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50話 到着! 商人の国

 馬で一週間、野を駆ける。

 途中、鍛冶屋の街の別荘に寄って、赤小梅を預ける。

 別荘の番人を任せている黄色い短髪、無精髭の男性は、私を見ると、恭しくお辞儀をした。


「オルスロット侯爵。お久しぶりです」

「久しぶりだな、ヒイラギ」


 私がヒイラギと呼んだ男はふんわりと笑うと、モーリスに目を向ける。モーリスは途端に嫌そうな顔をした。

 ヒイラギはモーリスの表情なんて気にせず、思いっきり抱きついた。



「久しかなぁモーリス! 元気か〜?」

「うわっ、ぐはっ! やめろ()()()()! 抱きつくな!」

「わっは! 相変わらずオレの名前が言えんのかぇ! つーか、そんなこと言わんの! ほぅれ、ヒーラギおじちゃんに挨拶は〜?」

「あっはっはっ。ヒイラギは相変わらずモーリスが好きだなぁ」

「こ、侯爵様! 侯爵様助けっ······おいコラ! 髭生えた顔擦ってくんな! いった、ジョリジョリする!」

「あーあ、『ヒーラギおじちゃんの髭くすぐったぁい♡』って言ってくれたモーリスはどこに行ったんだか」

「成長とは時に残酷なものだ。慣れろヒイラギ」


「勝手に過去を捏造すんな! 言ったことない! ケイト様! 助けて!」


 モーリスが可哀想になってきたところで、私はヒイラギを離す。

 ヒイラギは「そうだった」と私とモーリスに荷物を渡す。


「風の様子がおかしかったんで、来ると思ってましたよ。あと、荷物を詰めとぉきました。足りなかったらごめんっちことで」

「いいや、ヒイラギが詰めた荷物が足りなかったことは無い。······本邸の雇用から、別荘に移して済まなかった。好きだっただろう。騎士の国の畑が」

「いいや、侯爵が謝ることあらんせん。ここはここで景色がいい。それに、庭は好きにせぇって言ってくれたでしょう? 畑にしてるんで」

「はぁっ!? オルスロット家の庭、勝手に造り変えたのか!?」

「モーリス、そう怒るな。良いんだよ。移ってもらう条件だったんだから。給金の範囲で楽しんでるならいいだろう」

「ですがケイト様!」

「まぁまぁ、モーリス。侯爵がそう言っとぉから怒らんで。ちゃんといつでも戻せるようにはしてあるし」



「それに、侯爵家の本邸に届く苺、オレ産なんだぜ!」

「あの苺お前のかよ! 知ってたら仕入れなかった!」

「美味いんだってヒイラギの苺が! 今度デザート作る時食ってみろ! 他の苺が霞むくらい美味いんだって! それだけで全部許せるから!」

「肥料も自作! 土の配合も苗に合わせてミリ単位で調整! おかげで苺最高に美味しい! モーリスが好きなお芋! なんてった? ······さつまいも! も、あるんでぇ!」

「あーもー、食い意地張ってる人ってのは······」



 ヒイラギと私の熱弁に、モーリスは「分かりました!」と無理やり納得してくれた。

 私は別荘から隠し武器と毒の小瓶を回収し、体のあちこちに隠す。モーリスには弓矢を渡し、「念の為な」と彼に小刀も預けた。

 モーリスは表情を強ばらせ、「はい」と返事をする。


 ヒイラギとハグをして、私たちは歩いて西に進む。

 モーリスは頬を掻きむしりながら、私にバレないようにため息をついた。


「ヒイラギは苦手か?」

「何言ってんですか。当たり前でしょう。話を聞かないし、髭ジョリジョリしてくるし」

「名前が言いにくいしな」

「それくらい、ちゃんと言えます。ヒ『ー』ラギでしょ」

「ヒ『イ』ラギだ。惜しい」

「むっ、だいたい、彼は言葉がなんかおかしいし、俺やメイヴィスにやたらと構うじゃないですか」



「ヒイラギは家族を亡くしてるからな。子供とお前たちを重ねてしまうんだろう」



 モーリスはそれを聞くと、「だから振り払えないんです」と目を背ける。私はモーリスの態度にクスッと笑った。


「ま、ヒイラギの言葉は元々森育ちだから仕方がない。義賊の森は、言葉遣いが不思議だからな。私にはきちんと敬語を使えるから、見逃してるんだろう?」

「そうですけどぉ」

「それに、私はモーリスをヒイラギに会わせるのは好きだぞ。ヒイラギが元気になるし」

「俺に何のメリットがあるんですか。ソレ」



「ヒイラギに会った後のモーリスの口調が緩くなるから」

「······っ!!? い、以後気をつけます」



 絶対に言いたくはなかったが、モーリスの気の緩んだ姿が見られるのは、ヒイラギと会った後だけ。それが見たいが為に、ついついモーリスをヒイラギの所へ連れて行ったり、お使いに出したりしてしまうのだ。


 モーリスは「マジかぁ···」と聞こえないように呟いた。


 ***


 一日歩き、足元が命湧く緑から、命を試す砂漠に変わる。

 こまめに水分補給をしながら、砂嵐の中を進む。方位磁石で道を確認し、いくつもの街に泊まった。途中でラクダの定期便を見つけ、商人の国を目指す。

 馬、徒歩、ラクダ······三つの交通手段を駆使しつつ、およそ一ヶ月かけて、私とモーリスは商人の国に着いた。



 商人の国──ミモスナージャ

 砂漠の暴風から国を守るために、空高く壁を築いた灼熱の国。

 国に入った途端に何百もの店がひしめき合い、あの手この手で客引きをする。あちこちで曲芸が披露され、広場は踊り子たちが『ほぼ裸じゃない?』と思うくらい露出の高い服でクルクルと踊る。

 太鼓や笛の音が鳴り響いて止まない道を、私はモーリスを連れてナディアキスタの情報を漁る。


 道行く人に、「赤いメッシュの男を見たか?」「私と同じくらいの歳の男を見なかったか?」と声をかけるも、情報は無い。


 袖を(まく)り、垂れる汗を拭って、私は商人の国にあるムールアルマの騎士団総合案内所に向かった。

 案内所の中は涼しく、人も少なくて静かだ。

 私はカウンターで雑誌を読んでいる騎士に声をかけた。


「人探しだ。そちらで集めた行方不明者の情報を······」

「はいはい。そういうの後で聞くから」


 態度の悪い騎士に、私は「あ?」と反射的に声が出る。

 騎士は一向にこちらを見ない。私は、暑さで脱ぎ捨てられた鎧に着いているワッペンを確認する。水仙のワッペンだ。商人の国の警備は、今年入った新兵には任せない。なら、こいつは前期だ。



「前期水仙兵!」



 私は大きな声で呼びかける。雑誌を読んでいた男は、慌てて立ち上がり、私に敬礼する。



「勤務中は書類整理もしくは、報告書作成が原則だ! それもせず! ダラダラと雑誌を読むとは何事か!」

「はっ、はっ!? ケイト・オルスロット副団長! 大変失礼しましたっ!」

「謝る暇があるなら仕事をしろ! 雑誌は休憩時間に読め! そんな単純なことすら出来ない奴を、騎士団に入れた覚えはない! 私だったから良かったものを、窓口に来た方に無礼な態度を取るな! 礼儀を欠かすだけで信用は簡単に落ちるんだぞ! それくらい覚えておけ! 次やったら貴様の手足は無くなるものと思え!」

「はい! 申し訳ございません!」


 騎士は汗を書きながら、最敬礼のお辞儀をする。

 私はもう一度「行方不明者の情報開示!」と言うと、男はバタバタと奥の資料室へと走っていった。


「······休暇中でも兵士の礼儀指導、お見事でございます。騎士の高潔さ、いついかなる時も、他者への礼儀を弁えることの大切さを再確認させるその優しさ、騎士の(かがみ)です」

「散々しごいたのにまだ足りないようだ。休暇を終える頃に警備も交代するだろう。(しつけ)直しが必要だな」


 騎士は行方不明者のリストを持って戻ってきた。雑誌ほどの厚さのあるリストと、最近買った商人の国の地図をテーブルに置く。

 リストには、写真と名前、その他個人情報が詳細に書かれていた。

 私はそれを確認しながら、地図を広げる。


「今ミモスナージャの行方不明者は五名。各地の行方不明者はこちらのリストに」

「ご苦労さま。······おい、シエラセレネは消しとけ。半年前に保護してる」

「了解!」

「ふぅん、目撃情報は出てるんだな。どうして捜索に向かわない?」

「巡回に合わせて捜索も行っております。怪しい人物や行方不明者と思しき姿はありません」

「当たり前だ。同じ所に留まってるわけがないだろう。点で繋いで、範囲を絞って、その中を探すんだ。まさか新兵講習サボったか寝てたか?」

「い、いえ! そのようなことは!」


 私は騎士の指導を挟みながら、ナディアキスタの情報を探す。

 だが、他の行方不明者の情報は出てきても、ナディアキスタらしき目撃情報は一切ない。


 もしかして違う国だろうか? それとも今まで来た街のどこかに?

 ──商人の国より遠かったら。


 色々な不安や薄暗い考えが頭の中を渦巻いていく。

 見つからなかったらどうしよう。これがもし、発見に時間がかかったら? 最悪の場合──

 私は歯ぎしりをした。




「情報の開示、感謝致します。今をもちまして、侯爵様の()()()()はここで終了でございます 」




 後ろからモーリスが口を挟んだ。

 モーリスは私が広げた資料をササッと回収すると、騎士に返却する。

 そして、「侯爵様、判定は?」なんて言って、私に話を振る。


「──五段階評価で、判定は二。勤務態度に難あり。訓練の内容の見直しと再指導の余地ありといったところだ」

「だそうです。今後の活動に活かしてください。侯爵様、次の予定がございます。それでは、失礼いたしました」


 モーリスが上手く話をまとめて外に出た。

 騎士はポカンとして私たちを見送る。私は喧騒(けんそう)の中に消えるモーリスを追いかけた。

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