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18話 魔女の苛立ち

 オークの討伐を終え、その日のうちに報告書も出し、忙しい騎士にはありがたい休日の朝だった。


 荒々しく叩かれたドアを、モーリスが開ける。モーリスが要件を聞く前に、彼は屋敷に入ってきた。


 私はちょうど、ダイニングで朝食を取っているところだった。

 カリカリに焼いたブレッドに、採れたての牛乳で作ったバターは格別に美味い。香ばしいパンの香りとコクのあるバターの味を堪能していると、ダイニングにナディアキスタが乱入してきた。



「やいっ! ケイト! 俺様に殺されることを誇りに思え!」


「モーリス。こいつをつまみ出せ。オルテッドに説教してもらう」



 モーリスは困った顔で、ナディアキスタを捕まえようとする。モーリスの手をすり抜けて、ナディアキスタは怒り心頭で私に詰め寄った。



「お前の妹は、本当に【盗っ人の手袋】だったんだろな!」


「バカ言えクズ魔女。お前が直に接触して、星を奪い取ったクセに」


「俺様の完璧なまじないが! 失敗したんだ!」


「はぁ? その責任を私に取れと? ふざけるな」



 早々に口論になる私たちをモーリスが止め、ナディアキスタの八つ当たりを素早く抑える。

 モーリスに紅茶を出されたナディアキスタは、すんっ、と大人しくなり、私の向かい側の席で話をする。



「【盗っ人の手袋】を使った魔女のまじないは、偉大なる星巡りの魔女であるこの俺様の、完璧なタイミングで行われた。

 だが、俺様のまじないをもってしても、俺様の星巡りは変わらなかった」


「その八つ当たりを、わざわざウチにしに来たのか。や〜い暇人!」


「口を慎め魔女の御前(ごぜん)だ! 恭しく頭を垂れ! 偉大な魔女を讃える賛辞を述べるべき所を! 省略してやっている俺様の深い御心を蔑ろにするな!」



 モーリスは、私とナディアキスタの低レベルなやり取りに頭を抱える。これが自分の仕える人なのか、と思うと多少の同情はある。

 ナディアキスタが紅茶のおかわりを高圧的に頼むと、モーリスは文句も言わずに用意をして、ついでに、とお茶菓子も足してくれた。本当に、出来た執事だと思う。



「で? 私に八つ当たりしに来ただけじゃないんだろう? この国は魔女の魔法を禁じているし、魔女に関わっていると疑われた奴らが、悲惨な目に遭うことなんて珍しくもない。それに、お前が大事な理由以外でここに来たこともない。何があった?」


「ふん! 悪くない観察眼だ! しかし、この俺様には負けるなっ!」


「はいはい。もう一度言うね、おじーちゃん。用・件・はっ!?」



 ナディアキスタは不満げにティーカップを置くと、「もっと高度なまじないを試す」と、急に重い話を振ってきた。



「俺様の完璧なまじないでさえ、自分の星巡りは変わらないんだ。色々と試し、あらゆる手を使って運命を変えようとしたが、今回の件で気がついた。

 高貴な俺様の【屍上の玉座】は、俺様のまじないではなく、もっと高度にして大掛かりなもので解くべきだと!」





「えっ、千年悩んでそれ?」


「千年とは失礼だな! そんなに生きてないわ!」





 ナディアキスタの話を少し茶化して、私は朝食を終える。ささっと片付けをするモーリスにフルーツを頼んで、話を続けた。



「で? お前のソレを、アニレアを犠牲にした魔法よりも高度で大掛かりな魔法で解くって?」


「ああ、そうだ。その方法を見つけた。この俺様の力と知恵と記憶力があれば! それくらい容易いのだ!」





「その記憶力と知恵があるなら、一万年前に星巡りを直せただろうに」


「勝手に人の年齢をあげるな! まだ生まれてすらないわ!」





 モーリスは、プンプンと怒るナディアキスタにも、フルーツを振る舞う。私は、仕事を終えて傍に控えたモーリスを下がらせる。

 二人きりになったダイニングで、私はナディアキスタにその方法を尋ねた。ナディアキスタは、フルーツをもりもりと食べながら教えてくれる。



「······この世には、俺様を除いて偉大な魔女が七人いた。それぞれの国に、一人ずつな。

 その魔女たちはその国に一つ、最高傑作の魔法道具を残しているんだ。それらを組み合わせ、偉大な魔女の魔力で、太古のまじないを使えば、俺様は【屍上の玉座】を手放せる!」



 何となく、何となくだが嫌な予感がする。

 私はそれが「気のせいであれ」と願いながら、ナディアキスタの話を聞き続けた。






「その魔法道具を集めるために国を巡る! お前を俺様の護衛に任命してやるから光栄に思え!」


「ほらなぁ〜〜〜! 言うと思った!」






 私があからさまに頭を抱える一方で、ナディアキスタはふんぞり返って腕を組む。

 なにせ私は、副団長の仕事に加え、領主としての仕事も山積みだ。領地は魔女の森だけでは無いし、騎士団は常に、任務と、訓練と、勉学を続けなくてはならない。


 既に身が二つに裂けそうな思いで、日々を暮らしていると言うのに、ナディアキスタは私を分裂させようとしているのだろうか。



(──腹立つ)



 私は頭を上げ、「バカだろ」とハッキリ言った。



「私は騎士団副団長だ。ある程度融通の利く立場とはいえ、その分仕事の量も多い。

 それに、領地のあちこちで問題があるんだ。それを片付けるのにも時間がかかる。私が実際に見に行かなくてはいけない案件だってあるのに。

 まさかお前は、自分の都合で私を連れ回そうって言うのか?」


「まぁ、そういうことになるな」


「お断りだ。私は忙しいんだ」



 私は話を切り上げる。だが、それで納得する男ではない。ナディアキスタは食い下がってくる。



「俺様の護衛だぞ!? 名誉ある仕事だぞ!?」


「護衛に名誉って何だ」


「この俺様を、危険から守れるいい機会だぞ!」


「お前自体が危険物なのに、何から守るってんだよ」


「俺様は崇高な魔女だぞ! 言うことを聞け! 魔女の言葉は神の啓示にも等しい──」


「いつの時代の話か知らんが、私が信じるのは騎士の信念だ」






「たった七つ! 国を巡ってそれを手に入れるだけで! 弟たちは死ななくなるんだ!!」






 珍しいナディアキスタの優しさに、私は思わず目を見開いた。興奮で立ち上がっていたナディアキスタは、ハッとして両手で口を押さえる。




(······そういえば、そうか)




 ナディアキスタの【屍上の玉座】は、弟たちの残りの寿命を奪い取って、自分の寿命に繋げてしまう。弟たちが早く死ねばその分長く、ナディアキスタは生き続けることになる。

 彼はそれを、後悔とともに話していた。オルテッドはその弟たちの中では一番長く生きているという。そう言いつつも、オルテッドはまだ六十手前で、仮に八十歳で死ぬとしてもあと二十年はある。


『まだ生きるはずだった』分を、ナディアキスタが背負い込む歪な星を、一番嫌がっているのは、私でも彼の弟でもない。




 ナディアキスタ自身だ。




 それを思い出すと、何だか協力してもいいか、と考え始めていた。ナディアキスタはあわあわと狼狽えると、冷や汗をかきながら「フン!」と鼻で笑う。



「まぁ、たったこれしきのことで? 手が回らなくなるような能無しだ。無理になんて言わないとも。

 お前より強い奴なんて、世の中にごまんといるしな。天才的な力を持つこの俺様の護衛が出来ず、のちのち悔やんでも──」



 ナディアキスタは強がって、私を嘲笑うように言い訳を並べる。魔女であることを誇りにしているわりに、かなり稚拙(ちせつ)な言い訳だ。誰も家族を優先するなとは言っていないし、その理由がおかしいとも思っていない。

 私はモーリスを呼び戻す。モーリスは厚手の便箋と、赤いロウソクを持って、ダイニングに入ってきた。



「モーリス、私は何も言っていないぞ」


「新しく買って手付かずの便箋の束。まだ開けていないロウソクの箱と、特注して使ってない封蝋スタンプ。二週間もそのままにしているのは、それが自分用ではなく、誰かにあげるつもりだったのでしょう?

 手紙のやり取りが多い侯爵様が、これをほったらかして、新しい便箋を買っていました。それに、こちらの便箋は、侯爵様が使っていらっしゃるものより、少し高価です」


「それ以上言うなよ。なんか、ナディアキスタが二人いるみたいだ」



 ナディアキスタは、モーリスから便箋やスタンプをって受け取ると、それをじぃっと観察する。



「シールではなく封蝋を使うあたり、国外からの手紙と分けたいのだろう。国外からのものは、シールで封をするのがベターだ」


「それに、封蝋は騎士の国では当たり前に使用されます。庶民でも使うので、誰からの手紙であっても気にする人はおりません」


「わざわざ特注したスタンプということは、相手に好意を持っているか、差出人の名前が無くとも、自分が見分けられるようにするためか。ケイトの性格を考えると、後者だろうな」


「ムールアルマの封蝋スタンプは花模様が多いですが、花と一緒に描かれるのは動物が普通です。これには、蝶々が描かれていますね」


「この蝶々は、魔女の森でしか飛んでいない。つまり、魔女の森からの手紙であることを特定するためのもの」



 二人して便箋の理由を言い当てる。それが全部当たりなのだから、気味が悪い。

 もういっそ、モーリスがナディアキスタの護衛をすればいいんじゃないか、とさえ思い始めていた。

 私は、ナディアキスタに便箋をおしつけると、モーリスはメモを一緒に差し出す。



「これで手紙を送れ。宛先は『アルマ城 騎士団総合案内係』だ」


「こちらが郵便番号です。番号と送り先さえ書いていれば、匿名でも届きますよ」


「なんで俺様が手紙なんぞ!」


「任務なら、護衛出来るからだ」



 仕事で数日空けるような任務はあるし、護衛だって珍しい任務内容ではない。これなら、誰にも怪しまれることも無く、私の手間も省ける。


 ナディアキスタは不満げに受け取ると、「コソコソする必要があるか?」と尋ねた。

 私は「ある」と答えた。



「お前は魔女だ。それが知られたら、お前は無事じゃ済まないだろう。それに、私も大臣に目をつけられてるんでな。私用で他国に行って、根掘り葉掘り聞かれるのは辛い」


「仕事の方が怪しまれるだろうがな。しかし、俺様に配慮したところで、俺様は子供に捕まったりなんて······ほぉ〜う?」



 ナディアキスタはニヤリと笑った。

 そうかそうか、なんて含みのある事を言うと、機嫌が良くなった。



「ふぅ〜ん? まぁ、お前が言うなら隠密(おんみつ)に行動してもいいな。俺様が捕まったら、お前は困るんだろう?」


「なんか、勘違いしてるな? お前が捕まろうと、拷問されようと、私が困ることは無いが、大臣に私を断罪する理由を与えたくない」


「フハハハ! そういうことにしておいてやろう! 俺様は寛大な心の持ち主だからな!」




「モーリス、つまみ出せ」


「恐れながらケイト様。今オルテッドが来訪されます」




 モーリスの言った通り、屋敷のドアノッカーが叩かれる。モーリスが出迎えに行くと、オルテッドがやってきた。申し訳なさそうな表情で来るあたり、ナディアキスタの問題行動に慣れているようだ。



「また兄さんが迷惑をかけただろう。兄さんの小屋に朝食を持っていったら、もぬけの殻で荒れた跡があった」


「襲われたとは思わなかったのか」


「兄さんが襲われたら、森にかけてある魔女の魔法が発動する。荒れているのに何も無いのは、兄さんが癇癪を起こしたからだ。

 明け方に星巡りのまじないをすると、意気込んでいたから、失敗して、ケイトの元に行ったのだろう、と」


「正解だ。アニレアの件で問い詰められた」



 オルテッドは、ナディアキスタをひょい、と肩に担ぐと「もう帰るぞ」とナディアキスタの背中を叩く。

 ナディアキスタは、自分の扱いにものすごく不満で、オルテッドに抗議するが、彼はそれを「はいはい」と流して取り合わない。



「朝から迷惑をかけたな。今日の午後空いてるか?」


「空いてる。どうかしたか?」


「畑で良いトマトが採れたんだ。ケイトにも食べて欲しくてな。二時頃持っていくよ。そのついでに、少し領地の話をしたい」


「ああ、わかった」



 オルテッドは「またな」と言って、ナディアキスタを連れて帰る。歳を取っているのに、成人男性を担げるとは。畑仕事をしていると、あんな風になるのだろうか。

 散々暴れていたナディアキスタも、最後の方は頬をふくらませているだけで、大人しかった。



 二人が帰った後、モーリスは手帳に午後の予定を書き込む。私は部屋に戻り、剣の手入れをする。




 七つの国と、七人の魔女。それぞれの魔法道具。




 ナディアキスタの事だ。魔法の痕跡やら何やら、パパッと見つけて、魔法をかけるだろう。

 私は彼の後をついて回り、それを見届けるだけ。




 ──そう思っていた。




 ナディアキスタが持ちかけた国巡りが、波乱万丈の大冒険になるなんて、今の私には知る由もなかった。

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