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59話 苦戦と助言

『ケイト。今日のもうレッスンはもう終わりか? 疲れだだろう』


『ほらケイト、今日の夕飯はあなたの好きな物にしたてみたの』


『ねぇねぇ、お姉様。家庭教師から『もう教養は完璧』って聞いたわ。お姉様はすごいのね!』



 食卓に並ぶ私の好物と、笑顔の家族。


 同じ時間に、同じものを食べて、更けていく夜を楽しむ。ついでにちょっと、褒められたりして。


 これが私がずっと焦がれていたもの。一度だけでいいと願ったもの。



 ──たったそれだけ。



 たったそれだけを望み、手を伸ばし、(つい)ぞ叶わず散った願い。


 甘いだけの幻想が広がる端の暗がりで、私はそれを羨ましそうに見つめた。


『ケイト! お前を誇りに思うよ』


『あまり無茶したらダメよ』


『お姉様は頑張り屋だもの。心配だわ』



 ──ここまでは望んでいない。



 アニレアが全てを望まなければ。

 父が私を疎ましく思わなければ。

 母がアニレアを可愛がらなければ。


 これに近しい未来があったかもしれない。


(もう手遅れだ)


 私は今、背後に忍び寄る死の気配を感じていた。

 それは氷河よりも冷たく、息さえ凍る。心臓にゆっくりとトドメを刺すように、「迎エニ来タヨ」と(ささや)いた。


(──今行くよ)


 私はゆっくり目を閉じた。

 愛した家族はもういない。勝手に落とされた信用はもう二度と戻ることは無い。裏切りの椿、なんて言われて貶されるのもそろそろ疲れた。

 ナディアキスタには悪いが、私はもう静かに眠ろう──······




『起きろ! ケイト・オルスロット!』




 ***


 目を覚ますと、ライリーの剣が首裏を貫こうとしていた。

 私は慌てて横に転がり、剣を(かわ)す。

 痛む体に鞭を打って立ち上がり、ライリーを見据える。


「······何分気絶してたんだ?」

「ん? 十秒くらいだよ。起き上がるなんて思わなかったなぁ」


 ライリーは大袈裟(おおげさ)に驚いてみせた。余裕そうな態度が腹立たしい。



『ケイト・オルスロット! 持ち直した〜〜〜! これは予想出来ない戦いになるぞ〜〜〜!!』



 鼓膜が破れそうなくらいの歓声の中、ライリーはいまだ余裕な笑みを保つ。私ばかり余裕が無いのは不公平だ。


 けれど、そんなことを言ったところで不利な状況が変わることは無い。

 ライリーは氷や炎の魔法から、風の魔法に切り替える。その方が私に勝てると思ったらしい。

 確かに風魔法は防ぎようがない。強風で押せば私は動けないし、形のない風刃は受け流しも出来ない。


 私はとにかく風を逃れるしか出来なかった。しかし風はどこまでも私を追いかけてくる。世界を一周する風なんて、衰え知らずもいいところだ。

 それに、ライリーの魔法は今まで見た魔法使いと比べると、桁違いに強い。魔力だって無尽蔵だ。いくつもの魔法を使える分、もっと少ないと思っていた。


 奴は自らを『賢者』と名乗った。私の肩書きなんて『騎士』で、魔法なんか使えない。自由自在に魔法を使える相手に刃物一つで勝てるだろうか。

 だんだんと不安になってくる。『勝てないのでは』とすら思えてきた。



「それっ! 真っ二つになれ!」



 ライリーが剣を振るう。土埃を纏った風が、私を両断しに地を駆ける。

 私は後ろに飛び、意味なんてないが、ナイフで防御の体勢をとった。


 ──しかし、風刃は私の目の前で消えた。


 予想外のことに私がぽかんとしていると、下から「馬鹿め」と傲慢な声が聞こえた。······そういえば、妙に足場が高い気がする。


「この俺様の上に立つとは、礼儀知らずめ! いい身分だな!」

「斬られてないのが残念だよ。ナディアキスタ」


 ナディアキスタは檻の中で腕を組んでいた。私が心底残念なため息をつくと、彼は「無礼者め!」と怒鳴った。ナディアキスタはライリーを睨むと、「あの愚物め」と吐き捨てる。


「好き勝手やっているようだが、あまりにも粗末(そまつ)だ! 魔法とはなにか、魔力とはなにかをまっっっったく理解していない!」

「あんまり騒ぐな。お前の声は傷に響く」

「はっ、軟弱者め! 日頃の鍛錬を怠った結果だ」

「お前の声が無駄にうるさいんだよ」


 私は檻の上でしゃがむ。頭をガシガシとかいて、女とは思えないヤンキー座りでライリーを見据えた。

 ナディアキスタは喋らない私に向かって、「独り言だがな」と話をした。


「お前は自分を『騎士』だと思っているようだが、実際は違う。お前は騎士とかけ離れた剣術をよく使う。足も出るし、肘鉄で黙らせたオークは何十匹いることやら。それに、優れたバランス能力と、人並外れた観察眼もある」

「おうおう、褒めたってこの戦況が変わったりなんざしねぇぞ」

「口の悪い奴。足元をよく見ろ。自分を構成する何かを見つめ直せ。お前が忘れているようだから言ってやるがな」




「ケイト・オルスロットは『女』だぞ」




 ナディアキスタの言葉は、到底私を鼓舞しているようには聞こえない。けれど、不思議と腑に落ちる。

 私は今まで、『騎士として』行動していた。『ケイト』として行動したことは、一体いくつあるだろう。



 ──私は、女。



 叩き込まれた教養と礼儀。矯正された女らしい仕草も、口調も。私なのだ。騎士の男らしい姿も、侯爵の女らしい姿も、どちらも私。

 ナディアキスタめ、もっと分かりやすく教えてくれたっていいじゃないか。


(──『騎士』という役回りで勝てないのなら、『ケイト・オルスロット』として奪い取ってやる!)


 私はベストを脱ぎ捨て、赤く染ったシャツ一枚になる。腰のダガーナイフを引き抜いて、私はナイフを二本手にした。


「お? 二刀流? すごいねぇ。騎士ってそんなことも出来るんだ」

「いや、私が異端なんだ」


 エリオットにも父にもよく言われた。騎士にならなければ暗殺者が向いていたと。

 私は左足を引いて、地面に近い所まで腰を落とす。

 左手のナイフを胸近くに、右手のナイフは後ろに構える。

 右手に暖かい血がかかる。私はゆっくり呼吸を整えた。

 ライリーは待つのが面倒になったのか、「早く死んでよ」と剣を振った。


 先ほどの氷魔法と変えて、炎が地面から吹き出して火柱を立てる。割れた地面は(もろ)く、足場はかなり悪い。

 けれど、『ケイト』にそれは通用しない。


 私は強く踏み込んだ。

 火柱の間を踊るように駆けていく。

 社交ダンスは嫌いだった。何回やっても男側しか上手く出来なかったから。先生も四回変わった。そしてようやく、私は女らしい踊り方を覚えた。


 水面を跳ねるように軽やかに。

 風と戯れるように優しく。

 花を慈しむ乙女のような仕草を意識して──



「そら、踊れ!」



 ──急所を的確に狙っていく。


 初めて魔法をくぐり抜けて間合いを詰められた。

 予想外のことに、ライリーも焦った顔をする。ダガーナイフが彼の首を狙った。咄嗟(とっさ)に防いだ剣が、私のナイフをはじき飛ばす。


「あっぶな! これ貴重な剣なんだけど!」

「知るかよそんなもん」


 二本のナイフをクルクル回す。

 私は傷だらけの体に相応しくない、女の微笑みを浮かべた。



「──さぁ、一度きりのダンスです。どうか、お手をとって?」

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