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52話 囚われの魔女を助けに

 騎士の国の入口は一つだが、他国の入口は大体二ヶ所ある。その中でも商人の国は、唯一多方面に入口がある『自由交易国』だ。

 朝は六時から、夜は十二時まで。かなり長い時間を商いで賑わうため、『夜が来ない国』なんて言われることもある。





 商人の国──北のはずれ


 深夜二時に私たちは動き出した。

 国の北側の入口を飛び出し、モーリスと共に例の『屍の洞穴』を目指す。明かりを灯さず夜を歩くのは、あまりにも不注意な行為だ。だが、私が迷わず砂漠を走れるのは、モーリスの優れた視力によるものが大きい。


「侯爵様、手前百メートル先に屍の洞穴があります」

「了解。正面突破だ」


 モーリスは元々遠目が効く。

 ナディアキスタの来訪も、エリオットの押しかけも、彼らがいかに遠くにいようとも、モーリスには目の前を歩いているようなものだ。

 それに加え、夜目が効くとはこの上なく心強い。


 前に屋敷の図書室で、モーリスが明かりもつけずに本を読んでいた時は心底驚いた。『明かりをつけなくていいのか?』と尋ねれば、モーリス曰く『暗い方が見えやすい』らしい。


「前方、正面入口に見張り役二名」

「了解。モーリス」

「お任せ下さい」


 モーリスは私の横を駆けて前に出ると、前にせり出た砂山に登り、弓矢を放つ。頭上すれすれを射抜いた矢に見張りの注意が逸れると、私は姿勢を低く保って彼らに接近する。


 私はわざと砂の音を立てる。彼らの注意がこちらに向くが、彼らの視界に私はいない。

 片足に力を込める。踏み込みが甘くなりやすい砂の上で、出来る限り力を込めて、片方の顎を思いっきり殴り上げる。

 気絶した片割れと、いきなり現れた私にもう一人が混乱しながらサーベルを抜く。重い剣に向かない振り回しに、私は奴の腕を抑え込むと、体を捻って回転蹴りを首に叩き込む。


 悲鳴を上げる間もなく気を失った見張りに、モーリスは「お見事」と微笑んでみせる。私は呆れてしまった。


「モーリス、私は『寝かせろ』と言いたかったんだ。その矢じりに私が仕込んだ物を、まさか毒だと思ったか?」

「いいえまさか。侯爵様が使用する毒や薬は全て把握しております」

「なら何でわざと私に仕留めさせた」



「見てみたかったんですよ、侯爵様の体術。騎士の方々から『カッコイイ!』『踏まれたい!』『冷たい目で蹴り飛ばされたい!』と評判なので」

「おう、後でそれ言った奴リストにまとめろ。鍛え直しが必要そうだ」

「恐れながら侯爵様。性癖は治らないかと」



 モーリスの困り顔を見ながら、私は洞穴の奥に歩いていった。


 ***


「いい香りですね。ラベンダーのような高貴な香りで、落ち着きます。ラベンダーは女性向けかと思っていましたが、この香りなら男性でも使えそうですね」

「珍しく饒舌だな。こういう()()()()()()は初めてか? アドレナリンの出過ぎだ」

「いいえ、過去に何度かあります。単純にこの香りが気に入っただけです」

「そうか。あんまり嗅ぎすぎるなよ」


 モーリスは漂う香りに鼻をスンスンと動かす。私に注意されると、首元のスカーフを上げて、口と鼻を覆う。そしてため息をついた。




「これが眠り薬でなければ良かったんですがねぇ」

「文句を言うな。普通の香りじゃあ、眠るというより気絶になるだろ」




 風通りのいい通路に置いた香炉。その中で焚いたお香を飛ばし、少し間を置いて歩いてみれば、見張りは深い眠りに落ちていた。

 嗅がないように鼻を覆い、私たちは眠る見張りを避けて、ナディアキスタを探す。


 呼びかけたいが、大きな声を出して見張りが起きるのは避けたい。深く眠らせることが出来るといっても、人によって効果は変わる。下手に起こして蹴り飛ばすのは面倒だ。


 しばらく探索していると、闘技大会のメイン会場らしき所に着いた。

 巨大な何かの肋骨(ろっこつ)が、空を包むように伸び、その隙間から月の青い光が差し込んでいる。


 肋骨の隙間を埋めるように、動物やら魔物やらの骨が詰め込まれていて、その中には人間もいる。椅子も階段も、全てが骨で造られていて、まさに屍のコロシアム。私は感心した。


「言い得て妙だな」

「侯爵様っ! あれを!」


 モーリスはコロシアムの真ん中にある檻を示した。私もそれを見つけると、骨の階段を駆け下りた。

 檻の中を覗くと、ナディアキスタとオルテッドが憔悴しきった様子で寝そべっている。



「ナディアキスタ。ナディアキスタっ!」



 私は彼を呼んだ。だが返事はない。

 私は仕方なく檻の鍵を探る。比較的新しいタイプの南京錠だ。けれど、鍵の形はディスクシリンダーで、一番ピッキングしやすい形だった。

 私は毒針と、曲がったヘアピンで鍵をピッキングする。数秒もしないうちに鍵が開いた。


「ナディアキスタ、手を取れ。早く逃げるぞ」


 私はナディアキスタに手を伸ばす。だがナディアキスタは起き上がりこそしたが、檻から出ようとする素振りを見せない。大声で人を馬鹿にすることもなく、ただ人形のようにそこにいる。

 口を開ければ「この偉大な俺様に〜」「この高貴な魔女である俺様に〜」「天才的な頭脳を持つこの俺様に〜」と、自尊心の塊のようなことをペラペラと話すナディアキスタが、こうも大人しいと調子が狂う。


「早く!」


 私は段々と苛立って、ナディアキスタを急かした。

 ナディアキスタはようやく口を開いたかと思うと、「オルテッド」と目の前で横たわるオルテッドを指さした。

 私が「彼も助けるから」と言って手を差し伸べるが、ナディアキスタは「ダメだ」と手を払い除ける。


「オルテッドを連れて行け。ここ三日、オルテッドは何も食べていない。腐った飯しか与えられないんだ。水も、泥水のようなものしか」

「何を言ってる。ナディアキスタも一緒に出るんだ。お前だって同じ物を与えられているだろう」



「オルテッドは怪我をしている。ろくに手当てもされていないから、傷が化膿している。このままでは症状が悪化する。既に熱が出ているんだ。オルテッドは若くない。免疫が落ちている。早くしないと間に合わなくなる」



 ナディアキスタは頑なに手を取ろうとはしない。何を言っても「オルテッドを」と、同じことを言う。

 私はオルテッドの体を起こすと、「すまない」と言って強めに力を入れて抱き抱える。オルテッドは「うっ!」と痛そうに身動ぎするが、すぐに力尽きて動けなくなる。

 オルテッドは熱かった。服も濡らす汗が、オルテッドの限界を物語る。ナディアキスタの言う通り、かなり酷い状態だ。


「モーリス。オルテッドを連れて出来るだけ遠い街に行け。近場だと見つかるからな。できるならヒイラギの所に連れて行って欲しい。あいつは医師免許持ってる」

「······あの人、何で持ってるんですか。そんな大層な国家資格」

「取りたがってたから受けさせた。仕事の合間に勉強してたから許してやれ」

「たまに侯爵様の使用人の素性が気になる事があるんですけど。何で変な奴か、やたら高スキルな奴しかいないんです?」

「お前が言うな。早く行け」

「承知致しました。オルテッド殿、少し揺れますよ」


 モーリスはオルテッドをおんぶすると、飛ぶように階段を駆け上がり、コロシアムを走り去っていく。

 二人が見えなくなると、私はナディアキスタに「お前の番だ」と声をかけた。


「オルテッドはもう平気だ。出るぞ」

「······出ない」

「わがままを言うな。お前の森がピンチなんだぞ」

「俺様はここから出られない」

「偉大な魔女が、領民を見捨ててどうだっていい大会の景品か? 末代まで笑われるぞ」


 私が煽ろうとも、ナディアキスタは檻から出る様子がない。

 あまりにも頑固なその姿勢に「いい加減にしろよ」と、私は苛立ちを口にする。


「あれだけ自画自賛して、プライドアルマ城みたいなお前が、今更とっ捕まった事が恥ずかしいってのか? 誰が笑うか。そもそも笑えねぇし。無防備な所を襲われたら、誰だって······」


 私がイライラしていると、ナディアキスタは金の腕輪を見せた。

 彼の両手首にがっちりとついたその腕輪は、まるで奴隷(どれい)の証と言わんばかりに鈍い光を放つ。手首にぴったりなそれの周りには掻きむしった跡や、噛み付いた跡もある。



「······外()ないんだ」



 ナディアキスタは弱々しくこぼす。その弱気な態度は私の同情心を誘った。


「この国に伝わる古の魔法道具だ。まさか、こんな形で見つかるなんて思わなんだ。魔力を操れなかった弟子のために拵えた、魔女の魔法道具──『自由の腕輪』。本来、魔力を制御するための魔法道具だが、改造されている」

「なら、お前が直せるだろう。魔女はこの世にほとんど存在しない。魔女の代物を改造したのなら、恐らくそれは魔法使いだ」

「······出来るのなら、とっくにやっていた」


 ナディアキスタはだらんと腕を下ろす。

 今にも泣きそうな顔が、何となく事情を察させる。




「──分かった。『外()ない』んだな」




 さっきナディアキスタが言ったことを繰り返した。

 だが、さっきよりは理解した。ナディアキスタのことだから、『魔女の魔法』でさっさと外せると思われたが、『魔法が使えなくなっている』のだ。

 私は魔法を使えないし、魔法に詳しくないが、多分体内の魔力を断絶し、エネルギー循環をさせないようにしてあるのだ。



 タンクがあっても、水道がなければ水は出ない。



 ナディアキスタも魔力を封じ込まれて、成す術がないのだ。

 だが、それなら連れ去られる時に抵抗すれば良かっただけの事。なのにナディアキスタは助けに来た私を弾き飛ばした。


「ナディアキスタ、どうして抵抗しなかった。どうして助けを拒んだ」


 あの時素直に助けられていたら、あの時私を弾き飛ばしたりしなければ。

 今頃こんな目に遭っていなかったかもしれない。

 ナディアキスタはそれについてこう答えた。


「オルテッドの首にナイフを突きつけられた時、背筋が凍った。助けようにも、『仲間を守りたければ、大人しくしろ』と言われて、オルテッドを攻撃された。······従うしか無かったんだ」


 目の前で殴られ、火傷をつけられ、痛みに苦しみ悶えるオルテッドを、ナディアキスタは放っては置けなかった。だから、黙ってついて行くしか出来なかったのだろう。

 ナディアキスタを従わせるだけの力を、オルテッドが持っていたから一緒に連れ去られたのだ。


「それなら尚のこと、私を拒まないで欲しかった」


 私はナディアキスタにそう言った。ナディアキスタはボソッと、その理由を話す。



「鉱山の国で、俺様は魔女の(まじな)いを使った」


 ──まさか、反省しているのか?



「それについては反省も後悔もしていない」


 ──そうだよな。ナディアキスタの辞書に『反省』なんて言葉無いよな。



「だが近くにケイトがいた。エリオットも。俺様が魔女だと知れば、恐らく最初に糾弾(きゅうだん)するのはエリオットだ。奴は騎士団長だろう? ならばある程度自由に権力を行使出来る。必要に応じて大臣とも連携が取れるだろう。そうなれば、ケイトに危害が及ぶ」



「──おいおいおい、まさかお前が私を案じていたなんて言うなよ」



 私はナディアキスタの口から出てきた言葉が信じられなかった。

 傲慢で自分勝手で、自分の弟や民以外はどうだってよさそうな男が、私を心配していた?


(そんなわけがあるか)


 だが、ナディアキスタの口から出てきた言葉は事実で、隠しようもないことだった。


「······連絡手段の断絶。交流を無くし、目撃情報が出ないようにしていた。魔女の森に赴くことがあれば、森に入れないことで、関わりがないことを見せつける。俺様なりの気遣いだ。『魔女とは無関係だ』と知らしめる為の、俺様に出来る精一杯──」



「随分と情けない精一杯だな」



 私はナディアキスタの言葉をバッサリ切り捨てた。

 檻のドアを蹴り、蝶番を外して遠くに吹き飛ばす。ナディアキスタは驚いていた。


「お前が私を案じたところでな、私が知らん顔してりゃ済む話なんだよ! まさかこの私が、他人に責め立てられてピーピー泣くだけの、か弱い小娘だと思ってんのか? バカにすんなよ! てめぇみたいな、へっぽこ気弱なプライドへしゃげた魔女(笑)に守られるようなヤワな女じゃねぇんだよ!」


 私は怒鳴った。声に驚いて起きた見張りたちが、なんだなんだと騒ぎ始める。

 私はナディアキスタを連れて逃げようとしたが、ナディアキスタは「無理だ」と私を止める。


「お前のせいで見張りが起きた。あと三十秒で魔女のことを思い出して駆けつけるだろう。それまでに逃げろ。東側の客席の一段目に抜け道がある。まぁ、ただの骨の隙間だ。そこに落ちた頭蓋骨でもはめ込めば、愚か者共は逃げたことに気づくまい。早く行け。この俺様を助け出す名誉が手に入らなくて残念だな」


 ナディアキスタは不健康な顔で強気に言った。

 私は「このクソ野郎め」と悪態をつく。




「勝手に逃げたら殺す」

「約束を破ったら殺す」




 ──どうしてこの二人は素直じゃないのだろうか。

『必ず助けるよ』とか『信じて待ってるよ』なんて甘い言葉、この二人には必要ないにしても、もっと言い方がある。


 私は私はナディアキスタに言われたとおり、東側の客席の一段目に身を潜める。私が屈むと、ちょうど見張りたちが入ってきた。吹き飛ばされた檻のドアに驚きながら、「もう一人はどこだ!」と探しに行く。

 モーリスは逃げ切れるだろうか。不安に思いながら、私は見つけた隙間に体を滑り込ませた。

 するりと入り込んだ隙間の下に落ちていた頭蓋骨を拾い上げ、その隙間にはめ込む。

 そのまま狭い道を通り、屍の洞穴の外に出た。

 騒がしくなる洞穴を遠回りして私は商人の国に帰った。


「──ちゃんと、助けに行くからな」


 私は拳を握って胸に当てる。騎士の約束は魔女の約束と同じくらい硬いと、証明してやろうと決意した。

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