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153話 騎士のナイフと魔女の杖 2

 ようやく見つけたピンクの屋根の家。

 騎士の国にピンクの屋根の家なんて無い、と思っていたが、まさか亡き母の実家だとは思わなかった。


 子爵令嬢だった母を、父が射止めた話は何度も聞かされた。

 私は懐かしみながら門の前にヒールの靴を描く。


「しかし、母君の家か」

「ああ。狩りの途中、父が母を獲物と間違えて肩を射抜いた話は、幼い頃から何度も聞かされた」

「血筋を感じるな」


 ナディアキスタは私を見下ろしながら言った。

 そう、父が母を射止めた話は物理的な意味である。

 後に回復した母に、完膚なきまでに叩きのめされるまでがセット。

 この親にしてこの子あり、なんて何度も思ったものだ。


 しかし、絵を描いたはいいが、私はナディアキスタに何も聞かされていない。ナディアキスタにチョークを返すと、彼はにやりと笑った。


「さて! 多すぎるスケルトンを一気に片付ける、最大級の(まじな)いの準備が整った!」

「はいはい。で、私は何をすればいいんだ?」

「お? 随分と乗り気だな? ははーん。ようやくこの俺様の偉大さを知ったか」

「どうせ巻き込まれるくらいなら、自分から絡んでったって、同じだろうなって」

「まるで俺様が迷惑製造機みたいな言い方を!」

「おう、ようやく自覚したか」


 ナディアキスタは私のつま先を踏もうもする。私はサッとそれをかわした。

 ナディアキスタは舌打ちをした。


 ナディアキスタは箒を呼ぶと、それに乗って空へと飛んでしまう。

「早くついて来い!」と叫ぶナディアキスタに「ぶち殺す」と返事して、私は地面を走る。

 途中でスケルトンを踏み潰すついでに踏み台にし、壁を駆け上がって屋根に登る。

 平民の住宅地は密集してるため、意外と飛び越え易いし足場が良い。

 私がようやくナディアキスタに近づくと、彼は私を引き気味に見て「猿かよ」と呟いた。

 やっぱりもっと早くに首を斬っておくべきだった。


 ナディアキスタは杖を握ると、指揮棒のように軽やかに振った。



「迷子になった私を、誰が見つけてくれるの?」



 歌うように、尋ねるように、彼は呪文を口にする。その瞬間、私は『合わせなければ』と直感した。



「教えて私の帰る場所 教えて私の行くべき所」

「蒼き月の腕の中 獣と共に野を駆けろ」



 国の東側が光り輝く。



「ちょっとした知恵 ちょっとした勇気」

「星流るる川の側 輝く明日を(こいねが)え」



 国の西側が光り輝く。



「助けて西から悪魔が来る 教えて私に心の暖かさを」

「未来輝く人の子よ 椿の花弁の寝床」



 国の南側が光り輝く。



「導け私の在るべき場所へ 偉大なる魔法はどこまでも続く」

「花の香りに身を委ねろ 生まれゆく旅路に思い馳せろ」



 国の北側が光り輝く。



「いつまでも響く魔女の歌よ 哀れな者たちに慈悲の灯火を!」

「後ろ見つめる哀れな御霊 騎士の輝きにて導かん!」



 ナディアキスタは左手で円を描いた。私は右手で円を描いた。

 同時に生まれた二つの光は、クルクルと螺旋を描いて空へと昇る。

 ナディアキスタは杖を優雅に振りながら、くるん、と回る。そして、突き上げるように、空に杖を振り上げた。

 私はナディアキスタに合わせるように、ナイフを空に掲げた。


「魔女の(まじな)い」



「「『流星葬送曲』」」



 私たちの言葉が重なると、空へと昇った光は弾け、流星群のように地上へと降り注ぐ。

 光はスケルトンたちだけを包むと、銀色の粒子となって消えていく。

 空から注がれる光を眺めながら、ナディアキスタはナイフをしまう。すとん、と腰を下ろし、キラキラと輝く地上を見下ろした。

 私はナディアキスタの隣に腰を下ろす。


「これもオリジナルか?」

「当たり前だ」


 ナディアキスタはふんぞり返った。けれど、解説も自慢もなく、無表情に戻って、また地上を見下ろす。様子がおかしい彼に、私は気づかない振りをした。

 少しすると、ナディアキスタはローブの裾を握った。


「このスケルトンは、俺様の星【屍上の玉座】から出てきた魔物だ」

「そうだな」

「それを葬ったとなれば、俺様の星が崩れる。なんせ積まれていた屍が、無くなったんだからな」

「······それは、何を意味するんだ?」


 聞きたくないな、なんて言える雰囲気では無い。

 ナディアキスタは私の質問に答えず、「幸せになれ」とトンチキな事を返す。


「魔女の魔法道具。あれさえあれば、ケイトの人生は好転するだろう。全部揃わなかったのが、心残りだが」

「おい、辛気臭いこと言うなよ。あれは、お前の運命を変えるために集めてたもんだろうが」



「お前は運命を変えて「うるせぇ黙れっ! それ以上喋ったら舌を切り刻んでやる!」



 乱暴な物言いしか出来なかった。

 耳を塞いで、聞かないようにした。ナディアキスタはぐっと、言葉を飲み込んだ。


 屍を無くした玉座なんて、ただの椅子。

 持ち主がいた【屍上の玉座】は《星崩れ》で力が反転する。屍を放つ椅子は、持ち主をどうするだろうか?


 答えなんてすぐに分かる。座っていた者を守っていた椅子は──



「ッ!」



 私は立ち上がり、ナイフを構えた。ナディアキスタは座ったまま、そこから動かなかった。

 私は感じたことの無い怖気に、歯をカタカタと鳴らす。


 遠くから黒い煙が渦となって屋根に降り、その煙の中からは小さな王冠をのせたナディアキスタが現れた。

 本物とは違う、赤い目の彼は、死神のように大きな鎌を持っていた。

 私は背筋が凍った。玉座に座る者を守る椅子は、反転した。



 今あの椅子は、座る者を殺すのだ。



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