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40話 希望の石の行方

 新緑の髪に合わせた薄緑のドレス。上半身のスラリとしたラインを引き出すタイトなデザインに、金の鷹の刺繍が華やかさと(したた)かな雰囲気を(かも)し出す。

 裾に申し訳程度にあしらうレースが、慎ましやかに気品を魅せる。

 前に貰った髪留めと、ナディアキスタが用意したイヤリングの白椿が、私の女性らしさを引き出して、胸の上で輝くガーネットのネックレスが存在感を放っていた。



 金の装飾を施した秘境の花園のような庭園で、私はドレスの裾を引きずらないように持ち上げて歩く。

 招待したあのフィオナが、テーブルの上座で立ち上がり、「遅いわ!」と文句を言った。私はそれに怒らないように、笑顔を保って「申し訳ありませんわ」と深くお辞儀をした。


「あら、初めて見る方ですね」

「どちらの令嬢でしょうか」


 招待されたらしき他の令嬢が、私を見てヒソヒソと話をした。

 私は柔らかい笑顔で挨拶を申し上げる。



「初めまして。私は騎士の国──ムールアルマより参りました。ケイト・オルスロットと申します。どうか、仲良くしてくださいませ」



 フィオナは「私の新しい友達よ」と紹介する。

 昨日会ったばかりでもう友達か。なんて、冷めたことは口にしない。私だって腐っても令嬢だ。場の雰囲気くらい考えて行動出来る。


「さぁ、そこに座ってちょうだい! お茶会を始めましょ!」


 フィオナの気品も感じられない号令で、下らない茶会が始まった。


 ***


 昨晩──鉱山の国の宿屋


「おい、ナディアキスタ」

「う〜ん、この色はイマイチだな」

『やっぱりさぁ、ケイト様には派手な色は向かないって』


「おーい、ナディアキスタ」

「このデザインはダメだ! ケイトに合わない! 幼く見える!」

『いーや! このくらいの歳なら丁度いいって!』

「少し大人に見せるくらいがいい! フリルは却下だ!」


「ナディアキスタ〜?」

「もっとこう、ゴージャスにするか」

『ダーメッ! ケイト様は動きやすい服が好きなんだ。もっと軽さを重視して······』

「茶会程度に戦場のような動きをすることはない」

『じゃあ刺繍にしようよぉ。鷹が一番似合うんだ』

「いいな。そうしようか」



「いい加減にしろよ! さっきから人を着せ替え人形みたいに!」



 私は我慢出来ずにナディアキスタに怒鳴った。

 ナディアキスタが陣取るドレッサーテーブルの上には人形用のトルソーと、布のサンプル。

 鏡にはナディアキスタではなく、メイヴィスが映っていて、二人で私の服を見立てていた。

 ナディアキスタがガラスの棒を一振りすると、トルソーに布が巻きついて、ひとりでにドレスを仕上げる。ドレスが仕上がると、私の体に同じ布がグルグルと巻きついて、トルソーに掛かったドレスと同じものに変化する。

 ······これが苦しくて苦しくて堪らない。


「だって、ドレスがなければ作るしかないだろう」

「買えよ! 適当なの見繕って行けばいいじゃん!」

『ダメだよぉ、ケイト様。服ってのはその人を表す、一番重要な役割があるんだから。それにそのフィオナって女はケイト様を見くびってるわけだろぉ? 『威厳を見せたる!』くらいの気持ちで行かなきゃ!』

「別にいいよ! 国出たら関わんないし、私一年のほとんど戦場だし! あんな男爵令嬢どうだっていいよ!」

「エリオットの婚約者だと言っていただろう。エリオットが結婚したら、国に嫁いで来るぞ」

「そん時に国のルールを身をもって教えこませる!」

『そのルールを叩き込む時、勢い余って首はねないでおくれよ?』


 メイヴィスにまで私が野蛮だと思われ始めている。私は少しショックを受けた。ナディアキスタとメイヴィスが二時間かけてようやくドレスを決めると、私はやっと解放された。


 小物はナディアキスタが鍋から、煮込んでいた白椿のイヤリングと、ガーネットのネックレスを渡す。


「明日の茶会はこれをつけていけ。俺様が会話を聞けるように(まじな)いがかかっている」

「淑女の会話を盗み聞きねぇ。いい性格してんな」

「何とでも言え。俺様の物を横取りした女だ。魔族と魔女の物を奪うのはご法度だと知らぬ奴には、死を懇願するほど苦しい目に遭わせてやる」

『あーあー、兄さんがキレてらぁ』


 メイヴィスが目を逸らして呟いた。


 ***


 ──あのナディアキスタの楽しむようなキレ方は、今も頭から離れない。


 私は茶会の下座に座り、彼女達の会話の聞き手に回る。

 新しいデザインカットの宝石がどうだとか、どこの国のスイーツが人気だとか、そろそろドレスを新調したいとか、いかにも令嬢らしい会話が繰り広げられる。


(興味ねぇ〜〜〜〜······)


「そうですね」とか、「素敵ですわ」とか、当たり障りのない返事をして、私は紅茶をちびちび飲む。

 あまり美味しくない銘柄の紅茶に、原色系の甘ったるい菓子の乗ったトレイに、私は開始三分で飽き始めていた。


 騎士の国の茶会の方がよっぽど有意義だ。

 どの辺で雉が捕れるとか、最近狩場に熊が出たとか、猟銃の整備に腕のいい職人を知らないかとか、そんな会話が出来るのだから。


(誰も狩りしないし、鍛冶場の話も出てこない。つまらねぇ。帰りてぇな)


 スコーンにジャムを塗って、ひと口食べる。

 イチゴジャムがジャムらしからぬ味がして、飲み込むのを止めそうになった。


「オルスロットさん、失礼ながら、その······爵位は?」


 私に一番近い席に座っていた令嬢がそう尋ねた。

 落ち着いた雰囲気のドレスに派手過ぎないアクセサリー。大人しめの化粧だが、使っているのは比較的新しい色のもの。

 爵位はおそらく子爵か男爵だろう。

 私は微笑んで「侯爵です」と返した。


 その瞬間、他の令嬢たちもざわつき始め、一斉に立ち上がる。


「し、失礼しました! 侯爵令嬢と知らずとはいえ、下座に座らせてしまうなんて」


 こちらが驚くくらいこの令嬢たちはきちんと教育されている。

 ここにいる、私を除いた一番高い爵位は伯爵らしく、私に席を譲ろうとする。だが肝心なフィオナは一番上座に座っていながら、立ち上がりもせずゆったりと紅茶を飲んでいた。

 周りの令嬢がフィオナの態度にオロオロする。「フィオナさん、早く立って」と囁くも、「私は必要ないもん」とつんとして返していた。


「いえいえ、お気になさらず。私はお茶会の前日に招かれた身。他国からの訪問とはいえ、本来参加することのなかった者です。令嬢の立場で爵位をひけらかすことも、上座に固執することも致しませんわ。どうかおすわりになって? 貴女方が座らないのなら、私も立って参加しましょう」


 そう言ってわたしが立とうとすると、令嬢たちは恭しくお辞儀をして席に戻る。


「侯爵令嬢って穏やかな方なのね」

「少し慌ててしまったわ」

「お優しい方で良かった」


 令嬢達が口々に安堵をこぼす。

 私は「当主だけどな」と思いながら、彼女たちに「気を遣わせたわね」と声をかける。


「ケイト様は騎士の国からいらしたのよね」

「どんな国ですか?」

「騎士の国のドレスはどんなものが流行りなんですか?」

「そのお化粧とても素敵ですわ」

「今度ぜひ行ってみたいです」


(──ほらきた)


 私が令嬢の集まりが嫌いな訳はこれだ。

 爵位を知ると直ぐに(たか)り出す。少しでも()()()()になろうとして必死になるのだ。

 爵位の高い友人が出来るのは、貴族社会では自分のステータスとして自慢出来る。国の出身や家柄によっては利用価値もあるし、()()()()だって大きくなる。


 ──とはいえ、騎士の国の令嬢なんて、利用価値はほとんどない。

 親の大体が騎士だし、貿易管理局の令嬢を捕まえたところで、規則の厳しさで何も手に入らない。それに騎士の国の出身者は警戒心が強いから、何を頼もうとまず疑われる。


 まして私は騎士団副団長だし、警戒心は獣並に強い。

 取り入ったところでデメリットしかないだろう。ステータスにはなるが、扱いにくい()()をどう自慢出来ると言うのか。



「そういえば、ケイトって騎士団の所属なんだよね」



 私が注目されるのが面白くないフィオナが、彼女達の会話を遮った。

 頬杖をついて、私を見据えるように笑う。


「副団長って言ってたっけ?」

「ええ、そうですわ。微力ながら、騎士をまとめさせていただいてます」

「令嬢なのに野蛮すぎない? 狩りが趣味とかいいそ〜う」

「ええ、趣味ですよ。騎士の国において、狩りとはメジャーな文化ですわ。令嬢のほとんどが嗜んでおりますの」

「でもでもぉ、強すぎる女って、実際どうなの? 婚約者とかいる? か弱い女を守りたがるじゃない? 男の人って」

「残念ながら、一度婚約破棄されてますの」

「やっぱり! そうよね。強い女って男が敬遠しちゃうわよね! だって怖いんだもん! 私だったら絶対に婚約したくないわ!」


 私をバカにするネタを見つけたフィオナは、下品に笑って私を貶す。

 他の令嬢はフィオナを窘めるが「だってそうでしょ?」と聞く耳を持たない。フィオナはここぞとばかりにエリオットを自慢する。


 かっこいいし騎士団長だから強いし、イケメンだし優しいし。やっぱりこういう人と婚約しなくっちゃね! 家柄だけじゃダメ。自分に相応しい人じゃなきゃいけないのよ。


 私は「へぇ」とだけ相槌を打って流す。

 それが余計に面白くないのか、フィオナは私を無視して会話を続けた。周りの狼狽えなんて気にしないで、ペラペラと自慢話ばかりをする。

 私は何の収穫もないままで、「さっさと切り上げるか」と考えていた。


「そうそう! 来週の土曜日の音楽祭! ぜひ参加してちょうだい! 重大発表があるのと、コンテストをするの! 一番良い演奏をしたチームには博物館で買った石をあげるのよ!」



 ───なんだって?



「博物館の石?」


 私が尋ねると、フィオナはツンとした態度で無視を決め込む。

 近くの令嬢が、「フィオナさんが、博物館でりんごの形をした宝石を買ったんです」と教えてくれた。


「風の噂で聞きました。たしか、既に買い手がついていたはずでは?」

「それを、博物館の方に無理言って買わせていただいたとか。何でも魔女の持ち物だから、大変珍しい宝石で······」



「そいつにその話しないで! 魔法の宝石だって聞いたのに、ただの石ころだったから、もう要らないってだけよ!」



 フィオナはいきなり怒鳴ると、そう言って頬を膨らませる。

 コロコロと機嫌の変わる彼女に、私は呆れて何も言えなかった。

 男爵の令嬢風情が侯爵家の当主に尊大な態度とは、親の躾の下手なこと。


「では、私はそろそろお(いとま)しますわ。······迎えが来る頃でして」


 私は庭園の奥から聞こえる足音に耳を向ける。

 私が一礼してお茶会の席を離れると、フィオナが「失礼な人!」と私に言い放った。


「お誘いしたのに、私を差し置いてさっさと帰るなんて! 親の顔が見たいわ! どうせろくな教育も受けてないんでしょっ!」


 親がどうとか、私には関係ない。が、フィオナのその傲慢な態度には、さすがに堪忍袋の緒が切れた。


「好き勝手なさっても何も言われないようですが、あまり目に余ることをなさると、いずれ足元をすくわれます。貴女が危険な目に遭った時、誰かの助けがどうしても必要になった時、貴女の味方は何人残るでしょうね」

「はぁっ!? 何!? あんたごときが私を脅すの!?」

「いいえ。ただの忠告ですわ。はっきり言った方が分かりやすくて? 『態度を改めなさい』。その尊大な態度は身を滅ぼしますよ」


 私がはっきり言うと、フィオナは顔を真っ赤にしてティーカップを私に向かって投げた。

 他の令嬢が零れた紅茶に小さく悲鳴をあげる中、私は片手でカップを受け止めると、優しくテーブルに置いた。

 フィオナはますます面白くない。


「あんたなんて! 捨てられて当然だわ! 何よっ偉そうに!」


 フィオナの捨て台詞に、私は薄ら笑う。フィオナは一瞬のうちに顔が青ざめた。私は何も言わず、そのまま庭園を去る。

 フィオナは悔しそうに唇を噛んだ。

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