、バラバラな魔女しかいないのに」
私はぐしゃ、と髪を握ると、「喧嘩売ってるのか」と不機嫌な声がした。戸口にナディアキスタが腕を組んで立っている。
星図を手にしてふん、と鼻を鳴らした。
「この俺様に出来ないことなんてない。それともお前は、この歴代の中でも天才的な才能を持つこの俺様を信用しないとでも?」
「お前はバカだ。自分の師匠なんだろ? 嘆きの魔女って。それも、古の魔法道具を作ったような、極めて強力な魔女。それを捕まえて封じ込める? 出来るものか」
「そぉれが、できるかもしれないんだぁよね〜」
トラヴィチカが口を挟んだ。
勝手に作ったホットミルクを冷ましながら、ナディアキスタの方を見る。
「魔力っていうのは〜、霊体じゃぁなくて肉体に宿るものなんだぁ。だぁから、魂だけになってる嘆きの魔女って、普通のゴースト状態なぁわけ。つまりですよ! ナディーちゃんやリリスティーちゃん達で対処出来るんだぁ」
「じゃが、問題は師匠が『祈りの貝殻』を悪用していること。『我を虐げし者に復讐を』······そう願ったのを聞いた。その願いに対して、魔法道具がどう作用しているか分からぬのじゃ」
「師匠の魔法道具はすこぶる効果が良い。が、叶え方が荒っぽい。願いが叶いさえすれば、手段も選ばん。面倒くさい代物だ」
「つまり、場合によっては『魔力を持ったゴースト』になっている可能性もあるってことか?」
私が尋ねると、三人とも深く頷いた。私は愕然とする。
そうなっていれば、太刀打ち出来ない。死んでいるものを殺すなんて不可能だ。今はそれすらも分からないのだから、不安で仕方がない。
リリスティアは指を鳴らして紅茶を出すと、私の前に置く。
「まぁ、そう不安がることも無い。儂もナディアキスタも全力は尽くす。ケイトは自分が死なぬことを考えておれ。海に身を投じるとは言ったが、死ぬとは言っておらぬ。あんなもの、ただの恒例行事じゃ」
私は自分を落ち着かせようと、ティーカップを手にする。が、ナディアキスタに無理やりカップを置かされると、「買い物に行く」と腕を引かれてリビングを出た。
ナディアキスタは何も言わない。リリスティアはその様子を、微笑ましく見守っていた。
「ねぇねぇ、リリスティーちゃん。ナディーちゃん元気になったみたぁい」
「そうじゃな。さて、一応儀式の道具を準備しておこうかの。もしかしたら、嘆きの魔女が釣れるやもせぬ」
「ボクちゃんが準備しとぉくよ! リリスティーちゃんは、魔女探しよろしくぅー」
トラヴィチカはニコッと笑った。リリスティアは「じゃあ頼む」と言って、外に出る。強い風が吹くと、リリスティアは姿を消した。
トラヴィチカは真面目な表情になると、袖をまくった。
「さぁて、ボクちゃんも準備し〜よぉっと」
いつもの声色なのに、とても、冷たく聞こえる。