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最終話 『悪役』の結末

 ついに、ナディアキスタの星を滅ぼした。

 ナディアキスタも私も、思ってもみなかった結末に呆然としていた。

 ナディアキスタが我に返り、地面に星図を広げ、自分の星を確認する。


「······【屍上の玉座】が無い。消えている」

「お前の星は、どうなってんだ」

「俺様の星が······これは、【妖精の花冠】! 幸せと平和の星だ!」


 ナディアキスタは子供のように、はしゃぎ、喜んだ。

 忌々しい星から逃れ、泣いてしまうほどに。


「良かった! 俺様も、弟も救われた!」


 最後まで、彼は弟を案じていた。私は良かったな、と言葉をかけた。

 ナディアキスタの幸せは守られた。それは、とても喜ばしい。

 リリスティアやトラヴィチカ。リコリスが合流する。

 モーリスとメイヴィスが、遅れてやって来た。


「ケイト様! ケイト様ご無事で良かった」


 モーリスは私を見ると、ほっとして表情が緩む。メイヴィスはガバッ!

 と抱きついてきた。


「やってくれたもんじゃな。二人とも」

「さっきぃまで『馬鹿だ』とぉか? 『阿呆もの』だぁって言ってぇたのは、誰だっけぇな〜。リリスティーちゃん?」


 ケラケラと笑う魔女二人に、リコリスが呆れる。


「あの二人、さっきまでケイトとナディアキスタの事を探してたんだ。だいぶ心配していたのに、なぜあんな事を?」

「······魔女は素直じゃない性格なんだろ」


 こっそりと教えてくれたことに、私はクスクスと笑う。リコリスは不思議そうに首を傾げた。



 ふと、遠くから鎧のぶつかり合う音が聞こえた。私は背筋を伸ばし、呼吸を整える。モーリスとメイヴィスは、表情が暗くなった。

 振り返ると、エリオットが兵士を連れて走ってくる。そして、私に思いっきり抱きついた。


「ケイティ! やっぱり君は最高だよ。ムールアルマの守護女神!」


 私は彼の背中をポンポンと叩き、優しく引き離す。


「お褒めに預かり光栄だ」


 後ろに控えた兵士たちの目に、私は胸がキュッと痛くなる。リコリスが威嚇をした。

 私は祈りの貝殻を外し、ナディアキスタに投げ渡した。ナディアキスタは「魔法道具を乱雑に扱うな!」とぷんすこと怒る。

 私は長い髪をキツめに掴み、剣を押し当てる。


「ケイト?」

「ケイティ?」


 不穏な空気に、全員に緊張が走る。

 私は剣を握る手に、力を込めた。ナディアキスタが腕を伸ばす。



「待て、ケイト!」



 ──ブチブチッ!



 手入れの行き届いた髪が、一瞬で短くなり、白い首が(あら)わになる。握った髪は、その場に落とす。モーリスが青ざめた顔で座り込んだ。

 エリオットは、口を塞ぐ。ナディアキスタは目を見開いた。


「──続きをしようか」


 私はエリオットに背中を向ける。······その場に膝をついて。

 死ぬなら断頭台が良かったが、これはこれで悪くない。

 エリオットは剣を抜いた。私は目を閉じた。


「続きをしよう」


 エリオットが、そう呟いた。

 けれど、ナディアキスタの声が処刑の雰囲気を切り裂いた。



「貴様らは、誰に助けてもらったんだ」



 その問いかけに、兵士たちは目を背く。ナディアキスタが杖を振るい、無理やり前を向かせた。


「誰の剣に命を救われた。誰の手に、命を繋がれた」


 ナディアキスタは問い続ける。

 戦場で、国内で、いつも前に立ち、剣を握り、決して逃げずに、お前たちを守ってきたのは誰かと。

 兵士たちは答えられない。答えられないと知っていて、ナディアキスタは問いかけていた。


「お前らは、そういう人間だろうな。都合のいい事だけ覚えていて、都合の悪いことは見ないふり。頭の悪い人間の、卑しい輩の典型的な例だ」


 ナディアキスタは杖の先を、くん、と上に向ける。兵士たちは自由に動けるようになると、一斉に剣を抜いて、ナディアキスタに剣先を向けた。

 私は咄嗟に、ナディアキスタを後ろに隠す。ナディアキスタは「よく見ろ愚か者共」と兵士に語る。


「これがお前らが(さげす)む『裏切りの椿』だ。これが、正しき騎士の姿だ。その汚い目ん玉ひん剥いて、よぉく見ろ。自分がどのように言われても、どのように扱われても、他者を守る事を止めず、信念を曲げずに剣を握る。この姿を!」


 ナディアキスタの言葉に、兵士たちは剣を下げる。私も、剣を下げた。




「ケイトこそ、騎士に相応しい」




 ナディアキスタのその一言に、全てが詰まっていた。


なんじ、魔女の友に悪手を伸ばす者よ。魔女の怒りにひれ伏せ──」


 リリスティアとトラヴィチカが杖を振り上げる。メイヴィスが、私の目を塞いだ。


「魔女のお守り──『回る砂時計(リワインド・タイム)』」


 私は止まった時間の中に閉じ込められる。その直前に、ナディアキスタが貝殻に囁きかけるのを見た。


 ***


 ──いつも通りの朝が来る。

 モーリスの紅茶で目を覚まし、身支度をする。短い髪にもようやく慣れた。最近は、このままでもいいかと思っている。

 顔を洗い、少しばかり運動してから、朝食をとった。


 届いた手紙を読んで、一日の予定を確認する。

 アレスタのイタズラを叱るモーリスに見送られて、私は城へと向かう。


 変わったことなんて、何一つ無い。

 空を飛ぶ魔女達を見上げ、魔女の店の客引きを(かわ)し、迷子の獣人に道案内をする。


 多少の寄り道をして、私は城にたどり着く。

 ケンタウロスの門番と挨拶をして、エリオットの熱烈な告白を受け流して、執務室に入る。


 そしてようやく、今日の仕事に取り掛かれるのだ。

 届いた依頼書に目を通していると、いきなり執務室のドアが開く。

 案の定、怒った顔のナディアキスタが立っていた。教職のローブを(ひるがえ)し、ずかずかと執務室に入ってくる。


「ケイト! どういうことだ!」

「なんの事だ」

「とぼけるな! 昨日の討伐依頼に行ったついでに、ミイラの親指を取ってこいと言っただろう!」

「取ってきたろうが」


 ナディアキスタは例の親指を、私の机に投げつけた。


「手の親指じゃない! 足の親指だ!」

「ならそう言えアホ!」

「誰に向かってそんな事を!」


 喧嘩を始めると、廊下を歩いていた兵士が「またやってる···」とぼやく。「もう日課だよな」とすら言われる始末だ。


 尽きない文句と皮肉。それが終わるのは、誰がお茶を持ってくるか、エリオットが止めるかの二択。

 今日は新米の、女兵士がお茶を持ってきて終わった。


 ナディアキスタは一息つくと、「どうだ」と聞いてきた。

 私は意味がわからず、「何がだ」と返す。ナディアキスタはそっぽを向いた。



「自由になった気分は」








 ──ナディアキスタの運命を変えた後、メイヴィスが私を時間の中に閉じ込める前。

 彼が、自身の魔力で増強した『祈りの貝殻』願ったのは、『世界に真実をもたらす』ことだった。『祈りの貝殻』による荒業は、私の歪曲(わいきょく)された過去も、魔女の姿も、全て。人間の頭から、歴史まで幅広く塗り替えられた。


 魔女であるナディアキスタやリリスティア、トラヴィチカ。魔女の弟のメイヴィスとその弟モーリス、魔族のリコリスは、ナディアキスタの魔力のお陰で、記憶改変の影響は受けなかった。メイヴィスのお守りに閉じ込められた私やエリオットも、記憶を改変されなかった。


 だが、魔女のお守りとはいえ、いしにえの魔女の魔法道具が干渉出来なかったのは、魔女の中では不思議なことらしい。

 現在もリリスティアがその件を、ウキウキで調べているが、今だ解明されていない。




 私は彼の質問に、手元のお茶に目を移す。そこには、微笑んだ私が映っていた。




「最高の気分だ」




 嫌われていた大臣にすら身の上話を泣かれ、私を下に見ていた兵士達には今までの態度を謝罪された。

 騎士の立場も、領主の立場も、侯爵の名も······仲間も。全て守れた。

 渡した権利譲渡書は、メイヴィスとモーリスを筆頭に、使用人や知り合い全員から、全て返却された。私は持っていろと言ったが、皆が口を揃えて「二度と言うな」と言った。──誓約書まで書かされた。


 欲しかったものとはほど遠い。けれど、確かな幸せを感じていた。

 ナディアキスタは「そうか」と言うと、新たな討伐依頼を叩きつける。


「商人の国の近くでキマイラが出た。そろそろ(さそり)の尾のヤツが欲しいところだ。取ってこい」

「はぁっ!? 今日は新兵の訓練の予定だと、前々から言ってただろうが!」

「俺様だって、学校の仕事を休んで来てるんだ! 早く行け! いや、お前に任せたら、また違うものを取ってきそうだ」

「戦場は絶対お断りなんじゃなかったのか?」


 私が意地悪を言うと、ナディアキスタはふんと鼻を鳴らす。



「この俺様を、誰だと思ってる」



 その後に続く文言なんて、耳にタコが出来るくらい聞いてきた。

 偉大な魔女。高貴で傲慢で、慈悲深く尊い、自己中な俺様野郎。真の姿は、弟たちを守るために走り、自尊心の塊みたいな態度を取り続けた、底なしの愛を持つ優しい青年。

 知っているのは弟の他に、私だけ。

 けれど、わざと知らないふりをする。それが、私たちにとって、丁度いい距離感なのだ。


「ま、良いだろう。連れてってやる。その代わり、帰りにコルムの店に寄りたい」

「また窮鼠(きゅうそ)の肝入りドリンクか? 今月で何杯目だ? 上限は五杯までと約束しただろうが」

「まだ三杯目だ。ついでにナーガのミモザサラダも食べたい」

「その後にきちんと薬を飲むならいいぞ」


 剣を持って、私たちは外に出る。

 ナディアキスタがガラスの馬を出した。魔女の呪いに、見ていた者が感嘆を漏らす。ナディアキスタの手を取り、馬に乗った。


「さぁ走れ!」


 ナディアキスタが馬の腹を蹴った。

 その速さにやっぱり笑いが込み上げる。

 貴族とは思えない、豪快な笑い声が尾を引いた。ナディアキスタの笑い声も重なって、空まで響く。


『悪役』にハッピーエンドが訪れないのは、それはきっと、物語が間違っているのだろう。もしくは高潔な女騎士と、ふんぞり返った俺様魔女がいなかったからだ。


 今日も平和な世界が続く。だから私とナディアキスタは、喜んで危険に突っ込んで行くのだ。

 英雄が平和を望むのと同じように。────『悪役』らしく!

最後までお読み下さり、ありがとうございました。

後日、番外編『ケイトの誕生日』を書きます。もしかしたら番外編を増やすかも知れません。……リクエストがあれば。

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