表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/158

45話 呼吸を合わせよう

 夜中になると、ナディアキスタがベッドを抜け出すようになった。


 それも、きっかり十二時に。


 それが三日も続くと、さすがに不思議に思う。


 私は寝たフリをして、ナディアキスタが部屋を出ていくのを待つ。


 きっかり十二時になり、ナディアキスタは音を立てないように部屋を出ていく。


 私はナディアキスタが出てから五分待ち、彼の後を追う。


 五分も経てば、彼がどこに行ったか分からないだろう。······と、思っていたが案外簡単に見つかった。


 ナディアキスタは広場にいた。


 地面に手をついてみたり、何かの後を見ながらうろうろ歩き回ったり、かなり不審な動きをする。


 ポンプ式の香水瓶を出すと、辺りにポフポフと桃色の香水を撒いて、それをじっと見つめる。


 そしてまた、どこかへフラフラと歩いていくと、何かを見つけたように笑い始めた。



 ──気持ち悪い。



 私は呆れて部屋に戻った。


 ***


「······握力が上がった」

「肩と腕が異様に強くなった気がする」


 ナディアキスタと音楽で競い合い、引き分けのまま迎えた音楽祭当日。

 朝一番に宿屋の主人が私たちに手紙を渡した。差出人はもちろんエリオットで、今日の音楽祭の招待状だった。

 ナディアキスタは手紙を見ると、ふん、と鼻を鳴らす。


「手紙の端がクシャクシャで、男物の香水の匂いが強く残っている。おそらく渡すつもりはあったが、渋っていたのだろう。もしくはタイミングが掴めなかったんだな」

「推測はいい。早く行くぞ。宝石が待ってる」


 ナディアキスタは『無名の音楽家』の変装をして、私はナディアキスタの(まじな)いで作られた青いドレスに身を包む。

 ナディアキスタにヘアアレンジもしてもらい、『令嬢らしい』装いになっていた。


 会場の入口で招待状を渡し、ホールへと入っていく。

 立食式のパーティーに、宝石を飾った貴族たちが自慢話を語り合う。

 ホールにあるステージの上では、音楽家がクラシックを演奏していた。

 ナディアキスタはテーブルにある食事をじっと見ると、「不味そう」とボソッと呟く。

 私はもう既につまらなくて「早く帰りたい」と思っていた。


「早くコンテスト始まらないかな。つまらん帰りたい」

「気持ちは分かる。俺様も用を済ませてさっさと帰りたい」

「つーかさ、音楽祭に『コンテスト』てなんの意味があんの?」

「たしかにな。馬鹿の考えは分からん」


 文句しか出てこない二人に、エリオットは明るい表情で近づいてきた。


「やぁ、()()()! 来てくれてありがとう」

「あぁ、()()()()()()()()。お招きいただきありがとう。楽しい一夜になりそうだな」


 ──嘘だ。ここに希望の石が無ければ帰りたい。


「ナディアキスタ殿も、どうか楽しんでくれ」

「ああ」


 エリオットとナディアキスタが握手をしていると、フィオナが不機嫌な表情で近づいてくる。私はさっと『令嬢モード』に切り替え、ナディアキスタはフィオナを見ないようにする。


「私の婚約者に変なことしないでよ!」


 突然言いがかりをつけられ、私は思わず「はぁ?」と睨む。ナディアキスタに小突かれ、すぐに表情を戻した。


「ただ挨拶(あいさつ)をしただけですわ。()()()()、そのくらいの礼儀は知ってらっしゃるでしょう?」

「嫌味な言い方。なんなの? この前もお茶会めちゃくちゃにしたし、私の事が嫌いなの?」

「フィオナ! そんな言い方は無いだろう! この方は俺の友人なんだぞ」

「そんなの私が知ることじゃないわ! コンテストに参加するんだっけ? 参加賞もらったらさっさと帰ってよね」

「こら!」

「カーネリアム侯爵、そう目くじらを立てることありませんわ。せっかくのパーティーですし、あまり怒らない方が良くてよ?」

「偉っそうに。エリオットと同じ爵位だからって威張らないでよね!」


 フィオナはそう言うと、舌を出して挑発する。私はにこやかに見守り、彼女がエリオットを連れて遠くに行くまで待った。

 フィオナが視界からいなくなった後、私は思いっきり舌打ちをした。


「打首にしてやりてぇな······」

「やめろ。落ち着け。ほら、サラダ食ってろ。気持ちを落ち着かせる薬草が入ってるぞ」


 ナディアキスタにサラダを盛られ、私はフォークで野菜を突き刺す。無言でもりもりとサラダを食べる私に、ナディアキスタはそっと、サラダの上にローストビーフを置いた。


 ***


 貴族のつまらない会話に巻き込まれ、あくびが出るような演奏を聞かされる。音楽祭も中盤に差し掛かると、ようやくコンテストが開かれた。


 どうでもいい演奏が続き、音楽家三人が評価を下す。

 私は少しうたた寝しながら順番を待った。フィオナの差し金か、単なる偶然か、私とナディアキスタは一番最後に演奏することになった。


 ナディアキスタはステージに上がると、最後のバイオリンの調弦をする。私も、ピアノの音を確かめた。

 ナディアキスタは私に目配せをする。


『俺様に合わせろよ』


 そう言っているような目に、私は腹が立った。

 沈黙が続く。皆が今か今かと演奏を待つ。

 私とナディアキスタはお互いの呼吸に耳を澄ませる。湖に落ちた雫の音を、聞き取ろうとするように。




 ───ピアノとバイオリンが、力強く音を奏でる。




 一瞬で、その場にいる全ての人を引き込んだ。

 山を流れる川のように激しく、春に吹く風のように柔らかい音が、自由な獣のように駆けていく。


 ナディアキスタは私の方を見ると、ビブラートを目立たせる。


(もっと荒めにしろ!)


 私は勝手に彼の命令を想像すると、頭にきて変調する。


(そこは豪快に弾くんだよバカ!)


 ナディアキスタも怒ったような目付きでバイオリンを弾く。


(違う! ここは弱くしろ! それくらいも分からんのか!)

(だぁぁぁあ! そこは早く弾いてかっこよくするんだよ!)

(なんで今スタッカート入れた!? 演奏が台無しになっただろうが!)

(お前こそ! 今入れた半音が余計に汚くしだぞ!)

(あ、この辺りの弾き方はいいな)

(今の音、ちょっといい感じだったな)


 喧嘩と和解を繰り返すような二重奏に、皆が聴き入っている。唯一エリオットが「喧嘩してるのかな?」と察していた。

 余韻も残さず、キュッと切り落とすように曲が終わる。

 私とナディアキスタは『ふざけんなよ』と睨み合いながら、ステージを降りた。


 ひと息遅れて割れんばかりの拍手が響いた。

 私たちは目を合わせ、『まぁ、いいか』と笑みを浮かべてお辞儀をする。

 音楽家は「ブラボー!」と顔を赤くして興奮していた。


「あなた方の演奏はとても素晴らしい!」

「まるで表情を変える大河のように美しい!」

「文句なしの演奏だ! あなた達こそ、優勝に相応しい!」


 満場一致で私とナディアキスタは優勝した。

 ナディアキスタは賞品の『希望の石』を手に入れると、満更でもない表情で石を掲げる。


「良かったな。ナディアキスタ」

「ああ、ケイトも、いい演奏だったぞ」

「はっ、ようやく素直に褒められたな」

「俺様を追い越すには百年早いがな」

「その首洗っておけよ」


 にこやかに笑いながら、私とナディアキスタは歓声に応じる。小声で喧嘩を挟みながら。

 でも同じことを思っていた。



((音楽の違いもイメージも分からないなんて。鼻で笑うわ〜〜〜))



 私とナディアキスタの演奏に、皆が満足する中で、ただ一人私たちの優勝を喜ばない人がいた。

面白かったら評価、感想お願いします。

励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ