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17話 女騎士の苛立ち

 土煙が立ち、風に消える。

 男たちの雄々しい声と、魔物の荒々しい声が飛び交う戦場は、血の臭いに(まみ)れていた。


 鎧のガチャガチャとやかましい音を立て、使い捨てのような剣を高く掲げる兵士たちは、眼前に迫る死との恐怖に立ち向かっていく。

 その雄叫びは、何度聞いても悲鳴のようだった。



「怯むな! 構えを落とすな! まだオークの先陣しか倒してないぞ! 進め、進めー!」



 まだ初々しい顔つきの男たちの中を飛び出し、中堅の兵士に新兵のサポートを任せる。

 私は先陣に立ち、誰よりも速く、多く、魔物の群れを切り捌いていく。


 何度も経験したオークの討伐任務。

 いつもなら、兵士の後ろで指示とサポートをしながら戦っていた。が、今の私は、誰にも先頭を譲らず、向かってくる敵を後ろに回さず、ほぼ独壇場で愛剣を振るう。


 誇り高きムールアルマの真っ白な鎧。今までは決して汚さず、任務を終えて帰ってきたものだ。

 けれど、任務が始まって数分で、返り血がべったりとついた赤い鎧に変わり、任務一時間後には元の色さえ分からないほど真っ赤に染まっている。



「うわぁっ!」



 私の脇をすり抜けたオークが、新兵を狙って剣を振るった。

 新兵は慌てて防御した。防御は間に合ったが、新品の剣がオークの石器じみた剣に押し負けている。新兵は負けそうな状況に、青ざめて震えていた。



 ──情けない。何のために、私が訓練したというのか。




「剣を傾けろ! 力を流せ!」



 私が命令すると、新兵は言われた通りにして、力を流す。オークの剣が地面についたタイミングで、新兵は下から切り上げるようにオークの首をはねた。

 ボタッ! と落ちたオークの首に、新兵は吐き気を催す。私が「吐くな! さっさと走れ!」と言うと、新兵はぐっと堪えて後ろをついてくる。



「ちょこまかと動きやがって、オークのクセに!」



 私の剣がキラリと光る。その直後には、オークの首なし死体が私の後ろに道を作った。新兵たちの吐瀉物(としゃぶつ)も、オークの死道に彩りと悪臭を添える。


 丘の向こうから、オークの群れが見えた。

 今切り捨てた先陣の縦隊と違い、横に広く、鶴翼に群れを展開する。

 ざっと数えて百匹だけ。最高記録よりも少ないオークの群れに、私は舌なめずりをした。


 ──楽勝だ。


 これなら一人でも十分だ。新兵なんて必要ない。



(──あ、やっべ。これ、新兵の実戦支援が任務に含まれてるんだった)



 剣を構えたところで、私は思い出した。

 副団長として、新兵の初陣サポートを任命されていたことを。つまりこの戦場に置いて、主力として戦うべきは新兵であり、私ではない。それを思い出すと、この任務が途端に面白くなくなる。やる気すら出ない。


 目立ちたい訳では無い。が、私にとって魔物の討伐は、一種のストレス発散なのだ。それを抑えないといけないのは、とても疲れる。


 敵の本陣と交える前に大きなため息をつくと、中堅兵士が私に声をかけた。



「副団長! ペースを落としてください! 副団長のペースでは、敵と戦う前に新兵が力尽きてしまいます!」


「ええ〜? これでも遅く走ってるんだぞ」


「訓練をしていると言えど! 新兵はまだ体力がついているわけではございません! 副団長のように実戦経験もまだありません! 鎧や剣の重さで、十分体力が削られているんです!

  このまま走っては、剣を振るうだけの力も無くなります!」


「じゃあ、歩くか? 普通はやらないけどな。前を見ろ。オークの軍勢を見る限り、余裕はないぞ」



 中堅兵士は、向こうにいるオークの群れに目を向けると、難しそうに顔をしかめた。そして、私に「恐れながら」と進言する。



「オークの軍勢に対し、我々の軍は新兵を含めて五十と少し。オークよりも少ない数です」


「なら頑張れ。一人二匹倒せば任務は終わるが、慢心が身を滅ぼす所を、見てこなかったわけじゃないだろう」


「はい。ですが、この新兵たちは、副団長直々に鍛えられた兵士です。たかがオークに、討ち取られるようなヘマはしないでしょうが──」



 中堅兵士はちらりと私を見た。私は「言いたいことはさっさと言え」と睨む。兵士はふぅ、と疲れたため息をついた。






「『副団長が新兵を差し置いて功績を立てたら、団長権限により厳しい罰を与える』と、伝言を預かっていまして」


「総員止まれ! 体力を温存しろ! ここで迎え撃つ!」






 新兵たちに命令し、隊列を組ませたまま、その場に待機させる。

 私は剣をぶら下げて、列の後方に回った。中堅兵士たちは新兵の周りと列の間に入り、支援の手が回るように配置につく。



 オークの奇声が近づいてくる。


 新兵たちは肩を震わせて剣を構えた。


 私は後ろでこっそりため息をつく。


 新兵の悲鳴は、オークの声よりもうるさかった。


 ***


 汚れた鎧を脱ぎ捨てて、城に報告書を提出しに行く。

 城の内部にある騎士団司令部に行くのは、正直嫌いだ。


 騎士団はほとんどが男だし、古株も多い。だから女が副団長をしていることを、面白く思わない輩が多い。でも、それが原因ではない。


 年寄りの嫌味よりも、イキった男の皮肉よりも、嫌なもの······──



「失礼いたします」


「おお、ケイトか! おかえり! ずっと待ってたぞ!」





「ムールアルマの守護女神」





 ──······騎士団団長である。



 司令部に入って早々、彼は嬉しそうに私に傍寄った。


 赤茶の綺麗な髪に、青いマントをつけた白い鎧。端正で爽やかな顔は、あらゆる女性を魅了する。

 皇帝の右腕にして、この国の聖なる剣と(うた)われる、ムールアルマの騎士団団長──エリオット・カーネリアムだ。

 彼は、国中の女性を落とす微笑みを私に向け、全ての女性の腰を砕くキスを、私の手の甲に落とした。私は軽く微笑みを返す。



「あらぁ、先日のマンティコラ退治で頭を打ったとお聞きしましたが、まだ治ってらっしゃらないのかしら?」


「いいや、そんなことないさ。ところでちゃんと伝言は受け取ったかな? 伝言通りに、新兵の補佐に回っただろうね?」


「ええ。私としても、罰せられるのは避けたいですから。······ところで、いつまで手を握っているおつもりで?」


「これは失敬! 絹のように柔らかな手に、いつまでも触れていたいと思うばかりに。どうだろう。お詫びに俺とお茶でも」


「その絹のような手で叩かれることも、頭に入れておくべきですわ」



 彼の手を叩いて払い除け、わざと見えるところで手の甲を拭う。しょぼくれる彼を騎士団長の席に戻し、報告書を提出する。



 この男は本当に油断ならない。



 以前は、きちんと身なりを整えて司令部に訪れていたが、エリオットが構ってくるのがあまりにも嫌で、わざと汚れた姿で向かうようにしている。しかし、奴はどんなに汚れた姿でも、血だらけの鎧でも、平気で手を握るし髪にも触れる。……キスだってする。


 エリオット対策に、思いつく限りのあらゆる手を尽くしたが、その全てが失敗に終わっていた。


 私が軽く咳払いをすると、エリオットは側近の兵士を司令部から追い出した。最後の兵士が出て、扉を閉めたと同時に、私はエリオットの頭を思いっきり引っぱたいた。



「いったぁ!?」


「まーだそんな事してるのか阿呆め! いい加減私で遊ぶな! お前騎士団長だろうが!」



 令嬢の振る舞いをやめ、私が怒鳴ると、エリオットは「ふざけてないもん!」と頭を押さえて反論する。



「何回言われても俺は止めない! 一回くらい誘いを受けてくれ!」


「何度も言うが、お前は婚約者がいるだろ! 婚約者以外をお茶に誘うのもマナー違反だ! 茶のついでにお前もしばいてやろうか!」






「何がいけないって言うんだ! ()()()()!」


「お前に婚約者がいることと! 私が女であることだ! いつになったら理解するんだ()()!!」






 エリオットは、私の上司にして四歳年上の幼なじみだった。


 家が近いということと、二人の父親が騎士だったことで、家ぐるみの交流があった。しかし当時、私が皇太子の婚約者であったため、私とエリオットに接点はない。遊ぶのも、同じ部屋にいるのも許されなかった。



 なのに、エリオットはこうして私に構い続ける。



 挨拶以外に会話したこともないのに、どうしてエリオットは話しかけてくるのだろう。婚約者もいるのに、からかっているのか? 性格が悪い。その上、気持ち悪い。



「本当は愛称呼びも禁止なんだぞ。そろそろ私離れしろ。結婚だって、もう日取りを決める頃合いじゃなかったか?」


「それはまだ先にするんだ。皇后の処刑から二ヶ月しか経ってないし、まだ上も下も混乱してて、上手く伝達されてないから」


「······妹が、迷惑かけたな」


「別に。俺には関係はないからね。それに、ケイティがちゃんと自分でケリをつけただろ。なら、俺はそれでいいと思ってる」


 エリオットは報告書に目を通しながら、「気にしてない」と私に優しい言葉をかけた。

 報告書にハンコを押すと、傍らの報告書の山に乗せ、「お茶飲む?」と呑気に聞いてきた。私が丁重にお断りすると、あからさまにしょぼくれる。





「最近、ケイティは性格がキツくなったね。……ああ、貶してるわけじゃないんだ。けど、無理して悪いフリしてるみたい」





 さすが、頭に花が咲いていても団長だ。騎士団員の様子を、しっかり確認している。その観察眼は誰にも負けない。私がそっぽ向くと、「やっぱり」と、落ち込んだため息をついた。



「あのさ、ケイティ。君はとても気にしてるだろうけど、俺は君を『裏切りの椿』だなんて思ってない。

 君の妹は極度の欲しがりだった。君はその欲しがりの犠牲になっただけだ。

 もし君が、知らない誰かに傷つけられているのなら、好きに言われてそう振る舞うしか出来ないのなら、俺が助けるよ」



 エリオットは自分の事のように胸を痛めている。

 私は彼のその優しさを、鼻で笑うしか出来なかった。



「バカ言え。私が男なんぞに守られるような、か弱い女に見えるものか。仮にも私は、ムールアルマの騎士団副団長の座に身を置く者だぞ。自分の身くらい、自分で守れる。

 新聞がいかに好き勝手書こうと、知らない人間がいかに私を貶そうと、真実を知る者が傷を負う道理はない。気遣いは結構だ」


「でも、だからといって、自分に悪意を持つ奴らに合わせる必要は無いだろ? ケイティが悪役みたいに言われるの、俺は嫌だな」


「お前が嫌だと言ったところで、世間の目が変わることなんてない。私は『裏切りの椿』だ。

 あとさっきの発言、婚約者に聞かれたら往復ビンタ待ったナシだから気をつけろよ」



 エリオットはとても優しい男だ。そして、私とナディアキスタ以外に、真実を知る男だ。だからこそ、あんなにも真っ直ぐな言葉をかけられるのだろう。





 皇后の不祥事が世間に晒された時、私は辞職願を出した。それが当然で、私なりのけじめだった。しかし、エリオットは私の目の前で、それを破り捨てた。




『君が家族の犯した罪で、自分の首を絞めることは無い』




 彼はそう言って、私に首を絞められた。

 それでも皇帝に取り合い、騎士団の古株や、国の貴族たち、城の大臣にも取り合って、私を副団長の座に置いた。

 私が何度辞職願を出そうと、彼はそれをわざと暖炉にくべたり、うっかり井戸に落としたり、ある時は食べたりして、頑なに受理しようとしなかった。


 お陰で生活に困るようなこともないし、騎士団の中で恐れられながらも、副団長の威厳を発揮させている。

 今、私が心を保てているのは、ナディアキスタとエリオットの支えがあってこそだ。





「でもまぁ、エルは私が独りにならないようにしてくれたし、裏切り者の汚名返上に手を貸してくれたし。お前が結婚するまでは、愛称呼びは見逃してやる」


「じゃあお茶しよ!」


「しないっつってん······でしょ。いい加減にしろ」




 私は用事を終えて司令部を出ようとすると、エリオットは私を呼び止める。そして私の前に(ひざまず)くとまた、私の手の甲にキスを落とす。



「──君は、誰よりも誇り高き騎士だ。これは、国の聖なる剣たる俺から贈る、騎士の加護だ。どうか君に、救いの光を」



 エリオットはそう言って立ち上がると、悲しげな瞳で私を見送った。私は、形式的に「騎士に栄光あれ」と言って、司令部を出ていく。


 城の広い廊下で、ボソッと呟いた。






「──お前の加護があったところで、私は自分可愛さに家族を捨てた『裏切りの椿』だ。今更、それが変わるわけがない」






 彼の優しさが嫌いだ。無責任な言葉が嫌いだ。根拠の無い信頼も、正義と悪を信じる無垢な心も、全て嫌いだ。──そう言わなければ、『昔に戻れるかも』なんて、淡い期待をしてしまうから。


 私は、爪にこびりついた血の痕を見つめた。

 まだ微かに残る、オークの臭いと駆け回った戦場の風。




 家族がいても、いなくても、私の居場所は戦場だけだ。




 私は、真っ白な廊下を堂々と突き進んでいく。侍女や兵士は、私を避けて通った。その様子で、思い知らされる。誰に何を言われようと、自分がどう思おうと──……


 ──私は『裏切りの椿』だ。血に濡れた、汚れた赤い、椿なのだ。

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