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20話 いざ、ガラスの国へ

 日が昇る。真っ赤な朝日だ。

 私は白いシャツに、革のベスト(特注)と動きやすいズボンを合わせて着る。硬めのブーツの紐をしっかりと結び、長い髪をササッと束ねる。


 胸には白椿のネックレスを、お守り代わりに身につけて、私はモーリスに簡単な弁当を持たされ、屋敷を出た。朝特有の澄んだ空気を肺一杯に吸って、私は国の門へ向かう。


 ガラスの国は、騎士の国の真北にある隣国だ。だから、魔女の森にナディアキスタを迎えに行って、国を目指すとなると、少しばかり時間を食う。

 そもそも魔女の森自体、どこの国からも離れていて短縮出来るような所ではない。

 ある程度は時間の計算をしているが、それでも少し遅くなるだろう。



「おい、ケイト! 待ちくたびれたぞ!」



 朝から元気な怒鳴り声がする。

 国の門を出たところ、騎士の石像の台座にナディアキスタが胡座(あぐら)をかいていた。手荷物は少なく、私があげた服を()()()()身にまとっている。

 質素倹約な魔女の格好を見慣れたせいか、ナディアキスタにしては上等だ、と思う藤色のローブが目を引いた。



「おはよう、ナディアキスタ。わざわざ国まで来たのか?」


「ふん。お前が遅刻しないように、見張りに来てやっただけだ。この慈悲深い俺様がな。あと五分遅かったら、お前の家に鶏を送り込んでやるところだった」


「うわっ、うるさ。でも鶏なら、朝飯に困らないな」




「家中のガラスを割る騒音を叫ぶ鶏を、十羽ほどな」


「はた迷惑だわ。近所に謝れクソガキ」




 喧嘩を挟んで、私たちは北へと歩く。

 ナディアキスタは地図を持ちながら、私の隣を歩いた。


 ガラスの国までは歩いて一週間ほどかかる。

 ナディアキスタは地図をしまい、辺りをキョロキョロと見回す。それは、まるで初めて外に出た子供のような反応だった。



「······見慣れないのか?」


「なぜそんなことを聞く」

「いや、怯えているような、興味があるような。なんか、珍しい反応だから」


「ふん、外なんてしょっちゅう出ている。お前の屋敷に行ったり、国にある店を訪れたり、ある程度外出はしているんだ。子供扱いされては困る」


「そうだな。変な質問だった」



 ナディアキスタはふん、と鼻を鳴らしてそっぽ向く。そして、ぽつりと、寂しげにこぼした。



「······ただ、昔と違うなって」



 私は「へぇ」と適当に相槌を打つ。

 どう返事していいかも分からないからだ。ナディアキスタは、私たちが歩いている、苔むした石畳の跡を指さした。



「ちゃんと道が舗装されて、貿易の馬車が行き交って、活気のある道だったんだが、ガラスの国とは疎遠なのか?」



 苔むした石畳は、あちこちヒビが入り、土に埋まっている。

 これがきちんと舗装されていた時代なんて、百年前かそこらじゃないだろうか。私はナディアキスタの年齢を疑いながら、「そうだな」と言った。



「貿易自体はしているが、かなり無難な品の交換だ。かつて、ガラスの国の工芸品を、騎士の国の商人が他国に転売したのが原因で、国交断絶の危機なんだ。外交も何もしていない。国民同士の手紙のやり取りすらも」


「へぇ。めんどくさいな。いつの話だ?」


「転売事件は百年近く前だ。だが、ガラスの国は酷く根に持っていてな。その商人は打首。家も潰して徹底的に制裁を加えたんだが、今もまだ許していないと聞く」


「百年近く前······か。随分と昔だな」


「ああ、何度も書面で和解を求めているが、話はまとまらないし、今でも『信用問題が〜』『信用する証拠を〜』って、うるせぇのなんの」


「言葉遣いに気を遣え。よく知っているもんだな」


「──『元』皇太子婚約者なものですから」



 お互い傷を抉り出したところで、のどかな畑を見渡して歩く。

 黄色く慎ましやかな菜の花が広がる畑に、「これは魔女のまじないに〜」とか、「菜種油を使った料理は〜」とか、たわいもない話をする。

 ナディアキスタから菜の花の花言葉やら、油の採取の仕方やら色々聞くことが出来て、とても面白かった。

 彼はそれを、「魔女だからな」と言って、自慢げにしているが、その知識をずっと覚えていられるのは、魔女だからの一言で片付けられないだろう。


 私も、遠目に自分の領地が見えたから、ナディアキスタに見せる。「あれが私の領地だ」と言ったそれは、砂粒ほどの大きさで、とても一般人に見えるような距離ではない。

 これが戦場のクセだ。遠くにいる敵を、ひと目で確認して把握する。どこまで行っても戦場から頭が離れない私には、致命的なクセだ。

 ナディアキスタは目を凝らして、その領地を見ようとする。私は「ごめん」と言って、足を進めようとした。




「──水路が、整ってないな」




 ナディアキスタの声に、私は振り返った。

 彼は右手で輪っかをつくり、その中を覗いていた。親指に緑の指輪ひとつ、人差し指に紫と赤の、二つの指輪をつけている。



「ナディアキスタ、それは?」


「ああ、魔女の()()だ。鍋などの道具を用いて錬成せず、己の魔力をそのまま(まじな)いに変える。魔法使いに近しいものだ」



 ナディアキスタはそう言いながら、指につけた指輪を回したり、付け替えたりして領地を眺める。何かを確認し、推測すると「ほ〜ぉ」と呟いた。



「水路が整っていないから、畑の水害が酷いんだろう。下水と上水をしっかりと分けた水路を造れ。それで、川の近くに粉引き小屋を作れ。人力小屋なんて、今更時代遅れなものに頼るな。潰してしまえ。水車小屋の粉引きの方が効率がいいだろうに」



 ナディアキスタの的確な指摘にはぐうの音も出ない。だが、こればっかりは少し厄介な問題で、言われたから「はい、その通り」でやるワケにはいかない。

 ナディアキスタは指輪を外し、歩きながら話を詰めていく。



「そうしたいのは山々なんだ。だけど、領地の金脈が安定しない。何度も国に補助金制度の申請をしているが、『お前は騎士団の副団長だろ』と言われて取り合って貰えないし、領地の奴らも、『他国の貿易品に何かを作ろう』って言っても、反応が鈍いし」


「まぁ、頭の固い奴に何を言おうと無駄だからな。制度に頼るくらいなら、まず農業を安定させるべきだ。農業は生活、生命の基盤だ。さてさて、何を育てているやら……。

 ふぅん、桃か。桃なんて、季節限定でしか売れないものにかまける前に、まずは小麦だ。小麦を育てさせろ」


「いや、私の領地には米農家が多いんだ。騎士の国の米は、そこそこ知名度があるからな。力を入れたいが、水路の設備が······」


「ああ、田んぼで作るやつか」



 謎の、しんとした空気が流れた。

 お互いに無言で何かを考える。最初に口を開いたのは、ナディアキスタだった。



「······それは致命的すぎるだろ! どんだけ放置しているんだ馬鹿者!」


「うるさい! 父上がほったからしてなかったら、とっくに解決してる問題なんだよ! 父上の適当な統治のせいで、私の信用全く無いんだぞ!」


「無様だな!」



 ギャーギャーと騒ぎながら歩いていると、いつの間にか森の中に入っていた。魔女の森とは違う、木漏れ日の美しい森だ。道は細く、険しくなっているはずなのに、私もナディアキスタも、全く気が付かなかった。



「おい、ケイト。ここはどこだ」


「ここは国の境にある森だ。オークの住処と、トロールの縄張りがある」


「道を変える気はないか?」


「まさか、怖気付いたのか? 魔女のクセに。うんうん、気にすんな。誰にでも怖いものはあるし」


「違う! この俺様を馬鹿にするな! ──囲まれたんだよ!」



 ナディアキスタに言われて、私は五感を研ぎ澄ませる。茂みの中から足音が少しと、木の上から落ちる魔物の匂い。キリキリと、命を狙われているような緊張感に、私は胸を踊らせた。



「ナディアキスタ、走る準備は?」


「いつでもいける。俺様を見くびるなよ」


「なら安心だな。『3・2・1』で行くぞ」



 私はそう言って、腰に隠したナイフを握った。ナディアキスタは、私のカウントダウンを待つ。

 呼吸の音すらうるさい中で、私はじっと、その時を待った。



 ──風の音が途絶え、全ての刺激が消える瞬間を。




「1!」



 私はナイフを木の上に投げた。

「ギャッ!」と声がして、眉間にナイフが刺さったオークが落ちてくる。ナディアキスタは、その死体を飛び越えて駆け出した。

 私はナイフを引き抜き、ナディアキスタの後ろを追いかける。オークの群れが、私の後ろを取った。



「ケイトッ! 数は!?」


「ん〜、ざっと五匹? イケるイケる」



 私はナイフをしまい、即座に剣を引き抜く。足を止めると同時に、剣先を後ろに向けた。

 私の横腹から飛び出した剣先に、オークは止まれずに体を突き刺して息絶える。手に伝わった衝撃から、およそ二匹倒した。私の肩に乗ったオークの首を叩いて剣を引き抜き、私は道を駆ける。


 あと三匹。

 私の真横に弓矢を構えたオークが飛び出す。私が剣を振ると、オークの首がポンッと前に飛んで行った。ナディアキスタが「うわっ!」と、素っ頓狂な声を出して跳ね上がる。


 あと二匹。

 離れた所から私を抜けて、ナディアキスタにオークの醜い手が伸びる。私は、その手にプスッと針を刺して、オークを押しのけた。

 手に針を刺されたオークは、刺された箇所からひび割れのようなものが伸びて、泡を吹いて動かなくなった。


 あと一匹。

 ナディアキスタの前方、木の上からオークが逆さで飛び出した。驚くナディアキスタの肩を踏み台に、私はオークの腹に踵をねじ込む。

 吹き飛ばされたオークの頭を剣で刺して、息の根を止めた。


 私は耳を澄ませて、敵が残っていないか確認する。

 特別、怪しい音はしなかった。さわさわと葉っぱが揺れる音が、心地よく響く。

 私は剣に着いた小汚い血を振り払って、鞘に収めた。胸を押さえて口をパクパクさせるナディアキスタに、私は優しく微笑みかける。



「片付きましたわ♡」


「『片付きましたわ♡』じゃない! ふざっけるな! いきなりエグいもの見せやがって!」



 ナディアキスタは不満を叫びながら、私に詰め寄る。私は耳をほじりながら、聞き流した。



「もっと隠密に片付けろ! 繊細な俺様の前で、()()()()()()()()()を踊るなこの上っ面詐欺令嬢! 大体『3・2・1』で行くって言っただろうが! なんでいきなり『1』が出る! 自分の言ったことも忘れたのかババア!」


「いや、三つ数えるの、長いなって」


「お前はせっかちさんか!」



 ナディアキスタの文句を聴きながら、私は先を急いだ。森の中には危険が多い。見渡せる場所が無い分、奇襲も夜戦もやりたい放題だ。出来る限り、森は早く抜けたい。

 だが、モーリスの昼飯を分けようと、言われた通りに密かに敵を倒そうと、ナディアキスタの機嫌は悪いままだった。それは、夜になっても直らなかった。

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