49話 出発! 商人の国
国を出てすぐ、私は地面を確認する。
車輪の跡が馬の足跡さえ分かれば、どこに行ったかが見分けられる。
「──西か」
うっすらとついた車輪の跡が、国を横切り西へと伸びる。
私は馬を操り、西へと駆けた。西は国の領土の境界線として、雑木林が塀のように広がっている。
林道の中を駆けていくと、馬車の音と複数の馬の蹄の音が聞こえた。
「赤小梅、もう少しだ!」
私は馬の腹を蹴り、更に加速を促す。ヒューヒューと耳元を切る風が、私の闘争心を煽る。
······見えた! 檻のついた馬車と、それを護衛する馬の群れが!
私は「止まれ!」と静止をかけた。しかし、奴らは私を見ると、弓を持ち、矢を構え、攻撃の意志を示す。
「武器を下ろせ! さもなくば殺す!」
私は騎士らしからぬ脅しをかけた。
しかし、奴らは武器を下ろす様子がない。それどころか構えた矢を放ち、威嚇射撃をしてくる。
私は剣を抜いて「嘘じゃないぞ」と更に脅しをかけた。······が、悠長に交渉する気が無くなった。
檻に入れられたナディアキスタとオルテッド。彼らを見つけた時、痛めつけた跡と、手足につけた鎖に目がいった。
簡単に外せないように、焼き付けるタイプの枷が二人の自由を奪っている。横になっているオルテッドにはいくつもの火傷の跡があった。ナディアキスタは悔やむように、虚ろな目でオルテッドを見下ろしていた。
──腸が煮えくり返って、目の奥が熱くなる。
こいつらだけは、生かしてはおけないと、私は心に決めた。
赤小梅の手綱を離し、その背の上で立ち上がる。
奴らが驚いた瞬間を狙い、赤小梅は檻へと突進する。
「ギャッ!!」
私は後衛をしている男の首に剣を突き刺した。
地面に転がり落ちる男を置いて、馬はどこかへ逃げていく。驚いた男たちが私に弓矢を向けるが、片っ端から斬り捨てて、顔を蹴り飛ばし、馬ごと道を外してやる。
「ナディアキスタァァァ!」
檻の横を守る男を蹴り落とし、私は檻に剣を向けた。ナディアキスタは一瞬目を見開いた。喜ぶような目をしていた。
「助けに来た! 今開けてやる!」
私の剣が硬い鉄の檻に傷をつけた。音に危機感を覚えた前衛の男たちが、私に矢を向ける。飛んで来た矢を斬り捨て、私は檻に傷をつけ続けた。
中のナディアキスタは抵抗する素振りも、「遅かったな!」とふんぞり返る様子もない。俯いたままの、妙に大人しい彼を不思議に思っていると、ナディアキスタは私に手のひらを向ける。
「魔女の魔法」
「────はっ!?」
私は腹に空気の塊を喰らって、林の中に吹き飛ばされる。
傷こそないが、空気の塊が鉛のように重く、大砲を喰らったかのような痛みが走った。
私は痛みに呻きつつも急いで起き上がり、林道に戻るがナディアキスタたちは遠くへと逃げてしまっていた。遅れて来た赤小梅が、私を心配するように顔を舐めた。
今から追っても間に合う。だが、私はナディアキスタに攻撃されたことが少しショックで、呆然としてしまった。
だがこのまま帰ることも出来ない。ナディアキスタが居ないと、魔女の森を守るものがいなくなる。でも追いかけても、またナディアキスタが攻撃するかもしれない。
せめて連れ去った奴らが誰か、確認して追跡しよう。
道を戻り、首から血を流して息絶える男の服を漁る。
革の水筒、サーベルと呼ばれる反りの大きい剣、口元を覆うための布と日焼けした肌。体を保護するための分厚い布の長袖の服装に、靴の中には砂が入っている。
──砂漠から来たらしい。なら、恐らく行先は商人の国か。
「······休暇申請してもらって良かった。赤小梅、長旅になる。頑張ってくれよ」
赤小梅を労いつつ、私は背中に乗った。
追いかけようとしたとき、後ろからモーリスの声がした。
「侯爵様! こ、こんな······遠くに·········はぁ、はぁ」
魔女の森とは反対方向のこの林まで追いかけてきたモーリスに、私は「マジか」と声が漏れる。モーリスは「マジです」と言って、死体に驚いた。
「うわっ! 侯爵様、この人は」
「おそらくだが、商人の国から来たらしい。うちの国の者に手を出したからな。話をつけに行く」
「商人の国······ミモスナージャですか」
「ああ。しばらくの間、魔女の森を」
「私も連れて行ってください」
モーリスの一言に、私はまた「マジか」とこぼす。モーリスは真っ直ぐに私を見つめる。
「侯爵様は、商人の国の警備で何度と行っていらっしゃるでしょうが、私は商人の国に詳しいです。きっと侯爵様も知らない道も知っています。私を連れて行ってください」
「待て待て、お前を連れて行ったら森はどうなる? メイヴィス一人に重荷を負わせる気か。それに私は、お前に物資の流通経路を確保しろ、と言ったはず」
「連絡は着きました。侯爵様の名を出して、魔女の森への物資を依頼したら、『すぐに届ける』と」
モーリスの仕事の速さには目を見張るものがある。だが、だからといって『じゃあ一緒に行くか』とはならない。
だが、モーリスも一歩も引かず、私が説得してもそこから動かなかった。
「モーリス、聞き分けてくれ」
「ケイト様。一刻を争うこの時に、わがままを言っている自覚はあります。が、私とて姉が魔女様の世話になっている身。魔女様に助けられた子供の一人です。メイヴィスは『行ってこい!』と背中を押してくれた。弓矢や射撃は出来ます! 必要なら接近戦も心得ております! ケイト様ほど腕の立つ方に、しがない執事は足でまといだとしても······」
「わぁかった分かった! 私の根負けだ! そら後ろに乗れ! 馬の乗り方は昔こっそり教えたろ」
モーリスの確固たる意志に、私は頭をかいて応じる。
魔女に助けられたのは私も同じだ。だからこそ理解出来た。
モーリスは後ろに乗ると、「失礼します」と私の胴に腕を回す。少し恥じらうモーリスに、「舌を噛むなよ」と忠告する。
「赤小梅、駆けろ!」
馬の腹を蹴る。赤小梅は嘶き林道を駆けた。
モーリスはその速さに「うわっ!」と驚いて回した腕を更に強く締めつける。私は風を浴びながら遠くを見据えた。怒りが収まらないまま、剣にべったりと着いた血を、地面に振り落とした。