21話 到着! ガラスの国
国を守る外壁も、建物も、道も、馬車も、全てが輝いている。それは例えではなく、本当に、見たまま、そう言うしかない。
ガラスの国──シャンテラルエ
一週間かけて訪れた国は、その名の通り、ガラスで出来た神秘的な国だった。レンガ調の道もガラス。パン屋やアイス屋の店もガラス。街灯も、アーチも、何もかもがガラスで出来ている。
ガラスと言えど、全てが透明な物でもないし、不透明なものや、色つきのもので外観は他国とそう変わらない。しかし、キラキラと宝石のように輝くガラスの街並みは、私の無けなしの乙女の心を魅了する。
「ふん、ガラス工芸が盛んと言うだけあって、中々の国だな。褒めてやってもいい」
「ああ、綺麗だ。馬車がカボチャのような形をしているし」
「あれは香水瓶がモチーフだ馬鹿者」
「やたらに猫のガラス製品が多いな」
「シャンテラルエは、猫を神聖視している。猫の工芸品が多いのは当たり前だろう」
ナディアキスタの知識は本当に役に立つ。彼の傲慢さえなければ、聞き入ってしまうほどに。──彼の傲慢さえなければ。
シャンテラルエの工芸品──ガラス細工はあらゆる国で人気であり、その技術は門外不出で、職人しか知らない。
『猫が良王を選んだ』という逸話から、先ほど言ったように猫を神聖視しており、猫に関する品が多い。(食品を除く)
国中がガラス製のため、夏や晴れの日の不安があるが、シャンテラルエは一年を通して涼しく、夏でも23度までしか上がらない。さらに、曇りの日が多いというから、あまり暑い思いはしないのだろう。
「ガラス細工以外に、スイーツも有名だな。特にカボチャを使ったスイーツだ。カボチャの祭りもあるし、それほど自信があるんだろうな」
「へぇ。詳しいな。でもカボチャのパイは、騎士の国でも取り寄せるほどだったな」
「貴族の好みなんて知らん。だがオルテッドが、ガラスの国のダークチョコレートムースは美味いらしい、と言っていた。どうせ滅多に来ない国だ。食べたければ食べても構わないぞ」
「なんで上から······ん? お前は食べないのか?」
「スイーツなんぞにかまける暇があったら、さっさと魔女の品を頂戴して帰りたい」
ナディアキスタはそう言うと、大通りをテクテクと歩いていく。私が「どこに?」と尋ねると、ナディアキスタは「広場だ」と答える。
「掲示板だ。まずはそこで情報を集める。その後は骨董品店とか、美術館に行ってみる」
「そうか」
私は彼の隣をついて歩いた。
ふと、視線を感じて通りを見ると、金髪の女性たちが、私をちらりと見ては小声で話す。
「見て。剣を持っているわ」
「まぁ、なんて野蛮なんでしょう」
「女が剣を持つなんて。はしたないと思わないのかしら」
私は彼女たちに、冷たい視線を向けた。女たちは肩を震わせ、こそこそと逃げていく。ナディアキスタはその様子を、得意げに流し見ていた。
私はキュッと目をつぶる。
(──まぁ、普通はそうだろうな)
騎士の国でも、女が剣を使うことはあまりない。まして、騎士としての訓練を受けることもない。ほとんどが狩りをたしなむ程度の腕だ。銃火器を扱う狩りに、剣なんて使わない。
弓矢なら、まだカルチャーショックということで流せたが、剣なんて「そうだな」と納得するしかない。
でも、出来ることなら教えてやりたい。
剣を振り回す快感を。男すら屈服出来る力の喜びを。魔物に襲われても自力で対処出来るし、何よりも魔物の肉が食える。
当たりの魔物を食べた時の高揚感。次また同じ魔物に出くわした時、見ただけでヨダレが垂れる経験はしておいた方がいい。
「もったいねぇ······」
「おい、何か言ったか?」
「いいや。何でもない」
父によく言われていた。『魔物を食うことを他人に話すな』と。『戦場でヨダレを垂らすな』と同じくらいの頻度で。私の悪食癖は、誰にも理解されないらしい。
***
ガラスの国の広場は、噴水を中心に円になった憩いの場だった。
騎士の国は広場は、よく宴や市場──あと処刑──に使われるため、かなり広く、歪ながら四角いものだが、こんなに整えられた広場なら、噴水の端に腰掛けて、本を読むのも楽しそうだ。
ナディアキスタは、掲示板をじっと見ながら情報を漁る。
不定期開催の市場やサーカスの案内、美術館清掃の日の告知や、今度あるガラス細工のコンテスト応募のチラシ······──
特に魔女の魔法道具に関することは書いていない。
ナディアキスタは不服そうに頬を膨らませる。私は彼の癇癪を察して、素早くなだめに入る。
「落ち着け。すぐに見つかるわけがないだろう。そうだ、お前の星図で占ってみればいい。大まかな範囲を絞ることは出来るんじゃないか?」
「······そうしようと思っていたところだ。仕方がないから、お前が思いついたことにしてやろう」
「ウッザ······あぁいや、それは嬉しいな(?)。さっき雰囲気の良さげな喫茶店を見つけた。そこに行こうか」
「もしや、オルスロット侯爵令嬢様!?」
私が彼をその喫茶店に連れて行こうとすると、いきなり誰かに大声で呼び止められた。振り向くと、痩せ型の人が多いこの国では珍しい、ぷくぷくと太った体の男が、希望に縋るような表情で私を見つめていた。
「知り合いか?」
ナディアキスタが尋ねる。私は太った男に見覚えがあった。実家でも、何度か見たことがある。
「ああ、ファリス・シューリオット。有数のガラス商人だ」
正確には私ではなく、父の知り合いだ。
国民同士の関係も乏しいガラスの国で、父と彼は友好関係にあった。
父はよく、彼の貿易荷馬車を護衛していたし、彼もよく、ウチにガラスの国のスイーツを送ってくれた。
ファリスは、タプタプの腹を揺らして私の元に駆けてくると、息を切らして深くお辞儀をする。
私はその間に、『令嬢モード』に切り替える。
「オルスロット侯爵令嬢、ケイト様でいらっしゃいますね。お久しぶりです。ここ数ヶ月、手紙のひとつも送れませんで、申し訳なく思っておりました。
お顔の雰囲気が少々変わりましたね。昔と比べて大人っぽくなられた。そういえば、お父上はお元気ですか?」
その純粋な声がけに、私は言葉を詰まらせる。少し視線を落とし、「数ヶ月前に亡くなった」と伝えると、ファリスは顔を歪め、悲しみを表す。
「亡くなった!? それはまた急に」
「少々、国で問題がありまして。父はその責任を取って処刑台に。責任感が人一倍強い方ですから、潔く散りましたわ。······厳しくも、情け深い父でしたから、私っ······まだ悲しくて」
嘘だ。優しくしてもらったことなんて、数えるほどしかない。でも悲しんでおかないと、後々『心の無い奴だ』なんて言われかねない。
ファリスは胸を痛める(ふりをする)私を前に、オロオロと手を動かす。行き場のない手を結ぶと、また深々とお辞儀をした。
「それは失礼しました。彼にお猫様の加護があらんことを」
何だかとっても癒されるお悔やみを受け、私はツッコミと笑いを堪え、「ありがとう」と声を絞り出す。ナディアキスタはファリスに見えないように笑っていた。
「ケイト様、お会いしたばかりで申し訳ありませんが、少しお時間をいただけませんか。頼みがございます」
「頼み? 一体何でしょうか?」
私が聞き返すと、ファリスは神妙な面で呼吸を整える。
「──娘が、行方不明なんです」