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47話 決着…? 鉱山の国

 一週間後──ケイトの屋敷


 毎朝六時に届く新聞。その一面には今日も『アルフェンニアにて魔女出現!? コリンズ男爵令嬢、苦しみの余り自害!!』の大見出しが、フィオナの笑顔の写真と一緒に掲載されている。


 内容は概ね事実と同じなのが救いだが、『魔女の嫉妬か!?』だの『次の狙いは貴族か』だの、見当違いな推測がつらつらと書かれていた。

 モーリスは領地の報告をしながら、顔を強ばらせる。噛んだり、読み間違えたり、動揺を隠しきれていない。

 モーリスの様子が見るに耐えず、私は頬杖をついて、彼を落ち着かせる。


「モーリス、落ち着け」

「ですが、侯爵様」

「大丈夫だ。あいつはタフだからな。······それに私も色々、考えてはいる。が、ナディアキスタの返答待ちだ。彼から手紙は?」

「······まだ、一通も」


 私はため息をついた。




 鉱山の国から逃げ出した後、ナディアキスタは私とも一切口を聞かなくなった。前は三日に一度は屋敷に来ていたのに、今は姿も見せない。

 私はナディアキスタに毎日欠かさず、何通も手紙を出しているが、その返事も一切返ってくることはない。仕方なく、予定を開けて森を訪ねてみても、前まで無かった結界が張られていて、何の成果もなくとぼついて帰った。


「オルテッドは? 彼にも手紙を出した」

「その件については、私に返事が来ました」

「何と?」

「その、侯爵様には······」

「言えないのならいい。そもそも手紙なんて、プライベートな内容だったな。不躾(ぶしつけ)なことを聞いてすまなかった」

「いいえ、そのようなことはございません。侯爵様のお気遣い痛み入ります」


 モーリスはちらちらと外を見る。

 私は「誰が?」と新聞を眺めたまま聞いた。モーリスは眉間にシワを寄せると、「失礼します!」と言って、書斎を走って出ていく。


 下から聞こえてくるモーリスの制止と、ナディアキスタとは違う荒らげた声。鎧の重そうな音に、私も眉間にシワを寄せた。




「ケイティ! どういうことだ!」




 案の定、入ってきたのはエリオットだった。白い鎧に身を包み、完全武装した彼は、私の机を荒々しく叩き、篭手で傷をつける。

 私は彼の態度を冷めた目で見上げた。


「朝早くからわざわざうちに来るなんて、ご苦労な事だ。エル、婚約破棄おめでとう。破棄後一ヶ月の女性接触禁止の言い訳に、机の弁償の話しにでも来たか?」

「そんなのどうだっていい! 分かっててはぐらかす気かい! ケイティ、君は魔女を退治した! なのにどうして魔女と一緒にいた!」

「この世に魔女が一人だけなわけがないだろ」

「一緒にいたのは認めるんだな!?」

「事実だからな」


 私はモーリスに「お茶を」と命令する。『二人にしろ』という隠した合図を、モーリスはきちんと受け取り、エリオットに見えないように指を立てる。

 モーリスはドアの前で一礼し、書斎を離れた。私とエリオットが二人きりになると、エリオットは私に尋ねた。



「魔女に脅されてるのか?」

「違う」


「魔女に(たぶら)かされたのか?」

「違う」


「魔女と取引したのか?」

「違う」


「魔女に魂を売ったのか!?」

「違う」



 エリオットのありきたりな質問に、私は呆れながら返事をする。何をどうしたら、私が脅される立場に回るというのか。私を知っているなら、魂を売る前に、()()()()()()()だろう。

 エリオットは「遅くない」と私を諭す。


「魔女と手を切れ。君は『悪』側の人間じゃない。大臣たちに疑われる前に、正しい道に戻ってくれ。君は正義を知っている。善良な人間だ! 今からでも遅くはない! やり直そう!」




「──なぁ、何で私が『道を誤った』ことになってんだ?」




 我慢できず、私が低い声で言うと、エリオットはビクッと肩を揺らす。

 腹が立った。胸の中で渦巻く感情が、早くここから出せと私に叫ぶ。


「なぜ一緒にいたらいけないんだ?」

「魔女は悪だからだ」

「どうして悪なんだ?」

「ケイティ、見ただろう! あの恐ろしい魔法を! 魔女は危険な存在なんだ!」



「なぁ、エル。もし私がのエル物を『横取り』して、お前がそれに『怒った』としたら、どうする?」

「······そりゃあ、取り返すと思うけど」

「じゃあ、フィオナが魔女の物を横取りして、魔女が怒ったら。それは魔女が悪いのか?」




 私がそう尋ねると、エリオットは黙ってしまった。

 私は子供の屁理屈のような理論を鼻で笑った。



「魔女は常に悪では無い。先日の件のように、怒りもする。私たちと何ら変わりない人間だ。危険だからなんだ? 私たちとて、剣を振り回す。騎士という職業であるから紳士的とされているが、これが盗賊や傭兵だったら? 『蛮族』と言われるだろうが」



 私はそう言って、エリオットの反論を封じ込めた。私はエリオットを追い払おうとするが、彼は帰る様子もない。

 それどころか、「惚れてるのか?」なんて的外れなことまで言い出した。


「馬鹿なことを。あんな傲慢野郎に私が惚れるか」


 ──そもそも、生まれた時代が違うだろう。こいつ、先祖の写真に欲情した事あるのか?



 エリオットは「そうでもないと、君が魔女と一緒にいる理由がない」と言ってきた。私はさらに腹が立つ。


「私はそんな単純な女に見えるのか! 私がそんな安っぽい感情に振り回されると思っているのか! 馬鹿にするのも大概にしろ!」

「だって! 君は侯爵の地位を手に入れた! 広大な領地も、大きな屋敷も、奪われた服も何もかも! 全部手に入れたじゃないか! こんなにも()()()()()! 魔女の手を取るはずがない!」







 ──気がついたら、私はエリオットを反対側の壁まで放り投げていた。完全武装した男を、片手で軽々と掴み、女とは思えない力で、思いっきり。




 壁に当たったエリオットは呻き声を上げて床に落ちる。その物音に、モーリスが駆けつけた。


「侯爵様!」



「私が幸せだと! その小汚い目ん玉洗ってよぉく見ろこの私を! 幸せに見えるか!?」




 愛する家族もいない。広い屋敷に独りぼっち。家族殺しの汚名に塗れ、国からも領民からも信頼がない。支えてくれるのはモーリスやナディアキスタ達だけ。

 どんなに功績を上げようと、『裏切りの椿が』と罵られるこの気持ちを、エリオットに理解出来るはずがない。彼は望む未来を手に入れられる。欲しいものを手に入れられる。望まない婚約も捨てられた、エリオットに。


 ──私は「出ていけ」とエリオットに命令した。エリオットは痛む体を押さえて起き上がる。


「かはっ······。ケイティ、これ以上悪評を重ねないでくれ。君は高潔な騎士の国の守護女神。そんな君が悪く言われるのは、我慢出来ない」

「ほざいてろ。魔女の手助けを得て婚約破棄したくせに。魔女と分かれば手のひら返しか?」

「君は正しい道を選べる!」

「これが私の『正しい』道だ!」

「魔女はろくなことをしない!」

「知ったような口を聞くな!」


 私は足首のナイフをエリオットに投げつけた。エリオットはナイフを避ける。掠めた耳から血が垂れた。



「ナディアキスタはお前みたいな奴らから逃げて生き延びてんだ! お前に何がわかる! 虐げられたことも無い! 奪われたことも無い! 恵まれた環境でのうのうと生きてきたお前に! 正義を振りかざして、生きたいと願う者から奪う奴が! 私とナディアキスタを知ったように語るな!」



 私が怒りを叫ぶと、エリオットはよろけながら立ち上がる。

 そして、「分かった」と言って、書斎を出て行った。


「······君がそう言うのなら、何も知らない俺が口を挟むべきじゃない。でも、忘れないで。君は高潔で正しい、真っ直ぐな女性だ。君を理解出来る人間が、騎士団にもいるってことを」


 エリオットがふらふらと屋敷を出ていくと、モーリスは私に壁に刺さったナイフを返す。書斎を出ていくと、紅茶を乗せた台車を押して、書斎に戻ってきた。



「──本日の紅茶は、ダージリンを用意しました。朝食は八時の予定でしたが、予定が出来ましたので、少し早めて三十分後に用意します。朝食はサラダとトースト、ベーコンエッグです」



 モーリスは特に何も言わず、何も聞かず、淡々と執事の仕事をこなす。私は乱れた髪をかきあげて、「分かった」と返事をした。


「本日の侯爵様の予定は、領地の報告書整理のみですが、明日でも構わないので、今日はお休みになってはいかがでしょうか」

「······モーリス」

「はい。侯爵様」

「······お前には、私が間違っているように見えるか?」



 自分でも、弱気なことを言ったと思う。けれど、エリオットの一方的な正義感に、少し心が傷ついていた。

 彼は知らないだけだ。ナディアキスタの傷も、受けてきた仕打ちも。私だって知らない。けれど、ナディアキスタと一緒にいたはずなのに、こんなにも考えがすれ違ってしまうのは、少し寂しい。


 モーリスは私の質問に「そうですね」と少し悩んだ。

 姉が魔女の弟であるモーリスは、ナディアキスタのことも私のこともよく知っている。身内びいきの答えが出てくるのを知っていて、私はそう尋ねた。······本当に、ずるいと思う。




「侯爵様としては、間違った道を歩んでいると思います」




 モーリスはお茶の準備をしながら、はっきりそう答えた。思わぬ答えに、私は驚いた。


「魔女とは誤った魔法の使い手。魔法使いとは違い、人々を危険に(おとしい)れる存在です。ですからそんな方と一緒にいて、悪とされても文句は言えないでしょう」

「······本気で、言ってるのか?」



「ですが()()()()は、歪んだ見方をしません。最初こそ、魔女様を『いけ好かない』と(おっしゃ)っていましたが、今では信頼しているでしょう。魔女様も、ケイト様を信頼しています。お互いに痛みを知るものとして、同じものを求める者として理解し合っているのです。それを他人がどうこう言えるものではない」



 モーリスはそう言うと、にっこり笑って私に紅茶を差し出した。




「私は運命を変えようとする()()()()が、間違っているとは思いません。言わせておけばいいんです。魔女様のお言葉を借りるならば、『悪が悪である裏側を知る者がいるとすれば、それは本人たちだけ』でしょう?」




 私は「そうか」と呟いて、紅茶を飲む。モーリスの淹れた紅茶は、いつもより温かく感じた。


「意地悪なことを聞いた。私は疲れているみたいだな。今日はちゃんと休むとしよう」


 モーリスは嬉しそうに笑うと「朝食の準備をしてきます」とお辞儀をして、私の傍を離れた。

 私は机に戻ると、エリオットがつけた机の傷を撫でた。フフッと笑いが込み上げてきて、私は天井を見上げた。



「······ばーか」



 子供っぽい悪態をついて、私は仲間の存在を噛み締める。ふと、ナディアキスタのムカつく笑顔が頭に浮かぶ。それが、何となく嬉しかった。

 ──······独りではない。そう思い知らされている気がして。

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