表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/158

63話 尋問なんてクソくらえ

 騎士の国──城の会議室


 騎士の司令部とは違う、大臣たちの会議室に、私は呼ばれていた。

 今までにも何回か呼び出しを食らったが、相変わらず金の刺繍を施した青いタスペトリーで部屋を囲む、ある意味伝統的な嗜好の会議室だ。

 裁判所のようなテーブルの配置と、金のシャンデリアが特に嫌いで、私はいつもより無愛想になる。


 大臣たちは全員男、そして四十代後半から年寄りまでしかいない。だから余計に、ここに来たくないのだ。

 今日は三人。よりによって私と気が合わない年寄りたちだ。私は絶対に笑顔を取り繕うものかと、表情を殺した。


「騎士団副団長、ケイト・オルスロット」


 一番古株の大臣が私の名前を呼ぶ。私は胸に手を当てて「はい」と返事をした。


「なぜ呼び出されたのか、分かるかね?」

「いいえ、身に覚えがありません」

「貴殿に魔女との接触疑惑がかかっている。今から尋ねることに間違いがないか、確認させてもらおう」


 大臣は偉そうに言うと、隣の五十代の男に目配せをする。男は資料を出すと、それを読み上げる。


「八ヶ月前、ガラスの国──シャンテラルエにてガラス職人の少女を誘拐した。それは事実か?」

「いいえ。私はファリス殿に頼まれ、資料にある少女の捜索をしました」

のちに、少女の家──シューリオット家に忍び込み、飼育していた魔物を殺したとある。それは事実か?」

「はい、事実です」

「ファリス・シューリオットを自害させたのは?」

「いいえ、彼が死んだのは今初めて知りました」


 大臣たちは睨むように私を見る。

 そんな目で見たところで、私は嘘を言っていない。ファリスが死んだのなんて、聞いてない。


(──あのデブ、自害する度胸あったんだな)


 資料を読み上げていた男は「えへん」と咳払いをする。


「四ヶ月前、鉱山の国──アルフェンニアにて男爵令嬢と喧嘩になったとか」

「ああ、ありましたね」

「騎士団長の婚約者に無礼を働いたのか?」

「いいえ、私が無礼を受けたのです。あと『元』婚約者なので、訂正をお願い致します」

「魔女が現れたと聞くが、事実か?」

「そうらしいですが、私は魔法しか見ておりません」


 私はさらっと嘘をついた。大臣たちは疑いの目で私を睨む。

 コソコソとお互いに話し合うが、声を落としきれていない。


「嘘をついているのでは?」

「少女誘拐だって、シューリオットから聞いたぞ」

「カーネリアム侯爵の婚約者が礼儀知らずなはずもない」

「魔女ともきっと関わりがあるぞ」

「なんたって、『裏切りの椿』だ」


 真実を告げようと、嘘を吐こうと、彼らは勝手に持論を展開し、それを事実にしてしまう。尋問なんて、形式的なものだ。どうせ処罰は『牢に幽閉』が『死刑』だろう。


「ケイト・オルスロット、お前は魔女をどう思う?」

「魔女だと思います」

「恐ろしいと思うか?」

「魔女の見た目によるでしょうが、恐ろしいでしょうね」

「魔女に会ったらどうする?」

「さぁ、斬ってるんじゃありませんか?」


「交渉されたら話を聞くか?」

「黙秘権を行使します」


「魂を掴まれたら従うか?」

「黙秘権を行使します」


「魔女に命令されたら、どんな悪事でも働くと思うか?」

「黙秘権を行使します」


 大臣たちの誘導尋問が始まった。

 ここで不利な発言をしたら最後、その部分だけ切り取って皇帝に報告される。大臣たちの思惑通りにはなりたくない。

 不利になる質問には全て「黙秘権を行使します」と答える。それがしばらく続くと、古株の大臣がため息をついた。


「先程から『黙秘権を〜』ばかり言うが、答えられないことがあるのか? それともそんなに皇帝陛下が怖いのか? 答えられないのなら、この資料の通りに陛下に報告させてもらう」



「頭の回らん枯れ枝風情が。返答の意味すら理解出来ないようなら、さっさと引退してしまえ」



 私は奴らにそう吐き捨てた。大臣たちは目を丸くする。

 真摯な態度? 話も聞かないクズ共に必要なものか。「お前が黙ってるから俺の勝ち」なんて暴論だろう。無視されるということが、どんな意味があるかも知らないで。


「無礼者! 皇帝を支える大臣に何と言う態度を!」

「ならば、こちらも言わせていただきましょう。国の命を支える騎士に、傲慢な態度を取るな。いざ国が襲われた時、最初に失われるのは貴様らの命だぞ」

「なっ、なななっ! なんということを! これは謀反(むほん)だ!」

「皇帝に逆らってるわけじゃない。お前らみたいな頭におがくず詰めた奴らには分からんか」

「無礼者! お前は牢獄に──」




「お待ちください!」




 尋問中に、会議室のドアが開く。

 真っ白な鎧のまま話に割って入ったのは、エリオットだ。

 エリオットは大臣たちに跪くと、「お話の途中すみません」と簡単な挨拶を済ませる。


「申し訳ございません。ケイトは今、緊急の仕事を抱えておりますので、尋問はこれで終了していただけませんか?」

「ならん! 今この女は、我らを侮辱したのだぞ!」



「少女誘拐の件は、シューリオットの妄言だったとの証言があります。元婚約者との喧嘩は、婚約者の無礼が原因であり、恐らくこれから尋ねられるであろう商人の国の諸々(もろもろ)は、全て事実無根でございます。()()、彼女の証言全て無視していたのなら、怒っても仕方ないでしょう」



 エリオットは早口でそう告げると、大臣を黙らせる。


「騎士への尋問は、騎士団長の同席の元行われる、と規約にありましたが、これは『正式な』ことでしょうか? であれば、この尋問の報告義務は、騎士団長にありましたね」


 エリオットが笑顔で言うと、大臣たちは口ごもる。顔も少し青ざめる。古株の大臣が「処罰は貴殿に委ねる」と言うと、そそくさと片付けを始めた。


 エリオットは私の手を握ると、さっさと会議室を出ていく。私は半ば引っ張られながらエリオットについて行った。


 ***


「エリオット、手を離せ」

「············」


 エリオットは無言で私の手を引く。

 城の廊下を歩く彼の歩幅は、私には少し早かった。


「エリオット」

「············」

「エリオット、聞け」

「············」

「エル、手が痛いんだが」

「······ごめん」


 エリオットはようやく手を離すと、私の方を向いた。私はため息をつく。


「あんなジジイ共相手に、お前らしくもない。なんで乱入した?」

「ケイティが、悪いように言われているのが、我慢出来なかった」

「はっ、私が黙ってるわけがないだろ。お前が尋問に参加していなかった時点で私の勝ちだ。皇帝に報告されたところで、あの状況を逆手にとって、ジジイ共の方を追い出してやったさ」

「ははっ······ケイティらしいな」


 エリオットは妙に大人しく、私を諭すこともしない。

 普段の彼なら、私に「あんな事を言うな」「聞き流せ」「大人しくしていろ」と言うだろう。

 エリオットは肩を落としてしゅんとしている。怒られた子供のようで、どうにも落ち着かない。


「助けてくれてありがとう。私はもう帰るぞ。領地の方でまだ問題が解決していない。悪いが礼は後で······」

「魔女の森か?」


 エリオットは短く尋ねる。私が「そうだ」と返すと、エリオットは「俺も行く」と私の服の裾を掴んだ。私はうっかり「はぁっ!?」と声を荒らげる。


「お前っ、何言ってんだ」

「ケイティの言いたいことは分かる。でも連れてって。俺も森に行きたい」

「ダメだ」

「お願い」

「却下だ。お前を連れてったら、ナディアキスタになんて言われるか」


 私が断っても、エリオットはめげずに「お願い」「頼む」「俺も行く」とゴリ押しする。

 私も一歩も引かずに断るが、エリオットは頭を下げて「頼む」と言い出した。騎士団長が副団長にここまで頭を下げる必要があるだろうか。それも、個人的なことで。

 エリオットの頑固さには時々呆れてしまう。私は遂に根負けして「分かった」と言ってしまった。


「連れて行ってもいいが、誰にも言うな。ナディアキスタを怒らせるようなことも、領民に危害を加えるようなこともするな。もし守れなければ、お前が相手だろうと容赦しない」

「分かった」


 エリオットに約束を結ばせて、私は廊下を歩く。

 他人の領地に行きたいなんて変わった奴だな、と思いつつ、根負けした自分の不甲斐なさを恨む。

 私がうんうんと唸る後ろで、エリオットは悩ましげに外を眺めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ