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148話 魔女の悪あがき

 他人のために、自分の命を諦めた──?


 ナディアキスタは憤慨(ふんがい)した。

 危険にさらされた仲間のために、自ら死を選ぶその行動は良い。

 きっとナディアキスタも、同じ状況なら、同じ選択をする。実際にした。

 けれど、ナディアキスタはケイトと同じ状況下に置かれた時、一つ後悔したことがある。



 力と知恵、どちらもある者に助けを求められなかったことだ。



 あの時は、重傷のオルテッドを優先させた。今思えば鍵なんて、いくらでも探す方法があった。

 今回のケイトも同じだ。

 助かる方法はいくらでもある。だが仲間に気を取られ、自分の足元に落ちている手段に目がいかない。

 全員が助かる方法なんていくらでもある。のに、それに気づけない愚か者になっている。







 ナディアキスタは、特殊なインクを使った手紙一枚一枚に、赤い封蝋をしていく。手紙に呪文を吹き込んで外に飛ばすと、手紙は鳩に変わって空を羽ばたいていった。


 あとは誰に手を借りようか。

 あとはどんな(まじな)いを使おうか。


 ナディアキスタはきちんと並べた魔女の魔法道具に目を落とす。



「······こんなことに、使うとはな」



 (いささ)か不満だが、悪い気はしない。

 ナディアキスタはケイトの処刑日をカレンダーで確認する。

 赤く付けられた四月二十四日に、ナディアキスタは不敵な笑みを浮かべた。




「フフ、哀れな小娘を助ける、優しい魔女の出番だな」




 優しさを煮詰めたおとぎ話とは違う、悪役らしい表情だった。


 ***


 殺意に満ちた目と、喉元に突き立てられる言葉。

 浴び慣れたそれを一身に受けて、ナディアキスタは笑っていた。

 エリオットは聞いていた話と全く違う状況に困惑している。ナディアキスタは「大変だな」と彼を笑った。


「いきなり魔女が現れて、死刑囚がいなくなった。あぁ、可哀想に。面倒な()()()が増えたなぁ」

「っ!? 最初からそれを狙って······!!」


 ナディアキスタはケラケラ笑うと、ガラスの棒をまた振り回す。

 さっきの猫騙しとは違う、今度は本当の魔法だ。


 自分が逃げ出すための、大きなイタズラ。


 騎士団が駆けつけ、ナディアキスタに銃を向ける。

 ナディアキスタは浅はかな奴らを嘲笑(あざわら)った。


「魔女ひとりのために民衆を危険に(さら)すのか! 流石は温情な団長と厳格な副団長に育てられた騎士団だな!」


 ナディアキスタは断頭台の裏から狙う銃口は、ナディアキスタは急所を向いている。このまま発砲すれば、ナディアキスタも民衆も、エリオットすら怪我(けが)をすることになるだろう。──怪我で済めばいいが。


 ナディアキスタはチラとエリオットを見る。

 ナディアキスタに騙された彼は、ナディアキスタを睨んだ。


「ケイティを助けるから協力しろと言ったのに。だから手を貸したのに君って奴は!」

「······魔女を簡単に信用する方がいけないんだ。だから利用される」

「そんな言い方······。っ、そうか。おのれ(よこしま)な魔女め! 国の守護女神を(おとしい)れたこと、後悔するがいい!」


 エリオットはナディアキスタの思惑を汲み取り、剣を抜いた。

 ナディアキスタは瞳孔を全開にして笑うと、ガラスの棒を横に振る。


 エリオットの体がくん、と動いて断頭台から落ちる。

 銃兵を押し潰したのを確認すると、ナディアキスタは空に手を伸ばして箒を呼び寄せた。

 ナディアキスタが箒の上に立ち、国の外へと逃げようとする。銃兵はエリオットの号令も待たずに、射撃した。

 空へ放たれる銃弾の嵐を上手く避け、ナディアキスタが不敵に笑う。

 逃げ惑う民衆をかき分けてエリオットは追いかけるが、皆どこに向かえばいいのか分からず、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで中々前に進まない。


「総員、民衆の避難を優先しろ! 屋内に誘導し、終わり次第、各自避難を!」


 エリオットの命令を受け、兵士たちは民衆の避難に取り掛かる。

 エリオットはナディアキスタを追いかけて、大通りへと向かう。

 ナディアキスタはもう少しで国の外へと出るところだった。だが、誰かが放った銃が、ナディアキスタの箒を砕く。

 ナディアキスタは地面に落ちた。それでも逃げようとするナディアキスタに、エリオットは「もういい」と声をかけた。


「君の思惑通りになった。ケイティは冤罪を認められて、外に逃げられた。彼女の使用人も仲間も無事だ。ナディアキスタ殿、まだ君は悪役に徹するつもりか?」


 ナディアキスタはエリオットの方に向き直る。


「なら何だ? 実は俺様も操られていて、いもしない『本物の魔女』のせいだった、なんて可哀想な奴にする気か? 冗談じゃない。俺様は魔女だ。俺様こそが、偉大なる魔女なんだ。それを偽り生き延びるなんざ、お断りだ!」

「ナディアキスタ殿が、悪人になる必要だってなかっただろう! 何のために話し合って、綿密に計画を立てたと思ってるんだ!」

「はっ、俺様はやりたいようにやる。お前と共謀(きょうぼう)してケイトを助けると、本当に思ったのか?」

「俺も守る必要はないじゃないか!」


 エリオットが声を荒らげた。その直後、エリオットの後ろから、矢が放たれた。それはナディアキスタの左肩を穿ち、ナディアキスタは膝を着く。

 エリオットが手を伸ばそうとすると、兵士たちがエリオットの前に隊列を組み、矢を構える。


「団長が魔女に操られるぞ! 構え!」

「待て、俺は操られてなんか」

「放て!」

「待てっ! 止めてくれ! 彼は、決して悪い奴じゃ──」


 エリオットの制止も虚しく、無数の矢がナディアキスタに放たれる。

 エリオットの叫びと共に、ナディアキスタは矢を浴びて、その場に倒れた。

 動かなくなったナディアキスタに、兵士は「死亡確認を」とナディアキスタの首の脈に触れる。

 エリオットは泣きそうなのを堪え、最後まで見守った。


「──魔女の死亡を確認! 魔女の討伐を達成! これより後処理に······何だ?」


 兵士がふと、ナディアキスタの背中を覗く。

 黒い煙のようなものが、背中から溢れ出した。

 兵士は短い悲鳴をあげるが、首に触れた手が離れない。


「だ、団長! これは一体」


 兵士が青ざめた顔で、エリオットに助けを求めた。

 だが、黒い煙は骸骨のような形になると、兵士を抱きしめる。


「ひぃっ、やめろ! 触るな! この化け物······うわぁぁぁぁぁあ!」


 煙の中からぬぅっと、現れた骸骨が兵士を頭から噛み砕く。

 ボタボタと落ちる、血と肉片に兵士たちが吐き気を堪える。

 エリオットも口元を抑え、「どうなってるんだ」と呟いた。


 ナディアキスタの体からは、ぞろぞろと骸骨が現れて、その(くぼ)んだ目を兵士たちに向けた。

 骸骨は、一斉に笑い出す。エリオットは髪の毛が逆立つほどの、恐怖を感じた。

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