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33話 決着! ガラスの国

 血だらけの廊下に横たわる、キマイラだったもの。

 ファリスは目を開くと、全てが終わった惨状に呆然とした。


 まさか自分が、あんな子供に殴られて気絶したなんて。

 まさか自分が、やっとの思いで手に入れたキマイラを、あんな女に殺されるなんて。



「ありえない。ありえない。ありえない。ありえない······」



 ファリスはブツブツと独り言を呟く。受け入れ難い真実から目を逸らし、都合のいい夢を見ていたくて。

 ふわっ、と獣の匂いがした。

 キマイラとは違う、血の匂いに混じって香る──猫の匂い。



「大昔、国には三人の王子様がいました」



 コロコロとした声が、国の言い伝えを語る。



「誰が王様にニャるか決まらず、皆が困っていると、一匹の猫が現れました」



『な』が上手く発音出来ないその声は、裏口から入ってくる。

 足音も、一つではなく二つ。ファリスは振り向くのが怖くなった。



「猫は二人の勤勉ニャ王子様を差し置いて、一番下の王子様を選びました。その結果、国は豊かにニャりましたとさ」



 耳元に忍び寄る、猫のような声。

 頬にあたる、微かな感触が少しくすぐったかった。



「どうして怠惰ニャ王子様を選んだのか、知ってますかニャ?」



 ファリスは下を向いた。前を向くのが怖かったのだ。だが、視界に入る血まみれの床と、とても小さなブーツ。ゆらゆらと揺れる尻尾が、体を強ばらせる。




「──一番下の王子様は『嘘をつかなかったから』、ニャんですよぉ」




 視界に無理やり入ってきたコルムに、ファリスは驚いて後ろに倒れる。

 慌てて後ずさるが、後ろに立っていたナディアキスタにぶつかって、悲鳴をあげた。



「壺を返しに来た。血を洗ったらもう要らないんだと」


「ひぃっ!!」



 コルムはニコニコしたまま、話を続ける。



「上の王子様たちは、国を豊かにするつもりニャんてニャかった。ただ自分が偉ければいい、という考えの方たちだった。けど、一番下の王子様はちゃんと国を思っていた。それを正直に仰ったからこそ、王様にニャれたんです」



 コルムは耳をピコピコ動かして、ファリスに近づいた。

 その目は夜なのに瞳孔が細く、逃がさないと言わんばかりに見開かれていた。




「お伺いしましょう。──ニャァんで嘘をついたんですか?」




 コルムの問いかけに、ファリスは体をぶるぶる震わせて、歯をカチカチ鳴らした。ナディアキスタはつまらなさそうに「馬鹿な奴め」とファリスを見下ろした。



「妖精族は嘘を嫌う傾向にある。嘘をつかれて消える者や、泣いて嵐を呼ぶ者もいるくらいにな。ケット・シーは、その中でも特にその傾向が強い。彼らは正直者や勤勉な人を好むからな。そういう奴には、手を貸すこともある」


「シエラセレネさんは頑張り屋さんですので、コルムは大好きです。ケイトさんも、お優しい方ですから。ついついお手伝いしたくニャるんですよ」



 コルムはそう言うと、頬に手を当ててくねくねと体を揺らす。そして、鋭い双眸(そうぼう)でファリスを睨んだ。



「シエラセレネさんの誘拐の他にも、色々と貴方の嘘は暴かれるでしょう。コルムたちケット・シーは『真偽を見極める』ことが出来る。それ以外は全く出来ませんが、十分ニャ魔法だと思いませんか?」



 ナディアキスタは、赤い石のついた指輪を、コルムに投げる。コルムはそれを受け取ると、口に放り込んだ。


 指輪を飲み込むと、コルムの爪が伸び始めた。体はミシミシと音を立てて、大きくなっていく。

 狼よりも大きな体になると、コルムは猫らしく笑った。



「それよりも、うちの商品を盗んだことが一番許せニャいですねぇ」



 ファリスのキマイラは、コルムが仕入れたキマイラだった。それをファリスが横取りし、「自分で手に入れた」と嘘をついたらしい。

 獲物を横取りされたばかりか、嘘で目立つファリスが気に入らなかったのだろう。優しいはずのコルムは、廊下いっぱいに体を大きくさせると、威嚇して、ファリスに飛びかかった。


 ナディアキスタは、コルムがファリスを襲っている間に、最初に通された応接間に向かう。

 相変わらずぎっしりと詰め置かれたガラス細工は、月光を浴びてキラキラと輝いていた。



「はっ、悪趣味な所だな。『名誉』、『金脈』、『長寿』、『栄光』、『地位』······──欲の塊のような部屋だ。こんな所でよく過ごせるな」



 ナディアキスタは舌を出して「おえっ」と、わざとらしく言ってみる。

 手鏡を出すと部屋全体をぐるっと鏡に映し、最後に自分の顔を映す。

 紺色の瞳と赤いメッシュは、暗闇でもよく見えた。




「汝、他者を欺く者よ。魔女の(まじな)いを受けよ

 その身が朽ち果ててなお、欲に溺れ苦しむがいい」




 ナディアキスタは鏡から手を離す。

 落ちた鏡は粉々に砕けた。それと一緒に、部屋中のガラス細工が、ひとつ残らず砕け散る。

 ナディアキスタはそれを確認すると、応接間を出た。

 裏口の方に行くと、引っかき傷だらけのファリスが床に寝そべっていた。

 すっかり元のサイズに戻ったコルムが、ナディアキスタに指輪を返す。ナディアキスタはそれをポケットにしまうと、コルムを連れて外に出た。



「魔女の事は魔女がした。人間のことは任せたぞ。ケイト」



 ***



(······本当に、申請が通ってしまった)



 私は役所を出て、ため息をついた。

 シエラの家の手配も、工房の維持費援助申請も、養子縁組も何もかも。コルムの名前と店名だけで、事が済んでしまった。

 しかも、コルムに言われた通り、『ガラス細工の不明瞭取引とその金額に関しての精査』を申し込むと、すんなり許可が出た。


 役所の外、広場の噴水では、シエラがナディアキスタとマフィンを食べながら待っていた。

 私は役所で受け取った書類を持って、シエラの元に行くと、シエラは頬いっぱいにマフィンを詰め込みながら、不安そうにしていた。



金貨(レール)を好きに使えと言ったが、普通にカフェに行くなり、ケーキ買うなりすれば良かっただろう」


「お前が俺様たちを探せずに、街をうろちょろするよりはいいだろう」


「ご、むぐっ······ごめんなふぁい」


「謝れって言ったわけじゃないよ。申請は全部通った。あとは、コルムの所にシエラを送れば、コルムが全部やってくれるんだろ?」


「ああ。そう言っていた」


「じゃあ頼んでもいいか? 私は、ファリスの家を調べて来る。コルムが言った通りなら、裏帳簿があるはずだ」


「行ってこい。俺様が行かずとも、帳簿なんてすぐに出てくる」



 私が書類を渡すと、ナディアキスタはローブのポケットからペンを出して、マフィンを咥えたまま、サインやら何やらを書き込んでいく。行儀は悪いが、食べカスを落とさずに仕事をするのはとても器用だ。

 ナディアキスタは「さっさと行け」と、私を追い払うように睨む。私はナディアキスタに見送られ、ファリスの家へと走った。


 ***


 家の前には既に警備隊が到着していて、私は「お疲れ様です」と微笑んで声をかけた。



「遅くなりましてすみません。では、今から家宅捜査を開始しますわ」



 家に入り、片っ端から捜査にあたる。

 警備隊がタンスやら机の引き出しやらを探す一方で、私は絵画の裏や絨毯の下を探す。

 警備隊には「どこ探してんだ素人」と言いたげな視線を浴びせられるが、ファリスの執務室、暖炉の上の絵画の裏に金庫を見つけた。

 扉にぴったりと耳をつけて、ダイヤルを回す。「カチッ!」と噛み合ったところで、鍵穴に折れ曲がった針金と、真っ直ぐな針を差し込んで鍵をこじ開ける。



「うーわっ、本当にあった」



 隠す気のない『裏帳簿』の文字に私は思わず笑った。

 誰も開けられないからと油断していたのだろう。



「小娘に開けられるような所に隠すなよ。私なら、暖炉の下に隠すけどなぁ」



 帳簿を持って、警備隊を集める。

 撤収を呼びかけると、警備隊の連中は驚いた様子で後ろを着いてきた。

 あとは、元皇太子婚約者の知識の出番。



(豚箱にぶち込んでやるよ、デブ)



 私はふふっと笑った。


 ***


 本当の意味で全てが片付いたのは、四日後だった。

 ファリスは無事逮捕され、ガラス細工の一部が違法輸出されていることと、貿易利益がファリスに横領されていたことが明らかになった。



「必要であれば、我が騎士の国──ムールアルマの騎士団が、輸出先の特定・関与した者の捜索及び逮捕に協力いたします。なお、主犯であるファリス・シューリオットは既に牢獄行きとなっております。口が堅い方ではありませんが、自分の利益にはがめついですから手こずるでしょう。尋問の際に『お猫様の祟り』とでも言えば、簡単に口を割ると思いますので」



 私はガラスの床に跪き、シャンテラルエの国王にそう報告する。

 私は、自分が狩人のような格好であることに、少しばかり恥じらいつつ、王に敬意を表した。

 国王は何か深く考え事をすると、「下がってよい」と私を玉座の間から追い出した。私は特に何も言わず、深く礼をしてその場を去った。



 ***



 入り組んだ道を進み、コルムの店の前に着く。

 コルムとシエラが私に気がつくと、笑顔で迎えてくれた。

 ナディアキスタは腕を組み、神妙な面で「どうだった?」なんて聞いてくる。興味が無いと思っていた私は困り笑いしてしまった。



「騎士の国の出しゃばりを、あまり良く思っていないようだった。まぁ、証拠は十分過ぎるくらい揃えたし、デブが白状しようとすまいと、罰は下る」


「だろうな」



 私とナディアキスタは、コルムに挨拶を済ませる。コルムはふかふかの肉球で握手をしてくれた。



「ケット・シーの加護がありますように。また店にいらっしゃってくださいニャ。とびっきりのおもてニャしをさせていただきますので」


「ああ、楽しみにしてる。窮鼠入りドリンク、また飲みたいな」


「はい! ご用意します!」



 ナディアキスタが、引き気味に私たちの会話を見守ると、さっさと国に帰ろうとする。

 シエラは、ナディアキスタのローブの裾を引っ張って引き止めた。



「あの、色々ありがとうございました。それに、ワガママ言ったりして、ごめんなさい」


「ああ、この俺様に感謝することを忘れているのかと思った。薄情な娘だと思っていたが、訂正してやろう」



 ナディアキスタは、変わらぬ傲慢さを突き通す。

 シエラは俯いたまま、言葉を詰まらせていた。



「あの、ね。私、その······ナディさんのこと凄く冷たい人だと思ってたの」


「俺様ほど心優しい人間がいるものか」


「それは今も変わってないんだけど」


「あっそ」



 私は堪らず吹き出した。ナディアキスタは私を蹴って「笑うな!」と怒る。シエラは「あのね」と何とか言葉を引っ張り出した。



「冷たいけど、人を思いやる言葉をかけてくれたの、嬉しかった。また会いに来てくれる? 私も騎士の国、ムールアルマ? に行ってみたいし」


「どうする? ナディアキスタは。私は歓迎するが」



 私が問いかけると、ナディアキスタはふん、と鼻を鳴らす。




「気が向いたらな」




 ナディアキスタがそう答えると、シエラの表情が明るくなった。

 コルムは、ナディアキスタの脇腹をつついて「罪ニャ人ですねぇ」とからかった。ナディアキスタはローブを翻して、大通りへと歩いていく。

 私は彼の背中をクスクスと笑いながら、シエラに「またな」と挨拶をした。シエラは名残惜しそうに手を振った。


 私は、ナディアキスタの背中を追いかける。

 大通りで追いつくと、ナディアキスタは「遅い!」と文句を言った。



「さっさと帰るぞ。あんまり森を空けておくと、オルテッドが何をやらかしているか分からないからな!」


「オルテッドなら大丈夫だろう。そうだ。土産でも買って行かないか? 日持ちする菓子の一つでも」


「そんなもん必要ない!」


「でも、私たちはあのデブに提示した報酬をもらってないんだぞ。自分で自分に、褒美のひとつくらいあげても良くないか?」


「対価か······。ふん! そのついでに買ってやらんでもないか。魔女の保存術でも使えば、日持ちしない物も持って帰れるし」


「そうだな。何を買って帰る? カボチャのパイは外せないぞ」


「······ダークチョコレートムース。オルテッドが美味いと言っていた。俺様は別に気にならないが、オルテッドが言うなら、まぁ、買っていってやるか」


「素直じゃないな。オルテッドに喜んで欲しいから買うくらい言えよ」


「なっ! 別にそういう訳じゃない! 断じて! オルテッドの為じゃないぞ!」


「はいはい。あ、ホールで売ってる店があるな。あの店に行こう。私も、使用人たちに食わせてやりたいし」


「あ、ああ。あの店······って遠いな! あれ裏通りじゃないか!? よく見えたな!?」



 ナディアキスタを連れて、私は洋菓子店へと向かう。

 二人でギャーギャー騒ぎながらケーキを選ぶのは、本当に楽しかった。

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