70話 魔女の言うことには
「『嘆きの魔女』が、復活した」
そう言われて驚いたのはナディアキスタだけだった。
私もオルテッドもきょとんとして、一体どういう状況になっているのか全く分からない。
トラヴィチカは猫背になると「あ〜のね」と私とオルテッドに教えてくれる。
「『嘆きの魔女』ってぇのは、リリスティーちゃんとナディーちゃんのお師匠様で、六百年前に死んだ魔女なんだけどぉ。ちょぉっと怖い魔女だったんだって〜。人を殺したり、玩具にしたりって。その魔女を人間が退治しちゃったんだけどぉ」
「死んだ魔女が蘇った?」
「まぁ、端的に言えばそうなる。じゃが、困ったことがひとつあってな」
リリスティアは悩ましげに唸る。
ナディアキスタは鼻を鳴らすと「馬鹿馬鹿しい!」と言った。
「何故困ることがある! 毎年魔女たちによって『嘆きの魔女』の鎮魂祭があるだろうが。それを今年もやればいい」
「『嘆きの魔女』の魂がどこに行ったかも分からないで、鎮魂祭が出来るものか。阿呆め」
「なっ! 祠が壊れたのか!?」
「それを今言おうとしておったんじゃ、ど阿呆。昔っからそうじゃな。先を急かして、話を聞かん」
「うるさい! 祠が壊れたのにどうして悠長にしていられる!」
「だからここに来たんじゃろう。本当に話を聞かん奴め」
「なら早く言え! お前はいちいち話を止めるから、長すぎるんだ!」
「ちょぉっと〜! きょぉだい喧嘩は外でやってよぉ」
トラヴィチカはつまらなさそうに頬を膨らませる。
私も咳払いをしてナディアキスタを睨んだ。ナディアキスタは不服そうだが、大人しく口を閉じる。
「はぁ、助かったぞ。ケイト」
「いや、ナディアキスタがすまなかった」
リリスティアは呼吸を整え、話を戻す。
「魔女の祠が壊れたことによって、緊急魔女集会が開かれた。その際に各々呪いで、魔女の復活を阻止する最善策を導き出したんじゃが······誰がどんな呪いを使っても、『ナディアキスタ』と『心臓』の二つが出てくる。そのおかげで、トラとマーガレットが飛び出して行ったんじゃ」
「はた迷惑な奴らめ」
「だぁって! ナディーちゃんの心臓さえあれば、なんとでもなりそうな結果なんだもぉん」
「ナディアキスタさんと、真っ赤な心臓が全員一致の結果なら、ナディアキスタさんの心臓を呪いに使って、封印した方が早くてよ」
トラヴィチカとマーガレットはブーブー文句を言った。リリスティアは頭を抱える。
「『ナディアキスタ』と『心臓』。それが魔女の答えじゃが、必ずしも『ナディアキスタの心臓』ではないし、それで呪いを行うことでもない。お主らは性急過ぎた」
「ならどうなさるおつもり?」
「決まっている。俺様を真珠の国──リスアコットに連れていくつもりだろう」
「そうじゃ。察しが良くて助かる」
「ならお断りだ」
ナディアキスタははっきりそう言うと、リリスティアの表情が少し歪む。オルテッドは張り詰めた空気にオロオロする。
トラヴィチカは「あーあ」とため息をついた。
「お主、状況が分かっておるのか?」
「もちろん。師匠が深淵から目覚め、よからぬ事でも企んでいる。だが生憎、俺様は師匠ともあの国とも相性が悪い。他を当たれ」
「ならぬ。魔女集会でお主を連れていくと、満場一致で決まった」
「俺様が呼ばれない集会での話なぞ、知ったことじゃない」
「下手をすれば、国が一つ滅ぶぞ。それほど切羽詰まった状況で、お主は知らん振りか?」
「国が一つ滅んだところで、俺様には何の害もない。困ることはひとつも無いな。悪いが諦めろ。俺様は忙しいんだ」
「師匠が自ら作った『祈りの貝殻』を悪用しているとしても?」
ナディアキスタはぴくりと反応する。リリスティアは「知っているだろう」と言った。
「儂らの師匠は古の魔女。それぞれの国に隠されし、七つの魔法道具の一つ『祈りの貝殻』を作り上げた偉大な魔女じゃ。そして、その魔法道具は、苦しむ人々のために作られた救済。『願いを必ず叶える』呪いがかかっておる。魔女の呪いは己も他者も使える代物。これが何を意味するか分かるか」
「······自分の、願いも、叶えられ、る」
「そうじゃ。もしその魔法道具に、『我を虐げし人間共に復讐を』なぞも願っていたら? その魔法道具を使って、祠を破壊し、抜け出したのなら? それでもお主は他人事──」
「あーもう! うるさいっ! 分かった、行けばいいんだろう!」
ナディアキスタは怒りながら荷造りをする。私に「行くぞ!」とナディアキスタは言うが、私は「無理だ」と断った。
「悪いな。今、私は面倒なことになっている。大臣に目をつけられた。エルが助けてくれたから、尋問仮判決は免れたが、これ以上目立つ行動をすれば、今度は皇帝に目をつけられかねない」
「別に構わないだろう! 他人を斜めにしか見られん奴らに気を遣る必要はない!」
「いや、割と本気で言ってる。別に騎士団も辞めてもいい。が、騎士として動き回る方が、何かと都合がいいんだ。お前たちの存在を、私の手で伏せていられる。それが今危うくなりつつある」
「ならば依頼だ! 護衛しろ!」
「多分無理だ。言っただろう? 大臣に目をつけられた。これでまた長期任務に向かったら、その間に過去の仕事内容や私の行動を勝手に書き換えられる。今は大人しく、国の中で仕事をしている方が、大臣に勝手に動き回られずに済む」
私がそう言うと、ナディアキスタは不満そうに頬を膨らませて黙った。リリスティアは慰めるように、ナディアキスタの肩を叩く。
「常に同じように、人間は動けん。手の動き一つで殺されることもしばしばある。それに、今回は儂ら魔女の問題じゃ。ケイトを巻き込むこともあるまいて」
リリスティアはそう言って、ナディアキスタを納得させる。ナディアキスタが深くため息をつくと、リリスティアは「さて」と立ち上がった。
「儂とナディアキスタは真珠の国に向かおう。トラとマーガレットは集会に集まった魔女たちに、このことを通達しとくれ」
「はぁ〜い」
「分かりましたわ」
リリスティアはナディアキスタを連れて外に出る。
家を揺らす突風の音がすると、トラヴィチカは頭の後ろで手を組んだ。
「さぁ〜て、マリーちゃん。伝達よろしくぅ♡」
「はいはい。トラヴィチカさんはちゃんとお仕事をなさってね」
「ボクちゃんの方はへぇきだよ〜」
トラヴィチカはそう言うと、マーガレットを見送りに外に出た。
私もついて行く。マーガレットは水晶の杖に座ると、そのまま空に飛び立った。トラヴィチカはヘラヘラと笑って見送ると、笑顔のまま私の方を向いた。
「さて、ボクちゃんもやるよぉ。ナディーちゃんに、恩を売っとぉかないとね」
そう言って、トラヴィチカはトテトテと森を出ていった。
私はオルテッドと顔を見合わせて、「嵐みたいだったなぁ」と苦笑いする。
「俺も森を見てくるか。兄さんの呪いを信用していない訳じゃあないが、困ってる奴らがいても可哀想だしな」
「そうか。私も国に戻ろう。事務作業が溜まっているだろうし」
私とオルテッドも挨拶を交わして、それぞれの用事に走る。
トラヴィチカが何かを企んでいるような顔が、少し気になるが。