146話 断頭台で見た夢
投獄から一ヶ月後、見窄らしい服装で私は牢屋から出る。
長い牢屋生活で痩せることも無く、疲弊することも無く、(勝手ながら)適度な運動をして、健康体のまま看守の後ろを着いて行く。
「キリキリ歩けっ!」
看守が手首と繋がる鎖を無理やり引っ張る。遅れることなくついてきている私に、優位を見せつけているのか?
私は鎖を握り、思いっきり引いた。看守が尻もちをつくと、私は彼を踏みつけて前を歩いた。
「ほれ、『キリキリ歩け』よ」
くつくつと笑って私は眩しい光の向こうに、足を踏み出した。
──久しぶりに浴びた日差し。
今日は特に良い天気だ。雲ひとつない晴れた空に、初夏の風が涼しげな、とてもいい日だ。
私は思わず笑みを零す。
国民の歓声とブーイング。
私の為に用意された、最高の晴れ舞台。
エリオットが真っ白な鎧を身につけて、私を待っていた。
私は淑女らしく、エリオットにお辞儀をした。
エリオットは私のおふざけに、丁寧にお辞儀をしてくれる。
私は何も言わず、民衆の前に立った。
知らない人間達から散々な言われをする私を、助けてくれる仲間はいない。エリオットは努めて表情を殺している。
私は冷たい目で荒々しい言葉を投げる彼らを見下ろした。
「──これより、罪人ケイト・オルスロットの処刑を始める!」
青空にエリオットの声が響き渡る。
民衆の歓声がより一層、大きくなった。
「ケイト・オルスロットに課せられた罪は、ガラスの国における少女誘拐! 商人自殺教唆! 住居侵入! 器物破損! 鉱山の国における貴族の元令嬢への誹謗中傷! 暴行! 脅迫──」
記憶にあるものないものがない混ぜに告げられていく。
あまりの長さに私もあくびが出そうだ。
よくもまぁ、調べあげたものだ。私を陥れるためだろうが、ないことまで丁寧にでっち上げてくれて──······
「商人の国における違法賭博闘技会への出場!」
──はい、それはもう。バッチリ記憶にあります。
(なんなら優勝して帰ってきたよ。チクショウ)
私は懐かしむように頷き、苦笑いする。
そういえばそんなこともあった。あの後は真珠の国に行って、でも真珠の国で起こしたことは、揉め事くらいじゃなかったか?
いや、あの一件の後、『魔女の花嫁』の儀式は無くなったと聞く。それか?
なんにせよ、私の罪の数々は他人が読み上げるには長すぎた。
エリオットも根気強く読み上げていたが、獣の国の分を見て「以下省略!」と諦めた。
「数知れずの罪業、騎士の精神すら捨て去った悪逆非道! 許されざる罪に与えられるは死刑ただひとつ!」
「おおーーーー!!」
エリオットに焚き付けられ、歓声は割れんばかりに響く。
エリオットは私の肩に手を置いた。
「最期に、言い残したことはあるか?」
彼の手はかすかに震えていた。
私は意地の悪い笑みを浮かべた。
「は、言い残したことねぇ······」
どうか、泣かないでくれ。
どうか、悔やまないでくれ。
お前のすることは、したことは、後世に残る正義の話だ。
言いたいこと? 山ほどあるに決まってる。
使用人一人ひとりに言葉をかけてやりたかった。
ナディアキスタが運命を変えるその時まで、近くで見守っていたかった。
エリオットの告白を、本当は受け入れたかった。
罪なんて本当は被っていない。
泣き喚いて、惨めに許しを乞うて、真実を話し、救われたいとすら願う。
けれど、私にそれは許されない。
ここにいないが、モーリスやメイヴィスを危険に晒せない。
使用人たちも、ナディアキスタも、彼の森の住人も、全て私の守るべきものなのだ。
誰一人として欠けさせてはならない。
誰一人として傷つけてはならない。
私自身の信念のためならば、汚泥に塗れた死ですら名誉。
惜しくないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に価値のあるものを手に出来る。
守るべきものの為に死んだという、一人にしか分からぬ勲章を。
私は目を閉じ、ゆっくりと開ける。
エリオットに「くそ間抜け」と、悪態をついた。
「後悔してると思ってんのかよ」
だが一つだけ、私は彼に頼んだ。
「だがまぁ、聞いてくれるんならそうだな。髪を切るのは、自分にさせてくれ」
「髪を?」
「ああ。お前に任せて汚く切られたらたまったもんじゃない」
私の髪は、斬首するには長すぎる。
先に髪を切って首を出す必要があった。髪を切るのは、処刑人の仕事だ。だから、自分にさせろと、最初から駄々をこねるつもりではあった。
でもエリオットが処刑人なら、必ず聞き入れてくれる。
手枷が外れ、エリオットは私にナイフを渡した。
私は新品のナイフをくるんと回し、自分の髪をぐいと掴む。
自ら断ち切る女の命、そして築き上げた誇り。
奪わせない為の、最期の足掻きだった。
ナイフが髪に触れる。ナイフを握る手に力を込めた。私は祈るように目を閉じる。
「ちょっと待ったぁ!!」
誰かの声が聞こえた気がした。
 




