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28話 猫王の店2

『魔族』とはあらゆる魔物の総称であり、主に中級・上級の魔物を呼ぶ時に使われる。



 上級・意思疎通が可能で、知性も理性も兼ね備えている魔物。

(例:ケット・シーやエルフなどの妖精族、ケンタウロスや不死鳥などの一部魔獣族)


 中級・意思疎通が可能で、知性的だが理性が欠けやすい魔物。

(例:ドラゴンやリヴァイアサンなどの魔獣族、吸血鬼やサキュパスなどの悪魔族)


 下級・意思疎通が出来ない、知性も理性も持ち合わせない魔物。

(例:オークやゴブリンなどの悪魔族、ミノタウロスやキュクロプスなどの異形魔族)



 上級魔族なら、人間であることがバレても、話し合いができるが、中級はまともに話し合うことが出来ないことの方が多い。

 だからこそ、ナディアキスタはシエラや私を脅し、警戒心を持たせて店に連れてきたのか、と思うとナディアキスタの優しさを実感する。



「だからといって、ネズミの肝入りミルクを飲ませようとするな! この性悪年増魔女!」


「これが最大級のもてなしなんだぞ! コルムのもてなしを無駄にするな、短気ゴリラ破壊好き女!」



 見た目は苺ミルク、臭いは血と獣と腐りかけの牛乳のような飲み物を前に、私とナディアキスタは怒鳴り合う。

 コルムはそれを、楽しそうに眺めていた。



「魔族からもてなされるなんて、滅多にないことだ! それに、相手は魔族の中でも一等心優しい、ケット・シーだぞ! 妖精族のもてなしは貴重で且つ、断るのは厳禁だ! 一口でも飲め!」


「私じゃない! シエラに飲ませるなって言ってるんだ! こんなもんゲテモノにすら入らん! あっ、ごちそうさまですぅ」


「いえいえ、お粗末さまですぅ」



 私の空のゴブレッドに、ナディアキスタは「マジかぁ」と引き気味にこぼす。どうせ飲めないと思っていたのだろう。戦場で魔物の味を覚えた私が、ネズミの肝なんて口に出来ないはずがない。



窮鼠(きゅうそ)みたいな味ですね」


「あっ。窮鼠の子供ニャんです。分かります? 結構血の味濃いですよね」


「窮鼠ですか。心臓が美味しいんですよね。肝臓は毒があるんで食べないですけど」


「ニャハハ! お客様ってば、()()ですね〜」


「おい待て。ケイト、お前······魔物食ってるのか?」


「あ、やっべ」



 私が頑張って言い訳をしていると、シエラはカタカタと震えながらゴブレッドに手を伸ばす。異臭を放つゴブレッドに口をつけようとすると、ナディアキスタがそれを止めた。



「ナディアキスタ、飲むのが筋なんじゃなかったのか?」


「ふん、嫌々飲むくらいなら、いっそ嫌われた方が楽だろう。もてなしに不快な表情をするのは、タブーだからな」


「ああ、無理しニャくて結構ですよ。飲めニャいの、分かってて出してるんで。ニャディアキスタ様が店に来るのも、お仲間を連れてるのも珍しいから、おもてニャししてるんです。飲むふりで結構ですとも。魔女じゃニャいニャら、飲めニャいのは存じております」


「コルム、すまないな。気を遣わせて」


「いえいえ。今後ともご贔屓(ごひいき)に」



 ナディアキスタは、シエラからゴブレッドを取り上げると、それを自分で飲んでコルムに返す。コルムがゴブレッドを下げると、ようやく本題に入る。



「キマイラの尻尾を買いに来た。(さそり)の尾だ。ここにあるだろう?」


「ええ、ええ、もちろん。取り扱ってございます! ですが残念ニャがら、今は売り切れニャのです」



 コルムは、申し訳なさそうに耳と尻尾を垂らすと、顔をシワシワにして頭を下げる。ナディアキスタは「なんでだ」と苛立った。

 すると、コルムは店のドアの前に立つと、ガラスのドアをカシカシと優しく引っ掻いた。「ニャ〜ン」とひと鳴きすると、寂れたバーがガタガタと揺れ出す。



「じ、地震!?」


「シエラ、狼狽えるな。傍にいろよ」



 椅子や裸電球が激しく揺れて、シエラはひどく怯えていた。私はシエラに物が当たらないように、腕で彼女の頭を守る。ナディアキスタは、埃臭い空気に顔をしかめた。


 ポフンッ! と音がして、椅子が消える。

 色とりどりの煙と共に、バーの家具が消え、新しい家具が現れた。

 バーのカウンターはレジ台に、何も置かない食器棚は派手な色合いのお菓子の棚に、寂れた壁は赤と黄色の壁紙に変わって、見たことも無い薬草や生き物の瓶詰めが詰め込まれた棚や平台がずらりと並ぶ。


 コルムは革のブーツを履き、ファーのついたマントを羽織り、頭にちょこんっと王冠を乗せる。

 ケット・シーらしい姿に、私は「可愛い」と呟いた。

 コルムはあらゆる魔物の部位を集めた棚に向かうと、ガチャガチャと瓶をかき分けて、望みの品を探す。



「最近は商人の国の魔物がめっきり減りまして、キマイラも少ニャくニャってるんです。さらに、キマイラの見た目が珍しいものは、鑑賞用として捕獲されるようにニャりまして。仕入れが難しいのです」


「人間の考えることは分からんな。凶暴な魔物を眺めて何になる」


「最近では子供の魔物を育てて、番犬のように扱う人間もいるとか。飼い主を襲わニャい自信がどこにあるのやら。中級魔族ニャらともかく、キマイラは下級魔族。(しつけ)ニャんて、まともに出来やしニャいのに」


「魔女でもない奴らに、中級とか下級とか、見分けなんざつかないだろうよ。本気で手懐けられると思っているところも愚かしいが」



 キマイラの尾はやっぱり無いらしく、コルムはしょぼんとして「すみません」とナディアキスタに謝った。

 ナディアキスタは不満げではあるが、「仕方ない」と納得した。



「減った薬材でも買っていく。毒蜘蛛の干物と蛇の目玉を一つずつ、血のついた弟切草を三十グラム、いや、やっぱり五十グラムで。あとカエルの舌と、ミノタウロスの角と、ラミアの髪の毛と、人魚の血。人魚は(うろこ)の方も欲しい」


「はいは〜い! まいどありぃ!」



 コルムは、愛らしい肉球同士でポムポムと二回叩く。ナディアキスタが指定した商品が、勝手にレジ台に集まり、猫柄の包装されて、目立たない紙袋に入れられた。

 コルムは、商品を確認しながらレジを打ち込むと、満面の笑みで金額を提示する。



「全部で三金貨(レール)銀貨(リック)と五銅貨(ルル)にニャります!」


「······前より高くなってないか?」


「物価が上昇してまして。これでも、お友達割引してるんですよ」


「ったく、魔女に優しくない時世で」



 ナディアキスタは、無けなしの金を入れた袋を出した。コルムは中身を確認すると、「一金額(レール)足りニャい」と耳を立てる。ナディアキスタはムッとした。



「ツケには出来ないか? 来月の訪問販売まで」


「ダメです。ニャディアキスタ様のツケは、これで十金額(レール)にニャります。この店のツケのルールは、九枚までです」


「ちっ、物々交換といこう」



 ナディアキスタはそう言って身の回りを漁るが、彼にめぼしい物が出るはずがない。私はナディアキスタを押しのけて、金貨を出した。



「嫌味か令嬢」


「困ってるから助けてやったんだろ」



 金貨を一枚。コルムは確認すると、それをレジにしまう。私が商品をナディアキスタに渡すと、ナディアキスタは不満そうに受け取った。



「領地の田んぼの整備追加で」


「この俺様をこき使うようになったな」



 コルムは、私とナディアキスタを交互に見ると、「ツケは来月」とにんまりと笑う。私も、今は手持ちがあまりない。本当ならツケもまとめて払ってやりたいが、それを払うと、帰りの食糧が買えなくなる。



「······コルムさん、ここは物々交換がアリなんですか?」



 ふと思いついた。妖精族とはいえ、猫であることに違いはない。ならば、()()が通用するのではないだろうか。



「ええ、出来ますとも」



 コルムは笑顔で頷いた。私は背負った荷物から水筒とは別の瓶を出す。コルムの髭がピクッと動き、ナディアキスタは驚いた顔でその瓶を見つめていた。



「······マタタビ酒は、ツケのどのくらいになる?」



 ──旅人の必須アイテム。

 マタタビ酒は滋養強壮の効果があり、遠くまで旅をする時によく持ち歩く。騎士の国は色々な国に警備や魔物討伐の要請が来るから、持ち歩くのは当たり前で、マタタビ酒専門の店もある。


 コルムは瞳孔を広げ、それをじっと見つめた。にんまりと笑い、「ンフフフ」と笑い声を漏らす。



「ツケ全額にお釣りがくるレベルですよ! ケット・シーの間でマタタビ酒は最高級品! ニャんせ買いに行くと、その香りで、変化が解けてしまうニャんて事が起きかねニャいんですから! いやぁ、人間のお客様ってば太っ腹! こんニャに良いものを交換に使うニャんて! いいでしょういいでしょう! ニャディアキスタ様! 好きな商品をあと三つほどお選びくださいニャ! それくらいこれは上等なマタタビ酒でございます!」



 コルムは嬉しそうにマタタビ酒に頬ずりする。

 ゴロゴロと喉を鳴らす姿は、そのまんま猫。もう嬉しさが溢れて止まらないのか、体がクネクネして落ち着かない。

 ナディアキスタは「じゃあ」と言って、ヤギの胆石と、火竜の涙を五グラム、星の砂三百グラムを選んだ。

 コルムは上機嫌で商品を包むと、「おまけです」と言って「絶望した人間の目玉」をつけてくれた。

 そこそこ物騒な買い物に、本当に妖精の店か疑問を持ち始めている。


 コルムのお見送りを受けながら店を出ると、ナディアキスタは袋の中身を、ローブの背中のポケットに入れていく。



「良かったのか? マタタビ酒、帰りにも飲むつもりだっただろう」


「ん? あぁ、別に無くても平気だ。一週間程度なら問題ない。本当は持ってくるつもりはなかったんだ」


「なら、何で持ってき──······ああ、習慣か」


「ああ、商人の国に行く感覚でつい、な」



 元来た道を戻り、私たちは大通りに出た。

 ナディアキスタが別の魔法薬を試すと言うので、国を出ようとした。



「キャッ!?」



 シエラが何者かによって捕まった。私は反射的に、振り向きざまにそいつの首を蹴り飛ばす。フードを被った男は、空気の塊を吐き出して横に傾く。

 シエラから手を離した瞬間に、反対の足で回転蹴りを叩き込み、追い打ちをかける。

 ナディアキスタがシエラを保護すると、私は男のフードを脱がせた。



「国の自警団だな。猫のピアスがある。顔を避けてよかった」


「いや、首を狙う方が致命傷だからな。血液の流れ止めるだけで人間は死ぬんだぞ。何で生きてるのか不思議なくらいだからな」



 ナディアキスタの冷静なツッコミを無視して、私は辺りを警戒する。

 自警団がシエラを捕まえたということは、近くに仲間がいるはずだ。まだ応援を呼ばれていない。



「早めに行こう。いつ襲われるか分からん」



「いいや、もう手遅れですぞ」



 国の門がある道をファリスが塞いでいた。

 その後ろを、銃を構える自警団が固めている。いくら訓練を受けているとしても、シエラやナディアキスタを守りながら銃を避けて逃げるのは難しい。

 シエラはファリスを睨んだ。



「ああ、ケイト様。愛しい娘を見つけて下さってありがとうございます。しかしながら、国から逃げようとするその素振り、どういうことか説明いただけますかな?」


「······シエラには少し、休息が必要なもので。少しだけ新鮮な空気を吸わせようかと」


「はて、休息? 二週間も行方をくらませて、それ以上休む必要はございますか?」


「パパ! 私はもう、ガラスを作りたくない!」


「来週には王室御用達(ロイヤル・ワラント)の検定があるんだ! それを知ってて、サボるなんて許すものか!」



 ファリスはシエラの手を無理やり掴むと、嫌がる彼女を引きずって家へと帰る。



「お待ちを。シューリオット殿、女性に乱暴なさるのは、お止めいただきたいわ」


「何を偉そうに。貴族だからと気高い立ち振る舞いをするな。この『裏切りの椿』め」


「······知ってらっしゃるのね」


「ああもちろん。知ってるとも。親父もお袋も、妹すらも殺して、侯爵の地位を欲しいままにする。卑しい騎士令嬢。お前が騎士としての腕が立つから、娘を捕まえさせただけで、何にもできない奴なら、さっさと国から追い出していたさ」


「随分と、貴族を相手に無遠慮な物言いをなさりますね。有数のガラス細工商人とはいえ、さすがに私も怒りますよ」


「知るものか。おい、奴らを殺せ。騎士の国の人間だ。私たちを裏切った国の者だ」



 ファリスはシエラを引きずっていく。シエラが精一杯抵抗すると、彼女の頬を叩き、髪を掴んで引きずっていく。娘と言う割には、人形のような扱いをする奴に、私は嫌悪感を抱く。

 だが、銃を装備した自警団から逃れることは出来ない。国の中は彼らの庭だ。迂闊に攻撃して殺すわけにもいかない。国の中に逃げようと、正面を突破しようと、勝ち目はない。



 ──少なくとも、一人では。



 私は、隣で腹を立てているナディアキスタに、目配せをする。



「おい、ナディアキスタ。あのデブを地獄に叩き落としてやりたい」


「ああ、いいだろう。俺様も、そう思っていたところだからな」


「その前にはきちんと準備をしないとな」


「なら一度、国の外に出よう」


「相手は銃を持ってるぞ。撃たれないようにしろ」


「ハッ! この俺様にあんな玩具が当たるとでも? お前こそ、ビビってるわけじゃあるまいな?」


シエラ(お荷物)がなければ避けられる。アレ、性能悪いから」



 二人で自警団の装備を鼻で笑い、獣のような目付きで睨む。自警団の奴らなんて、私たちの眼中にない。私たちは、ファリスへの怒りしか、持ち合わせていないのだから。



「準備はいいか? ナディアキスタ」


「誰にものを言っている。ケイト」




「「喰い散らかすぞ」」

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