155話 運命を切り開け!
【自死の剣】──他者を守り、慈しむがために、己すら斬り捨てる薄幸の星。古の魔女は、剣の魔法道具を空に隠す時、《星崩れ》が起きていることを知らなかった。だから、星が元に戻った時、力が反転したまま、空に残ってしまった。
古の魔女の魔法道具。七つの国に残されたうちの一つ。唯一、攻撃に特化した強力なもの。
その名は────
***
ナディアキスタが杖を振るう。無数の火の玉が、彼と同じ姿の敵を翻弄する。
鎌を振り上げ、胴ががら空きになった瞬間を、私が下から間合いを詰める。奴は後ろに飛び退くしか、避けることが出来ない。
ほんの一瞬、足が地面から離れた隙を狙って、ナディアキスタは魔法を打ち込む。
「魔女の魔法──『白狼の一閃』!」
杖の先から飛び出した氷が狼の姿に変わると、敵の首元に噛みついた。そのまま地面に押し倒し、狼は溶けて水に変わり、また氷となって凍てつかせる。
私は剣を祈るように持ち、敵の心臓を狙って突き下ろす。が、敵は凍った体を無理やり捻り、私の一撃を避けた。ナディアキスタが舌打ちをする。
やはり、物理や魔法では、ダメなのだろうか。そもそも星なんて、非現実的で、非物体的。ありもしないものを殺すなんて、不可能に近い。
けれど、玉座の彼を倒さなければ、ナディアキスタが無事ではない。
「おい、ナディアキスタ。私もお前も、力不足なんじゃないか?」
「何だと? 世界一強くて崇高なるこの俺様と、人間の姿をした厄災がわざわざ手を組んでいるんだぞ。力不足のはずがないだろう」
「お前が今の今まで生きてこられたのは、私に殺されるためだったんじゃないか?」
「ものすごく気のせいだな」
この状況下でも、ナディアキスタはまだ余裕らしい。
いや、そうでも無さそうだ。口元を手で隠した。作戦を練る時の、彼の癖が出ている。口ではああ言ったが、力不足と感じているらしい。
考えている間にも、玉座の彼は攻撃をしてくる。ナディアキスタを集中して狙う彼は、彼に座る者にしか眼中に無い。
ナディアキスタはシールドを張りながら、何とか策を練る。
私も考えを巡らせるが、どうしたものか、何も出てこない。
敵の背後に回り込み、ナディアキスタの援護に徹する。
しかし、敵は、私とナディアキスタ二人を、同時に相手取っているのに、鎌を器用に動かして、私の攻撃を受け流し、ナディアキスタの心臓を狙う。
受け流し方が、どうにも自分のやり方に似ている。まさか、この短時間で学習しているのか。
ナディアキスタも気づいたようで、少し焦りが見え始める。
ナディアキスタの動きに少しずつ、隙が生まれていく。玉座の彼も、それを見逃さない。私がカバーしても、ナディアキスタが一瞬でも隙を見せると、的確に狙っていく。
どうしたものか、どうしよう。
星を打ち砕く力なんて。運命を変える力なんて。私たちには無い。
「────あっ」
すっかり忘れていた。
力ならある。持っている。全て。
私はナディアキスタに目を向けた。ナディアキスタは苛立ったまま、私を見た。
「ナディアキスタ!」
私はわざと、剣を振り上げる。
ナディアキスタは分かってくれた。思いっきり後ろに飛び退いて、玉座の彼から距離をとる。
玉座の彼は振り向いて、私の剣を受け止めた。
受け流し、ナディアキスタに狙いを定め直すまでの、五秒間。その短い時間で、ナディアキスタは呪文を紡ぐ。
「『導きの靴』よ。幸せへと歩め」
私の足は、『導きの靴』を履く。
「『決意の羽衣』よ。信念を飾れ」
ボロ切れのような服が、真っ赤なドレスに変わる。
「『希望の石』よ。未来を望め」
リンゴの形をした石は、細かく砕けてドレスの装飾となる。
「『自由の腕輪』よ。力を操れ」
金色の腕輪が、私の手首にピッタリとはまる。
「『真実を映すもの』よ。真実を見極めろ」
魔法の鏡は、小さなネックレスとなり、私の首元に収まる。
「『祈りの貝殻』よ。奇跡を叶えろ」
白い貝殻は、私の髪を束ねる髪飾りとなった。
私は剣を掲げ、仕上げに移る。
銀の剣は、より一層の光を放つ。『呼んで』『私を呼んで』──そんな声すら、聞こえてくる。
「『生殺の剣』よ! 守る力を与えたまえ!」
他者を守り、己も守る。
慈しむだけが、与えるだけが愛ではない。
時に叱り、仲間をも斬る勇気。正しいことのために、犠牲を払う覚悟を決める。それが、歪と言われようと愛なのだ。
それこそが、古の魔女が残した、彼女の『高潔』。私はそれを、手にする名誉に心が震える。
剣を高く構え、胴をがら空きにする。
ヒールの靴で腰を落とし、グッと力を込める。
『──汝の、願いは』
祈りの貝殻が、私に囁く。そんなこと決まってる。
私はナディアキスタを模した敵を睨んだ。
敵も、魔女の魔法道具を纏った私を恐れた。
「魔女の魔法! 『妖精のいたずら』!」
玉座の彼が逃げようとしたが、ナディアキスタがカゴに閉じ込め、動きを封じる。鎌を構える隙も与えまいと、私は奴に向かって飛び出した。
────願え。
──────願え!
目がチカチカする。景色が綺麗だ。
空の青さが、心に染み渡って、自然と笑顔になる。それは、ナディアキスタも同じだった。
「ナディアキスタの」
剣が勝手に前に飛び出す。
敵は、恐怖で引きつった顔で、剣を見つめていた。
「運命を変えるんだぁぁぁぁぁ!!」
剣がまっすぐ、胸を貫いた。
玉座の彼は、耳を劈く悲鳴をあげて消えた。
カラン、と空虚な音を立てた王冠が、さらさらと砂に変わって消える。
──屍も、玉座も、もう残っていない。