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154話 運命に立ち向かう

 足裏がボロボロになって痛い。

 散々走り回って疲れた足で、屋根から屋根へと飛び移るのも、そろそろ疲れてきた。

 肩に担いだナディアキスタが「下ろせ!」と暴れるが、私は手を離さなかった。


「お前っ、下ろしたら殺されに行くだろ!」

「当たり前だ! 分かってるなら下ろせ! 馬鹿者!」

「分かってるから下ろさねぇんだよ! クソッタレ!」


 私はナディアキスタの腰を、ぎちっと強めに押さえて屋根を飛び移る。

 私の後ろからは、ナディアキスタの姿をしたモノが、鎌を振り回して襲ってきていた。

 私はとにかく逃げ回る。見た目以上に軽いナディアキスタを担いだまま、地上に下りる場所もタイミングも逃して。


 ナディアキスタは私の腕から逃れようと、じたばたと暴れるが、その度に私に尻を叩かれて大人しくなる。

 私はナイフを手のひらに包み込むように握り、振り向きざまに投げつけた。

 敵が鎌で防御した隙に、私は屋根から飛び降りる。

 向かいの壁を蹴り、店の(のき)に着地し、前転するように体を回して、地面に着地した。

 そしてしゃがんだ状態からぐっと足に力を入れて、道を駆け抜ける。


 空からでも見つかりにくい路地裏に入り、ナディアキスタを壁に叩きつける。ナディアキスタは不満げに私を見上げた。私は彼を、睨み下ろす。


「言いたいことは山ほどあるし、お前がやろうとしてる事の理由も、気持ちも、理解出来る。だから今、私は自分が腹立たしいし、お前にも苛立っている」

「だから何だ。お前の下らん気持ちの整理のために、この俺様に話を聞けと? それとも一発殴りたいのか?」

「······諦めないでくれよ」


 ナディアキスタは、私に手を差し伸べてくれた。

 ナディアキスタは何度も私の様子を見に来てくれた。

 困ったことがあれば、相談に乗ってくれた。辛かったことも励ましてくれた。

 彼は、私以上に生きている。そして、誰よりも人間らしく、慈悲深い。だからこそ、そうすべきだと決断したのだろう。


「星を壊せば、俺様の運命星は無くなる。仮に星を失っても、俺様が生きていても、体に遺された弟たちの寿命が無くなったりはしない。分かるか、お前なら。生き続ける痛みが、苦しみが」

「分からない」


 だって、私は生きる道を歩んだ。

 苦しみも悲しみも、全部背負って生きる道を選んだ。

 死にたいなんて、考えたことも無い。



「私は。私にはお前がいたから。生きたいと願ったんだ」



 だから私も、彼が生きようと思える何かを、与えなくては。


「星なんて空にあるだけのもの。星が崩れたから何だ。椅子に殺されそうだからなんだ。お前、『家具に押し潰された』なんて死因でいいのか! 弟達に笑われてしまえ!」


 ふと気配を感じ、私はナディアキスタを庇うように地面に伏せる。

 私の頭上スレスレを鎌が走り、背筋が冷えた。

 いつも間にか、玉座の彼が、目の前にいた。私はナディアキスタに言った。


「お前が助かることを諦めるなら、私は絶対に諦めない。お前が私の運命を変えると言ったなら、私はお前の運命を変える。お前が弟たちに不安を感じるなら、許されたいと願うなら、その杖をきちんと握れ」


 私はナディアキスタを守るように、敵の前に立つ。

 ナイフも無い。鎌なんて攻撃範囲の広いもの相手に、戦えるものは己の拳だけ。それでもいい。──それだけでいい。



 私は血だらけの足で壁を走り、敵の背後を取った。

 こちらを振り向かないうちに、私は鋭い蹴りを奴に放つ。だが、敵は私の蹴りをサッと飛び避け、鎌を振るう。

 私は鎌の側面を叩いて軌道を変え、力を受け流す。

 持ち上がらないようにその上に乗るが、思ったよりも馬鹿力なようで、玉座の彼は私ごと鎌を持ち上げた。


 本当ならしたくないのだが、私は鎌の柄を滑り、右手で彼のこめかみを、左手を顎の側面を叩く。

 ゴキッ! と骨が折れる音がして、彼の首は有り得ない方向に90度曲がる。

 これが普通の人間なら死んでいるが、やはり人ならざる者。バキッ! と音を立てて、首を元の位置に戻す。


「やっぱりダメか」


 奴は鎌をゆっくり振り上げ、縦に振り下ろす。私は避けようとしたが、すんでのところで避けきれず、左胸に傷を負った。

 思いのほか傷が深く、血はどくどくと流れ出す。私が膝をつくと、玉座の彼が、『愚かな』と語りかけてきた。


『お前が立ち向かって何になる。誰のためにもならない。自分のためにすら』

「ふざけたことを抜かすなよ。私の行動を、お前が決めることじゃない」



『お前には何も出来ない』



 その言葉を、私は鼻で笑った。

 私は立ち上がる。


「お前は、私が誰かを知らないようだ」


 胸から溢れてくる熱。それは、血液とは違う。

 熱い、熱い。それはまるで、今しがた、打ち鍛えられているような。

 ──剣の、熱。




「我が名はケイト・オルスロット! オルスロット公爵家当主にして、騎士の国、ムールアルマの騎士団が副団長! 裏切りの椿の名を冠した──」




 血に混ざって手のひらに当たる、触りなれた感触。

 ぎゅっと握り、それを引っ張り出す。少しばかりの痛みはあるが、胸から現れたのは、それはそれは美しい銀の剣だった。




「──【自死の剣】である!」




 ***


 昔々の物語。

 忘れ去られた魔女の話。

 七つの国を創った魔女のうち、騎士の国を創った魔女だけが、魔力が異様に少なかった。

 彼女が使える呪いは一年に一度きり。そのため彼女は、誰よりも物理攻撃が強かった。


 ある日彼女は考えた。

『強い剣を創れば、魔法を使わずともいいのではないか?』と。


 彼女が住む森は、魔物がそこそこ多かった。だから彼女は毎日のように戦いを強いられていた。

 魔法が使えない彼女に必要なのは、強い武器だった。


 そしてその剣を創り上げるためだけに、彼女は魔力を溜め込んだ。

 溜め込んで、溜め込んで、溜め込んで──。

 長い生涯の果てに、彼女は一本の剣を生み出した。

 けれど、彼女の寿命もその時尽きた。


 彼女は死に際に、残りの魔力を使い、魔女を迫害する者たちから剣を隠した。



『強い意志を持ち、高潔な心の守護神にのみ、この剣を与えよう』



 剣は消え、空へと昇る。魔女は微笑み、力尽きた。


 ***


 幾千もの月日を、空に守られた剣。

 守護神となる者を導き、《星崩れ》によって顕現した剣に、ナディアキスタは息を呑む。

 私は剣を握り、「ナディアキスタ!」と彼を呼びかける。


 意味もなく高ぶる鼓動と、チカチカする景色。

 あぁ、こんなにも楽しいなんて! 嬉しいなんて!

 言葉に出来るなら、これは一体何と言えばいいだろう。

 ナディアキスタも同じ気持ちらしい。呆然としていた彼は、立ち上がると、私の隣に立つ。

 お互いに拳を合わせて、堪らず笑った。




「「運命を変えるぞ!!」」

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