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147話 魔女が見せる夢

「ちょっと待ったぁ!!」



 その声に、私は目を開ける。

 声の主は、いつも隣にいた彼ではない。ナディアキスタよりも小さくて、耳が大きくて、全身暖かそうな毛皮に包まれたモフモフの──二足歩行の猫。




「こっ、コルム!?」




 私は思わず猫の名を呼ぶ。コルムはニャフフ、と笑うと尻尾を揺らした。エリオットは私とコルムを交互に見た。


「ケイトさんのピンチとお聞きしまして。このコルム、いてもたっても居られニャくニャり、騎士の国まで参上した次第でございます!」


 コルムは片方の前足を空高く掲げ、可愛らしいポーズをとった。

 二足歩行の猫には民衆も驚き、「猫?」「なんで猫が」「あれ、立ってるんだけど」など、ざわついた声が聞こえてくる。

 エリオットは「聞いてない」とぼやく。


「やっぱ何か企んでたのか」

「大したことじゃないぞ」

「企んでた事は認めるんだな」


 コルムは民衆の方を見ると、丁寧にお辞儀する。


「騎士の国の皆様(みニャさま)! ケット・シーのコルムと申します。この度、罪のニャい人間が裁かれると聞き、ここに参りました。コルムたちケット・シーは嘘が嫌いです! ですので、死刑囚ケイト・オルスロットはコルムが身柄を保護します!」


 コルムはそう宣言すると、私からナイフを取り上げ、「ぜひガラスの国に」と私を誘う。

 気持ちはありがたいが、今死刑を中止したところで、国を巻き込んで私の追跡をするだろう。

 迷惑をかけるわけにはいかない。


「コルム、悪いが」

「シエラさんがね、ずぅっと(ニャ)いてるんですよ。『ケイトさんが死んじゃう〜』って。ニャディアキスタ様からお手紙を頂いてから」

「ナディアキスタが? シエラに手紙を? あの野郎、私以外に手紙出せたのか」

「驚くところはそこじゃニャいかと」


 コルムのヒゲがピクピク動く。何か察知したのだろうか。

 民衆の方から、「嘘だ!」と叫ぶ声がした。


「魔物の言うことなんか信じられるか!」

「嘘をついているんでしょ!」

「我が身可愛さになんて事を!」

「恥を知れ!」


 死刑をせっつく声に、「静まれ!」とエリオットが注意をしても、声は大きくなるばかりだ。



「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」



 いつかは聞くと思っていた言葉に、私はキュッと唇を結ぶ。

 コルムは肉球で、私の手をそっと包んだ。




「聞け、愚かな人間どもよ! この崇高なる魔女の言葉を!」




 傲慢で、尊大な声。

 他者を見下し、自尊心の塊のような言葉が、空に響き渡った。

 不遜(ふそん)な彼は、初めて会った時と、同じ言葉で私の前に現れる。それがどんなに心強く、嬉しいことか。



「上級魔族と、下級魔族の違いも分からぬ愚物共! ケット・シーを軽んじる事は我が魔女の名において断じて許さん!」



 藤色のローブ、ワンピースのような黒い服。赤いメッシュの入った黒髪が、青空の下だとより色が映える。

 ナディアキスタは腕を組み、民衆を見下ろし、鼻を鳴らした。


「フンッ! どうせ頭が空っぽな人間のなりをした人間以下、ミジンコ以下のごみ溜めだ。何が真実かも見極めるだけの脳なぞあるまい! 顔についてる二つの目は節穴だからな! 見ることも考えることも出来まい!」


 ナディアキスタはものすごく馬鹿にする。

 コルムが悪口を言われただけではない。もっと大きな理由があるのだろう。

 ナディアキスタは一瞬だけ私の方を見た。私はすぐに察した。

 ナディアキスタがガラスの棒を手にする。

 私は彼のしようとしていることを止めたかった。けれど、コルムが私の手を掴んで離さなかった。


「コルム、離してくれ」

「いけません。ケイトさんは何も気にしニャくていいんですよ」

「そんなわけあるか!」


 ナディアキスタは杖でくるりと円を描く。

 国全体に黄色い光がふわりと浮いた。


「待てっ、ナディアキスタ!」


 コルムの手を解き、私は彼に手を伸ばした。けれど、ナディアキスタは私を突き飛ばし、微笑んだ。

 一瞬だけ、眩い光が国を包み込む。

 人々が目を開けた直後、断頭台に立つナディアキスタを指さしてこう言った。



「魔女だ!」



 とてもシンプルで、効果的な言葉。

 囚人の死刑を前に妖精と共に現れた彼を、民がなんと思うだろう。

 簡単な事だ。『貴族を操っていた悪い魔女』。


 私は彼に利用された哀れな女に変わり、ナディアキスタは私を利用した極悪非道に成り変わる。

 ナディアキスタは高笑いすると「こんな女に用はない!」と言って、私の肩をガラスの棒で叩く。


 私の体は空高く放り投げられ、一気に国の外へと飛び出した。

 体勢を変え、重心を変え、少しでも国の近くに落ちようとしても、魔法に抗うことは出来ない。



「ナディアキスタァァァァァァ!」



 彼の名前を呼んだ。返事は来ない。

 来るはずもない。

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