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34話 突然の休暇

 黒煙が細くたなびく戦場。

 嗅ぎ慣れた血と、獣と、兵士の吐瀉物(ゲロ)の臭い。


 頭から被った血を篭手で拭い、剣についたそれを、地面に振り落とす。

 私は長い髪を風になびかせて、戦場に声を響かせる。


「はぁい撤収! 片付けを済ませろ! 魔物は全て焼き払え! 怪我人は荷馬車に乗せろ! 一時間で終わらせるぞ!」


 だいぶ鍛えられた兵士を連れて、私はテキパキと後片付けに勤しむ。

 怪我人の泣き言を「死なないから」と遮り、転がる魔物を抱えて山積みにする。


「ゴブリン討伐終了。約五十······何匹いたっけ? まぁいいや。六十くらいで」


 適当に報告書用の記録を書き、部下に報告書の作成を任せる。


「副団長、あとは我々が」

「いや、この辺りは人の往来が激しい。今こそ封鎖しているからいいが、それを解いた時に死体が残っていれば、騎士の国の信頼に関わる。きちんと片付けたかを、私が確認しなくては」

「しかし、副団長はガラスの国から帰ってきてから、一日たりとも休んでいないでしょう」

「私が居ない間に討伐の依頼が溜まっていたら、そりゃ片っ端から片付けるだろう」

「副団長とはいえ、そのように働きっぱなしでは体力が持ちません!」


 信頼を得たのか、私の底なしの体力を恐れてか。部下はいつの間にか私を大事にするようになっていた。

 少し前までは私の陰口を叩いていたような奴まで、私の体を労ることを言う。だがここで、私が「そうか、あとは任せた」なんて言って、主導権を渡したら、雑な仕事をして後々責任を押しつけられるのが目に見える。


 私は自分の敵は全て把握していた。だからこそ、折れるわけにいかない。

 他国だったから気にならなかった、『裏切りの椿』への不信感、嫌悪、嫉妬と妨害。自国にいると、嫌というほど身に染みる。


(······自分を守れるのは、自分だけ)


 私はそう言い聞かせて、「心配いらない」と部下の気遣いを断った。


「この戦場の責任者は私だからな」

「副団長より偉い人が代わるなら問題ない?」

「そうだな。信頼出来る奴が代わるなら別に······」


 私はハッとした。ゆっくり後ろを振り返ると、真っ白い鎧に身を包んだエリオットが、ニコニコ笑いながら立っていた。


「ケイト、前回の任務で休暇取るって、約束したよな?」

「あ、あ〜〜〜。······あらぁ、そうでしたっけ? 私としたことが、ついうっかり忘れていましたわ」

「前回の任務の時も、そうやって誤魔化したよね」

「あ、あれっ? そうでしたか?」

「というか、そもそも『ちゃんと休暇を取る』って約束したの、五つ前の任務からだったはずなんだけど?」

「あ、えっと、それは、その······」



「ちゃんと休むって言ったじゃん! 何回同じことを言わせるんだよ! いい加減休めって、前前々回から言ってるんだけどこっちは!」

「うぅぅ、うるさいな! 討伐任務溜め込んでる方が悪いんだろ! こんな新兵向けの任務に人員割けないくらい溜め込みやがって!」

「ケイトが帰ってくる前に終わるはずだったんだよ! 何で予定よりも早く帰ってくるんだ!」

「仕方ないだろ! 予定が早まったんだからぁ! 手伝ってやったんだから、感謝くらいしろよな!」

「もちろん! ありがとうね!」



 エリオットと私の珍しい口論に、兵士たちはタジタジになる。

 エリオットが(つい)に現場に来てしまったことにより、私は急遽(きゅうきょ)団長命令で休暇を取る事になった。

『後片付けまでさせろ』という私の要望すら却下され、私は直帰を命じられた。


「あ、ケイト!」

「何だよ。休暇申請なら、ちゃんとしに行くから」

「違う違う。申請はこっちで済ませておくよ。そうじゃなくて、ケイト去年の長期休暇取ってないだろ?」

「あー、そういえば。確か商人の国の警備と盗賊討伐が重なって、休暇見送りにしたなぁ」

「それもプラスで取ってもらう。長期任務と休暇補助手当は出すけど足りるよな? 今までの任務分の報酬もあるし」

「もちろん。じゃあ次の出勤は来週か? ゆっくり休ませてもらうよ」




「じゃ、二ヶ月後にまた会おうな! お疲れ様!」

「待て待て! そんなに溜め込んでない!」




 私はエリオットに抗議するが、エリオットの部下が私を荷馬車に乗せて戦場から遠ざける。



「ふざけんなよエリオットォォオォ!」



 私の恨み言が戦場にこだました。


 ***


「いいえ。きっちり二ヶ月分です」


 家に帰ってから、私はモーリスと取らなかった休暇の日数を確認した。

 モーリスがこまめに仕事の記録をつけていたため、計算はすぐに終わった。私は事実を受け止められず、万年筆を落とした。


「まっ、間違ってるとかは?」

「ありません。再三確認しました」

「去年の長期休暇は二週間のはず」

「一昨年取らなかった休暇が加算されて四週間の予定でした」

「先々月取った分を引いたか?」


 私の往生際が悪い言及に、モーリスはため息をつく。

 記録書を閉じると、私の仕事机に手をついて、「侯爵様」と優しい声色で言った。



「侯爵様は常々戦場に通いたがる癖がございますが、その癖のおかげで自分が如何に休暇を取らないかご存知無いようですね。先々月取ったその休暇、結局マンティコラ討伐任務に出かけて取り消したのをお忘れのようですし、長期休暇の時期になると、あらゆる理由をつけて戦場に向かってしまうのですから、溜まって当然でございます。それに対してエリオット様のお優しいこと。侯爵様が溜め込んだ休暇の()()で妥協して下さるのですから」



 そして怒涛の勢いで責め立てる。

 普段の休日は屋敷で過ごしているから、そんなに休んでいないと思っていなかった。

 モーリスは笑顔で怒っていた。私もそろそろ反省しないと、夕食の後のデザートが無くなる。素直に「すまなかった」と謝ったが、モーリスは怒りを解く様子がない。


「ちゃんと反省するなら、私も怒りはしませんよ。休暇中に、戦場に向かうことがあれば、夕食後のデザートは抜きにします」

「それだけは勘弁してくれ······」


 私はモーリスと約束をすると、モーリスが一日の予定を伝える。

 騎士団から届く休暇申請の承諾書の確認。······それだけだが。


「明日、グリント伯爵家で夜会が催されるそうです。招待状が届いておりますが、参加なさいますか?」

「不参加だ。社交辞令の招待状だろ。のこのこ行く気はない」

「承知致しました。武器の手入れ用品が残りわずかですが、注文する品はいつも通りでよろしいですか?」

「ああ。少し多めに注文してくれ」

「かしこまりました。あと、オルテッド殿が『お土産ありがとう』と、仰っておりました」

「喜んでもらえたようで何よりだ」

「後でミートパイを持っていく、と」

「それは嬉しいな。オルテッドのミートパイは格別美味いんだ。皆で食べよう」



「あと、魔女様がお見えです」

「俺様が来たというのに、出迎えも無しか」

「即刻追い出せ。迎え入れんな」



 いつの間にかモーリスの後ろに立っているナディアキスタ。私があげた服を着て、不満そうに腕を組んでいる。

 モーリスの横を通って、ナディアキスタは私の前に来る。


「今日から休暇だろう。お前の星図に【黄金の鎖】が出ていた。与えられた褒美(休み)を窮屈だというとは、実にケイトらしい。だから俺様が来てやったんだがな」

「帰れ帰れ。お前と一緒だとろくな目に遭わない」

「早く来い。無駄口を叩くな」

「聞けや難聴暴君」


 ナディアキスタに腕を引かれて、私は書斎を離れる。モーリスが「その前に」と、私を呼び止めた。


「今日の分の食材がまだ届いておりません。市場で昼食分を買ってまいります。あと手当金の確認書類が届いており、銀行側から確認をとのことです」

「ああ、頼む!」

「いや、侯爵様が······」

「早くしろ! 俺様はお前と違って暇じゃないんだ!」


 モーリスの言葉を遮って、ナディアキスタは私を引っ張っていく。

 モーリスは困ったように頭を掻いた。

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