63話 尋問なんてクソくらえ
騎士の国──城の会議室
騎士の司令部とは違う、大臣たちの会議室に、私は呼ばれていた。
今までにも何回か呼び出しを食らったが、相変わらず金の刺繍を施した青いタスペトリーで部屋を囲む、ある意味伝統的な嗜好の会議室だ。
裁判所のようなテーブルの配置と、金のシャンデリアが特に嫌いで、私はいつもより無愛想になる。
大臣たちは全員男、そして四十代後半から年寄りまでしかいない。だから余計に、ここに来たくないのだ。
今日は三人。よりによって私と気が合わない年寄りたちだ。私は絶対に笑顔を取り繕うものかと、表情を殺した。
「騎士団副団長、ケイト・オルスロット」
一番古株の大臣が私の名前を呼ぶ。私は胸に手を当てて「はい」と返事をした。
「なぜ呼び出されたのか、分かるかね?」
「いいえ、身に覚えがありません」
「貴殿に魔女との接触疑惑がかかっている。今から尋ねることに間違いがないか、確認させてもらおう」
大臣は偉そうに言うと、隣の五十代の男に目配せをする。男は資料を出すと、それを読み上げる。
「八ヶ月前、ガラスの国──シャンテラルエにてガラス職人の少女を誘拐した。それは事実か?」
「いいえ。私はファリス殿に頼まれ、資料にある少女の捜索をしました」
「後に、少女の家──シューリオット家に忍び込み、飼育していた魔物を殺したとある。それは事実か?」
「はい、事実です」
「ファリス・シューリオットを自害させたのは?」
「いいえ、彼が死んだのは今初めて知りました」
大臣たちは睨むように私を見る。
そんな目で見たところで、私は嘘を言っていない。ファリスが死んだのなんて、聞いてない。
(──あのデブ、自害する度胸あったんだな)
資料を読み上げていた男は「えへん」と咳払いをする。
「四ヶ月前、鉱山の国──アルフェンニアにて男爵令嬢と喧嘩になったとか」
「ああ、ありましたね」
「騎士団長の婚約者に無礼を働いたのか?」
「いいえ、私が無礼を受けたのです。あと『元』婚約者なので、訂正をお願い致します」
「魔女が現れたと聞くが、事実か?」
「そうらしいですが、私は魔法しか見ておりません」
私はさらっと嘘をついた。大臣たちは疑いの目で私を睨む。
コソコソとお互いに話し合うが、声を落としきれていない。
「嘘をついているのでは?」
「少女誘拐だって、シューリオットから聞いたぞ」
「カーネリアム侯爵の婚約者が礼儀知らずなはずもない」
「魔女ともきっと関わりがあるぞ」
「なんたって、『裏切りの椿』だ」
真実を告げようと、嘘を吐こうと、彼らは勝手に持論を展開し、それを事実にしてしまう。尋問なんて、形式的なものだ。どうせ処罰は『牢に幽閉』が『死刑』だろう。
「ケイト・オルスロット、お前は魔女をどう思う?」
「魔女だと思います」
「恐ろしいと思うか?」
「魔女の見た目によるでしょうが、恐ろしいでしょうね」
「魔女に会ったらどうする?」
「さぁ、斬ってるんじゃありませんか?」
「交渉されたら話を聞くか?」
「黙秘権を行使します」
「魂を掴まれたら従うか?」
「黙秘権を行使します」
「魔女に命令されたら、どんな悪事でも働くと思うか?」
「黙秘権を行使します」
大臣たちの誘導尋問が始まった。
ここで不利な発言をしたら最後、その部分だけ切り取って皇帝に報告される。大臣たちの思惑通りにはなりたくない。
不利になる質問には全て「黙秘権を行使します」と答える。それがしばらく続くと、古株の大臣がため息をついた。
「先程から『黙秘権を〜』ばかり言うが、答えられないことがあるのか? それともそんなに皇帝陛下が怖いのか? 答えられないのなら、この資料の通りに陛下に報告させてもらう」
「頭の回らん枯れ枝風情が。返答の意味すら理解出来ないようなら、さっさと引退してしまえ」
私は奴らにそう吐き捨てた。大臣たちは目を丸くする。
真摯な態度? 話も聞かないクズ共に必要なものか。「お前が黙ってるから俺の勝ち」なんて暴論だろう。無視されるということが、どんな意味があるかも知らないで。
「無礼者! 皇帝を支える大臣に何と言う態度を!」
「ならば、こちらも言わせていただきましょう。国の命を支える騎士に、傲慢な態度を取るな。いざ国が襲われた時、最初に失われるのは貴様らの命だぞ」
「なっ、なななっ! なんということを! これは謀反だ!」
「皇帝に逆らってるわけじゃない。お前らみたいな頭におがくず詰めた奴らには分からんか」
「無礼者! お前は牢獄に──」
「お待ちください!」
尋問中に、会議室のドアが開く。
真っ白な鎧のまま話に割って入ったのは、エリオットだ。
エリオットは大臣たちに跪くと、「お話の途中すみません」と簡単な挨拶を済ませる。
「申し訳ございません。ケイトは今、緊急の仕事を抱えておりますので、尋問はこれで終了していただけませんか?」
「ならん! 今この女は、我らを侮辱したのだぞ!」
「少女誘拐の件は、シューリオットの妄言だったとの証言があります。元婚約者との喧嘩は、婚約者の無礼が原因であり、恐らくこれから尋ねられるであろう商人の国の諸々は、全て事実無根でございます。仮に、彼女の証言全て無視していたのなら、怒っても仕方ないでしょう」
エリオットは早口でそう告げると、大臣を黙らせる。
「騎士への尋問は、騎士団長の同席の元行われる、と規約にありましたが、これは『正式な』ことでしょうか? であれば、この尋問の報告義務は、騎士団長にありましたね」
エリオットが笑顔で言うと、大臣たちは口ごもる。顔も少し青ざめる。古株の大臣が「処罰は貴殿に委ねる」と言うと、そそくさと片付けを始めた。
エリオットは私の手を握ると、さっさと会議室を出ていく。私は半ば引っ張られながらエリオットについて行った。
***
「エリオット、手を離せ」
「············」
エリオットは無言で私の手を引く。
城の廊下を歩く彼の歩幅は、私には少し早かった。
「エリオット」
「············」
「エリオット、聞け」
「············」
「エル、手が痛いんだが」
「······ごめん」
エリオットはようやく手を離すと、私の方を向いた。私はため息をつく。
「あんなジジイ共相手に、お前らしくもない。なんで乱入した?」
「ケイティが、悪いように言われているのが、我慢出来なかった」
「はっ、私が黙ってるわけがないだろ。お前が尋問に参加していなかった時点で私の勝ちだ。皇帝に報告されたところで、あの状況を逆手にとって、ジジイ共の方を追い出してやったさ」
「ははっ······ケイティらしいな」
エリオットは妙に大人しく、私を諭すこともしない。
普段の彼なら、私に「あんな事を言うな」「聞き流せ」「大人しくしていろ」と言うだろう。
エリオットは肩を落としてしゅんとしている。怒られた子供のようで、どうにも落ち着かない。
「助けてくれてありがとう。私はもう帰るぞ。領地の方でまだ問題が解決していない。悪いが礼は後で······」
「魔女の森か?」
エリオットは短く尋ねる。私が「そうだ」と返すと、エリオットは「俺も行く」と私の服の裾を掴んだ。私はうっかり「はぁっ!?」と声を荒らげる。
「お前っ、何言ってんだ」
「ケイティの言いたいことは分かる。でも連れてって。俺も森に行きたい」
「ダメだ」
「お願い」
「却下だ。お前を連れてったら、ナディアキスタになんて言われるか」
私が断っても、エリオットはめげずに「お願い」「頼む」「俺も行く」とゴリ押しする。
私も一歩も引かずに断るが、エリオットは頭を下げて「頼む」と言い出した。騎士団長が副団長にここまで頭を下げる必要があるだろうか。それも、個人的なことで。
エリオットの頑固さには時々呆れてしまう。私は遂に根負けして「分かった」と言ってしまった。
「連れて行ってもいいが、誰にも言うな。ナディアキスタを怒らせるようなことも、領民に危害を加えるようなこともするな。もし守れなければ、お前が相手だろうと容赦しない」
「分かった」
エリオットに約束を結ばせて、私は廊下を歩く。
他人の領地に行きたいなんて変わった奴だな、と思いつつ、根負けした自分の不甲斐なさを恨む。
私がうんうんと唸る後ろで、エリオットは悩ましげに外を眺めた。