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64話 森の復興

 国を出て、魔女の森に入る。

 今だ壊れたままのナディアキスタの小屋を通り、魔女の領地に出た。


 たった一ヶ月と数週間。それで全て元通りになるはずもない。

 焼け落ちた家の廃材を一ヶ所に集め、領地の掃除をする人たち。

 領地の目立つところで行われる炊き出しに汗かく女と、ぐちゃぐちゃの畑を耕し直す疲れた老人。

 教会の扉は換気のために開け放たれていて、傷薬と消毒液の匂いが濃く漂う。


 私は見慣れたが、エリオットは口元を押さえ、この有様に絶句する。

 私は領民を励まし、怪我人の様子を見て回る。教会で、メイヴィスが怪我人の包帯を取り替えていた。


「メイヴィス、代わろう」

「あ、ケイト様。大丈夫だよぉ。もう終わるところだし、ケイト様今日呼び出されたんだってぇ?」

「なんだ、知ってたのか」

「もちろん。モーリスに『バレた』って言われた時は、ちょっと焦ったけどねぇ」

「道徳に反することはしない。······ひと月も一人で任せっきりにしたことは」

「もうっ! それは言わないって約束したろぉ? あと何回言えば気が済むんだい!」

「いや、本当に申し訳なくて」


 私が頬をかくと、メイヴィスは「ケイト様らしい」と笑った。


「ナディアキスタはどこに?」

「ああ、大掛かりな(まじな)いをするとかで、オルテッドさんの家にいるよ」

「そうか」


 私が教会を出ると、エリオットは哀れんだ目で領地を見渡していた。


「エル、嫌なら帰っていいぞ。ここは気高い騎士団長様のいる所じゃないもんな」

「今は軽口に乗るつもりないよ。······早く言ってくれれば、支援出来たのに」

「バカか。『魔女の森が襲われました。誰か助けて〜』なんて言って、領民が虐げられたらたまったもんじゃない。偏見だらけの奴らに任せて毒を盛られるくらいなら、自分たちで立て直す」



「俺にも頼れなかった?」

「お前、自分が魔女をなんと言ったか覚えてないのか?」



 私は突き放すように言った。エリオットはぐっと口を結ぶ。

 私はオルテッドの家に向かう。エリオットは黙って後ろをついてきた。


 ***


 オルテッドの家のドアをノックする。

 オルテッドが「はい」と返事したのを聞き、私はドアを開けた。


「オルテッド、ナディアキスタがいると聞いたが」

「うわっ、ケイト! ちょっ、今はダメだ!」


 オルテッドの慌てた声がして、私がその方向を見る。

 リビングを占領するバスタブと、その中に立つ裸のナディアキスタが一瞬見えたが、すぐにエリオットの手が私の目を覆う。

 真っ暗な視界の中で、オルテッドの「あ〜」と気まずそうな声がした。


「本当にすまない。迂闊(うかつ)だった。年頃の娘に見せるものじゃあなかったな」

「いや、私もちゃんと声をかけるべきだった。オルテッドが謝ることは無い」

「謝罪はいいから、さっさと出ていけ。この俺様の繊細にして清らかな体を見るんじゃない」

「いやお前の素っ裸(すっぱ)なんて微塵も興味無い。見たところで何とも思わねぇから安心しろ」



「なんだと! よく見ろこの俺様の魅惑のスレンダーボディを! これを見てなんとも思わんと言うのか! お前の感性を疑うぞ!」

「見るなっつったり見ろっつったり、お前忙しいな」

「兄さん、前を隠した方がいい。品性を疑われる」



 何が起きているのか分からないが、オルテッドに(たしな)められるようなことをしているのだけは分かる。

 エリオットの誘導で私は外に出ると、ようやく視界が開ける。

 ドアの隙間からオルテッドが試験管を出す。


「すまない、ケイト。これにメイヴィスの涙を入れてくれ。『魔女の(みそぎ)』に必要なんだ」

「『魔女の禊』?」

「兄さんが大規模な(まじな)いを使う前に、魔力を増幅させるために行なう儀式だ。儀式と言っても、これも(まじな)いの一種だよ」

「そうなのか」

「それで、『魔女に誓いを立てた女の涙』が必要なんだ。魔女の弟たちが、魔女に誓いを立てた者だ。今この場にいるのはメイヴィスだけだから、あの子の涙が必要でね」


 私が試験管を受け取ると、ナディアキスタが「ケイト! 泣け!」と命令してきた。私は試験管を握り潰す。オルテッドが「おや」と一度ドアを閉めた。


「悪いが泣くより泣かせる方が得意でな! 証明にお前を泣かせてやろうか!」

「違う! お前も俺に誓いを立てただろ! 誓いの内容はなんだっていい! 『魔女に』『誓いを立てた』『女』であることが重要なんだ! メイヴィスじゃなくてもいい! 教会で染みついた病人くさい涙なんてごめんだ!」

「わがままな奴だな! 仕方ない。エル、私の目を殴れ」

「もっと穏便な泣き方をしよう。俺は絶対に殴らないからな」


 オルテッドが予備の試験管を渡す。

 私は泣けそうな事を思い出すが、あんまり涙が出てこない。

 そういえば、最後に泣いたのなんていつだっただろう。


「ケイト、早く泣け。寒い」

「黙れ。私なりに努力してるつもりだ」

「早くしろ。涙を入れてからじゃないと湯を張れない」

「分かったから焦らせるな」


 私は頭をガシガシと掻く。

 エリオットは鎧の隙間にしまっていた小さな巾着袋を出すと、中身をひとつ出した。


「ケイティ」

「なんだ、エル。今は······って、もがっ!?」


 何かを口に突っ込まれ、私が吐き出さないように塞がれる。硬い鎧と男の腕力で私の頭を固定すると、エリオットが「十秒我慢して」と言った。

 一体何を我慢しろと言うのだ。


「十」


 エリオットがカウントダウンする。私は口の中の物を転がす。


「八」


 舌先で(もてあそ)んでから、ようやく私は理解した。すぐにでも吐き出そうとするが、エリオットの手が邪魔だ。


「五」

「んん〜〜〜っ!!」


 エリオットの腕を掴んで引き剥がそうとするが、エリオットは「我慢して」と言って私を押さえつける。唾液と味が混ざりあって気が狂いそうだ。


「はい、さーん」


 もう我慢が出来ない。私はエリオットを蹴りあげようとするが、エリオットはサッと足を避けて私の腕と体を固定する。


「にーい」


 早くカウントを終えてくれ。私は精一杯エリオットの腕の中で暴れるが、エリオットの方が力が強い。意図せず、セミファイナルの真似をしているように思える。


「いーち」


 わざと時間を引き伸ばしているのでは? と苛立ってきたところで、ようやくエリオットの手が離れる。

 私は家の壁に手を着くと、女とは到底思えない声を出しながら口の中の物を吐き出した。


「うぉえぇぇぇえ······ゔぇっ。······後で殺す」

「今は見逃してくれるんだ」


 エリオットは涙目の私を自分の方に向け、顔をぐにぐにと揉んで涙を採取する。試験管に入れた涙をドアを少し開けてオルテッドに渡すと、オルテッドは不安そうにしていた。


「ケイトがもがいていたようだけど、何をしたんだ? 苦手な毒でも飲ませたのか?」

「待ってオルテッド。なぜ私に毒耐性がある前提で話をする」

「いや、ケイティはどんな毒飲ませても平気な顔していますよ」

「エル、私を化け物扱いするな」

「だが、ケイトが嫌がるというか、苦しむというか。そんな風になることなんて見たことがないから」


 オルテッドがそう言うと、エリオットはまた巾着袋からソレを取り出す。

 オルテッドにひとつ渡すと、オルテッドは驚いた声を出した。



(あめ)か!?」



 驚くだろう。子供が大好きなカラフルで味の種類も豊富な飴玉。最近では動物の形をしていたり、口の中でシュワシュワと弾けるものもある。



 私は、飴が大の苦手なのだ。



 正確に言うと、飴の『いかにも人工的な味付けです』という味が苦手なのだ。

 モーリスがごく稀に作るべっ甲飴(モーリスのおやつ用)は食べられるのだが、店で売られているような飴は全く食べられない。

 以前、『魔物が食べられるのなら飴くらい食べられるだろう』なんて、軽々しく苦手克服しようとしたら、すぐ吐き出すわ、一時間くらい吐き気が治まらないわで散々な目に遭った。


「ケイティはどんな脅しも耐えられるのに、飴は絶対耐えられないんです」

「そうなのか。後でコーヒーを入れてあげるから、少し待っててくれ。兄さーん、涙採れたぞ」

「ゲロ臭い涙もちょっと······」

「そのバスタブ、おえっ、てめぇの血で満たしてやろうか······。うぷっ」


 私はその場にしゃがみ、胸をさすって吐き気に耐える。

 早く止まれ、と念仏のように唱えながら、舌を掻きむしりたい衝動を抑えた。このまま狂ってしまうのではないかと思う程の苦しみに、たかが飴一つでという悔しさが混ざって心臓を掻き回す。


 エリオットが私の背中に手を当てる。優しくさすって「大丈夫か?」なんて気遣う。私は腹が立ってエリオットの手をはね除けた。


「お前のせいだろうが!」


 エリオットは「そうなんだけど······」と、バツが悪そうに目を伏せた。

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