71話 おめでとう! 見事な腐れ縁です!
(······暇だなぁ)
私は自分のデスクでため息をついた。
騎士団内に送られてくる依頼書を、優先度順に選別しながら座っている椅子をくるりと回す。
「えーと、『商人の国における盗賊被害の対策』。B級依頼だな。詰所のバカに喝入れたんだ。指示飛ばせば動く。んー? 『鉱山の国周辺の魔物討伐』? 『森を歩くとおいおいと泣く声が』······あ〜、スフォンクだ。これ返信書かないと。『ほっとけ』って」
独り言を呟きながら仕事をしていると、ノック音が聞こえて、追加の依頼書を持った兵士が入ってくる。
「副団長お疲れ様です。こちら、残りの依頼書です」
「お疲れ様です。まだまだあるようですね。残りはどれくらいありますか?」
兵士が両腕いっぱいに抱えた依頼書の束を下ろすと、「これの三倍です」と答えた。私はにっこりと微笑む。
「そうですか。はい、こちらは振り分け済みの依頼書です。各部隊に任務は徹底的に、とお伝えいただけるかしら?」
「はい! 副団長!」
「あと、その残りの依頼書を全部持ってきてちょうだい」
「はい! 副団······へぁ!?」
兵士の素っ頓狂な声に笑わないよう、冷静を保ちながら私は「至急」と指示を出す。
兵士のバタついた足音を聞きながら、私は仕事を黙々と片付ける。
「えーっと、『スフォンクは、臆病な性格の妖精族にして、害悪を為すことあらず』······」
鉱山の国への依頼書の返事を書き、封筒に騎士の国のシールを貼る。
次の依頼書に手をつけると、私は思わず「ほぉ」と声を出した。
「国交断絶したガラスの国から依頼書が来てる。『ガラスの国近辺の森におけるトロールの討伐依頼について』った。うわぁ、丁寧で読みやすいなぁ。へぇ〜、シールがガラスだ。わっ、結構硬いのに軽い! なんだこれ面白いぞ!」
私はガラスの国からの依頼書に、子供のようにはしゃぐ。
シールの真ん中にある猫の横顔が可愛らしい。
「──なんかこの猫、コルムに似てんな」
シエラが作ったのだろうか。それとも単なる偶然か。
そういえば、シエラは元気にしているだろうか。国で別れてからは、新聞で一度か二度、彼女の功績を見たくらいしか分からない。
次にまた休暇を取ったら、ガラスの国に行ってみよう。コルムの作った窮鼠のドリンクの味が恋しい頃合いだ。
「ま、休暇なんて遠い先だな。しっかし、よくガラスの国から依頼なんて来たもんだ。ムールアルマ嫌いなのに」
「そりゃそうだ。なんたって、エリオット騎士団が国交回復に尽力を尽くしたんだからな! 約立たずのお前とは違うんだよ!」
私は飛んできた声に思わず羽根ペンを投げつける。ペンは兵士の首をかすり、壁に突き刺さった。薄ら血を流す兵士を睨むように前を向き、私は満面の笑みで言った。
「次は頸動脈だからな」
──さすが私。とても優しい。
怯えた兵士が悲鳴をあげて、逃げても追いかけないし、予備の羽根ペンをちゃんと引き出しに入れている。
そして彼の謹慎処分書を書いて済ませるのだから、この上なく優しくなった。
「はぁ、慈愛の精神っていいなぁ」
「いやいやいやあ、慈愛じゃないよ。なんだこれ、三週間の謹慎って。『副団長への暴言、仕事の妨害行為』──」
「それで済むなら優しいだろ。前の私なら即両足骨折させて退団処分だ」
勝手に執務室に入ってきたエリオットは、私が書いた文書に目を通す。
私は鼻歌交じりに仕事を続けた。エリオットは少し難しそうに唸ると、「ケイティ」と優しめの声を出した。
「今のやり取りを見ていたから分かる。けど、ケイティもやり返してたし、謹慎処分は少し考え直してくれないか」
「はっ、甘いな。上が舐められるってどんな状況か分かってんのか。兵士の気が緩んでんだよ。それに、私を追放処分か私を降格処分かで団内も割れてる。騎士団がそんなんだと困るだろ」
「っ! 何で知ってるんだ」
「当たり前だ。私の耳に入らない話題だとでも? 兵士共がこれみよがしに私に言うのが聞こえるんだ。『ケイト副団長は追放処分になるんだって?』『えぇっ!? 俺は死刑になるかもって聞いたぞ』『大臣に呼び出されたりもしたんだろ? なら皇帝陛下の裁きも遠くないかもな』ってよ。主にさっきの奴が言ってたなぁ。証拠のレコーダーも写真も文書もあるけど」
「謹慎1ヶ月で。証拠は俺が預かる」
「さすが団長」
私は引き出しのレコーダーと写真をエリオットに渡す。
エリオットは耳にレコーダーを当てて、顔をしかめた。私は鼻歌交じりに仕事を進める。
「──ケイティ、ガラスの国の事は」
「ああ、国交回復? 別に何とも思っていない。たまたま国王の書簡が騎士団長の元に来て、偶然お前が皇帝に謁見する機会があって、ちょうどそういう内容の書簡だったから、勘違いしたってだけだろう」
「······ちゃんと訂正した。決して、俺の手柄じゃないって」
「知ってる。お前が他人の功績を盗むタイプじゃないことも。何とも思ってないさ」
エリオットはため息をつくと、私のデスクに置かれた依頼書の束を半分請け負う。
来客用の低いテーブルに置くと、エリオットは依頼書の仕分けを始めた。
騎士団長が下っ端の仕事をしているのが、何となくおかしくて、私はエリオットに隠れて笑った。
「ケイティはあちこち国回って、色々面倒なことに巻き込まれてたようだけど、少しは休めた? 休暇中、バタバタしてただろ」
「まぁな。けど休みはきっちり消化した。その分仕事が出来る。大臣に睨まれてるから、しばらく国外の仕事は引き受けないがな。はーぁ、早く魔物の討伐に行きたい。国内の仕事を全部回してくれ」
「はいはい。戦闘狂だなぁ」
「ケイト副団長! 今すぐ外に来てください!」
兵士が執務室に駆け込んできた。エリオットを見ると慌てて敬礼する。私は盗賊の襲撃か魔物の侵入か、と心が躍る。
出来合いの安い剣を持って、私は外に飛び出した。
***
盗賊だったら、何人気絶させられるだろう。
魔物だったらどんな奴らだろう。美味しい魔物だといいな。キマイラは砂漠の生き物だし、マンティコラは大きすぎる。
トロールは食べるところがないし、ゴブリンは腐った臭いがするから食べられない。
最近出没が多くなってきたと聞くヘルハウンドという、犬の魔物も少し気になる。ここから東に行ったところでは犬を食べる文化もあると聞く。似たような味がするだろうか。
私は足取り軽く、城を出た。
「さぁ来い輩ども! 片っ端から切り落としてやる!」
「お迎えに上がりました! 『花嫁』様!」
────は?
目の前には貝殻を模した馬車。金の車輪と真珠の飾りが太陽に反射して、目に優しくない。
シルクハットを深く被った男が、片手を胸に当てたまま、深々とお辞儀をした。笑う口元から、見覚えのある八重歯が覗く。
馬車のドアが開き、私は無理やり腕を引かれる。
「なっ、何をする!」
「さぁさぁ『花嫁』様! 早くお乗りください! 真珠の国へ参りますよ!」
「し、真珠の、国?」
私が驚いた隙に、男は私の足を掴み、私を肩に担ぐと馬車に放り込んだ。
ドアはロックをかけられ、中から開けようにも取っ手が無い。ドアを蹴り飛ばしてみるが、ゼリーのような障壁が衝撃を吸収してダメージを与えられない。
「いざ! リスアコットへ!」
男は馬に鞭を打つと、馬車を走らせる。
私がどんなに抵抗しようと、男は鼻歌を使いながら、南へと馬を向かわせた。