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14話 侯爵の朝

 とても冷たい風が、吹きつく日だった。

 重苦しい曇り空は夜のようで、冬のように寒かった。


 古い木材を組み立てた、簡易的な処刑台の上で、私は鞭のようにしなる風を浴びて、凍るような目でアニレアを見下ろしていた。

 その日のために、特によく磨いた剣を掲げる。ざっくばらんに切られたアニレアの髪を哀れに思い、よく見えるその首裏に胸が高鳴る。



『国母アニレア。最期に言い残すことは?』



 私がそう尋ねると、泣きじゃくるアニレアは『許さないから!』と、私に叫ぶ。



『全部全部、お姉様が仕組んだんでしょ! 私が可愛いからって、私が愛されてるからって! 妬んだお姉様が陥れたのね!

 許さないわ! こんなこと、お父様やお母様が知ったらどうなるか分かってんでしょ!』



 アニレアは、最期の最期まで醜態を晒す。


 私は彼女の言葉に、『そうね』とだけ返した。

 確かに、アニレアが処刑されたと知ったら、両親は私を生涯許さないだろう。



 でも、先に死んだ両親が今この瞬間をどう思うかも、その後、私をどうするかも知ったことじゃない。




『私は悪くないわ! 全部お姉様のせいよ!』




 私は彼女の頭をそっと下げる。アニレアはずっとずっと泣きじゃくり、私への恨み言を叫び続けていた。


 民衆が見つめる中でも、アニレアは国母としての自覚が全くなかった。いつまでもワガママな子供のようで、彼女の姿に『あれが皇后だったのか』なんて囁く者もいる始末だ。


 私は合図と共に、剣を振り下ろした。


 アニレアを見下ろす皇帝のやつれた顔も、私を睨むアニレアの侍女たちの顔も、全て覚えている。




 ──薄暗い空を彩る赤が散った。




 アニレアの血はサラサラとしていて、まるで水のようだった。


 遅れて生臭い臭いがして、剣の血が処刑台に滴る。



 ······雨が降ってきた。寒い外に降る、少しだけ暖かい雨。それはまるで私ではなく、アニレアのために降ったような雨だった。



 アニレアの首が掲げられ、処刑が終わる。



 皇帝も、民衆も帰った広場で、私はまだ処刑台の上に立っていた。


 アニレアの遺体も、もう片付けられた台の上で、私はそこに残った血の跡をじっと見つめている。





(──本当に、終わったんだな)





 その日、アニレアの首と私の高潔な心は、地に落ちたのだと知った。


 ***


 あれから毎日見る、処刑日の夢。


 私は毎朝憂鬱な気分で目を覚ます。

 重い体を起こし、顔を洗って着替えを済ませる。


 人払いをしたダイニングで朝食を取り、手紙に目を通す。

 今日は珍しく手紙の量が少ない。脅迫状も、一通しか紛れていなかった。



「おい、アレスタ」



 私が呼ぶと、黒いベストの少年がダイニングに入ってくる。


 まだ新しい服に着られているアレスタは、「はいコーシャク様」とたどたどしい挨拶をした。



「お前、また手紙を勝手に開けたな?」


「開けてません。安っぽい手紙を選別して、中を覗きました」


「開けてるじゃないか。主人の手紙を勝手に開けたらダメだと、執事のモーリスに言われなかったのか?」


「僕は小間使いですから、まだ執事の仕事はしてないです。でもさぁ······あっ、いや」



 アレスタは、さぁっと青ざめると、慌てて口調を直そうとする。私は耳を澄ませ、近くに誰もいないことを確認すると、二回咳払いをした。


『普段通りに』の合図だ。


 アレスタはそれを聞くと、ほっと胸を撫で下ろす。



「だってさぁ、ケイト様宛の手紙って、脅しとかが多いんだもん。あんなの毎日見てたら、気が滅入るっていうかさぁ。

 モーリスにもめっちゃ言われるし。『主人のことを最優先に考えるのが執事の仕事!』って」


「なるほど。つまりお前は、私のために手紙を選別したというのか」


「うん。魔女様には、そういう手紙の見分け方を教わったから」



 アレスタはニコニコしながら、その見分け方を教えてくれた。



 まず、封筒が安っぽい物を分ける。安っぽい封筒を使うこと自体、相手に対する感情が出ているから分かりやすい。大事に思っていないから、『無意識にケチる』傾向にあるのだとか。


 そして、安っぽい封筒は大体紙が薄いから、明かりに透かせば中身が見える。

 中の紙も薄い事が多いから、文字だけが透けて見えて、内容が丸わかりらしい。


 さらに、ムールアルマは騎士の国とはいえ、全ての国民が騎士というわけではなく、国民の7割が平民だ。

 高い便箋をわざわざ買って、内容を隠すなんて真似はしないだろう。



「って、魔女様が言ってた。ホントにその通りだったよ」


「うっわぁ······納得したし感心したのに、あいつの知識って思うと素直に喜べねぇ」


「あと、ケイト様はいきなり口が悪くなるから気をつけろよ、っても言ってた」


「あの野郎」



 私とアレスタが話をしていると、アレスタの後ろにそっと忍び寄る男がいた。


 アレスタの肩にポン、と手を置き「いい話を聞いたなぁ」と不穏な笑みを浮かべる。

 銀髪のオールバックに茶色と赤のオッドアイ。薄褐色の肌に灰色の燕尾服が良く似合う、私と同い年の男。



 彼が、私の執事のモーリスだ。



 モーリスはアレスタを自分の方に向けると、「前にも注意したけどな?」と不穏な笑顔のまま話す。



「侯爵様に、そのような口を聞くんじゃない。失礼に値するんだぞ。それも、この国の柱の騎士様なんだ。分かっているのか?」


「モーリス。脅しはそこまでにしろ」



 モーリスは不満そうな表情で、アレスタから手を離す。姿勢を正し、私に丁寧なお辞儀をした。



「はい。侯爵様」


「別にそう目くじらを立てる事でもない。最低限の礼儀と、仕事をきちんとしていれば、プライベートの話し方なんて気にしないさ。それに、お前が言えた義理じゃないだろう」


「そう仰る意味が分かりませんが、使用人が主人を軽んじるような真似はいけません。言葉遣いの乱れは、忠義の乱れ。注意を払うに越したことはないでしょう」


「堅いな。それはそうとアレスタ、お前が選別した脅迫状はどうした?」


「······使用人部屋にあります」


「そうか、適当に処分しておけ。もう下がっていいぞ」



 アレスタはぺこりと頭を下げると、モーリス避けるようにダイニングを出ていった。

 モーリスはアレスタを見送ると、「失礼いたしました」と彼の代わりに謝った。



「侯爵様のお考えが読めたことなど、一度もありませんが、なぜ魔女の領民をお雇いになられたのです?」


「魔女に押し付けられたからだ。どうせ人手不足で困っていたんだ。お前と侍女長、副侍女長以外辞めたんだぞ。仕事が回らないと嘆いていただろう」


「それはそうですが。もっとマシな領民を選べば良かったでしょう。次お雇いになられる時は、私か面接をしても?」


「頼む。お前はいい目をしているからな」



 私が席を立つと、モーリスはサッと私の剣を差し出す。私がそれを腰につけ、仕事の準備を整えると、モーリスはドアを開けた。



「連絡事項ですが、オルテッド殿が『空いた時間に魔女の森に来て欲しい』と言伝がありました。

 明日は会議がありますし、明後日はオークの討伐任務がございます。どうされますか?」


「今日の午後に行く。三時以降に行くから、そこから先に予定は入れないでくれ」


「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」



 モーリスに見送られながら、私は城へと向かう。モーリスは、私の背中が見えなくなるまで、そこから動かなかった。

 彼の忠誠心は、騎士が国に仕えるその心構えとよく似ている。

 使用人でなければ、いい騎士になっただろう。いいや、使用人でも<いい右腕として働いてくれている。



 使用人が私に何にもしなかった頃に比べたら、遥かに生活が楽になった。

 それはそれで、私は幸せなのだろう。

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