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57話 ナディアキスタからの激励

 まず、折れた手首を固定して、出血の激しい脇腹の止血をする。その後に太ももの止血と、肩の手当てをして、傷の悪化を防ぐ。

 部屋にある薬では絶対に足りない。必要な箇所にのみ塗って、次の試合までに回復しなくては。


 私はぼたぼたと血を垂らしながら廊下を歩く。血が止まらず貧血を起こし、真っ直ぐ立つのもやっとだった。


 何とか控え室に辿り着くと、ソファーに寝っ転がって深く息を吐く。このまま死んでしまいそうなくらい、疲れていた。私はカバンから手首を固定出来そうな物を探す。しかし、そんなものがあるはずもなく、仕方なくレッグホルスターのナイフで固定した。


「あー、くっそ。魔族強すぎるだろ」


 ガーゼと薬を引っ張り出し、寝転がったまま、止血をする。

 未だ止まらない血がガーゼに染みていく。絞れるくらい血が着いたガーゼを投げ捨てて、新しいガーゼに変える。私は眠くなり始めていた。

 このまま止まらなかったら死ぬ。かと言って、傷を焼くような元気も残っていない。ウトウトしたまま、私は傷を押さえ続ける。


(このままゆっくり寝てしまいたいなぁ······)




「うわっ! ぶっっ!!?」




 いきなり顔に水をかけられて、私は飛び起きた。すっかり眠気は吹き飛んで、代わりに怒りが湧いてくる。が、すぐにそれも無くなった。

 ソファーの背もたれに肘をつき、水が入っていたであろうコップを持っていたのは、助け損ねたナディアキスタだった。


「魔族一頭に無様だな。それでも騎士か? 休みが長すぎて腕が落ちたか」

「アホ言え。つーか、ナディアキスタお前、檻の中にいたはずじゃ」


 魔法で抜け出した? でもナディアキスタの腕には、まだ金の腕輪が着いている。

 ナディアキスタは「馬鹿め」と私を笑った。


「ステージの檻に移るところだ。その前に勝手に寄っただけだ。決勝には俺様もステージに出る。端っこの端っこだがな。この偉大な魔女を隅に追いやるとは不敬な奴らめ」

「そんな不敬な奴らに捕まってしょうもない腕輪つけられた傲慢な魔女はだ〜れだ」

「仕方ないだろう! こちとら無防備なところを襲われたんだぞ! リボンの取り替え時期だったから、警報もならなかった! それに、オルテッドも······」


 ナディアキスタはオルテッドの話になると、急に大人しくなる。その萎れようは、見ているこっちが悲しくなる。


「······オルテッドの痛み止め、ダメになってしまったなぁ」

「また作り直せ。オルテッドはモーリスに逃がしてもらったから、恐らく近隣の街だ」

「いや、多分お前の従者の所だ」

「? いやまさか。ヒイラギの所までは四週間もかかる」


「ん? 聞いてないのか?」

「何をだ?」


 ナディアキスタは何かを察すると、「後でな」と話を濁した。

 ナディアキスタは私の傷をジロジロと見ると、袖から三十センチほどの長く赤い羽根を出し、私に投げて渡す。コップに水道の水を汲むと、それも私に押しつけた。


「生憎だが、今の俺様に魔女の(まじな)いは使えない。その傷を治す術が俺様にない」

「じゃあ帰れ」

「だからお前が治せ」

「頭は大丈夫か? 私は魔法が使えない」

「先の戦いで頭を打ったらしいな。魔女の(まじな)いは、誰にでも使えるようにしてある。正しい方法で、正しい手順で、正しく行えば、誰にでもな」


 ナディアキスタはそう言うと、私を無理やり立たせ、南を向かせる。

 西の窓の傍まで引きずり、私に命令する。


「良いか。南を向いたまま、羽根を水につけて傷の上で振れ。顔を南から逸らすなよ。今から言う通りに言いながらやれ。噛んだり間違えたりするな」

「いちいち注文の多い······」


 私は渋々、言われた通りに水に羽根をつける。

 顔を南に向けたまま、ナディアキスタの言葉に続いて呪文を唱える。



『枯れた井戸に咲いた花 苔むす岩に垂れる雫

 雨降る砂漠 雪降る火山

 全てを巡れ 鳥は燃えてなおも空を願う』



 その呪文は、ナディアキスタがいつも歌う童謡のようなリズムではなく、本当にただ唱えるだけの呪文だった。

 だが、羽根から垂れる水が傷に落ちると、みるみるうちに傷は塞がり、本当に怪我をしたのか疑うほどに回復した。

 ナディアキスタはふんと鼻を鳴らすと、腕を組んだ。


「魔女の(まじな)いの一つ、『不死鳥の慈悲』だ。赤い羽根と水、西についた窓があれば出来る簡単な治癒の(まじな)い。覚えておいて損は無いだろう。呪文さえ間違えなければ、身体的な傷の大半は癒せる」

「へぇ便利だ。ちなみに呪文を間違ったらどうなるんだ?」

「傷口から燃えて死ぬ。何人も犠牲になった」


 ──聞かなければよかった。

 私が水と羽根から離れると、ナディアキスタはそっぽを向いた。



「これで、決勝には万全の状態で出られるな?」



 ナディアキスタのその言葉に、私は「ああ、何だ」と呆れてしまった。

 心配していたのなら、素直にそう言えばいいのに。私はあえてそれを伝えずに、「そうだな」と返した。


「さすが魔女だ」

「ハン! こんなこと、出来て当然だ。初歩の初歩、一番最初に覚える(まじな)いだぞ。この偉大なる俺様にかかれば造作もない!」


 ナディアキスタがふんぞり返ったところで、係員に見つかった。ナディアキスタは髪の毛を乱暴に掴まれて控え室から引きずり出される。

 ナディアキスタは「離せ馬鹿者!」「髪の毛が羨ましいならそう言え!」とプリプリ怒っていた。


「ケイト!」

「はいはい、なんだよ」


 控え室の入口にしがみつき、必死に抵抗する彼は私に叫んだ。




「必ず勝てよ!」




 係員に顔を殴られ、ナディアキスタは控え室から引き離される。廊下から係員の罵声とナディアキスタの倍返しの怒声が響いた。

 私はククッと笑う。行儀悪く中指を立て、いなくなったナディアキスタを挑発した。




「誰にもの言ってんだクソ魔女」




 ──今度こそ、必ず助けてみせる。

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