42話 男同士の会話
ケイトがいなくなった部屋で、エリオットは項垂れていた。
ナディアキスタは特に言葉をかけるわけでもなく、じっとエリオットを見つめている。
「······さて、ケイティのご機嫌がかなり低くなっちゃったし、俺はそろそろ帰った方がいいな。ナディアキスタ殿、迷惑をかけた」
エリオットが帰ろうとすると、ナディアキスタは「脅しか?」と短く尋ねた。エリオットは眉を下げ、「なんの事だ?」と聞き返した。
「言っておくと、ここに来たのは婚約者の不敬を謝りに来ただけで、君たちを脅すつもりではない」
「そうでは無い。お前とあの女の婚約だ。脅しか? それとも──」
「事故が原因か?」
ナディアキスタの質問に、エリオットの左手がぴくりと反応した。
ナディアキスタはその反応にニンマリと口角をあげる。
「やはりそうか。望まない婚約。左手が動くのは騎士の癖だな。警戒した時に、いつでも剣を抜けるようにするための自衛だ。それを知られたくないのだな? ふふん。なるほどなるほど。ケイトに知られたくないとは、可愛げのあ────」
ナディアキスタの首に、果物ナイフのような刃が当たる。
透き通る冷たさが、恐怖心を突き立てるが、ナディアキスタはエリオットの苛立つような目をじっと見るだけだった。
「······何を知ってる。君は、俺と会ってそんなに経ってない。それなのに、何を知っているつもりだ」
「騎士というのは短気な者の集まりか? 残念だが、俺様は『望まない婚約だ』と言っただけだ。そして勝手に反応して怒っているのはお前だ。そのなまくらを下げろ。騎士を名乗るなら、その人殺し紛いの行動は避けるべきだ」
ナディアキスタはエリオットを威嚇する。
エリオットはまだ警戒したまま、ナディアキスタと距離をとる。
ナディアキスタはエリオットを流し見ると、「馬鹿め」と鼻を鳴らして星図を広げた。
「誕生日は?」
「何故それを教えないといけないんだ」
「そうか。七月十五日か」
「知ってるのか」
「ケイトがフィオナから聞かされたと言っていた。『知ってるわんなもん!』って叫んでいた」
「重ね重ね婚約者がご迷惑を······」
エリオットがナディアキスタに謝罪をするが、ナディアキスタは星図を回して興味なさげにあしらう。
エリオットの星を合わせると、「ほぅ」と何か納得したように顎に指を当てる。
「これはこれは······。難儀な星だな。【宝石の鳥籠】か」
ナディアキスタがそう言うと、エリオットは不思議そうな顔をする。
「な、なんだそれは。本当に占星術か?」
「ああ。【宝石の鳥籠】は、【黄金の鎖】と似たような星巡りだ。だが、【宝石の鳥籠】は幸せを与えられるが、欲しいものは手に入らない。今まで不自由はしなかったろう」
「あ、あぁ。そうだ。だが騎士になるもの、立ち振る舞いも、何もかも、自分の思う通りにさせてもらえたことは無い」
「だろうな。そういう星だから。現在を表す星図に【フォークが刺さった布人】がある。望まないことに苦しめられる星だ。刺さっているものが『ナイフ』だと男だが、『フォーク』だ。つまり」
「フィオナ······」
「女のことだ。猿並みの知能はあるな」
ナディアキスタは勝手に星を読み解いていく。
自分の内側を探られるエリオットは、段々表情が険しくなっていく。冷や汗すらかいてきていた。
「過去の星図に【折れた万年筆】がある。大切なものを壊したんだな。その星の近くに【破けたドレス】と【見えない虎の目】が混在している。······聞くが、フィオナの上半身、もしくは顔。どちらかを」
「ああ、そうだ。フィオナの顔だ。彼女の顔に大きな傷をつけた」
エリオットは諦めたように言った。
聞けば、エリオットが会議で国に訪れた時、馬車がはねた石がフィオナの顔に当たり、流血騒ぎを起こしたのだと。
その責任をとって、エリオットとフィオナは婚約をした。
「よくもまぁ、石が見えたな」
「ちょうど会議であちこちの国から人が集まってたから、地面が多少ひび割れていたんだろう。その石がフィオナに当たってしまったのは、申し訳ないが······」
「ふぅん」
ナディアキスタは興味ないのか、ささくれを剥き始めた。
エリオットは「ケイティにはどうか」と、ナディアキスタに口止めをする。だが、ナディアキスタは「断る」と突っぱねる。
「騎士が令嬢の顔に傷をつけたとなっては、騎士団の名誉に関わる。それに、ケイティにがっかりして欲しくない」
「······生き標本に笑った女が、幻滅するとでも?」
「その話は団内でもタブーだ。あまり口にしないでくれ」
「新兵指導で使うとか」
「ああ、綺麗に吐く練習に使う」
「指導······?」
ナディアキスタは疑問を抱きつつも、「さっさと破棄してしまえ」と吐き捨てる。エリオットは「出来ない」とキッパリ返した。
「こちらの不注意で傷をおわせた。フィオナは毎朝顔の傷を隠すために一時間も早起きをするという。女性の顔に傷を残して責任を取らないのは、騎士より、男の風上にも置けない所業だろう」
「実際に見てはないんだな。見てもない傷に随分と責任感の強いことだ」
「女性に顔の傷は哀れだ」
エリオットはそう言うと、「この話はもう終わりだ」と無理やり切り上げる。
ナディアキスタは「愚かな奴だ」とエリオットを貶し、窓の外を眺める。
勇んで国を出ていくケイトの姿を見下ろしながら、エリオットの背中に突き立てた。
「女性の心の傷は、哀れに思わん癖にな」
エリオットは何も言い返せないまま、部屋を出ていった。