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24話 家出少女と理由

「帰りたくないなんて、そんなはずないだろう」



 ナディアキスタは、シエラの一言を否定する。手を差し出すナディアキスタにらシエラは「帰りたくないの!」と、手を振り払って、ナディアキスタから身を隠す。



「家族が心配してるのに我儘(わがまま)な!」


「あんなの家族じゃないもん!」


「ムッ······! 大人しく家に帰れ!」


「いやっ、離して!」



 ナディアキスタが乱暴にシエラの腕を掴む。シエラは泣いて嫌がった。私はそれが可哀想で、ナディアキスタの腕を払った。



「落ち着きなさい、ナディ。女性に乱暴するのは、紳士的ではありませんわ」


「お前が立ち振る舞いを説くなんて千年早い! 大体、剣を振り回すような粗暴な奴に、説教垂れる資格なんか──」




「弱い相手に、暴力的な行動をするなっつってんだよ」




 私がナディアキスタを低い声で脅すと、シエラは泣き止み、ナディアキスタはぐっと口を結ぶ。

 そして「〜〜〜分かった!」と不満そうに了承した。



「ならば聞こう、シエラセレネ。お前がどうして家に帰りたくないのか」


「ッ、それは············」



 シエラが答えようとすると、近くで足音が聞こえた。

 人間の足音だ。私は特に構えなかったが、シエラはその場から逃げ出した。ナディアキスタは「おいっ!」とシエラを追いかける。

 私も、二人の後を追いかけた。


 ***


 シエラは森を駆ける。

 折れた木を飛び越えて、トンネルのような岩をくぐり抜けて。とにかく人のいない、誰も来ない場所を目指した。

 時折後ろを確認しては、前を向いて、がむしゃらに足を動かす。



「あっっっ!」



 シエラが小さく悲鳴を上げた。気がついたら崖の上に飛び出していたのだ。下には流れの早い川がある。落ちたら助からないだろう。

 シエラから血の気が引いた。空を踏む足は、ゆっくりと遠くて近い川を目指す。



「馬鹿者! ちゃんと前を確認しろ!」



 シエラの手を、ナディアキスタががっちりと掴んだ。ガクンと落ちるシエラの体を、ナディアキスタの細腕が支える。



「離して!」


「死ぬぞ愚か者!」


「あの家に帰るくらいなら、いっそ死んだ方がマシよ!」



 シエラは叫んだ。それは、ナディアキスタの堪忍袋の緒を切る発言だった。



「家族がいて家があって、温かい飯を食って柔らかいベッドで寝られる! 誰にも脅かされることのない幸せを手にしていながら! それを不幸だと言う貴様の思考が知れんな! お前が今捨てようとしているものが、手に入らない人間の前で、死んだ方がマシなんて言うんじゃない!!」



 私が追いついた時、ナディアキスタがそう叫んでいるのが聞こえた。

 私は落ちそうになっているシエラを見つけ、慌てて引き上げたが、彼女の泣き顔よりも、ナディアキスタの苦しみを噛み潰す表情の方が、とても胸が痛んだ。



「······まずは、襲われない場所に行きましょう。トロールの住処になる森です。近くにいるかもしれませんわ」


「そうだな。······まずは、安全の確保を」



 珍しいことに、ナディアキスタが大人しく従った。シエラは私の傍を離れず、ナディアキスタを申し訳なさそうにチラ見する。

 私は何も気づかないフリをして、安全地帯を探した。


 ***


 日光が比較的差し込む、岩も少ない平地。

 私は長い木の枝を探し、地面に突き刺して簡易テントを作る。ナディアキスタは石を拾い集めて、小さなかまどを組み立てる。シエラは、黙々と野営の準備をする私たちに、驚いた様子をみせた。



「あ、あの、国に連れて帰ったりしないの?」


「そうして欲しいなら、力づくでも構わんぞ」


「ナディ、脅すような物言いはやめてちょうだい。家に帰りたくないのでしょう? なら、ちゃんと納得するまでお話を聞きますわ」


「本当に?」


「ええ。聞けば二週間もいなかったとか。森にひとりぼっちは寂しいでしょうし、女の子一人は危ないですもの」



「············キッショ」


「てめぇで晩飯作ってやろうか」



 ナディアキスタを軽く脅し、私はまた『令嬢スマイル』を貼り付ける。シエラは「無理しなくていいです」と、私のスマイルを剥がした。



「じゃあ素のまま聞くが、どうして家に帰りたくないんだ?」



 私が繕うのをやめると、シエラは俯いて何も言わなくなる。ナディアキスタは、シエラの態度が気に入らないようで、「ハッキリしろ」と急かした。



「······だって、ガラス細工を作らせてばっかりなんだもん」



 シエラは若きガラス職人だ。そして、まだ遊びたい盛りの女の子でもある。遊びたいのに、仕事ばかりなのは十六の娘には辛いだろう。

 しかし、ナディアキスタは「当たり前だろう」と首を傾げた。



「お前はガラス職人で、ガラス細工を作るのが仕事だ。それを放棄して、好き勝手出来るわけが無い」


「ガラス細工を作るのは楽しいの! でも、朝から晩までずっと、ずっと作ってばっかり」


「それの何が不満だ?」


「······パパに会った?」


「ああ、もちろん。デブに頼まれて、わざわざこの俺様が手を貸してやってるんだからな」


「なら、応接間にも入った?」


「ああ、魔法の詰まったガラス細工で溢れて······なるほど」



 ナディアキスタは一人で納得すると、ニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべる。私は小声で「キッショ」と言った。シエラが隠れて笑う。



「そうかそうか。『魔法のガラス細工』を作りたくないのだな?」


「──そうよ」



 ファリスが言っていたように、シエラには魔法が使えた。彼女がガラス細工を作ると、それに魔法がこもるらしい。

 溢れんばかりの富を築けたり、異性にモテモテになったり、望み通りのスタイルや、誰にも真似出来ない才能を手に出来る。たちまち彼女ガラス細工は有名になり、飛ぶように売れた。



「──そればっかり作って、前まであった休みの日もない。本当に朝から晩まで作り続けて、ご飯もあんまり食べられない。パパに『もう嫌』って言っても、聞いてくれないの」



 シエラは我慢してきた不満をポロポロと、涙と一緒にこぼす。私は彼女の肩を寄せて、ナディアキスタを見上げた。

 ナディアキスタは「ふむ」と何かを考えると、シエラの前にしゃがむ。



「シエラセレネ。誕生日はいつだ?」


「え?」


「お前の誕生日だ。それくらい分かるだろう」


「え、えっと二月十五日」



 シエラがそう答えると、ナディアキスタは「そうか」と言って、シエラの目を覗き込む。彼の濃紺の瞳がシエラを捉えた。



(────あ。)



 ナディアキスタの左目に星空が浮かぶ。

 彼の小屋で、一度だけ見たあの瞳だ。彼の瞳の星は、ゆったりと回り、シエラを魅力する。

 私も、もう一度見られると思わなかった。もう少し、もう少しだけ、眺めていたい。


 そう願うが、ナディアキスタの瞳は、直ぐに元通りになってしまった。

 ナディアキスタは立ち上がると、辺りをウロウロと歩き回り、何かを考えているようだった。



「······う〜ん?」



 珍しく悩む姿に、私はシエラの傍を離れ、「おい」と小声で話しかける。



「何があった」


「いや、有り得るはずのない、だが俺様は確かに見たし」


「無視するな。あの子の星巡り、何か変なところでもあったのか?」


「変も何も、本来ならありえない」



 ナディアキスタはそう言うと、シエラの前に座り、ローブから星図を出す。いくつもの星図をクルクルと回し、シエラの星巡りに合わせる。



「ねえ、ケイトさん。この人、何なの?」


「彼は······魔法使い。星の魔法使いだ」


「へぇ」



 ナディアキスタは何かを確かめ、「やはりな」と呟くと、シエラに言った。



「お前、星巡りが二つある。一つは、お前の生まれた日に宿った星、【幻想の懐中時計】。もう一つは──」




「魔女の星、【導きの靴】だ」




「ま、魔女!?」



 シエラの表情が青くなる。私は「悪いものじゃないから」とシエラをなだめる。だが、シエラは「魔女なんて」と、怖がっているようだった。



「シエラセレネは本来、【幻想の懐中時計】の力が働いて、一定時間だけ才能が発揮される、やや不便な星巡りだ。だが逆に言えば、その時間だけは才能が最大限に発揮される。ガラス職人は天職だろう。

 基本性格の星図に【金の刺繍糸】がある。繊細な技術に長けた星巡りだ」


「あ、うん。確かに、誰よりも精密なガラス細工が作れるわ」


「だろう。そこに、本来あるはずのない魔女の星が埋め込まれている。【導きの靴】は、全てをいい方向に進める。貧乏人は金持ちに。売れない物はヒット商品に。進むべき運命を必ずいい方向に捻じ曲げる、(いささ)か乱暴なものだ」



 ナディアキスタの説明に、シエラは胸を撫で下ろす。

 本当に悪いものじゃないのだと知ると、青い表情も血色良くなっていく。

 だが、ナディアキスタは「一つだけ問題がある」と言った。



「【導きの靴】は、空にない星だ。だから、他の星を歪ませてしまう。というか、その星の恩恵が良いものなら増長、悪いものなら無効化する、良くも悪くも星巡りを変えてしまう力だ。

【幻想の懐中時計】は一定時間、才能を最大限に発揮させる。そこに【導きの靴】が合わされば、『常に』才能が発揮される」


「才能が発揮されるだけなら、なんで魔法がこもるんだ?」


「そう、そこが問題なんだ」



 ナディアキスタはそう言いながら、私に問いかける。




「『どうして魔女の(まじな)いは、魔法が使えない他人にも使えるのか』」




 遠い昔、魔女の魔法がまだ『歪んだもの』と認識されていない時代。魔女の作った魔法が当たり前のように使われていた。魔法の利便性を広げるため? 他者への思いやり? それらしい答えを出してみるも、しっくりこなかった。

 ナディアキスタは「前提として」と、魔法の講義を始める。



「誰にでも、魔力というものがある。体の中を電気が走っているように、だれにでも魔力がある。だが、大半の人間が、その魔力を放出するための回路を持っていない。魔女や魔法使いという存在は、魔力を放出する回路を持って生まれた、極めて稀な人間たちだ」


「ほう、それが何の関係があるんだ?」



 私がそう言うと、ナディアキスタは近くに落ちていた木の棒を拾い、地面に図を書く。



「魔女の魔力回路は、物に魔法を詰め込むことに特化している。言わば瓶詰め型。一方魔法使いは、魔法を放出することに特化している。ホース型だな。

 あらゆる魔法を詰め込める魔女に対し、魔法使いは放出する事しか出来ないから、使える魔法は一人一つ」


「なるほど。それは分かったが、本題は『魔女の魔法が、どうして魔法を使えない他人に使えるのか』だろう?」


「······獣の国の検問所にあるタッチパネルとやらを知っているか?」


「ああ、便利だったな。タッチして、生体認証して本人確認をするだけで、国に入れる」


「そのタッチパネルが生体電気に反応するするように、魔女の(まじな)いも他人の魔力に反応する。だから魔法が使えなくても、魔法の恩恵を受けられる。だから、【導きの靴】の効果を受けるのは理解出来るんだが、その効果をガラス細工に付与できる理由が分からん」




「はぁ!? こんだけ説明して結論がそれ!? 使えねぇヤツ!」


「口を慎め魔法も使えぬポンコツ戦闘狂! その理由を知るには、その娘の一部から調べるしかないんだ!」




 そう言いつつも、ナディアキスタにはある程度検討はついているらしく、シエラに手を差し出した。シエラは指でも取られるのかと怯えたが、ナディアキスタが手ぐしで髪を整え、シエラの抜け毛を一本取ると、それを試験管に入れてコルクで封をした。



「調べるのは後だ。まずは夕飯の支度をするぞ」


「ナディ、シエラと木の枝を集めてくれ。シエラはナディから離れないように」



 私は夕飯の支度と聞いて、ウキウキしながら野営地を離れる。

 ナディアキスタは「どこに行く」と尋ねた。私は「少し狩りを」と言って、その場を離れた。野営地に来るまでの道すがら、動物の足跡を見つけていた。それを追えば、今日の夕飯は見つかるだろう。



 その前に······──



 私は腰のダガーナイフを茂みに投げた。

 その向こうから「ギャッ!」と悲鳴が飛び出す。



「脅威はある程度、消しておいてやろう」



 私はそう脅した。茂み向こうから顔を出す、一メートルあるかないかの小さな緑色の魔物。ゴブリンだった。

 トロールの略奪癖と相性がいいのだろう。ゴブリンも、人を襲う魔物だから。

 きっとシエラを狙っていたのだろう。金髪は魔物には宝石のように見えるし、人間の女は魔物にとってご馳走だし。若いし。

 私はくくっと笑い、剣を抜いた。その次の瞬間には、辺りに鮮やかな赤が散り、気高い赤椿が一輪、咲き誇っていた。

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