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22話 消えたガラス職人

 商人だというのに、まるで貴族の屋敷のような大きさのファリスの家。

 門塀だけでなく、庭や家壁にまで、七色に光るガラスを敷き詰めた家は、作ったとも信じ難いほど精巧なものだった。

 さらに、庭を彩る彫刻だけでなく、庭木も、花も、細かい所までガラスで出来ているのだから、この周辺一体が魔法にかかったような美しさだ。



(綺麗なのに、もったいねぇな。ものすご〜〜〜く······成金くさい)



 廊下の至る所に飾られる絵画は、立派な額縁に入っているのに全て安っぽい。花瓶は高いガラス細工なのに、飾られた花は(しお)れている。

 商人である分、その辺の貴族よりは金があるだろうに、細かい所に気を遣えない姿を見ると、ケチくさい、あるいは、いきがっているのだろうか。

 父は『人をよく見ろ。善人は細部に気を払う』と言っていたのに、何でこんな人間と付き合いがあったのか、甚だ疑問だ。



(見る目が無かったんだろうな)



 ***


 ファリスが、応接間に私たちを通す。

 応接間もガラス細工で溢れており、それの一つ一つがとても繊細で、大胆なデザインである。


 私たちは、ふわふわの白い毛皮を敷いたガラスのソファーに座り、ナディアキスタは「ほう」と感嘆を漏らす。



「いい毛だ。ケイト、これは何の毛皮だ?」


「産地、商人の国。ミンクだ」


「ほほう。腐っても貴族だな。知っているのか」


「······ふふ。作り物(フェイクファー)だよ」


「なっ!? 分かるのか」


「騎士団副団長舐めんな」




「どうかされましたか?」


「「いいや、何も」」




 二人でこそこそ話をしていると、ファリスは深刻な表情で一枚の写真を出した。

 そこにはどこかを見つめる、短い金髪の女の子が写っていた。



「一人娘のシエラセレネです。若きガラス職人で、この応接間のガラス細工は、全てあの子が作ったものです。皆には『シエラ』と呼ばれていました」


「あら、とても若いのですね。おいくつの娘さんで?」


「まだ十六になったばかりの子でございます。ですから、とても心配で」


「ええ、そうですわね」



 私は頬に手を当て、ため息をついた。

 ファリスは「お願いします」と頭を下げた。



「ケイト様に、娘を探して頂きたいのです」



 私が「分かった」と言いかけると、ナディアキスタが私の脇腹を肘でつつく。「安請け合いするな」と言いたいのだろう。だが、十六になったばかりの娘なんて、一人のまま放ったらかしたら、どんな目に遭うか。



「うーん······。国の警備隊の方に依頼はされまして?」


「ええ、しましたとも。ですが、この国の近辺、最近魔物が増えておりまして、人探しに人員を割けないと断られました」


「なるほど。えーと、民間の自警団には?」


「同じような理由で断られました」



 私は妥協案を提示し、及第点を模索する。

 ファリスは「お願いします!」「あなただけが頼りなんです!」と、何度も頭をさげた。



「私の娘は魔法使いで、作ったガラス細工に魔法を閉じ込められるのです。ですから、その力を利用しようとした奴らに捕まったんじゃないかと。そう考えたら、怖くて怖くて──」




「ガラスに魔法を込められる?」




 ナディアキスタの何かに、今の言葉が引っかかった。

 ファリスが哀れなくらい頭を下げて、「何でもしますから」と言うと、ナディアキスタはニヤリと笑った。



「何でもする。なるほど、口には気をつけた方がいいな。だが受けてやる」


「「へっ?!」」



 ナディアキスタの言葉に、私もファリスも驚いた。私は小声でナディアキスタを止める。



「おい、注意したのはどっちだ」


「気が変わった。面白い話だからな。おいデブ。いなくなったのはいつだ?」


「デブ······ッ!? ケイト様、こいつは何者ですか!?」


「あー、えっとぉ。彼は······」



 私は考えた。

『魔女』と言えないし、横柄な態度が許される身分なんてほとんどない。王族なんて連れて歩けるわけが無いし、自分の親戚にするのは嫌だ。かといって、何も言わず「そういう奴だ」で片付けても、納得しないだろう。



「──ナディ・ローウェル。えぇっと、私の知り合いでして。その······」




「魔法使い、ですわ」




 嘘ではない。魔法使いの『元祖』である。だが魔法を使うのは事実だし、横柄な態度でもギリギリ納得出来る。

 ナディアキスタは、その紹介に凄く不満であることを顔全体で表し、ファリスは上から目線な物言いや態度に凄く納得する。



「なる、ほど。なら、言うことを聞きましょう」


「おい、俺様が『魔法使い』だと?」


「納得してんだからいいだろ。ほら、仕事受けるんだろ。ちゃんと聞け」



 ファリスは、私たちに娘の情報を渡す。

 失踪したのは二週間前。昼間に彼女の工房にいたのを確認したのが最後で、夕方には消えた。一週間後には『王宮お墨付き』の認定審査があり、それまでには何とか探し出したい。


 ナディアキスタはあらかた話を聞くと、「分かった」と承諾する。──ある条件をつけて。



「俺様と、こいつの望む対価を用意しろ。金貨三百枚と、この部屋にあるガラス細工全て。それが、俺様がお前に要求する対価だ。ケイト、お前は何を望む?」


「私? 私は、そうですね······。この国の有名菓子店『シュガー・シュガー』のケーキがいいですわ。桃をふんだんに使ったケーキが美味しいんですの」


「わ、分かりました。それであの子が戻ってきてくれるなら、安いものです」



 ファリスが同意すると、ナディアキスタは早速ソファーから下りた。私は彼の後ろを追いかける。ファリスは不安そうに「本当ですか?」と、ナディアキスタを呼び止める。



「本当に、シエラを見つけられますか?」



 ナディアキスタは、それを「愚問だな」と鼻で笑った。



「必ず連れて帰るとも。この俺様に、出来ないわけがない!」



 ナディアキスタは笑いながら、応接室を去った。私はファリスに一礼して後を追う。ナディアキスタは心底嬉しそうにしていた。それは、新しいおもちゃを前にした、子供のような表情で。


 ***


 屋敷の外に出て、私はナディアキスタに尋ねた。



「どうして部屋のガラス細工なんて、いくらでも買えそうなものを欲しがる?」



 応接間にあったガラス細工は、買おうと思えばいくらでも買えるような、安価な代物だった。精巧な技術のガラスでこそあれど、この国であれば、その辺の石ころと変わりない、普通の置物ばかりだ。彼はそれらに興味を示した。

 ナディアキスタはため息をつくと、私の方を向いて腕を組んだ。



「お前には分からんだろうから説明してやるが、あれら全てに、魔法がこもっている。物に魔法を入れられるのは、魔女だけだ。一つ二つならば無視してやろうかと思ったが、あの量は異常だ」


(──なるほど)



 もし、あのガラス細工が魔女の魔法なら、見つかった時にシエラがどんな目に遭うか、考えただけでゾッとする。

 魔女との関与を疑われるだけならまだしも、魔女だと思われては、弁解の余地もなく処刑されかねない。


 私はうんうんと唸っていると、ナディアキスタはクルクルと回って「ああ、面白い!」と言った。



「魔法使いが、ガラスに魔法を込める! それがどんなにおかしいことか!」



 ──ただの、興味本位か。

 私は彼の後ろで項垂れる。彼が、誰かのために動く人間では無いと、知っていたのに。

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