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23話 捜索もケンカも大事な二人

 ガラスの国を出て、西に歩いた先の森。


 私は生い茂る草木を切り落としながら、道無き道を行く。ナディアキスタは私の後ろを歩きながら、森の中を指の輪っか越しに見回す。



「おい、ナディアキスタ。なんで森なんだよ」



 ファリスの家を出てから、ずっと沈黙を貫いてきた二人だったが、ついに私が耐えられなくなり、そう尋ねてみた。

 もし誘拐されたのなら、まずは近隣の領地を回って情報を探った方が早い。近くに盗賊がいれば、そこを当たればいいし、魔物の巣があれば、雄叫び上げて襲えばいい。


 それなのに、ナディアキスタは真っ先に森に向かっていった。



「簡単なことだ。誘拐だろうと失踪だろうと、人気のない所に隠れるものだ。それもあのデブ······商人であるなら顔が広いはず。現に、お前の父親と知り合いだったのだろう? それなら、どこかしらに知り合いがいてもおかしくはない。ならば、知り合いのいない所に逃げ込むしかない」


「だから森、か。それなら、奴らはかなりド素人だな」


「隠れ家があるなら、素人とは言えないだろう」


「あろうとなかろうとド素人だ。いいか。この森は、ガラスの国のために数日かけて抜けてきた森とは違う。あの森は、日向が多かった」



 私は剣をスラリと半分抜いた。

 陽の光が入らない森。鬱蒼(うっそう)とした木々により隠れ場所が多く、迷い込んでも誰も助けられない。それに、ガラスの国は曇り空が多くて、弱点たる日光を浴びることがまず無い。

 そんな所を好む魔物が、棲まないはずがないだろう。



「トロールの住処(すみか)を、隠れ場所にするのだからな!」



 私は振り向きざまに剣を振った。

 ナディアキスタは「うわっ!」と悲鳴をあげてその場に伏せる。その後ろに、三メートル程の(みにく)い大きな魔物が、棍棒を振り上げて立っていた。


 私に下腹部を切りつけられたトロールは、呻き声を上げて棍棒を落とす。痛そうに腹を押さえるが、その傷は驚くほど早く治っていく。



「やっぱり侮れないな。トロールの再生能力」


「バッカ、バッカお前ぇ! 俺様ごと斬るつもりだったな!!」


「避けると思って斬ったよ。······多分」


「多分て! 考えてないじゃないか! この暴力女!」



 トロールが雄叫びをあげたところで、私はナディアキスタを連れて森を走る。

 トロールなんて、滅多に退治しに行かない。ガラスの国の討伐要請が騎士の国に来るはずもなく、ごく稀に騎士の国の領土に迷い込んで来た奴を、退治するくらいなものだ。



「えーっと、太陽の代わり、太陽の代わり······」


「ガラスの国に期待するな。太陽の代わりなんて、ほとんどない」


「お前の魔法は何が使えるんだ?」


「少なくとも、対トロール向けのものはないだろうな」


「お前を燃やして空に打ちあげれば、太陽の代わりになりそうだな」


「焼くな焼くな」



 森の中を駆け回りながら、私は後ろを確認する。

 一匹しかいなかったトロールが、いつの間にか三匹に増えていた。

 私は、ナディアキスタのローブを引っ張り、彼に先頭を走らせ、袖口から小針を出す。

 ナディアキスタは、私からそれをひったくると、トロールに向けて呪文を唱える。



(なんじ)、人を襲う凶悪なる土の化身よ。魔女の(まじな)いを受けよ。毒が心の臓に達してなお、苦しみ悶えろ」



 ナディアキスタがふぅ、と息を吹きかけると、小針はトロールの胸に深く突き刺さる。

 手前のトロールが泡を吹いて倒れると、後ろの二匹がつまづいて倒れた。



「最初から毒針を出せ馬鹿者」


「いいから太陽出せアホ魔女」


「出せるか!」



 毒針でトロールを倒せたのは良いが、私が持っている毒針にも限りがある。

 弱点を突けない以上、毒に頼るしかないだろうが、使いすぎるのも良くない。私は剣を鞘に戻す。



「ナディアキスタ、あと五十メートル走って止まれ」


「何をする気だ」


「ちょっと斬ってみる」


「そんな簡単にいくものか」



 そう言いつつも、ナディアキスタはきっちり五十メートル走り、足を止めた。私はナディアキスタの肩を踏んで木に飛び移り、ぐるんと車輪のように回って、後ろに飛んだ。

 ちょうどトロールの上に飛び、剣を抜いて、脳天に突き刺した。トロールは悲鳴を上げて倒れ、私は剣を引き抜いて地面に着地する。



「おっと」



 殺気を感じ、振り向くと、トロールの棍棒が私の頭を潰そうとしていた。私は咄嗟に剣を構え、力を受け流して棍棒をやり過ごす。

 その瞬間、眩しい光が森を包み込み、私もトロールも、その光に顔を覆う。トロールは悲鳴を上げて石になり、私はその光源の先を見つめる。

 光が弱まり、消えるとそこに、ナディアキスタが立っていた。ふふん、と得意げな表情で腕を組み、黒い小瓶を見せつける。



「『光明の石』だ。鉱山の国で採れる、たいへん貴重な石だぞ。俺様がたまたま持っていて良かったな。感謝の言葉を発することを許そう」



 ナディアキスタの傲慢な態度に、私はつい笑ってしまう。剣の血を振り払い、鞘に収め、ナディアキスタの前に歩み寄る。



 ──思いっきりナディアキスタの頭を殴った。




「バカだろお前! 最初っからそれ使えば、逃げる手間も殺す手間もなかったのに!」


「お前が仕込む武器と違って、これは管理が大変なんだ! 迂闊(うかつ)に瓶から出したら、失明するんだぞ!」


「はぁぁ!? 私の目も潰すつもりだったのか!? この性悪傲慢高飛車魔女ジジイ!」


「ついでに俺様も殺す気だったお前が言うな! このっ狂戦士好血残虐嗜好猫被り令嬢もどき!」


「もどきじゃなくて令嬢だし! つか、侯爵だし! なんならお前の主だぞ! お前がいつも言ってるが、敬意を払え!」


「お前こそ、この偉大な魔女の力を借りておいて、恩を仇で返すような真似ばかり! 一度くらい素直に『魔女様のおかげで助かりました。ほんの気持ちですが、忠誠を誓います』くらい言ってみろ!」


「ほんの気持ちが一生涯レベルに重いな!」



 ぎゃあぎゃあと、森の中で大喧嘩する。

 いつ魔物に襲われてもおかしくないような所で、私もナディアキスタも、警戒すら忘れて相手を罵ることに熱中する。


 茂みから音がした。

 ナディアキスタがいち早く反応する。

 足音が聞こえた。服の擦れる音も。人間の立てる音だ。だが、ナディアキスタには、魔物の音に聞こえている。



「この俺様の機嫌を損ねるとは、いい度胸だ魔物風情が!」



 ナディアキスタは、ローブの裏からナイフを出した。

 綺麗な装飾のナイフを大きく振り上げる。


 木の隙間から影が見えた。

 ナディアキスタはナイフを投げる。


 茂みの向こうから白い手が伸びる。

 私は反射的に駆け出した。


 短い金髪の女の子が、飛んでくるナイフに悲鳴をあげた。



「人の足音も聞き分けられないのか、魔女のクセに!」



 女の子の顔、比喩ではない目と鼻の先で私はナイフを受け止める。刃を強く握り、血が垂れる手を震わせて、そう怒鳴った。

 私は、ナディアキスタにナイフを投げて返すと、ナディアキスタは血の着いたナイフを、近くの葉っぱで拭く。

 すっかり腰の抜けた女の子に、怪我のしていない手を差し出して、私は「大丈夫ですか?」と尋ねた。



「驚いたでしょう? すみません、魔物と勘違いしていまして」


「い、いえ。ごめんなさい。私こそ、森の中を歩いてたから」



 女の子は私の手を掴み、立ち上がるが、足がまだ震えていて私に倒れかかる。私は片足を引いてバランスを取り、女の子を支えた。

 ナディアキスタは女の子の顔をジロジロと見ると、「おい」と苛立ったように尋ねた。



「お前、名は何と言う? 早く言え。俺様はお前らと違って暇じゃないんだ」



 ナディアキスタの傲慢な態度に、女の子はポカンとする。私は「気になさらないで」と女の子の注意を引きながら、ナディアキスタのみぞおちを殴った。



「私はケイト・オルスロット。騎士の国──ムールアルマの騎士団副団長をしておりますわ。彼はナディア······じゃなかった。ナディ・ローウェル」


「わ、私はシエラセレネ」


「ふん、やはりな」



 シエラが名乗ると、ナディアキスタは突然機嫌が良くなった。



「あの写真の娘だ。おい、お前の父親が探し回ってたぞ。さっさと帰って、顔を見せてやれ」


「······嫌です」



 ナディアキスタが腕を引っ張ると、シエラはその手を振りほどく。また、ナディアキスタの機嫌が悪くなっていった。



「······何だと?」


「私、家に帰りたくない」



 シエラは私の背中に隠れ、そうこぼした。

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