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62話 決着! 商人の国

 砂漠を越え、私の別荘に着く頃には真夜中になっていた。

 鍛冶屋の街に冷たく反響する蹄と車輪の音。私は馬車を下り、別荘の門を音を立てないように開け、連れてきた仲間たちを招き入れる。


 ナディアキスタはリコリスと馬車を離し、馬車から仲間を下ろす。

 私が全員いるか確認すると、ナディアキスタは(まじな)いを解いた。


 こんな夜更けでは、モーリスもヒイラギも起きていないだろう。

 皆にスープを作り、薬を飲ませ、ゆっくり休ませてやらなくては。

 私は扉を開けた。



「お帰りなさいませ。長旅お疲れ様でした」



 暗がりにロウソク一本で出迎えたモーリスに、関係の無いナディアキスタが悲鳴をあげた。私が反射で蹴りを入れると、モーリスはひょいと避けて「お入りください」と扉を大きく開けた。


「お出迎えが遅くなり申し訳ございません。お風呂の用意が出来ております。侯爵様は個別の浴槽をご用意しておりますので、そちらをお使いください。湯浴みを終えたら軽い食事を。急でしたのでパンとスープのみで、ご容赦ください。あと少しで寝床が整え終えるところです」


 モーリスの優秀な仕事ぶりには、毎度毎度驚かされる。一体いつから知っていたのだろうか。

 私が「ありがとう」と言うと、モーリスが「皆様こちらへ」と大浴場に案内する。


 私が外を見ると、リコリスは気まずそうに屋敷の外に立っていた。


「リコリス、早く入った方がいい。夜は冷える」

「いや、私は入れない。ケンタウロスは、外で生きる魔族だから寒さなんて平気だ」


 リコリスは私から目を逸らして言った。私は少し寂しくなった。


「······私が、約束を守れなかったからか?」


 私は彼女に、『自由』を約束した。けれど、彼女を助けたのはナディアキスタであって、私ではない。

 リコリスはハッとして、慌てて否定した。


「ち、違う! そうじゃない! ······私はケイトを信じなかった。ケイトは私を助けてくれたのに、私はケイトを疑った。二度と信じるものかと思ってしまった。······そんな私が、ケイトの思いやりを受け取る資格はない」


 リコリスは、ばつ悪そうに眠る街に目を向けた。

 私はそんなリコリスに、クスッと笑った。リコリスは不思議そうな顔で、私に振り向いた。


「もし私がリコリスと同じ立場なら、きっと同じことをした。私も約束を守れなかったのだから、資格がどうとか、関係ないだろう?」


 私はホールに手を広げる。道を譲り、深くお辞儀をした。


「親愛なる友よ、どうぞお入りください」


 リコリスは深くお辞儀をすると「手厚い歓迎に感謝する」と言って、屋敷に入ってくれた。

 ナディアキスタはその様子を、階段の上で見守っていた。


 ***


「モーリス、スープ足らんのだけど」

「今追加分作ってる。ヒーラギ、畑の野菜取ってこい。サラダも無くなる」

「それなら私が採ってきた。これくらいあれば足りそうか? そろそろベーコンとハムがブロックで来るぞ」

「あぁもう! 侯爵様が畑に行くなんて! 使用人の仕事なんですから、侯爵様がやらなくていいんですよ!」


 別荘の厨房で、モーリスがカリカリしながら朝食を作る。

 上着を脱ぎ、袖をまくって野菜を刻み、鍋に放り込む。ヒイラギは「おはようございます」なんて、呑気に挨拶をした。


「パンもそろそろ無くなるなぁ。いやぁよく食べる食べる」

「そりゃあそうでしょ。しばらくまともな食事をしてなかったんですから」

「栄養失調になりかけの人多くて驚きましたよ。でも食べれば元気になるし、モーリスに食べやすいものを作ってもらってるんですぐに治ります」

「そうか。怪我はどうだった?」

「それなりに酷かったけど、縫うほどでもあらんかったので、化膿止めと傷口の保護を。こまめに包帯取り替えて薬を塗って様子見です。火傷はずっと残るでしょうね」


 売り物の証である焼印。生涯残る傷は、さすがにヒイラギも治せない。

 モーリスは消化にいい香草と野菜のスープを作りながら、少し考え事をする。


「······もし、その火傷を治せる人がいるとすれば」




「だーはっはっはっ! やっぱり俺様は天才だ! 見ろケイト、モーリス! この秘薬を!」




 高笑いしながら厨房に突入してきたナディアキスタは、紫色の液体が入ったビーカーを掲げる。ドヤ顔で私たちを見るが、私は冷めた目で彼を見た。

 モーリスは無言でナディアキスタを示す。私も「だよなぁ」と同意する。ヒイラギがこてん、と首を傾げた。


「手のひらほどのガーゼに染み込ませて貼るだけで! 火傷も切り傷もぜーんぶ治る! っかー! 俺様の非凡な才能が恐ろしい! こんな万能薬を生み出すなんてな!」


 ヒイラギはそれを聞くと、薬をひょいと取り上げて、匂いを嗅ぎ、天井に透かしてみる。


「これが、魔女の魔法か? 傷を治す作用はどんな風に? 身体が持つ回復機能を活性化させる? 細胞の働きを早める? それとも薬の成分が市販薬の倍?」

「わーっ、バカ! 手荒に扱うな! 貴様の脳細胞よりも繊細なんだぞ! 早く返せ! あと(まじな)いと言え! 愚か者め!」


 ヒイラギの医者らしいセリフに、モーリスがおたまを落とした。「本当に医者なんだ」と呟くと、ヒイラギは「そうだけど」と返した。


「三日か四日前に連れてきたオ、オルテッド? もオレ治したじゃん」

「いや、そうなんだけど。まだ信じられなくて。本邸にいた時も、ずっと部屋で野菜育ててるのしか見たこと無かったから」

「モーリスってば、オレに興味無さすぎん?」


 ヒイラギが冗談半分に頬を膨らませる。モーリスは「はいはい、すみませんね」と軽く流した。


「そういえば、オルテッドは?」

「あ? オルテッドなら部屋で寝ているぞ。歳だからな、回復に時間がかかる。この薬を塗ったから、怪我はもう安心だ」

「そうか。無事ならいい······んん?」


 何かがおかしい。オルテッドとモーリスがここに着いたのは、三日か四日前?

 あの洞穴から逃がしたのも、確かそれくらいのはず。まさか一晩のうちにここに来たことになる?


「いやいや、まさかな」

「そのまさかだ。現実を見ろ」


 私が「そんなわけ」と言うと、ナディアキスタはモーリスを見やる。モーリスは私が顔を向けるとあからさまに顔を逸らした。

 ヒイラギは「まさか侯爵知らないんですか?」と、私に尋ねた。

 ナディアキスタが哀れんだ眼差しを私に向ける。


「モーリスは(たか)の獣人族のクウォーターだ。翼もないし(くちばし)もないが、その遥か先を見通す目と類まれなる身体能力は魔族にも匹敵(ひってき)する」

「はぁっ!? え、何で言わなかったんだ!?」

「そりゃ、獣人族の血を引く人間は珍しいですから、売られたり閉じ込められたりしないようにする為です」

「何でヒイラギは知ってるんだ!?」

「えっ、だって目の構造が人と違うんですもん」

「てことは、メイヴィスもクウォーター!?」

「姉弟なんだから当たり前だろう。お前、本当に知らなかったんだな」


 私はショックでその場にしゃがみこむ。頭を抱えて「ありえない」と呟いた。

 ナディアキスタは、得体の知れないものを見る目で私を見下ろした。


「お前が他人に無関心だと、常々思っていたがまさかこれほどとはな。遠目が効く辺りで疑え。お前には優れた観察眼がある、とか言った俺様が馬鹿みたいだろうが」

「みたい、じゃなくて実際馬鹿だろうが」

「表に出たいか愚鈍(ぐどん)の極み騎士!」


 ナディアキスタが暴れそうになったところで、ヒイラギが止める。モーリスは「やっぱりケイト様だなぁ」と、一人しみじみ思っていた。


 ***


 ナディアキスタが作った薬を浸したガーゼを焼印の上に貼り、「明日までそのままに」とヒイラギが説明して回る。

 モーリスがそれぞれの国に向かう馬車の定期便や商人を調べ、片っ端から電話を掛けて交渉する。

 必要な料金や依頼料を紙に書いて、「騎士団につけてやる!」と意気込んでいた。


 私はリコリスを街の外まで見送りに行った。

 リコリスは緑の大地に目を輝かせていた。私は焼印の上に貼ったガーゼに優しく触れた。


「もう捕まらないことを願う」

「ああ、私も気をつけよう。魔女はまだ来ないのか?」

「まだ星図を回してる。リコリスの髪の毛ももらったから、すぐにでも仲間の居場所を見つけるだろう」

「そうか」


 リコリスは吹き抜ける風に目を閉じた。全身で浴びる風に、彼女は何を感じているだろう。


「······ケイト。あの試合の時、君は『臆病な未来を見せてやる』って、言ったな」

「ああ、言った。それがどうかしたか?」

「私は、仲間の元に帰ろうとしてる。この大地を自由にかけようとしている。君が言った『臆病な未来』がすぐ目の前に、片足を出せば届く距離にある」


 リコリスは私の肩に手を置いた。抱き寄せるように強く、優しく。



「ケイトは、約束を守ったよ」



 リコリスは泣いていた。あの国にいる間、絶対に訪れないと諦めた未来を前に。

 ぼろぼろと大粒の涙を落として喜んでいた。私はリコリスの腕を掴み、彼女の喜びを受け止める。


「いいや、今ここにいるのは、リコリスが諦めなかったからだ。もし本当に諦めていたら、お前は目を覚ました時に自害していたはず。けれど死ななかったのは、『叶うんじゃないか』って思ってくれたからだろ」


「信じてくれてありがとう。リコリス」


 私はリコリスを抱きしめた。

 リコリスは最初こそ困ったが、すぐに抱き締め返してくれた。


「必ず騎士の国に行く」

「いつでも来てくれ。また武器の話がしたい」


 私とリコリスが話し終えると、ナディアキスタが咳払いをした。片手に地図を持ち、腕を組んで「終わったか?」と雰囲気をぶち壊すことを言う。


「リコリス、お前の仲間は南東の森にいる。この道を真っ直ぐ行って、左に曲がると最近出来た橋がある。それを渡って行くといい。少し遠回りだが、この道なら捕まるような危険はない」

「ありがとう。そこまで考えてくれたのか」

「この俺様が魔族を(ないがし)ろにするか。早く行け。お前の足ならすぐに追いつく」


 リコリスはナディアキスタともハグをすると、深く礼をして街を去った。ケンタウロスなだけあって、あっという間に姿が見えなくなる。


 ナディアキスタは「俺様たちも帰るぞ」と言って、おもちゃの馬車を出した。


「モーリスが行方不明者をそれぞれ国に帰した。『犯罪被害者補助制度』とやらで全部経費に出来る他、被害者たちが申請すれば当分の間、給付金が国から支給されるらしい」

「さすがモーリス。優秀だな」

「早くついてこい。森が不安だ。メイヴィスに任せてきたんだろう?」


 ナディアキスタはそう言うと、さっさと別荘まで歩いていく。私はぶわっと吹いた強風に髪を押えた。頭の上に広がる青空に、笑みをこぼす。


 晴れた空の下、どこまでも広がる青い大地を駆けるのは、きっと楽しいだろう。

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