29話 ちょっとばかり乱暴に
ガラスの国──近隣の森
今朝片付けた野営地に戻り、私は剣に顎を乗せる。
ボーッと広がる青空を眺め、隣で頬杖をつくナディアキスタと、言葉を重ならせる。
「「────拍子抜けだったな」」
***
「「喰い散らかすぞ」」
そう言った直後、睨まれた自警団の面々は震え上がってしまった。
一人が威嚇のつもりで放った銃弾は、私の胸を貫こうとする。風より速いその弾を、私は引き抜いた剣で真っ二つに斬った。
弾丸はキンッ! とガラスを鳴らして、私の足元に落ちた。
私は弾を足で避け、弓矢をナディアキスタに押し付ける。
私が剣を構えて駆け出し、ナディアキスタは弓の弦を引き絞る。
あと2メートル、たった2メートル。
その距離まで詰めた瞬間、自警団は「化け物だ」と叫び、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
その様子に、私もナディアキスタも呆然とする。
せっかくのやる気は不完全燃焼に終わり、私の行き場のない闘争心は、ガラスの大通りにヒビを入れた。
***
「あれが国を守る民間武装集団かよ。国の行く末が心配だわぁ」
「嘘つけ、何とも思っていないくせに」
「バレたか」
「『滅びてしまえあんな国』と思っているだろ」
「そこまでは思ってない」
二人で大きなため息を着く。どうやってシエラを助けに行こうか議論をする。
「ファリスを殴って聞き出す」
「デブに近づけるか?」
「護衛雇ってそうだよな」
「ヘイト煽るか?」
「時間かかるわ。アホ魔女」
「シエラの居場所が分かれば早いがな」
「そう。結局シエラが何処にいるかによるんだよなぁ」
自警団が追いかけて来たのだろうか。遠くでトロールの雄叫びと、彼らの悲鳴が聞こえてきた。聞こえてくる足音と、武器の音で何となく状況を察しながら、「剣の振り方が甘い」だの、「逃げ足が遅いだの」二人で文句を言う。
「······そこで木に飛び移って脳天を刺す」
「それはお前にしか出来ん。光明の石を使ってだな」
「それはお前しか持ってないだろ」
「あ、一人死んだな」
「助けに行くか?」
「めんどくさい。金で雇われた自警団なぞ、死んでしまえ」
「何で雇われたと?」
「無報酬の仕事があるか? どうせ武器もデブに寄付してもらった品だ。断るに断れなかったんだろうよ。でも死ね」
ナディアキスタはそう言うと、拾った小石に呪文をかけて指で弾いた。
小石は遠くへと飛んでいき、数秒後にはトロールの悲鳴が聞こえた。
「死んでしまえと言っていたくせに。口だけか」
「俺様の優秀な脳が、デブを殴る最短ルートを考えついただけだ」
「はいはい。じゃあ私は騎士の高潔な魂に則って助けてやるかぁ」
「慈悲深い俺様に跪くなら許してやろう」
私とナディアキスタは「仕方ないな」と言いながら、トロールの声のする方へ歩いていった。
***
「助けてくださり、ありがとうございました」
トロールの死骸を後ろに、ナディアキスタの宣言通り、いや、宣言以上に自警団は土下座で感謝を述べる。ナディアキスタは「苦しゅうない」とご満悦の様子だ。私は微笑みながら、「シエラはどこに?」と彼らに尋ねる。
どうせあのファリスの事だ。もう二度と逃げないように監視を置くだろう。シエラが抵抗できない、強い人間を。
トロールのついでに、私にボコボコに殴られた自警団は、震えながら「こちらの方で工房に見張りを立てております」と教えてくれた。
ナディアキスタがしゃがんでも、私が剣に腕をかけても、自警団の連中はビクビクと怯えている。
「シエラセレネの工房はどこだ?」
ナディアキスタがそう問うが、誰もそれを喋らない。
それだけは堅く口を閉ざしていて、私が低い声で「おい」と言おうが、ナディアキスタが脅そうが、一切口を開かなかった。
「妙なところで口が堅いな。何でだ?」
「国の工房を虱潰しに探してられないぞ」
「夜になってしまうな。ケイト、最終手段だ。足を折るぞ」
ナディアキスタがそう言うと、私から弓矢を奪い取る。何か呪文を唱えると、自警団は石のように固まって動かなくなった。
「うっかり外して心臓に当たっても知らん」
キリキリと弓は引き絞られる。
鋭い矢先が彼らを狙う。私はナディアキスタをただ眺めていた。
ナディアキスタが弦から手を離す。矢は彼らの手前に刺さった。
「下手くそ」
私は自分の爪を見ながら言った。ナディアキスタはもう一本矢を構える。
それは彼らの心臓を狙っていた。
「シエラさんの工房は、シューリオット家にあります! シューリオット家の地下に、地下にあります!」
一人がそう白状した。
ナディアキスタは「ふん」と鼻で笑うと、「地下だと」と私に言う。そして弦から指を離した。飛んでいった矢を、歩き出した私が止める。
自警団の一人の心臓の手前で矢が止まると、彼は泡を吹いて倒れた。
「じゃあ行こうかナディアキスタ。シューファルシの家に」
「はははっ! 肥えた詰めもの家か」
「あははは! それいいなぁ。あははは······やべ、ツボに入った。あはは」
自警団の連中を引きずりながら、私とナディアキスタは森を抜ける。
人とは程遠い、笑い声で。