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66話 魔女と弟の因縁

 ナディアキスタは自身の小屋の内装を確認する。

 すっかり直った小屋は、前のようなボロ屋では無い。少し新しくなって、ほんのちょっと広くなっていた。


「ふんふん、俺様が住むに相応しいな。棚も大きいし、テーブルも広い。せっかくかけた(まじな)いの品が無くなったのは勿体(もったい)ないが、さっきの(まじな)いの代償として納得してやろう」


 ナディアキスタはじっと小屋の中を見て回り、必要な物品をリストにまとめる。食器類や掃除用具など、必要最低限の品をまとめると、手持ちの金と相談しながら予算を決める。


 私は少し高くなったシンクに、「これなら洗うの楽そうだな」とか手伝わされることを前提に考えていた。

 エリオットはナディアキスタの小屋を見上げ、疑わしげな目をする。


「ここに、ナディアキスタ殿は住んでいるのか?」

「そうだ。魔女の領地の入口に家を建てている。無論、別の入口もあるが、それは秘密だ。ケイトにも教えない」

「でも、ここはあまりにも質素過ぎる。その、オルテッドとか言った老人の家の方が」

「豪華だろう? 当たり前だ。俺様の弟だぞ。粗末な所に寝かすわけがないだろうが」


 ナディアキスタはそう言うと、私に「外に出ろ」と目配せをする。

 私は何も言わずに外に出た。色々と注意しておきたいことはあったが、決して言わずに。


 私が外に出ると、オルテッドが私に手を振った。


「ケイト、コーヒーを淹れたからこっちで飲まないか?」

「ありがとう。でもナディアキスタがエルに何をするか、ちょっと不安で」

「大丈夫だ。兄さんは自分や仲間に危害さえ加えなければ、(まじな)いを使うことはないよ」


 オルテッドはそう言って笑った。オルテッドが言うのなら、と私は彼について行った。オルテッドは「今日はお疲れ様」と私を労ってくれた。


 ***


 ──やっぱりオルテッドのコーヒーは美味しい。


 彼が淹れるコーヒーを飲んでからというもの、他のコーヒーがあまり美味しくないと感じるようになってしまった。

 よく『胃袋を掴まれる』なんて言ったりするが、彼のコーヒーはそんなものじゃない。


「あ〜、オルテッドのコーヒーは美味しいな」


 これ無しでは生きられなくするような魅了の仕方。まるで麻薬のように身体に染み渡っていく。

 オルテッドならコーヒー専門店を営めるのでは? とすら思う。それなら毎日通ったっていい。


 オルテッドは照れ笑いして「そんなことはないよ」と謙遜(けんそん)する。けれど、何杯でも飲めるくらい、彼のコーヒーは美味しいのだ。


「はぁ〜、美味しい。ずっと飲んでられそうだ」

「ははっ、胃を悪くするぞ。クッキーいるか? ちょっと高いのを買ってみたんだ」

「オルテッドが食べるといい。森にとっては高級品だろう? 私が食べるのは、何だか勿体ないだろう」

「いやいや、おもてなし用なんだから気にするなよ。それに、最近は収入も増えてきてな、生活が少しだけ楽になったんだ。ケイトが荷馬車の登録や行商管理の手続きを教えてくれたから、助かってるんだ」

「でも、これはオルテッドの──」


「ケイトの働きへの『対価』なんだが、受け取ってくれないと困るな。あーぁ、また兄さんに怒られてしまう。前みたいにガミガミ言われたら、俺の心が傷ついてしまうなぁ」


 オルテッドはニヤリと笑っていた。本当、この魔女にしてこの弟あり、といった感じだ。私は「分かった分かった」と手を挙げて『降参』のポーズをとる。

 オルテッドはクッキーを乗せた皿を、私の手前に置いた。


「はー、オルテッドが国に店を出してくれたらなぁ。『喫茶オルテッド』······なぁ〜んて、ちょっと渋めの。国には似合わんだろうが、アンティークな感じの喫茶店。絶対儲かる。連日行列の大賑わい間違いなしの腕だぞ」

「そこまで褒められると、ちょっと恥ずかしいな。でも俺は兄さんの傍から離れるつもりは無いからな」

「ここまで慕ってくれる弟がいるなんて、ナディアキスタは果報者(かほうもの)だ。横暴な態度をとる気が知れない」



「ははは、そりゃあ俺が兄さんを恨んでいるからだな」



 オルテッドの爆弾発言に私は思わずコーヒーを吹き出す。

 オルテッドの美味しいコーヒーをテーブルに撒き散らかし、口元を拭いながら、「はぁっ!?」と素っ頓狂な声を出した。

 オルテッドはケロッとしてテーブルを拭く。『え、当たり前ですけど?』みたいな表情で私を見ていた。


「え、オルテッドが、ナディアキスタを恨んでる?」

「ああ。言ってなかったか?」

「一切聞いてない。え、えぇっ!? 何で、えっ!?」

「落ち着け、ケイト。俺はそこまで不思議なことを言ってない」

「いや、言ってるぞ!? めちゃくちゃ不思議なこと言ってる! 恨んでるなら何で傍に居続けるんだ?」


 オルテッドは苦笑いすると、「昔の話だ」と教えてくれた。


「俺がまだ六歳の頃だ。俺は遠い村に住んでいて、そこは竹が名産品でな。竹細工なんか作って、近隣の街や国に売ったりしていた」


 ある日、魔女の討伐のために村から男たちが徴兵された。父親が軍に入隊し、オルテッドは母と寂しく父の帰りを待った。

 オルテッドの母は「父さんは必ず帰ってくるよ」「魔女を倒せば父さんは褒められるんだ」「きっとオルテッドを抱きしめに、村に帰ってくるよ」とオルテッドに言っていた。

 けれど、軍は全滅。父が帰ってくることは永遠になかった。


 そのすぐ後で、魔女が村の近くにやって来たとの噂が流れる。村人たちは、村を守ろうと、鎌やナタを持って魔女を返り討ちにする準備を整えていた。



 私はその話に唾を飲んだ。

「その後、どうなった?」なんて尋ねたが、魔女を相手に村人たちがどうなったかなんて目に見えている。オルテッドは悲しげな表情で、微笑む。



「全滅したよ。村なんて、跡形もなく消えた」



 村人の一人が、魔女の寝首を搔こうとしたのが間違いだった。

 たった一晩のうちに村は焼け落ち、村人たちは無惨に殺された。爆発音に混じって悲鳴が飛び交う中、オルテッドは家の中で怯えていた。母は「大丈夫。必ず守るから」とオルテッドを励ますが、その直後に家が倒壊した。

 屋根に押しつぶされて、オルテッドは悲鳴をあげられずに家の下敷きになった。


 何度母を呼んだだろう。何度助けを呼んだだろう。

 最愛の母は、自分の隣で冷たくなっていく。オルテッドは痛みと悲しみで涙が止まらなかった。魔女さえいなければ、村は襲われずに済んだのに、母は死なずに済んだのに。

 幼い体に余るほどの怒りを覚えたと言う。


 ──下敷きになったオルテッドを助けたのが、憎い魔女だった。


「今でも覚えてるよ。兄さんが俺に何と声をかけたか。『おいクソガキ。生きたいか? 死にたいか?』って。信じられるか?」


 オルテッドは苦笑いして当時のことを話す。

 オルテッドは「お前を殺して死んでやる」と返した。

 そうしたら、その魔女は「なら起き上がれ」と言った。



『俺を殺して死にたいのなら、家の下で寝っ転がるな。さっさと這いずり出てこい』



 ──ナディアキスタらしい言葉だと思う。

 オルテッドは「それから兄さんの傍にいるんだ」と笑うが、ちっとも笑い話ではない。


「オルテッドは苦しくないのか? その、村を滅ぼした魔女の弟になって、年老いるまで傍にいて、辛くないのか?」


 私はオルテッドにそう聞いた。オルテッドはからからと笑って「ちっとも」と返す。


「確かに恨んでいるんだ。けれどな、それと釣り合うくらい、兄さんに感謝してるんだ。兄さんは弟を決して粗雑に扱わない。口は悪いし、傲慢なんだが、危険が迫ると身を呈して守ってくれる」


 オルテッドはちょっと嬉しそうに笑った。「この歳になっても、守られるなんてな」と、商人の国でのことを懐かしむ。

 商人の国で、ナディアキスタは自分もボロボロだったのに、ずっと「オルテッドを」と彼のことばかり心配していた。

 思い返せば、言い方こそ悪いがオルテッドを思いやっている姿は何度も見ている。


「──復讐とか、考えたことは?」

「兄さんが死なないと分かるまでは、何度だって殺そうとした。けれど、全部失敗したんだ。でも兄さんの星巡りを知ってからは、復讐の仕方を変えたよ」

「復讐の仕方を? 毒を盛るとか?」




「天寿をまっとうして、兄さんに俺の寿命を渡さないこと」




 オルテッドは朗らかに笑うと、コップのコーヒーを飲み干した。


「俺が寿命を残さないだけでも、兄さんの命はその分削れる。可哀想な言い方をするが、他の弟が寿命を残して死んでも、俺の寿命が無ければ兄さんはその分生きられないだろう? 俺が長生きして、寿命全部使い切ってしまうことが、兄さんの最大の願いにして俺の最大の復讐になるんだ」


 オルテッドは誇らしげに言った。私はナディアキスタが死んだ弟たちの話をする時の、暗い表情を思い出す。

 彼は弟たちを大人にすることすら叶わなかった。オルテッドはきっと、年寄りになった極めて稀な弟なのだ。オルテッドはそれも知っているから、その方法を選んだのだ。


 私は「そうか」とだけ相槌を打つ。

 彼らの関係に、私が口を挟んではいけない。彼らは恨みとか恩とか、そんな簡単なものではない、もっと深く複雑な絆があるのだ。


 私は「長生きしてくれ」と言う。

 オルテッドは「もちろん」と返す。


 ──それだけでいい。

 この距離が、一番ちょうどいい。


「············何だか、外が騒がしいな」


 オルテッドはそう言って席を立った。

 オルテッドがドアを開けると、ナディアキスタが「馬鹿者!」と叫ぶ。

 次に見たのは、ナディアキスタの胸に、剣が刺さる瞬間だった。

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