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5話 魔女の魔法

 この世界には、『魔法使い』と呼ばれる者たちがいる。


 杖や剣を振るい、何も無いところから水や火を顕現する。科学とは全く異なる摩訶不思議な力を操ることの出来る者たちだ。

 彼らは国によって認められ、力を使うことを認められた『正しい魔法』の使い手なのだ。




 一方、『魔女』とは、(いにしえ)の魔法を使う者の総称。


 杖も剣も使うが、主に鍋や箒で魔法を作る。食べ物や道具に魔法を混ぜこみ、誰でも使えるようにする。これも異端な力だ。

 しかし、魔法使いとは違って、魔女は誰にも認められない『歪んだ魔法』の使い手だ。その理由は、彼らにしか分からない。



「······つまり、魔法使いは『合法』で、魔女は『非合法』ってことか?」


「合法とか言うな。規制薬物じゃないんだぞ。あと魔女が使うのは『魔法』ではなく、『(まじな)い』だ。これだから無能な人間共は!」



 手錠を外してもらった私が頭を抱えていると、ナディアキスタと紹介された男がプンプン怒って腕を組む。

 散らかった部屋を片付けるオルテッドは、呆れ笑いをした。



「魔女の弟っていうのは、兄さんに拾われた子供たちのことでね。弟子とは違う。本当にただの拾い子なんだ。兄さんの見た目が若いから、『弟』って呼ばれてるんだろう。きっと俺と同じくらいなら、『子供』か『孫』って呼ばれてたはずさ」


「冗談を言ってる暇があるか! さっさと片付けろ! 仕事の邪魔になる!」



「一応言っておくけど、これ散らかしたのは兄さんだぞ。俺に片付ける義務はないんだからな」


「うるさい! 俺様の弟である以上! 片付けろと言ったらその通りにやれ!」



「そもそも兄さんが悪いんだぞ? 最初から名前で指定しておけば、ちゃんと本人が来たはずなのに」


「うるさい! 無駄口を叩くな!」



「なんで『十一月十日生まれのオルスロット家の侯爵令嬢』なんて曖昧(あいまい)な指名をしたんだ」


「うるさい!」



「昔と同じやり方が今も通じるとは限らないって、俺は歳を重ねる事に忠告したぞ? いつも『そんなことない』って聞かなかったけどな。あーあ、兄さんの人生で一番恥ずかしいんじゃないか?」


「うーるーさーいー! うるさい! 口を閉じろ! さっさと部屋を片付けて出ていけ!」



 オルテッドにからかわれて怒るナディアキスタに、先程まで感じていた恐怖がすっと消えていく。私は壁にもたれて二人のやり取りをじっと見つめていた。


 オルテッドに頭を撫でられて、その手を跳ね除けて怒鳴る彼の姿は、私よりも幼く見える。これではどっちが魔女で、どっちが魔女の弟なのか分かりゃしない。



「おいオルスロットの娘。お前のところにもう一人女がいるだろう。お前は十九だったな。なら十七の娘がいるはず。そいつを連れてこい。そうしたら特別に『お前に危害を与えずに』家に帰してやる」


「ほう。親の尻拭いを私にさせようってのか。悪いが私も手前の首を持って帰るって言ってるんでな。命令する前に自分の立ち位置を確認しろ」


「随分と強気だな。本気で俺様に勝てると思ってるらしい。ここがどこか忘れたのか? 森は俺様の庭だ。この部屋にだって、魔法をかけた物があるかもしれないな。俺様がどこに魔法を施しているかも知らないで、勝てるなんて思うなよ」




「物なら全部兄さんが壊したから、魔法とか意味ないと思うがね」


「うるさい! さっさと部屋の片付け終わらせろ!」


「よく言ったオルテッドさん! もっと言え! もっと!」


「オルスロットの娘め! 俺様を怒らせると後悔するぞ!」




 オルテッドはやれやれと呆れて箒を探す。

 隅に重ねた掃除用具を漁り、ドアの近くを探し、天井を見上げても箒は見つからず、諦めたオルテッドは膝を擦りながらしゃがんで皿の破片を拾い集めた。


 ナディアキスタはカチャカチャと静かに響く音に不機嫌な表情をすると、「おい!」と大きな声を出した。




「いつまで寝てる気だ! “掃除をしろ”! 俺様の機嫌を損ねるな!」




 ナディアキスタがそう叫ぶと、重ねてあった掃除用具がひとりでに動き出し、部屋の掃除を始めた。


 裏口から箒が慌てて入ってくると、オルテッドを押しのけて床を掃いて回る。小さなシンクは皿を洗い、倒れたテーブルも勝手に起き上がる。壊れた棚は外に運ばれて、散らばったスプーンやフォークは食器用の箱に帰る。


 ハタキが天井の埃を落とし、雑巾が窓を拭く。箒は私の前に来ると、腰の辺りをグイグイと押して私を避ける。


 今まで一度も見たことの無い魔女の魔法に、私は心を踊らせた。




 これが歪んだ魔法? 魔法を見る人間の目は節穴だ。こんなに楽しいものは見たことがない!




  私はキラキラした目を向けていると、ナディアキスタは鼻を鳴らして腕を組んだ。



「魔法は初めて見るか? お子ちゃまだな」


「いや、魔法自体は国でも見た。だが、魔法使いのものだったからな。魔女の魔法は初めてだ」


「ふん、やっぱりお子ちゃまだ。あんまり近づくなよ。変に触って暴走なんかさせられたら、たまったもんじゃないからな」



 国には炎の剣を振るう者もいたし、氷で商売をする者もいた。どちらも国から発行された認可証と魔法使いのバッジを身につけていたが、大した威力もなく、戦闘にも向かなかった。でも魔法を使える彼らは、それをとても自慢げに見せびらかしていた。


 でもナディアキスタはオルテッドに片付けさせて、今の今まで使わなかった。魔法をチラつかせつつも、本気で使おうとはしていない。

 魔法の扱い方も、危険性も十分に理解する者の姿勢だった。


 ほんの数分で、元通りとはいかないが、部屋が散らかる前にまで戻ると、ナディアキスタはメモをオルテッドに押し付けた。



「足りない食器と新しい棚を買ってこい! 掃除も出来ないなら、それくらいしろ!」



 傲慢な態度でオルテッドに命令すると、オルテッドは「はいはい」と言って裏口から出て行った。

 私に向き直った彼はギロリと私を睨み、さっきまで失っていた威厳を取り戻そうと、腰に手を当てる。



「無事に帰りたくばお前の妹を連れてこい」


「連れてきて欲しいならお前の首を寄越せ」


「お前だけが得するのは嫌だ。俺様の言うことを聞けないなら、お前の腕や足を引きちぎってやる。痛みに叫ぶ姿を見るのも楽しいだろうな。ああ、家族に切り刻んだお前の一部を送り付けてやろう! さぞかし悲しむだろうなぁ。娘の一人は生き地獄を味わい、もう一人は俺様の魔法の材料になるんだから」



 ナディアキスタは残酷な言葉を並べて私を脅す。私は脅し返してやろうと思ったが、悲しさが勝って、出来なかった。




「······悲しむものか。両親はアニレアだけを、可愛がっていると言うのに」




 ボロッとこぼした本音。私の(もろ)い心の一部に、ナディアキスタは目を見開いた。


 家族は愛し、愛されるもの。血の繋がりに愛があるなら、私も妹と同じように愛されたはず。きっと血とは別の何かがあるんだ。私がそれを模索している間に、アニレアは家族の愛を独り占めしていた。私の欲しいもの、手に入れたもの全てを奪った。



 私が生まれた時から約束されていた、未来でさえも。



 私は首から提げた真っ白な椿のネックレスを握った。


 騎士の国──ムールアルマの花。気高く、高潔な騎士に相応しい花。散る時は潔く落ちる姿は、誇りそのものだ。

 私が背負うはずだった花であり、私が今仕えている花だ。


 ナディアキスタは腕を組むと、少し考えた様子を見せる。彼は「お前」と、私を呼んだ。



「お前の両親の生年月日は?」


「は? なぜ尋ねる」


「いいから答えろ。両親の生年月日!」


「······父は三月六日で、母は七月十五日だ」


「ふぅん。歳は?」


「そんなことも聞くのか?」


「いいから答えろと言ってるだろう。俺様の命令を聞け」


「どっちがお子ちゃまだ。······はぁ、父が四十二歳。母は三十九歳」


「意外に若いな。お前養子なんじゃないのか?」


「そろそろ本気でぶっ殺すぞ」



 ナディアキスタは両親の生年月日と年齢を紙に書くと、床板を一枚外して星図を引っ張り出した。


 一つの円にいくつもの星が書いてあるが、普通の星図とは違い、同じ紙の上に全く異なる星空が浮かぶ星図が大小合わせて七つ並んでいた。


 ナディアキスタはブツブツ独り言を呟きながらそれぞれの星図を回す。クルクル回したかと思うと、手を止めて「ほほう」と感嘆を漏らした。


 また星図をクルクル回し、メモを取りながら楽しそうに星を眺める。一分もしないうちに星図から手を離すと、ナディアキスタは笑顔で言った。






「お前、最っっっ悪な環境で育ったんだな! 性格も態度も悪くなって当然だ!」






「心底楽しそうに言いやがってクソ魔女野郎。星図を回してる間に首を跳ねてやりゃ良かった」



 私が剣を抜くと、ナディアキスタは剣を鞘に押し込める。私の文句も聞かずに勝手に話し始めた。



「お前の親父は【汚れた首飾り】、お袋が【貪欲の(さかずき)】だ。親父は栄光と富を築くことの出来る星だが、それ以外の事に目が向かない。過ちに全くと言っていいレベルで気づかない。お前が騎士団に入った時は自分が率いるつもりで気分が良かったろうな。でも足を怪我して騎士団を抜けてからはお前が騎士団を率いていくのが面白くなかったんだろ」


「待て、待て待て待て! どうしてそんなことを知ってるんだ! 父のことは生年月日と年齢しか教えてない!」



 私が狼狽えると、ナディアキスタは星図にトン、と指を立てた。それをクルリと回すと、真剣な表情で話を続けた。



「星は全てを知ってる。親父が騎士団に入ってたのは、お前が騎士の国の出身であることから、簡単に予想出来た。そしてこの星巡りだと、騎士団長にまで登りつめただろう。でも一年前の四月に《星崩れ》が起きてる。全ての星の運勢が変わる巡りだ。それに巻き込まれて栄光の流れが止まった。

 右から二番目の星図はその人に起きる事柄を表す。ここに【欠けた人形】の星が出てる。逆さになっているから、怪我を負ったのは足だ。戦争か何かは興味が無いが、騎士が足に怪我を負うのは致命傷、じゃないか?」


 ナディアキスタに指摘されたように、父は一年前の魔物討伐で右足を食われ、太ももの半分から下を失った。義足を使っても思うように歩けず、ようやく一人で歩けるようになっても戦いに参加出来るような状態ではなかった。


 父が騎士団を離れてから、私は父の代わりに、と成果を上げ、副団長にまでなったのだ。──それが、面白くないって?



「奴の基本性格が、······あー。まぁ、一部抜粋して『自分より秀でている奴が嫌い』、『男尊女卑主義の傾向がある』等、控えめに言ってクズな部分がある。お前、その二つに引っかかったな」



 頭を殴られたような衝撃が走る。


 私は父に気に入られようとしていたのに、その逆をいっていた?

  そんな、だって『国に仕えることが民の喜び』だと言っていたのは父だ。騎士団に誇りを持っていた父を、家の名誉を守るために私はたった二年で副団長にまでなったのに。



 それが、気に入らない──?




「話を続けるぞ」


 ショックを受けている私を置いて、彼はさらに話し続ける。

 父の話の次は、母に変わった。



「【貪欲の杯】は、常に満たされていないと気が済まない。ほんの少しでも減ったらそれを埋めるために更に求める、その名の通り貪欲な星だ。お前が皇太子の婚約者になった時、小躍りして喜んだだろうな。金も名誉も思うがままになるんだ。かなりキツい教育を受けただろ。絶対に破棄されないように」



 ナディアキスタは星図を読みながらツラツラと話を投げつける。私はそれを受け止めきれないまま、壁に手をついた。ナディアキスタは左から二番目の、大きな星図を回した。



「でもお前の妹が生まれた。妹は可愛かったろうな。聞き分けの良いお前と違って、天真爛漫(てんしんらんまん)で愛嬌がある。そして【盗っ人の手袋】という星巡りだ。全てを奪い取る星。【貪欲の杯】と相性ピッタリで──」



 ナディアキスタが話していると、裏口の向こうから悲鳴が上がった。

 ナディアキスタはバッと振り向いたかと思うと、ローブを被って外に飛び出して行った。

 私は壁に背中を預けたまま、ズルズルとその場に座り込む。




「······私は、どうして」




 それしか出てこなかった。胸の椿を強く握って、自分の胸に問いかけた。

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