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53話 騎士らしく正面から

 ──先日の反省をしようと思う。


 自分の行動において、良かった点は三つ。

 まず、ナディアキスタを見つけて、すぐにピッキングをしたのは良。鍵を探している間に睡眠薬の効果が切れる可能性があったからだ。

 次に、動かないナディアキスタに事情を尋ねたのも良。問題があれば、対処が変わるからだ。

 そして、オルテッドをモーリスに任せたことは可。遠くへ逃がすことで追っ手が見つけにくくなる。が、深手のオルテッドは緊急の手当てが必要だった。下手に長旅させるのも、体を揺さぶるのも怪我人への対応としては不適切。


 悪かった点。

 ナディアキスタにキレて檻のドアを破壊し、自ら見張りたちを叩き起した挙句、助けに行ったはずの私がナディアキスタに逃がされるという失態をおかした。

 しかも、ナディアキスタの事情を聞いたのはいいが、そのまま連れ去ってしまえば、後でいくらでも外す手立てがあったかもしれない。時間をかけすぎた。

 ろくな食事をとっていないと言った人間に怒鳴るのも不可。隠密行動中に大きな声を出すのも不可。


 総評、五段階評価中『三』。だが悪かった点が良かった点より酷すぎる。故に『二』。



 私はシャツを着て、袖に針を隠す。ズボンを履き、足首には果物ナイフを、腰にはダガーナイフを隠し、右足のレッグホルスターにもダガーナイフを入れる。防弾のベストの裏にもミリタリーナイフを仕込み、私は髪を結い上げる。


 普段の女性的なヘアアレンジではなく、耳より高めに結わえたポニーテール。髪ゴムなんてオシャレなものでは無く、麻を主に組まれた紙紐で。


 そして最後に、私は剣を腰に装備する。使い慣れた安物の剣。だが、その切れ味は聖剣よりも鋭く、岩をも断つ。


 私は剣を抜くと、剣の腹に自分を映す。

 真っ直ぐな瞳の、新緑の女が真剣な面構えで私を睨む。

 私は目を閉じ、剣を両手で握って、祈った。


「──騎士に栄光あれ。高潔なる魂に光あれ。魔女を悪だと叫び、偽りの正義を掲げてろ。全てを守る為ならば、私は進んで影を()く」



 ──祈りと、言えるだろうか。


 ***


 商人の国──北のはずれ


 屍の洞穴では既に人が集まっていて、コロシアムは観客で賑わっていた。

 客席全てが埋まり、『満員御礼!』の看板があるにも関わらず、立ったままでも見たい客たちが、賭けをしたり『早くしろ!』と急かしたりで既に無法地帯だ。


 開始時間よりも随分早く、闘技大会が開催される。観客の歓声が控え室にまでビリビリと響いてきた。


 私は最後の手入れ確認をして、自分の順番を待った。

 骨だらけの割に、嫌にきらびやかな控え室で、私は剣の手入れを済ませる。

 テレビが無いから、武器の手入れ以外にやることが無い。


 スンスンと勝手に鼻が動く。戦場にいる時のように警戒心が解けない状態で、私はソファーに座っている。

 闘技大会は己の技量の限りで相手を倒す、とは聞いているが、ここまで緊張するものだっただろうか。

 まさか闘技大会なんて子供の遊び場みたいなものに、気が昂っている?


「······なんて、ありえない。荒くれ者が多いとは思っていたけど、そうそうオーク討伐みたいなことには」




「ケイトさん! 出番です!」




 予想していたよりも早い呼び出しに、私は驚きながら着いていく。

 案内人が「こちらです」と、コロシアムに続く通路を示した。


 ······濃い血の臭いがする。鼻血を出したにしては多い量だ。


 アナウンスの声が、コロシアムに響いた。



『さぁさぁお次はこの方! 遥か東の騎士の国より初参戦! 高潔な精神を掲げる騎士団の副団長! しかしその裏の顔は家族を嵌めた悪の華! 魔女殺しも少女拉致もお手のもの! 先月の令嬢自殺にも関与した!? 悪こそ彼女に相応しい! ケイト・オルスロットォォォォォ!!』



 ──正直、対戦相手よりも実況者を殺してやりたい。


 拳に入る力が強くなる。魔女は殺してないし、少女拉致もしていない。······シエラセレネのことだろうか。

 悩む私とは反対に、観客の歓声がコロシアムを突き破る。

 ファンサービスに手を振ることも、愛想を振りまくこともせず、私はステージの真ん中まで歩いた。

 実況者の声がまた響く。


『さぁ対戦相手はこの方!』


 ジャリジャリと鳴る鎖の音に観客は沸き立つ。鉄球を引きずる音に観客の興奮が高まる。

 コロシアムに姿を現した男は、ケツ顎だがイケメンの部類に入であろうマッチョだった。

 登場するなりウインクしたり、真っ白な歯を見せて笑ったり、徹底したファンサービスをする。

 女性客はうっとりとして、彼の(とりこ)だ。私はエリオットの顔を見慣れたせいが、どうしても彼を『カッコイイ』と思えない。

 エリオットの爽やかな傾国スマイルに慣れるとは、私も贅沢なものだ。



『この大会三連覇! 頭蓋骨粉砕の強力な一撃が光るこの男! 今まで一人も殺し損ねたことがない! 完全滅殺のマッチョマン! 鉄球の殺し屋アシュトレイス・グレスライィィィィン!』



「紹介ありがとう! 今回もバッチリ決めてやるぜ!」


 アシュトレイスが手を振って観客にアピールをする。彼は私に握手を求めると、深くため息をついた。


「ああ! こんなにも美しい人がこの大会に出るなんて! 君とは是非違うところでお会いしたかった!」

「え? 大会が終わればまたお会い出来るのでは?」

「ああ、聞いた噂とは違う麗しさ! そして純粋な心!」


 ──うるさ。


「もしや、大会のルールを聞いた事がないかな?」

「『戦闘不能』にすれば勝ち、としか聞いておりませんもので」

「なるほど! これは運営側のミステイク! 残念かなこの大会における『戦闘不能』とは──」


 話をしていると、いきなりゴングが鳴った。

 その瞬間、頭の上に鉄球が飛んでくる。


 私は後ろに飛び退きそれを避けるが、鉄球は地面を穿ち亀裂を入れる。あんな重い一撃を受けていたら、と思うとゾッとした。

 アシュトレイスは真っ白な歯を見せて笑った。




「──対戦相手の『死』を意味するのさ!」




『アッシュの鉄球がケイトを襲う! アッシュのヤツめ! 最初から飛ばしてくるぅぅぅぅ!』


 観客は湧き上がり、「殺せー!」「やっちまえー!」と物騒な野次を飛ばす。

 私は辺りに散ったまだ赤い血にようやく合点がいった。

 闘技大会の名で隠した『殺し合い』なのだ。つまり、賞品が欲しければ(むくろ)を積めという、荒くれ者のための娯楽。

 けれど、私は人を殺すつもりは無い。······出来ることなら。


 アシュトレイスは鎖を引き、鉄球を振り回す。

 私が身構えるより早く、鉄球をぶん投げてきた。私が横に跳んで避けると、鉄球は観客席に衝突する。壊れた客席と鉄球の間から、どろりと赤い血が溢れた。


「おっとすまん! 次は気をつけるぜ!」


 今ので何人が死んだだろう。それを『おっとすまん』? 馬鹿にするのも大概にしろ。


「人の命を遊ぶな愚か者!」

「ああ、麗しき初心者(ビギナー)! 君はこの大会を理解していない!」


 私は袖の針を出した。

 アシュトレイスが鎖を引っ張る。


「この大会は命の奪い合いが目的! それこそが出場する者、見物するファンの楽しみなんだ!」


 私はアシュトレイスに見えないように針を持つ。

 アシュトレイスは血に(まみ)れた鉄球を自身に引き寄せる。


「ああ美しき人! この世に別れのキスを!」




「お前が地面にキスしてな」




 アシュトレイスが腕を上げた瞬間、私は針を投げた。

 アシュトレイスの腕に刺さり、彼はその針を引っこ抜く。それをじっと見つめると、大きな声で笑った。


「アッハッハッハッハッ! 面白いねぇ美しき人! こんな小針で俺を殺せると? アッハッハッハッハッ! 本当におもしろ──」


 アシュトレイスは笑いながら倒れた。

 審判がステージに出てくると、アシュトレイスを確認し、声を張り上げる。



「アシュトレイスの『睡眠』を確認! 戦闘不能! 勝者、ケイト・オルスロット!」

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