表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/158

21話 到着! ガラスの国

 国を守る外壁も、建物も、道も、馬車も、全てが輝いている。それは例えではなく、本当に、見たまま、そう言うしかない。



 ガラスの国──シャンテラルエ

 一週間かけて訪れた国は、その名の通り、ガラスで出来た神秘的な国だった。レンガ調の道もガラス。パン屋やアイス屋の店もガラス。街灯も、アーチも、何もかもがガラスで出来ている。

 ガラスと言えど、全てが透明な物でもないし、不透明なものや、色つきのもので外観は他国とそう変わらない。しかし、キラキラと宝石のように輝くガラスの街並みは、私の無けなしの乙女の心を魅了する。



「ふん、ガラス工芸が盛んと言うだけあって、中々の国だな。褒めてやってもいい」


「ああ、綺麗だ。馬車がカボチャのような形をしているし」


「あれは香水瓶がモチーフだ馬鹿者」


「やたらに猫のガラス製品が多いな」


「シャンテラルエは、猫を神聖視している。猫の工芸品が多いのは当たり前だろう」



 ナディアキスタの知識は本当に役に立つ。彼の傲慢さえなければ、聞き入ってしまうほどに。──彼の傲慢さえなければ。


 シャンテラルエの工芸品──ガラス細工はあらゆる国で人気であり、その技術は門外不出で、職人しか知らない。

『猫が良王を選んだ』という逸話から、先ほど言ったように猫を神聖視しており、猫に関する品が多い。(食品を除く)

 国中がガラス製のため、夏や晴れの日の不安があるが、シャンテラルエは一年を通して涼しく、夏でも23度までしか上がらない。さらに、曇りの日が多いというから、あまり暑い思いはしないのだろう。



「ガラス細工以外に、スイーツも有名だな。特にカボチャを使ったスイーツだ。カボチャの祭りもあるし、それほど自信があるんだろうな」


「へぇ。詳しいな。でもカボチャのパイは、騎士の国でも取り寄せるほどだったな」


「貴族の好みなんて知らん。だがオルテッドが、ガラスの国のダークチョコレートムースは美味いらしい、と言っていた。どうせ滅多に来ない国だ。食べたければ食べても構わないぞ」


「なんで上から······ん? お前は食べないのか?」


「スイーツなんぞにかまける暇があったら、さっさと魔女の品を頂戴して帰りたい」



 ナディアキスタはそう言うと、大通りをテクテクと歩いていく。私が「どこに?」と尋ねると、ナディアキスタは「広場だ」と答える。



「掲示板だ。まずはそこで情報を集める。その後は骨董品店とか、美術館に行ってみる」


「そうか」



 私は彼の隣をついて歩いた。

 ふと、視線を感じて通りを見ると、金髪の女性たちが、私をちらりと見ては小声で話す。



「見て。剣を持っているわ」


「まぁ、なんて野蛮なんでしょう」


「女が剣を持つなんて。はしたないと思わないのかしら」



 私は彼女たちに、冷たい視線を向けた。女たちは肩を震わせ、こそこそと逃げていく。ナディアキスタはその様子を、得意げに流し見ていた。

 私はキュッと目をつぶる。



(──まぁ、普通はそうだろうな)



 騎士の国でも、女が剣を使うことはあまりない。まして、騎士としての訓練を受けることもない。ほとんどが狩りをたしなむ程度の腕だ。銃火器を扱う狩りに、剣なんて使わない。

 弓矢なら、まだカルチャーショックということで流せたが、剣なんて「そうだな」と納得するしかない。


 でも、出来ることなら教えてやりたい。

 剣を振り回す快感を。男すら屈服出来る力の喜びを。魔物に襲われても自力で対処出来るし、何よりも魔物の肉が食える。

 当たりの魔物を食べた時の高揚感。次また同じ魔物に出くわした時、見ただけでヨダレが垂れる経験はしておいた方がいい。



「もったいねぇ······」


「おい、何か言ったか?」


「いいや。何でもない」



 父によく言われていた。『魔物を食うことを他人に話すな』と。『戦場でヨダレを垂らすな』と同じくらいの頻度で。私の悪食癖は、誰にも理解されないらしい。


 ***


 ガラスの国の広場は、噴水を中心に円になった憩いの場だった。

 騎士の国は広場は、よく宴や市場──あと処刑──に使われるため、かなり広く、歪ながら四角いものだが、こんなに整えられた広場なら、噴水の端に腰掛けて、本を読むのも楽しそうだ。

 ナディアキスタは、掲示板をじっと見ながら情報を漁る。


 不定期開催の市場やサーカスの案内、美術館清掃の日の告知や、今度あるガラス細工のコンテスト応募のチラシ······──

 特に魔女の魔法道具に関することは書いていない。

 ナディアキスタは不服そうに頬を膨らませる。私は彼の癇癪(かんしゃく)を察して、素早くなだめに入る。



「落ち着け。すぐに見つかるわけがないだろう。そうだ、お前の星図で占ってみればいい。大まかな範囲を絞ることは出来るんじゃないか?」


「······そうしようと思っていたところだ。仕方がないから、お前が思いついたことにしてやろう」


「ウッザ······あぁいや、それは嬉しいな(?)。さっき雰囲気の良さげな喫茶店を見つけた。そこに行こうか」





「もしや、オルスロット侯爵令嬢様!?」




 私が彼をその喫茶店に連れて行こうとすると、いきなり誰かに大声で呼び止められた。振り向くと、痩せ型の人が多いこの国では珍しい、ぷくぷくと太った体の男が、希望に縋るような表情で私を見つめていた。



「知り合いか?」



 ナディアキスタが尋ねる。私は太った男に見覚えがあった。実家でも、何度か見たことがある。



「ああ、ファリス・シューリオット。有数のガラス()()だ」



 正確には私ではなく、父の知り合いだ。

 国民同士の関係も乏しいガラスの国で、父と彼は友好関係にあった。

 父はよく、彼の貿易荷馬車を護衛していたし、彼もよく、ウチにガラスの国のスイーツを送ってくれた。

 ファリスは、タプタプの腹を揺らして私の元に駆けてくると、息を切らして深くお辞儀をする。

 私はその間に、『令嬢モード』に切り替える。



「オルスロット侯爵令嬢、ケイト様でいらっしゃいますね。お久しぶりです。ここ数ヶ月、手紙のひとつも送れませんで、申し訳なく思っておりました。

 お顔の雰囲気が少々変わりましたね。昔と比べて大人っぽくなられた。そういえば、お父上はお元気ですか?」



 その純粋な声がけに、私は言葉を詰まらせる。少し視線を落とし、「数ヶ月前に亡くなった」と伝えると、ファリスは顔を歪め、悲しみを表す。



「亡くなった!? それはまた急に」


「少々、国で問題がありまして。父はその責任を取って処刑台に。責任感が人一倍強い方ですから、潔く散りましたわ。······厳しくも、情け深い父でしたから、私っ······まだ悲しくて」



 嘘だ。優しくしてもらったことなんて、数えるほどしかない。でも悲しんでおかないと、後々(のちのち)『心の無い奴だ』なんて言われかねない。

 ファリスは胸を痛める(ふりをする)私を前に、オロオロと手を動かす。行き場のない手を結ぶと、また深々とお辞儀をした。



「それは失礼しました。彼にお猫様の加護があらんことを」



 何だかとっても癒されるお悔やみを受け、私はツッコミと笑いを堪え、「ありがとう」と声を絞り出す。ナディアキスタはファリスに見えないように笑っていた。



「ケイト様、お会いしたばかりで申し訳ありませんが、少しお時間をいただけませんか。頼みがございます」


「頼み? 一体何でしょうか?」



 私が聞き返すと、ファリスは神妙な面で呼吸を整える。



「──娘が、行方不明なんです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ