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136話 夢の中

 新緑の森。青葉の香りも、色も、心地よい森の中で、私は馬に乗っていた。


 馬の(ひづめ)が地面を踏む。その度に香り立つ土を嗅ぎ、頬を掠める風に笑みを浮かべる。

 目線を少し遠くへ向けると、目の前を雉が走っていた。

 何度か翼を羽ばたかせ、空へ飛ぶ素振りを見せる。が、すぐに翼を閉じて、馬の前をダカダカと走り続けている。


「はっ!!」


 馬を加速させ、私は弓に手をかける。

 雉に狙いを定め、矢をギリギリと引き絞った。


 パシュッ! といい音を立てて放たれた矢は、雉の喉を貫通する。パタリと倒れた雉の近くに馬を止めて、仕留めた獲物を拾い上げる。


「うん、いい獲物を仕留めた。今日の夕飯はこれをメインにしてもらおう」


 そういえば、最近新モデルの猟銃が出ていたな。

 今度借りに来る時は、それを使ってみたい。次の給料で買ってみようか、なんて考えながら、私は雉を担いで馬に乗る。


 朝から馬の遠乗りをして、昼に川釣りを楽しみ、帰るついでに狩りをして──こんなにも充実した休日を過ごすのは初めてだ。

 いつも血なまぐさい所ばかり走っているから、綺麗な場所は心が安らかになる。まぁ、いつもの血の気溢れる戦場も好きだけれど。


 早く帰ってモーリスに雉を渡してやらねば。その前に血抜きも必要だ。

 モーリスは血抜きの作業が苦手だから、私がやっておかないと。鼻が利くのも難儀なものだ。


「さぁ、赤小梅(あかこうめ)。日が暮れる前に帰ろうな」


 馬を撫でて、私は手綱を握りしめた。



『────』



 ふと、声が聞こえた。誰かと話す声だ。

 私が振り返ると、辺りは既に夜になっていた。



「え?」



 さっきまで日は高く登っていた。それなのに、夜になるのが早すぎる。


「魔物に惑わされたか? 逃げろ、赤小梅──」


 さっきまで背に乗っていた馬もいない。

 狩人の格好をしていたはずの私も、白シャツにスラックスといったシンプルな格好に変わっている。


「幻覚を見せられているのか?」


 警戒しようにも、剣を持っていない。さっきまであったはずの弓矢も無くなっている。

 無視しても良かったのだが、『そこに行かなければならない』という使命感が私を動かした。

 もし戦闘になるようなら、素手で対応しよう。

 気を引き締めて、私は声のする方へ歩き出した。






 森の中へと進む度、声は大きくなっていく。

 私は足音を消し、気配を消し、存在を悟られないようにその声を辿った。

 複数いる声は、三~四人なんてものでは無い。十人は居そうだ。


 明かりが見えて、私は姿勢を低く保つ。

 茂みに隠れて様子を伺うと、長杖をついた、とんがり帽子の魔女たちがいた。

 一人だけ、群れと対峙するように立っている。言い争う声がして、その一人が押し負けていた。


「お前は禁忌を犯した!」

「魔女のくせに、恥を知れ!」

「何ということをしてくれたんだ!」


 ぎゃあぎゃあと、カラスのように騒ぐ魔女たちに、顔が見えない彼女はぽつりと呟く。



「人を(たす)くことは、そんなにもいけないことか」



 彼女は、ほろりと涙をこぼす。


「私はただ──」


 ──『私はただ』。

 頭が痛むその言葉に、私はその場にうずくまる。


 覚えがある、あの言葉。

 懐かしい響きの、あの言葉。


 彼女は涙に濡れた顔を上げた。私はそれを、茂みの、向こうから······──


 ***



「〜〜〜っ!!」



 声にならない悲鳴が、部屋に響く。化粧台を陣取っていたナディアキスタがパッと椅子から降り、私の傍に駆け寄る。

 青ざめている私の顔を、傷だらけの手で包み込み、ナディアキスタは「落ち着け」と声をかけた。


「繰り返せ。藍色のハンカチ」

「あ、藍色のハンカチ」


「冬のひまわり」

「冬のひまわり」


「水面に浮かぶ月」

「水面に浮かぶ月」


「エルフの横笛」

「エルフの横笛」


 ナディアキスタに言われるがままに、私は彼の言葉を繰り返す。ナディアキスタは最後に「朝露の若草」と言う。私がそれを繰り返すと、うん、と頷いた。


「落ち着いたな」

「お陰様でな。これも、魔女の(まじな)いか?」



「いいや。全く関係ない」

「何で言わせた」



 短いが、無駄な時間を使ってしまった。

 ナディアキスタは「意識を別の方向に向けさせただけだ」と、腕を組む。

 化粧台に戻ると、コトコトと煮込んでいた小鍋をかき混ぜ、ガラスの棒で火をかき消す。

 中の液体をおたまに乗せ、ナディアキスタは私に渡す。


「火傷するなよ」

「コップに入れろよ」

「入れたら効果が無くなる」

「魔法薬ならそう言え」


 私は薬を冷まし、一気に飲み干す。そしてそれを後悔するほどの吐き気に耐えきれず、ベッドにうずくまった。

 吐きそうで吐かない、けれど我慢出来ない苦しさに、私は汗が(にじ)む。

 ナディアキスタは私の背中を擦りながら、「我慢してくれ」と言った。


「強力な魔法薬を作った。あと十五分はこの状態が続く。体内の異物、魔物化した部分を無理やり引き剥がしているから、だいぶ苦しいだろうな」


 今すぐにでも殴ってやりたいが、本当にそれどころでは無い。

 私は息すらままならなくて、泣きたくもないのに涙が出た。

 ナディアキスタは「苦しいな」、「辛いな」とずっと私を励ましながら、背中をさすっていた。




 ようやく吐き気が治まって、上体を起こす。

 まだ動こうとすれば吐きそうになるが、飲んだ直後よりはだいぶマシになった。ナディアキスタは私の生理的な涙を袖で強く擦ると、ローブのポケットから、獣の国に隠された魔女の魔法道具、『真実を映すもの(ドラセナ・マジナータ)』を私に持たせる。


「おい、大事なものを私に使わせるのか」

「歪んだものを元通りにする、思いやりの魔法の鏡だ。使える時に使ってこそ、必要なものが使ってこそ、()()()魔法道具だ」


 私は恐る恐る鏡を覗き込んだ。

 歪な顔が映っていたらどうしよう、なんて思いながら。

 けれど、鏡に映っているのはいつも通りの自分の顔。それもそうか。変化しているのは、体の中なのだから。


 鏡は光を放ち、私を包み込む。

 暖かい光が、胸の奥まで満たしていく。

 自然と力が抜けて、私は腕を下ろした。膝の上に落ちた鏡は、光を放つのを止めた。

 ナディアキスタは私の指先に針を刺し、血を一滴だけ採取した。

 それを、空の小鍋に入れて、魔法薬材を入れて煮込む。

 何かを確認すると、安心したような表情を浮かべた。


「喜べ。魔物化した体が、すっかり元通りになったぞ」


 ナディアキスタの笑顔につられ、私も頬が緩む。

 これで誰にも心配をかけずに済む。私は「ありがとう」とナディアキスタに言った。


「感謝なら、俺様じゃなくて魔法道具に言うべきだ。これがほとんど治したようなものだ。俺様は、介助しただけだからな」

「お? お前が謙遜(けんそん)するなんて。明日は槍でも降ってくんのか?」

「別にいいだろう! (いにしえ)の魔女に敬意を表したんだ!」

「ああ、そうかそうか。だが、この感謝は私が、お前に贈ったものだ。ナディアキスタが受け取るべきだろう」


 ナディアキスタは驚いた顔をして、「なら、遠慮なく」と意地悪な顔をする。ナディアキスタがローブに小鍋やら何やらをしまい込んでから、私は彼に「頼みがあるんだ」と切り出した。

 ナディアキスタはこてん、と首を傾げる。私は息を整え、その頼みを口にした。

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