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58話 決勝戦は華やかに

 残り三本の睡眠小針。これだけ残れば十分だ。

 この後に厄介な敵さえ現れなければ、ナディアキスタは助けられる。


 コロシアムのど真ん中。実況者が観客を焚き付け盛り上げの大騒ぎをしている。ナディアキスタは檻の中で、ただひたすら恨みつらみを垂れ流していた。


 檻がコロシアムの端に寄せられる。

 ナディアキスタが通路にいる私を見つけると、舌を出して挑発する。私はそれに、剣を少し抜いて返してやった。



『さぁ準決勝では最高の戦いを見せてくれたケイト・オルスロット! この最後の戦いに勝ち抜き! 見事賞品を手に入れられるのかぁ〜〜〜!?』



 私がステージに出ると、歓声が私の背中を押す。午前中のブーイングはどこへ行ったのやら。

 実況者は私のそばに近づき、『意気込みをどうぞ!』とドブの匂いがするマイクを近づけた。


『負けるの怖い?』

「負ける気はしない。が、国にバレたらヤバい」


 私の返答が会場の笑いを誘う。実況者は私の元から離れると、『さぁ決勝の対戦相手は!』と紹介を始めた。


『珍しい魔族を集めるために、西へ東へと駆け回る!』


 通路の向こうから、足音がした。

 しかし、軽い。ものすごく軽い。


『奇襲、虐殺お手のもの! 珍種以外に興味ねぇ!』


 剣の音もする。しかし、装飾品の音もする。

 剣を持っているのに着飾っている? 邪魔でしかないアクセサリーを?


『今大会の賞品提供元にして、無類のコレクター!』


 反対側の通路から現れたのは、金のアクセサリーをたくさん身につけた痩せ型の男。筋肉がついているわけでも、特殊な武器を持っているわけでもない。なんなら、予選の時点で殺されていそうな見た目だ。

 ──本当に、今まで勝ち抜いてきたのか?



『ライリー・スミスティィィィィ!!』



 私は対戦相手に驚いてしまった。『山田太郎』くらい無難な名前だからというのもある。どれだけ強い相手と戦えるのか、期待していたのに拍子抜けだ。


「あ〜、ごめぇん。がっかりしちゃった?」

「ああ。かなり」

「あ〜あ、正直者だぁ」


 ライリーは苦笑すると、頭を掻いた。私は腕を組み、審判の方を向く。


『勝者にはこの檻の鍵と、魔女の拘束具を外す魔法道具をお渡ししまぁす!』


 審判はハンドボールくらいのサイズの、金の魔法道具を掲げた。赤い目の虎が咆哮(ほうこう)している雄々しいデザインだ。


(なるほど。あれがないと、ナディアキスタは魔法が使えないままなのか)


 あの夜、助けられなかったことを悔やんでいたが、助けなくて良かった。多分あのままナディアキスタを回収していたら、彼の手首を切り落とす羽目になっていた。

 ふと視線を感じて、私はその方向を見る。ナディアキスタが少し青ざめた顔で口パクをしていた。



『ま』『さ』『か』『恐』『ろ』『し』『い』『こ』『と』『を』──



 考えていたんじゃないだろうかと? その通りだ。

 私がナディアキスタに親指を立てると、「残虐騎士め!」と中指を立てられた。


 ──助けるの、やめようかな。


 でもリコリスとの約束がある。私は渋々試合に臨んだ。

 開始のゴングが鳴る。

 カーン! と響いた直後だった。


「っ!?」


 私の足が凍りついている。

 ライリーは剣を振り下ろしていた。それも、遠いところで。

 その斬撃は地面を蛇のようにジグザグに伸び、私をその場に縫いつけている。簡単に抜け出せないように、服も凍らせていた。皮膚にまで届いていないのが救いだ。


「馬鹿な!」


 この驚きは久しぶりだった。初めて魔女の(まじな)いを見た時と、同じくらいの衝撃だ。けれど、あの時みたいに気持ちが高揚することはない。

 ライリーは「ごめんごめん」と頭を掻く。困ったように笑って、『当たり前なんだけどね』みたいな視線を向ける。



「俺、弱いから楽しくないでしょ」



 ──そのセリフ、腹が立つ。

 氷魔法は水魔法の上位互換だ。だが上手く扱える者なんてほとんどいない。いいところ、アイスを凍らせるくらいにしか使える奴がいないのだ。それを、「弱くてごめん」だと?


 ──己の強さを自覚しておいて、よくもぬけぬけと!


 私は剣を抜いた。前を向くと、すぐ目の前に迫ったライリーの剣が、私の首をはねようとしていた。


(速い!)


 私は剣でライリーの剣を弾き、片足を氷から引き抜くのと同時に、彼の首に鋭くつきを放つ。

 ライリーは「おっと!」と驚いて、避けたものの、私の剣の切っ先が喉に当たる。細く垂れる血を掬いとって、ライリーは「こわぁい」とへらへら笑った。


「魔法使いと戦うのは初めてだ」

「魔法使いって言うなよ。俺は『賢者』なんだ」


 謙虚もへったくれもない自己紹介に、私は唾を吐き捨てる。ライリーは剣を構え直す。切っ先が下がり、腰が引いたお世辞にも上手いとは言えない構えで、私を見据える。


「魔法使いが使える魔法は一つだけ。でも俺は、いくつも魔法が使えるんだ!」


 要は、彼は自分が『選ばれし者』とでも言いたいのだろうか。私にはどうだっていい。

 彼が剣を縦に振る。また地面を割いて、氷が私を狙ってきた。

 私は横に避け、片足に力を込める。彼はまた剣を縦に振った。地面を凍てつかせる氷の(つの)、それに飛び乗り更に跳躍する。

 私はライリーを頭から両断するつもりで剣を振った。


「子供のお遊戯みたい」


 ライリーが剣を上に向ける。彼の足元から炎が吹き出し、ドラゴンの形になって私に襲いかかってきた。私は咄嗟に剣を横にして防御体勢をとるが、燃え盛る炎の中に突っ込むのだ。無事なはずがない。


 炎の勢いに飛ばされ、私は地面に背中を強打する。そのまま壁際まで滑り、激しく咳き込んだ。口の中に砂が入った気がする。肺が焼けるように痛い。

 それでも私はすぐさま立ち上がり、剣を構え直そうとした。



 ──ドロッ。



 嫌な予感がした。私はチラと、下を見やる。

 長く愛用していた剣が、赤く熱されて溶けてしまっていた。鍔から先が無い。ぽたぽたと落ちる鉄が、地面を焦がしている。


「──マジか」


 思わぬアクシデントに、会場中がざわついた。ナディアキスタも、檻を握って食い入るように見る。


『おぉっとケイト・オルスロット! ここで武器消失! どうやって戦うつもりだぁぁあ!?』


 私は剣を投げ捨て、レッグホルスターのナイフを引き抜く。剣より短いが、扱いやすさはピカイチ。私はナイフをクルンと回してライリーと距離を詰める。

 ライリーは「退屈だ」と言わんばかりに欠伸をしていた。


 ライリーが左手を私に伸ばした。

 すると、ライリーの手のひらから水が溢れ、私を押し流す。

 上下左右が分からなくなる激流の中、私は溺れないようにナイフを咥え、もがかずに流される。壁にまた背中をぶつけると、上下を確認して水面に上がる。


「ぷはぁっ! クソ! 魔法が邪魔くせぇ!」


 私は客席に避難し、どよめく人を掻き分けて高い客席まで駆け上がる。


『ケイト・オルスロットまさかの逃亡! これはライリーの勝利か〜?』


 私は高いところまで上ると、深く息を吐き、全身に空気が行き渡るように吸い込む。

 そして紙紐を解き、レッグホルスターを外して壁に叩きつける。

 バチィン!! と大きな音を立てて、レッグホルスターは強度を増した。真っ直ぐになったホルスターに麻紐を通し、即席の弓を組み立てた。


『ケイト! 弓を作り上げるとは驚きだ〜〜! でも矢はどうするんだ!? てか、ホルスターにそんな性能あるの!?』


 私は壁に使われている誰かの折れた骨を勝手に引っこ抜く。

 それを矢の代わりに、ライリーに放った。

 大きさと形の割によく飛んだ。ライリーは飛んできたそれを、手で軽く受け止める。そして砕いた。


「──ふざけてんの? 俺が小針に気づかないとでも?」


 一緒に砕かれた針に私は「クソ野郎め」と悪態をついた。

 ライリーは剣を振るい、今度は地面を盛り上がらせて攻撃してくる。客席を穿つ土の柱に、観客達も大きな被害を受ける。

 足を削られ、腹に穴を空けられ、阿鼻叫喚の中を私は走って攻撃から逃れる。

 ライリーは客が死のうがお構い無しだ。


「そら踊れ!」


 楽しそうに言う彼に、私は怒りが抑えられない。

 私は象の牙らしき物を掴み、弓にかける。

 ギリギリと引き絞りながら、ライリーの頭より少し上を狙う。

 牙らしき物が飛んでいった。計算通り、重みで少し下に飛ぶ。ライリーの頭を狙ったそれは、ライリーが出した火で溶け落ちた。


「──ド下手くそ」


 そう言われた瞬間、私はコロシアムのステージに引き戻されていた。

 ──背中一面に、獣の鋭い爪で削り取られだような傷を負って。

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