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15話 侯爵の一日

 騎士の訓練場。城の敷地の端にあるそこは、とても頑丈な造りの建物だ。

 武器庫や馬屋も近くにあり、外でも中でも、大人数で活動するのに十分な広さがある。


「新規向日葵(ひまわり)兵! 集合!」


 私が号令をかける。初々しい顔の、真新しい鎧を着た兵士たちが、ぞろぞろと私の前に横隊を作った。


 ムールアルマでは年に四回、新兵を募る。

 春に入った新兵は『水仙』、夏は『向日葵』、秋は『桔梗』、冬は『柊』とそれぞれ花の名で呼ばれている。

 ──新兵は基本二年制で、前年の同じ時期の兵士は『前期〜兵』と呼んで区別している。──


 今日の仕事は新兵の訓練だ。本当は私の担当ではないが、担当兵士が商人の国の警備任務でいないとかで、私が代わることになった。


 ······のはいいのだが、明らかに態度が違う。

 前に訓練の視察をした時は、皆ピシッと背筋を伸ばし、返事も揃っていた。が、ダラダラと歩いてくるわ、点呼も雑だわでどうしようもない。

 上司の前だというのに、ヒソヒソと話し声が聞こえるし、私をジロジロと舐めまわすように見て、にやける兵士もいる。


(これだから野郎共は)


 すでに怒り心頭だが、深呼吸して自分を落ち着かせる。入団したばかりの彼らを怖がらせないように、柔らかい笑顔で、彼らを注意する。



「随分と、集まるのが遅いですね。号令が掛かったら一分以内に整列・点呼・報告を済ませ──「あーはいはい。分かってますよ」



 私の言葉を遮り、だらしのない返事をする新兵がいた。私は威嚇しないように一呼吸置くと、「発言した新兵は?」と尋ねる。


 列の中からその新兵が前に出ると、これまただらしのない立ち方で私を見下ろす。

 私はそれでも怒らないように気をつけた。


「新規向日葵兵。名前は?」


「どうだっていいデショ。名前なんか」


「······マリアム・テレムキンですね。試験をトップで合格した」


「なぁんだ、知ってるじゃないですか。俺そんなに有名ですか?」


「これは態度が悪いですね。あなたのような新兵は、見慣れてますの。躾がいがありますわ」


「それよりさぁ、副ダンチョ様。あんたが『裏切りの椿』ってのほんとですかァ?」


 もう既に刺したい。殺したい。ひと思いに首を手でねじ切って新兵の前に差し出してやりたい。それでもぐっと堪えていた。私はなんて偉いのだろう。


「今は関係ない話ですよ」


「あっ、ホントなんだ。当主になりたいからって、家族を殺した残忍な人。皇后になったアニレア様さえ手にかけたんでしょ?」


「······口を慎みなさい。それ以上言ったら、五体満足でここから出られませんよ」


 これでも私は堪えた。本当に褒めて欲しいくらい我慢している。

 正直、腰にかけた剣を引き抜いて、そのまま袈裟斬りにしてやりたいし、そもそも人だったのかどうかさえ分からないくらい細切れにしてやりたい。

 しかし、副団長としての威厳や評判がある為、やりたくても出来ない。


 マリアムは気持ち悪い笑みで、私の耳元で囁く。


「副ダンチョ様って、いい体してますよね。変な噂、流されたくないでしょう? 黙ってて欲しかったら、俺と()()()くださいよ。カンタンじゃないですかぁ」


 奴は鎧越しに私の胸に手を伸ばした。

 新兵達はマリアムの行為に顔を赤らめつつも、目を離さなかった。

 私はふぅ、と息を着いた。



 ──やっぱり、我慢しない。



 私は鎧越しにマリアムの腹を殴る。

 鎧という分厚い壁、さらに男に比べたら非力な女の拳。圧倒的に不利な条件だというのに、マリアムは吹き飛ばされて、新兵たちをなぎ倒して倒れた。

 私は剣を抜くと、新兵たちが開けた道を歩き、腰を抜かしたマリアムの前に立つ。思い切り剣を振り上げると、マリアムは情けない面を晒して悲鳴をあげた。

 私は、それを無視して剣を振るう。



 ──鎧が裂けた。

 真っ二つに割れた鎧の下、鎖帷子(くさりかたびら)さえ穴が空く。

 その威力に、新兵たちの顔色が青くなる。

 私は剣の腹で、マリアムの顎をくいと上げた。



「新兵の分際で、上司に生意気な口を聞いたばかりか、女を侮辱する真似をした。騎士の高潔なる魂を貴様のような輩が汚すのは我慢ならない。女だから自分でも勝てると思ったか?」


「────ッ!」


「『裏切りの椿』だから、何をしても許されると思ったか?」


「────ッッ!」


「試験をトップで合格したくらいで、私よりも優れていると思ったか?」


「────ッッッ!」




「おいおい、手前の口は何の為にあるんだ! 『はい』か『いいえ』くらい答えてみろよ! 私よりも上だと証明出来るから、舐めた口を聞いたんだろ!? 尊大な態度を取ったんだろ!? 言ってみろっつってんのが聞こえねぇのか!」




 私が叫ぶと、マリアムはグズグズと泣き出し、あろうことか失禁した。新兵仲間はマリアムを引き気味に見下ろし、離れていく。私は剣を鞘に納め、ふぅ、と息を整える。


「──まぁ、躾はこの程度にしましょう。脅すのはあまり好きではありませんので。罰を与えて終わりにします」


 私は優しく微笑む。マリアムの表情も、少し緩んだ。




 ──バキッッッ!!




 私は無言でマリアムの両足を折った。

 マリアムは、痛みのあまりに喉を裂く悲鳴を上げる。私は仰向けで暴れるように痛がる彼の鎧から、向日葵のバッジを剥ぎ取った。それを片手で握り潰す。


「貴方を追放処分にします。二度と騎士にはなれないと思いなさい。そこの二人、彼を門の外に()()()()なさい」


 私が命令すると、新兵がマリアムを引きずって外に出ていく。

 しんとした訓練場に、私は今一度、「集合!」と号令をかけた。今度はピシッと背筋を伸ばし、キビキビとした行動で集合した。

 私は新兵たちの態度を「素晴らしいですわ!」と褒めた。


「三十秒以内に、整列も点呼も終わりましたね。今期の新兵はきっと強くなり、国を支える力となるでしょう」


 私の言葉に、緊張していた兵士たちの表情が緩む。

『なんだ。怖い人じゃないじゃないか』──そんな風に思っているのが目に見える。

 私は令嬢としての微笑みを保ったまま、低い声で言った。




「何で今の行動が、最初に出来なかったんだ」




 そう言った瞬間、新兵たちの空気が一気に緊張する。

 張り詰めた空気の中で、私は冷たい目で彼らを()め回した。


「ダラダラ歩く、点呼もまともに出来やしない。前に視察に来た時は出来ていただろう。上官が違うからか? それとも『女だから適当でもいい』と思っていたのか?」


 私が問いかけても彼らは返事をしない。


「一応言っておくぞ。『弱きを守る盾となり、国を支える剣となれ』これがムールアルマ騎士団の信条にして、誇りだ。試験にも出ただろう? それが守れない奴は、騎士団から容赦なく退団させる。騎士になったからといって、他者に優劣をつけることも、己を過信することも許されない。今退団させられた奴と、同じようなことを一度でもしてみろ。あれよりもっと酷い目に遭った上で、退団することになるぞ」




「分かったら返事をしろ!」

「「「はい! 副団長!」」」




 新兵に敷地内十周を言いつけ、ようやく訓練が始まる。

 もう既に、私は疲れていた。


 ***


「──······ト·········イト······ケイト············ケーイートッ! 大丈夫か?」


 オルテッドに声をかけられ、私は我に返った。手元を見れば、オルテッドが淹れてくれたコーヒーはすっかり冷めてしまっている。

 オルテッドは不安そうに私の顔を覗いては、手を振っていた。


「森に来てからずっと上の空だな。もしかして疲れている時に呼んだか? すまないな」


「あ、ああいや、オルテッドは何も悪くない。ぼうっとしていてすまなかった。せっかくのコーヒーも」


「いや、気にしないさ。それより顔色が悪いな。平気か?」


「ああ、何ともない。で、何だったか」


 オルテッドは心配そうにしつつ、私の前の席に座る。オルテッドの家で、テーブルを挟んで、二人でコーヒーを飲んだ。


「森の収入源の話だ。この森は、野菜や小麦粉を騎士の国に売って、何とか収入を得ていたんだが、行商管理局に『違法商売』だと言われてしまってな。騎士の国で商売が出来なくなったんだ」


「行商管理局か。手続きはしていたのか? 荷車と商品内容を登録すれば、商売出来ただろう」


「いいや、荷馬車コードの発行と、所属国がどこでも無いから、登録出来ないんだ。それに、『赤切符』を切られたから、騎士の国で本当に商売出来ない」


『赤切符』とは、行商管理局によって発行される『違法商売認定カード』のことだ。赤切符を切られる前に、注意勧告が来るはずだが、稀に勧告無しで赤切符になることがある。違法行為に緊急性がある場合だが、恐らく商品内容に問題があったのだろう。


「商品内容は?」


「主に野菜と、小麦粉。あとは綿糸の反物と醸造酒だ」


「あー、なるほど。酒か」


 ムールアルマは酒類やタバコの規制が厳しく、貿易取締局保険課で食品検査を受け、検査をクリア出来た物だけが売買出来る。

 それを認可なく売ったとなれば、注意勧告無しで赤切符間違いなしだ。

 それを説明すると、オルテッドは「そうだったのか」とショックを受けた。


「まぁ、酒は食品検査を受けて認可もらえば売れるし、赤切符も罰金と取り下げ申請すれば、二ヶ月後に商売出来る。そしたら手続きをすればいい」


「そうか。安心したよ。だが罰金を払うだけの財源はないし、二ヶ月も商売が出来ないのなら、森の皆が生活出来ない。騎士の国に構えた店も一軒だけだ。そこ以外に収入がないんじゃ、本当に飢えてしまう」


 むしろ国に店があるのか。

 私は記憶の中で店を探すが、それらしい店は見たことがない。でも、オルテッドが言うなら、本当なのだろう。

 オルテッドの困った様子に、私は一つ提案をした。




「かなり荒手というか、必殺『スズラン行商』っていう手がある」




『スズラン行商』は、国を定めない流浪の行商だ。

 国を問わず商売が出来る反面、規則が普通の行商よりも厳しくなる。

 事前に訪れる国に商売認可申請をして、許可がないと商売出来ないし、入国するときにも、その商品が申請内容と同じかどうか、検問所でくまなく確認される。

 その代わりに貿易と違って関税が掛からないし、量に制限はあれど、商品内容に『タバコ・ハーブ類の検査必須』以外の制限がほぼないから、扱う商品ほ幅は広がる。


「ケイト、赤切符を切られたばかりだ。申請すら出来ないんじゃないか?」


「ああ、ここじゃ出来ないから、隣国で申請をするんだ。ここからだと、商人の国か真珠の国、もしくはガラスの国になる。スズランの空きがまだあったはずだ。そのどこかで申請して、赤切符の取り下げが済んだら、荷馬車登録すればいい」


「かなり荒手だな。申請を早めるとかは出来ないのか?」


「······赤切符の内容が『規制商品の販売』だから、醸造酒の検査して異常がなければ、注意勧告に変更で済むかもしれない。でも、火竜の国程じゃないにしても、うちの国は厳しいからな」


「そうか······」


 頭を抱えるオルテッドの姿に、私は同情の念を抱く。

 だが規則違反の商売をしたのだからどうしようもない。

 私は悩みに悩んだ結果、「収入は乏しいだろうが」と前置きした。


「毎週平日に夕市がある。夕方五時から七時までの二時間だが、週末のみ開催する朝市と違って規制が緩い。時間が短いからな。色々と露店が出るから荷馬車は使えないが、小さめの荷車を押して参加するといい。二ヶ月の間なら多少食いつなげるだろう」


「なるほど。ちなみに罰金はいくらするんだ?」



「ざっと四十五金貨(レール)


「稼げないなぁ〜〜〜」



 騎士の国では、平民のひと月の生活費が平均三十金貨だ。罰金はちょうど1.5倍の金額になる。魔女の森の生活費は一家十三金貨がいいところだ。ひと月で到底稼げる金額ではない。

 オルテッドは少し悩むと、「悪いが」と言って頭をかいた。私はすぐに察する。


「罰金は私が出す。そのついでに荷馬車コードと所属国登録するから、後でその荷馬車の大きさとタイプを確かめさせてくれ。オルテッドは夕市参加申請を。二ヶ月間はそれで何とか稼いでくれ。足りなければ私が何とかする。夕市の申請は参加人数と、商品内容さえ記入すれば、簡単に申請出来る。あとは夕市前の検査に通ればいい」


「──本当にすまない。感謝するよ。夕市の申請はどこですればいい?」


「行商管理局の市場係。国に入ってすぐのレンガの建物だ。いろいろ相談にも乗ってくれるから、じっくり話して決めるといい」

「ああ、わかった」


 私はコーヒーを飲み干し、時計を確認する。

 もう四時半を過ぎていた。六時には執務がある。そろそろ屋敷に戻らなければ。剣の手入れもある。


 私が席を立つと、オルテッドは心配そうに見送りをしようとする。


「ケイト、侯爵になってから忙しいだろうが、その······。きちんと休養は取るべきだ」


「いいや、まだ生活が安定してないんだ。休んでいる暇はない。気持ちだけ受け取っておく」


「でも、本当に顔色が悪いぞ」


「睡眠と食事さえちゃんとすれば何とかなる」




「なるわけないだろ! この大馬鹿者め!」




 オルテッドの家を出た瞬間、ナディアキスタが怒鳴った。私は不意を突かれて肩を跳ねさせる。

 反射的に剣に手を伸ばすが、ナディアキスタの手で剣を押さえつけられた。


「偉大な魔女に傷をつけられると思うなよ」


「何か用事でもあるのか? 私はもう帰るぞ」


「いいや、俺様には大事な用事がある。まだ帰すわけにはいかない」


 ナディアキスタはふん、と鼻を鳴らすと、オルテッドを睨みつけた。


「言ったはずだぞ。偉大な俺様の言ったことすら忘れたか?」


「······ああ、はいはい」


 オルテッドは何か思い出すと、ナディアキスタの頭を撫でて部屋の奥へと入っていく。ナディアキスタは私の腕を掴むと、自分の小屋の方に無理やり連れて行った。

金の単位は


一金貨=一万

一銀貨=一千

一銅貨=百


のガバガバ計算しています。

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