表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/158

138話 捻れた歴史

 全ては、一人の青年から始まった。

 火竜の国が出来たばかりの頃、一人の青年が助けを求めて魔女たちの前に現れた。

 その青年は、心臓から植物が生える奇病に苦しみ、『助けて欲しい』と涙を零して懇願(こんがん)した。


 十三人の魔女が順番に(まじな)いを試していくが、誰も、青年を助けることが出来なかった。



 ──ただ一人を除いて。



 十三番目の魔女は、『今の技術で』青年を治すことは出来ないと悟ると、青年を大樹に変え、治す方法が確立するその時まで、眠らせる手段を取った。

 それが当時の最善にして、彼女に出来る精一杯だった。



 ······それが、仲間たちとの絆を割いてしまった。



 魔女たちは『必ず出来る』と信じていた。けれど彼女以外、長い時間の先を見据えている者はいなかった。

 彼を治すために、彼を大樹に変えたことを、魔女たちはひどく怒り、責め立てた。



『お前なんて、ねぎされてしまえばいい!』



 そう告げた魔女もいた。

 十三番目の魔女は、誰も助けられない彼に手を施したのに、それを散々責められて、腹が立った。

 プライドばかり高く、出来もしないことを引き受けて、出来なければ誰かのせいにする、魔女たちに腹が立った。


『私はただ──』


 気がつけば、彼女は仲間だった魔女を殺していた。

 ローブや帽子の端切れには、残り火が揺らめいている。文字通りの消し炭になった彼女たちに、十三番目の魔女は冷たい目で見下ろした。

 それでもまだ、彼女の怒りは消えなかった。


 一人だけ、消し炭にならなかった魔女がいた。

 十三番目の魔女と仲が良かった、十二番目の魔女だった。

 彼女は、消えてしまった仲間に黙祷を捧げ、十三番目の魔女に『どうするつもり?』と尋ねた。


『あなたは、仲間を殺してしまった。国の人は、貴女を恐れるでしょう。生きていることすら、許さない者もいる』

『知らん。どうだっていい』


 十三番目の魔女は、抑えきれない怒りにのみ込まれ、身体がドラゴンへと変化し始めていた。

 十二番目の魔女はそんな彼女を哀れに思い、一つだけ、大きな(まじな)いをかけた。


『みんな、貴女のことを忘れるでしょう。遥か先、あたし達が死んだ後、この国が朽ち果てるその時まで、この(まじな)いは続くでしょう。これで、魔女であった貴女のことを知る人間は、あたし以外いなくなる』


 十二番目の魔女は、彼女にこう言い残した。


『でも、忘れないで。いつか貴女の怒りを鎮める人が来る。最も勇敢で正直者。真実を掲げ、底抜けの愛を持つ者が、貴女に真の意味で、安寧を与えてくれるでしょう』


 十三番目の魔女は、一人静かに火山へと消えた。

 友人はそう言ったが、そんな完璧な人間なんて、この世のどこにもありはしない。

 火山の洞窟の中で、彼女は心を冷たく閉ざしてしまった。


 ***


 その話に、私は「あぁ」とこぼす。

 彼女は、自分のしたことの正しさに、自信が無いのだと。

 だからこそ、今の今まで苦しんできたのだと。


 私は彼女の問いかける双眸に、胸が苦しくなる。

 こんな事になるのなら、最初からしなければ良かったのか? 私が大人しくしていたら、何も起きなかったのでは? ──なんて。


(何度も考えたことだった)


 眠れない夜を過ごし、悪夢にうなされ泣きながら目を覚ましたこともある。けれど、何度問いかけたところで、その答えは出てこなかった。

 取り戻せない過去の仮定の話なんて、考えたところで無駄なのだ。



「······良くはなかったと思う」



 私は正直にそう言った。

 青年はすぐにでも助けて欲しかった。それが出来ないのなら、症状を弱めながら助ける方法を模索すれば良かったのではないか。なんせ十三人も魔女がいたのだ。知恵を出し合えば、何とでもなったかもしれない。

 責め立てた彼女たちを殺したのも、少しばかり残酷だった。


 そう告げると、ドラゴンは死を覚悟したような表情で、ゆっくりと目を閉じる。

「だけど」と、私は言葉を続けた。




「間違ってなかったんじゃないだろうか」




 ドラゴンが、ハッとしたように目を開けた。

 私は自分の考えを、彼女に告げる。


「方法が分からないまま、あれこれと手を施すよりも、方法が確立したあとの方がいいだろう。誰も助けられないまま、彼が亡くなったら、きっと仲間割れをしただろうし、『私だったら〜』なんて言い出すかもしれない。彼を『今すぐに』助けられないと判断したことも、彼を延命させる方法としても、貴女がしたことは最善だった」


 私の言葉に同意するように、ナディアキスタも「そうだな」と答える。


「実際、(まじな)いとしての方法は八百年前に出来たと聞く。歪んだものを元に戻すという『真実を映すもの(ドラセナ・マジナータ)』ですら獣人や魔物が生まれた後だ。火竜の国は、この七国の中で一番最初に出来た国だ。魔女の存在が、世に認められるか否かの時代に生まれた国で、技術が追いつくはずがない」


 ドラゴンは、まだ悩んでいるようだった。

 本当に、昔の自分を見ている気分だ。だからこそ、彼女にかけるべき言葉は知っている。

 かつて私が、モーリスに言われた言葉が、ドラゴンに受け渡される。



「『魔女』としては、良くなかったんだろうが、『貴女』としては、間違ってない」



 どうか、誇りを持ってくれ。そう祈りながら、私は彼女に額を寄せた。

 ナディアキスタは以前、私にかけた言葉を贈る。


「どうせ後世に語り継がれるのは『善』の行いだけ。誇大妄想で描かれた英雄譚に、『悪』が美しく表されるはずもない。『悪』が偉大な何かを成し遂げようと、愚かで救いようのない人間共が、理解するはずがない。『悪』が『悪』である裏側を、知る者があるとするなら、それは本人たちだけだ。望み通りに振舞ってやれ。そして自分の心のままに生きればいい」


 ナディアキスタは、ドラゴンの頬に軽いキスを落とす。

 私も彼女に、騎士の祝福も含めて、キスを落とした。

 すると、ドラゴンは鱗がボロボロと剥がれ落ち、鱗の剥がれたところから、強い光が放たれた。

 私たちは目を覆い、光から顔を逸らす。


 (まばゆ)い光が消えた。目を開けると、そこには背の高い魔女が涙を流して立っていた。



「──怒りで己を見失い、怒りに数千年も囚われた。私は今も、魔女と名乗れるのだろうか」



 その問いには、ナディアキスタが答えた。


「ねぎされた身で、師匠であった魔女を殺した俺が、今も魔女を名乗っている。魔女とは誰かを助ける万能な存在だ。誰かを助けている以上、魔女と名乗ることを後ろめたく思う必要は無い」

「私は、火竜として人を恐怖で支配していたのだぞ」

「いいや、誰一人として貴女を恐れてはいなかった。神の如く、敬われてきた。十二人の魔女を模した“使徒”と呼ばれるもの達もいる。十二番目の魔女が、歴史を変えたから。全ての人から貴女を忘れさせたから、形は違えど貴女も尊い存在となった」


 魔女はフッと笑う。

 帽子で顔を隠し、「あの馬鹿め」と言った。


「いつもいつも言っていたろうに。突拍子もなく、とんでもない(まじな)いを使うのはやめろと。フフフ······でも、感謝せねばな。ミステルには」


 魔女は私を呼ぶと、私の手を取り膝を曲げる。


「感謝しよう。遠い国の美しい人。お前は、私と似ていないと卑下していたが、他人を助けることと自分を助けること。私は、その二つに大差は無いと思うのだ。だからお前も自分を誇れ。古い古い記憶に縛られた私を、二人で助けてくれた。お前の言葉が私に届かなれけば、きっと仲間と同じように焼き払っていただろうからな」


 魔女は杖で私の右肩を一回、左肩三回、胸を二回、トントンと叩く。そしてくるんと私を回すと、真っ赤な美しいドレスを着せてくれた。

 ナディアキスタはそのドレスに目を丸くする。


「ドラゴンに変化した後も、私が作り続けた魔法道具──『決意の羽衣』だ。強い信念と覚悟に敬意を表し、これを贈ろう」

「あ、わぁ、えっと。ありがとうございます」


 こんなにも綺麗なドレスを貰えるとは思っていなかったし、これが魔法道具だと思うと、動くのも怖くなる。

 破いたりなんてしたらナディアキスタが発狂する。

 ナディアキスタは私に、「早く着替えてこい」と口パクをして洞窟から追い出す。

 私は魔女に深くお辞儀をして、洞窟を出た。






 真っ暗な道なのに、真っ赤なドレスはとても目立つ。

 雲のように軽く、綿のようにしっかりしたこのドレスは、そこそこ露出度が高い上に、ひらひらした布の部分が地面に着きそうで怖い。

 宿に着き、私は鏡を見ながら、ドレスを丁寧に、傷つけないようにそぉっと脱ぐ。

 それくらいしないと、不安だった。


「綺麗なのに、勿体ないな」


 ようやく脱いで、いつもの服装に戻る。ドレスを丁寧に畳みながら、私はふぅとため息をついた。



「せっかく貰ったのに。着る機会が一生来ないんだから」



 ドレスを撫でて、そう呟く。

 かべ立てかけた剣は、曇りひとつないまま、私が握るのを待っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ