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151話 手を取り合って

 メイヴィスが言っていた、例の空き店舗。

 私はその前に立ち、息を整える。

 まだ掃除も改装もしていない店のドアに手のひらを重ねた。




「······早く抜けろっ。············早くっ! 弟の寿、命を、無駄に、するっ、な!」




 店の中からナディアキスタの荒い息と、焦る声がした。

 私はグッと、唇を噛む。

 ナディアキスタは怪我をしているとは聞いた。かなりの重傷を負ったらしい。隙間から漏れる血の匂いと、声色から測る彼の容態。


 ナディアキスタの弱々しい声は、久しぶりに聞いた。

 きっと、自分の星が起こした騒動も相まって、自分を責めているのだろう。モーリスとメイヴィスによく似ている。いや、あの姉弟がナディアキスタに似ているのか。


(どうせ、自分がいなくなれば。自分が死ねば······なんて、くだらないことを考えているんだろうな)


 そう思うと、怒りのような、哀れみのような。言葉にならない感情が込み上げてくる。

 気がつけば、ドアを壊す勢いで開けていた。

 四角い光に照らされて、私の影の前に座るナディアキスタは、胸に刺さった矢を握ったまま、こちらに振り向いた。



「よぉ。ヘナチョコ魔女」



 私は仁王立ちのまま、彼に声をかけた。ナディアキスタは安心したような、驚いたような顔で、私を見上げている。


「お、前······なんで」


 ナディアキスタが口をはくはくさせてそう聞いた。だから私は、彼の胸に刺さった矢を掴んで、ズボッ! と引き抜いた。


「さっきはよくもやってくれたな」

「うぐっ、······ぅ、その為に、来たというのか」

「愚か者〜とかそういう罵倒は、リリスティアから(たまわ)ってるんでな。別の言葉で頼む。ま、それどころじゃないんだがな」


 私は通りの悲鳴が減らないことに、少し焦っていた。

 今すぐにでも、エリオットやモーリス達と合流したい。が、ナディアキスタを放って置くことも出来ない。


 ナディアキスタは、さっきまで穴の空いていた胸をさする。私はため息をついて、矢を捨てた。


「──行くぞ」


 彼に慰めなんかいらない。

 彼に同情なんかいらない。

 必要なのは、ちょびっとだけの勇気と──······




「運命変えんだろ? そこでぴぃぴぃ泣いてるつもりか? 泣き虫傲慢口だけ野郎」




 ······──ありったけの皮肉。



 ナディアキスタはにぃ、と笑うと「ほざけ」と返した。


「この俺様が逃げるとでも思っていたのか? お前と一緒にするな! 俺様は高貴な魔女だぞ! この世で最も偉大な魔女だ! 次また俺様を(けな)すことがあれば、お前の舌を切り刻み、耳を削ぎ落とし、目をほじくってやるからな!」

「はっ、その意気だ。行くぞ」


 私とナディアキスタは空の店を出る。

 大通りを見据えて、二人で笑った。


「久々の戦場だ」


 ***


 逃げ惑う人々で今だ混乱する大通り。

 モーリスとメイヴィスの伝言を受け取ったエリオットが、兵士たちに指示を出すが、スケルトンの群れに襲われて、避難が進まずにいた。

 モーリスとメイヴィスが対応してもしきれない、骸骨共の行列は、戦う力のない人々にその刃を振るう。


 兵士たちが避難させても、勝手に屋内から出てくる人もいて、中々誘導が上手くいかない。

 エリオットは苛立ったように髪をぐじゃと握った。


「ああもう! 外に出るなと言ってるだろう!」


 そんなことを叫んでいる。だが、そんな子供でも出来ることを、愚かな騎士の国の民には出来ない。



 軽快な靴音が二つ、並んで走る。



 モーリスが一番最初に気がついた。



 ナイフと杖が、それぞれの方向を切り裂く。



 メイヴィスがふふ、と笑った。



 ゴミ箱、近隣の家の壁を踏み台に、空から舞い降りる二人の影。



 エリオットが目を見開いた。



 私の新緑の髪が、ナディアキスタの藤色のローブが、天使の羽のように広がり、ふわりと落ちる。


「ケイティ······ナディアキスタ殿······」


 エリオットのま抜けた声が、背後から聞こえた。


「二人とも、どうし──」




「「ふざっけんなよお前ぇぇぇぇ!」」




 地獄に響き渡る罵声──!!




 今の私たちに、周りの様子なんて眼中に無い。

 お互いを睨み、怒りを包み隠さず、お互いに中指を立てる。


「今の動きは絶対必要なかったろうが! お前は逆方向に走れやぁ!」

「俺様に指図をするな! だいたい、お前が左に行けば良かっただけの話だろう! 数の多い方を、物理攻撃に長けた方が行くのが鉄則! それすらも分からんのか!」

「お前自分をあれだけ『偉大』だの、『崇高』だの持ち上げといて、しれっと人に押し付けんな!」

「雑魚の相手は雑魚がしろ!」

「なら最初にお前を殺してやる!」


 私とナディアキスタの間に腕を入れて、エリオットは呆れた表情でため息をついた。


「ストップ。今大変な状況なんだ。喧嘩しないで」


 エリオットに止められ、私はナディアキスタに舌を出す。ナディアキスタも同じような事をしていた。


「ケイティ〜? 君は安全に逃がしたはずなんだけどなぁ。なんで帰って来ちゃったの」

()()()? あんなふざけたマネを、安全と思うのか。それにな、国の惨事を一介の騎士が、知らん振りするわけにいかないだろう」


 私の言葉に、エリオットは一瞬目を見開き、呆れたように笑う。


「······君は最後まで、君のままだ」

「ふざけてる暇はないぞ。エリオット、お前には伝言を預けたはずだろ。何で進んでいない」

「意外と情報の伝達が進まないんだ。屋内に避難させた人が出てきてしまうし、スケルトンが多すぎて、兵士たちで情報交換が出来ないんだ」

「兵士たち全員に避難誘導の優先を、お前が直接指示しろ。屋内に逃げた奴らが出てくる問題は、こっちで何とかする」

「スケルトンは? それこそ軍隊のような数だ。数えられないくらいだよ。それを、君とナディアキスタ殿、二人だけで相手にする気?」


 国内全体に広がるスケルトンの軍勢。

 今もあちこちで被害が及んでいる。兵士たちだけでは絶対に足りない。



 けれど、それこそ『燃える』だろう。



「おい、誰にもの言ってんだろうな。ナディアキスタ」

「ああ、馬鹿だ阿呆だとは思っていたが、本当に分からないらしいぞ。ケイト」


 私とナディアキスタは互いに目配せをする。

 拳を合わせて、意味ありげに口角を上げる。エリオットに振り返り、私たちは微笑んでみせた。決して、正義とは言えない微笑みを。



「私は騎士だ」

「俺様は魔女だ」



「「この程度、出来なくてどうするんだ?」」



 エリオットは「頼もしいなぁ」と、困り顔で笑う。ナディアキスタは「さっさと行くぞ」と、ローブを(ひるがえ)した。

 私はナイフを握って、彼の隣をついて行く。

 ······最後まで、私らしく振舞おう。

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